06:要人救出

 外人合同墓地にてハリカ、タマ、ヨモの3人で手を合わせてから早朝に出発。伝令の名は分からず墓碑には”千里馬”と刻まれた。名称不明の者にはあだ名が与えられる。

 底上げの運転席にはタマが座って「ぶーんぶーんぶーん!」と久し振りの運転に興奮。手押しで基地高原側郊外まで運ばれる間もハンドル捌きが要求される。

 手押しが終わり、助手席には道を知るハリカ。先人達があまり統一して作ったわけではない憶測混じりの地図を合わせて作り直した物を眺めて経路を考える。

 後部座席には力持ち担当のヨモが座り、後は荷物を積載。軽装甲車両は図体と重量の割りに容積が少なく、4人定員を満たすと荷物だけでなく救助対象者まで積めない。屋根上にも縛りつけた荷物を乗せる。

 基地の姉妹達の見送りは遥か遠く、鐘楼の鐘が鳴らされ、興奮した民兵のように空へ銃撃。

 エンジンを起動。石油類を産卵時の栄養源とする俗称”油蟲”に類する蟲は数多くフロントガラスに羽根有り無しの黒い点が増える。動いたワイパーが弾き飛ばし、加速に伴って減っていく。


■■■


 ハリカは屋根ハッチから上半身を出し、下の両手で設置した機関銃の台座が動くか確かめながらタマの肩を軽く蹴って進路を指示しつつ、12.7mm弾で蛮族を撃ち千切る。跳び来る槍は上の両手で軍刀二刀流、弾き落とす。

 基地周辺から海岸線の現地人、谷の堤防卿勢力とは会話が成立する。いわゆる文明圏。圏外の蛮族は違う。そもそも種族も異なり、知能が異なり、相容れない。家畜化するには半端に賢いとは現地人の言。

 機銃掃射で太刀打ち出来ない相手と早期に分からせて襲撃を諦めさせた。士気崩壊のコツは体格服装が派手なウォーチーフから射殺すること。

 野蛮人が住んでいるような地域は獣も蟲も少なくて安全。本当に危険なところにはいない。

「撃てなかった」

 ヨモは車両の銃眼から20mmボルトガンで射撃の機会を窺っていた。いただけ。

「流鏑馬はどうでした?」

「下手糞!」


■■■


 時に3人は降車を強いられる。天然ガス溜まりとなっている窪地を行く場合である。

 誘爆を避けて車両のエンジンを切る。ハリカとヨモが単純に息を止めて一気に押して進み、タマがハンドルを切って悪路を避けて下り坂、底、上り坂を突っ切りガス中を脱出。

 斥力は毒を遮断するが酸素に変換するわけではない。

 息が続きそうにないガス溜まりは避けるか、車両前部に縄を括り付け、先にヨモが走って抜けて呼吸が出来るところから引っ張り上げる。

「べあー」

 力持ちが活躍した。

「くまさん力持ち」

「デカブツ!」


■■■


 お弁当は缶詰。牛めし、鳥めし、スパム、ウィンナー、イワシの油漬け、大和煮、筑前煮、たくわん、ミカン、パイナップル、ナタデココ、乾パンと揃っている。

 土中から少しずつ漏れるガスに引火して以来火の大地となった地点を通過中。炭素タイヤだから融けないが、エンジンオーバーヒートの可能性。早く抜けたい。

 ガス孔から不定期に噴き出す天然ガスが爆発し、火柱を上げる。ミカンの缶詰の汁を啜っていたヨモが咽る。

「うぎゅー、鼻に入った」

 洟をかもうと思って右往左往。

「手鼻かんで床に擦っておいていいですよ」

「俺シャツぐらいしか使ってことねぇぜ!」


■■■


 異界の植物は、地球と異なりはすれど収斂進化の結果似たり寄ったりだった。この渓谷の植物は光沢があって色調多彩で脂ぎっていて、大きく太く肉厚。カーボン複合材のような性質を持っている種もある。根から原油を吸って強く育っている。

「お姉様ぁ! この蔦絡まるとヤバい、迂回しようぜ、油蟲も見えて来た!」

 ハリカが地図を見ながら指で軽く叩く。

「噴出量増えた? あの岩は……覚えが……」

「この道しかないの!?」

「この渓谷以外は車両進入不能の山道です」

「ここ良く通れたな!」

「昔は普通でした。油田が沸いたようですね」

 タイヤが水溜まりを弾いた。フロントガラスに黒点、原油。池にもならぬが渡ったのは黒い小川。

「突っ切ってください。絶対に止まらないように」

「ヨモ、給油!」

「はーい!」

 車内給油口へ燃料缶から”生”が香る軽油を注ぐ。外には出られない。窓も締め切り。

 車体にカツカツと当たる。フロントガラスに当たって跡を残すのは油蟲。ウォッシャー液を噴射、ワイパーが洗って、直ぐに油が跳ねる、蟲が潰れる。

「うっひょー来やがった糞が!」

「なにこれぇ!?」

 1番厄介な蝉に似た油蟲が車両に集って口吻を突き立てカツカツ鳴らし、雨に似た音へ。ガラスに張り付き産卵管から透明な粘液で油を薄く引いたように虹色で汚す。

「卵無しで産卵行為をしていますね」

「やーキモいー!」

「産卵時期は防衛本能も過敏で動くものに手当たり次第刺します。普通、車を刺しません」

「いやー!」

「前見えねっ。お姉様! エンジン蟲詰まりか木に激突かどっちか選んでくれ! 熱上がってる手応えする」

 タマはウォッシャー液とワイパーで何度も洗う。

 ハリカは自分の甲冑の装着具合を確かめる。これは異界製、相応の備えがある。

「ヨモ、銃眼開けると同時に燃料を外に流して下さい。蟲をそっちに誘導」

「え」

「返事は”はい”です。右側でお願いします」

「はい」

 ヨモは後部右側、銃眼の小さな窓を開けると同時に燃料缶の口をつけて傾ける。油蟲の音が車体右側へ移っていく。

「さあ頑張りましょうか」

 助手席、左側のドアを開けて兜の面帽を下げたハリカが外へ、屋根の上。タマが腕を伸ばして閉める。

 ハリカは屋根で囮になりつつ軍刀を4本振るって油蟲を叩き切って漸減。板金と鎖帷子、刺し込んでも曲げて直進させない縫いの布甲が口吻を防ぐ。目の隙間は薄めの針金縫い。

「ヨモ! 中に入ってる!?」

「いー……ない! たぶん!」

「おう、順調だな!」

「うっそ!?」

 フロントガラスの蟲汚れは変わらず酷いが全くの暗闇ではない。ハリカが踵で屋根を鳴らして方向を指示。運転を補助。

「燃料切れ!」

 ヨモは銃眼を直ぐに閉じる。油蟲の首が千切れて車内に落ちる。

「わーもう!」

「うるせぇ! ダジャレでも言ってろ!」

「布団が吹っ飛んだ!」

「次!」

「猫が寝込んだ!」

「ほい!」

「えー……」

「あっ!」

「あっ!?」

 浮遊感、車両が前傾、異形の森の風景から一転、曇り空を移す灰色。ドアが外から開かれる。

「脱出!」

「ひぃっやっほー!」

 湖面に衝突、衝撃でドアが閉まろうとするがハリカは軍刀を挟めて水圧で閉じないよう工夫、浸水。脱出して泳ぐ。

 タマ、水中で下手にもがく。海遊びが得意なヨモが拾って救助。ハリカは潜水して湖底の泥を掬って甲冑を拭う。

 湖面に油蟲が舞って水面に突撃、無様に溺れて暴れる。

 水中から湖面に浮く無数の黒い蟲の影を避けて泳ぎ、綺麗な方へ浮き上がる。

「底の泥を塗って臭いを変えなさい!」

「はーい!」

 ヨモは「ひぎゃぶぎゃ」と溺れているタマの苦痛は後回しにして、抱えたまま潜水。暴れているが怪力の前では猫以下。湖底へ行って泥を掬って塗りまくる。

 ヨモは浮上。パニックになって暴れたままのタマを見て「ほら根性根性」と笑う。

 油蟲の黒いゴミが少ない方へ泳いで岸へ上陸。

「スラッシャー、尾に注意、頭蓋骨が厚い!」

 頭が小さい割に首が太く、腕が小さく足が頑丈な二足歩行、尾が長くて先が鋭い瘤になっていて見た目はほぼ恐竜。群れは10以下で家族単位と見られる。水場に獣は珍しくない。

 ハリカ4刀流。利き腕の右下腕の刺突で攻撃的に目を狙い、残る3本は刃筋立てて相手の力を利用する防御の太刀筋。噛み付きで突っ込む首筋、跳び上がり蹴爪の脛、斬打の瘤は一番細い付け根を狙う。殺すよりも負傷させて割に合わないと思わせる戦法は成功し、遠巻きにし始める。

 群れを狩る時は一番弱い相手を狙う。棒を4本振り回す強敵より、”子”連れの無手。タマを抱えるヨモを囲んで地球呼称”スラッシャー”は吠えて威嚇し突進すると見せ後退し、恐怖から”子”を手放すよう誘導。

 手放されたタマ、拳銃片手、雷剣片手に「しゃあこら!」と叫んで銃撃、突進。一転反撃されてスラッシャーの群れはやや逃げ腰、致命傷に至らずとも銃弾を受けて躓く。そこへ背に飛び乗って雷剣を首に刺し横曲げに圧し折って起爆、内部破壊。刀身の炸薬だけで十分。

 スラッシャー逃走開始。ヨモは石を投げて促す。

 ハリカが手を叩く。注目。

「車から荷物を引き揚げます。持っていけない分はここに置いて、帰りに余裕があれば回収しましょう」


■■■


 濡れた地図を乾かしながらハリカが先導。背中と腰に軍刀4本佩き、下の腕で雷剣ではないヤタガン銃剣付き5+1連発式14.5mmボルトガン、上の腕で短槍を持つ。14.5mmは大陸で普及しボルトの現地調達が見込まれる。

 タマは20mmボルトガンを持って、寒くはないが外套を着てC4爆弾と雷剣を膨らむまで詰めている。爆弾をちょっと摘まんで齧って「賞味期限よし!」と確認、吐き出す。

「自爆ってよバっといってドカンってケツの穴から頭のてっぺんまでズゴギョンってずっとくんだよ。あれだよあれ、めっちゃ我慢してたウンコするののおん百万倍ボギャーってくんだよ。気持ち良過ぎで最高でな、1発だけじゃなくて何発も出来んだから俺スゲぇよな」

 タマはヨモの尻を叩きながらそのように言う。

「やんなきゃならない時はやるんだよね?」

「これだからパン育はよぉ! 考える前にやっちまうんだよ! そんなんだから兵隊やれねぇんだよ」

「どうしたらいいのそれ?」

「だーかーら、考える前にやっちまうの!」

「うーん。トコちゃんは役目が違うって言ってたよ」

「おう、そうだな!」

 ヨモは食糧、寝具、調理器具、大事な応急治療セット、武器弾薬を山のように縄で縛って担いで難なく2人の足に追従。杖代わりに20mmボルトガンを持つ。射撃訓練数も少なく、そのセンスがよろしくないので自身で使うというより他2人の予備として携行。

 徒歩で進むのはかなり遅い。その代わり油蟲の心配が無い。ただし獣が狙いを定めて来る。警戒し、時折銃弾を撃ち込めば驚いて逃げる。

「お姉様、最初から歩いてきた方が良かったんじゃねぇの?」

「早さは負傷者の生存率に直結します。星将軍であれば尚更助けなければいけません」

「そんなにスゲぇのそいつ?」

「かなりスゲぇですね」

「ヨモすけよりスゲぇ!?」

「トラックと電子機器の性能は比較しませんよ」

「おー、お前デッケぇもんな!」

 タマはヨモの尻を殴る。デカい、固い。

 車両を失った翌日より、空には光の柱が見えている。およそ目的地方向、近づく度に鈴のような音が響き、強くなってきている。

「あれ何かの目印か!? なんだあれ!?」

「黒い”賢者”がいると手帳にありました。誘っているようです」

「けんじゃとかっての敵じゃねぇの?」

「攻撃しても取り合わないとは聞いたことがあります」

「なんだそれ!?」

「なんでしょうね。不思議なものです」


■■■


 3人は誘いに従って歩き、異界側瀋陽軍壊滅現場へ到着する。

 荷物は道すがら分散し埋めて置いて来た。帰りに拾っていくのである。獣や現地人が悪戯する可能性はあったが身軽で疲れないようにするのが1番。現場で多めに拾い物をする予定でもあった。

 最優先の拾い物、星玲紅少将が寝袋に包まれた状態で発見される。意識はあるが衰弱気味で、3人を認めてゆっくり目を開いて、やや小さく唸るだけ。

 その周囲には叩き潰した虫や、銃殺された小さな獣に鳥が転がる。ボルト、銃剣が突き刺さった中型以上の獣も多い。目に良く入るのは埋葬されぬ姉妹達、遺棄車両。規則正しく並べられた空きの缶詰は食糧を計算した跡。

 赤十字腕章を嵌め、立往生している衛生兵にハリカが敬礼。ゆっくり寝かせる。使用済みの武器が周囲に散乱。

 寝袋から星将軍が出されて負傷を確認。右の脛が半ばから千切れている。飛び出た骨を切って、皮膚に肉を引っ張り丸めて縫合した跡。小さい虫が食っていたが腐肉を処理していた程度、おそらく意図的。そして膝が砕け、股間節も異常。背中が曲がらないよう分解したボルトガンの銃身が3本添えられていて脊椎損傷の可能性がある。カルテが添えられているが中国語の走り書きで解読が必要。幸い絵で補完されている。包帯の取り換え、消毒のし直し、高カロリー輸液の点滴をハリカが実施。経口補水液は口移しで飲み込んだ。

 タマは周辺警戒、銃剣で獣の目玉を突くが何れも反応無し。遺棄車両のボンネットを開けて「防虫水冷かこれ?」と簡単に品定め。

「こんにちは!」

 ヨモが黒い”賢者”と見られる、異界人種の中でも”いかにも宇宙人”のような異形の者に挨拶。見た目は恐ろしいよりおぞましいに近いが、闘争の緊張感が一切無かったので声掛けも意外と簡単であった。

「挨拶はザース人の基本でしたね。こんにちは」

「わっ!」

 ヨモが2人に言葉が通じた! と腕を振る。声色は少なくとも友好的。

 小さな喜びも束の間、賢者が肘2つの腕の先、長い指7本で示す。

 斥力と靭力を持って原油から始まる食物連鎖の頂点に位置し、地球上では考えられない身体を維持する”怪獣”がいる。渡島大島、白山付近では地球俗称”プルガサリ”が有名。20m級のトウテツの変異型、毛の代わりに鱗。獲物を狙う獣は音を立てない。

 怪獣は大きく、近い、気配が無い。ヨモは舌が口内に張り付いた。

「うっひょーすっげぇ!」

「ヨモ、負傷者担いで基地へ! 私が囮、タマは後から突撃!」

 分かった時には狩りの瞬間、ハリカが14.5mmボルトを魔力込みで怪獣の顔狙いで連射、銃投げ、ボルトも銃剣も斥力に弾かれ突破失敗、視線誘導止まり。叩き獲りの前足へは短槍を立てて受け逃げを狙い失敗。上右腕千切れる。

「よっしゃ!」

 タマはボルトガンを捨て、C4爆弾仕込みの腹巻きに雷剣を突き立て走り、ハリカの肩を踏み台にして跳び、安全ピンを抜き、怪獣の歯を掴んでぶら下がる。首が振られ、舌に巻かれて大口に滑って閉じ、足首1つだけ外に落ちる。

 腕力が有っても戦場に慣れないヨモは動けない。真っ白に飛んだ。

 爆発、怪獣の牙を圧し飛ばし血反吐、鼻血耳血、目玉飛び出て大血反吐、気管肺臓潰れて窒息。地面を転がりもがいて鳴きも出来ず次第に止まる。

 これぞ渡島大島少女隊必殺のハラキリ特攻。

 トウテツの王は同種を群れで率いていた。群れが迫り、警戒と脅迫で吠え始める。ここに転がる大量の肉を漁りたいのだ。

 ハリカは”花の命は短くて”と、以前からこれが洒落ているのではと考えていた辞世の句を地面に刀の切っ先で書きかけ、鼻で笑って踏んで消す。

 血の滴り千切れた上の右腕は弱った証。トウテツが狩れる獲物と踏んで突進、腕筋を軍刀で切られて転ばされる。1本無くともまだ3本。

 獣は退路があって不利と見れば逃げ出す。今日は逃げ道の無いところに追い込まれたのではなく食べて生きるための狩りへ来た。手負いの地球人1匹、動けぬもう2匹に触れ得ざる者、生半可に手は出せぬと思案しつつ、隙が生まれないかと取り囲んで待つ。機会はきっとあると信じて、辛抱強く。

「力が欲しいでしょう」

「え」

 賢者の頭の鰭が孔雀の羽のように広がって両手の14本指が、言葉にもならぬ上に役に立たぬ要らぬことを堂々巡りに考え、指示すら耳に入っていなかったヨモを包んだ。

「思い描きなさい、もっと凄い自分です」

 オパールの発光。

「出来ると思ったことをしてみてください」

 14本指が開いた。

「ア……」

 ――耳をつんざく奇声絶叫。大股、脚を振り上げ大地を踏みつける。

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