03:魔ぢから
「起ぎれー」
「うーん」
厨房隣の寝室。他隊員より早寝早起きしなければいけないのが厨房担当。トウコとヨモ、従姉妹は仕事が同じなら寝起きも一緒。
日出の分かり辛い曇り空の下、暗い部屋の中で布団から這い出る。ヨモの手がトウコの肩に掛かって支えにする。
「わい、重てじゃ」
「よっ」
勢いつけて立ち上がる。
「肩もげる」
「うん」
「ヨモ子は水汲みして来いじゃ。ざるで濾してへれよ。虫入ってれば気持ぢ悪ぃし、奥さ入ったの取んの面倒くせぇじゃ。腐ったり脚もげればあれだじゃ」
「うん」
空樽片手、ざる片手。井戸まで呼吸を深くし目覚ましをかねて歩く。
綱付き桶を井戸に落とし、沈んだのを確認してから引き上げてざる越しに樽へ注ぐ。羽虫が1匹早速掛かる。姿形は地球にいるものと、おそらく細部は違うが素人には何が違うか分からない。
作業は単純。煙突から竈に火が入った煙が上がる。
「おにぎり1番、コロッケ2番、いつでも美味しいエビフライ。カキのフライにタルタルソース。オムのライスにメンチカツ……」
「何その歌! 今日のご飯!?」
「えっ? えっへへー」
ヨモは1人でいる気になっていたら基地屋上、機関銃座につく当番が聞いていた。痒くもない頭を掻いてしまう。
「なになに!?」
「わかんない!」
「そっか!」
歩いて揺らしてもこぼれない程度に水を樽に入れたら厨房へ。ある程困らない水は、古いものとは分けるので注ぎ足し厳禁。
トウコは朝食の用意を始めている。米と麦の湯炊き、大根と菜っ葉の味噌汁、ソーセージと目玉焼きは1人3つずつ、熱い麦茶。人気が弱い壺入り梅干しは後で食堂の各テーブルに置かれる。
「おめ、卵割ってみるか」
「うん」
トウコの卵割りは神速。両手に持った時点で親指の爪先で中央に小さく割れ目を作っており、指の加減で同時に中を落としている。ただの握力自慢には出来ない手さばき。小さな殻のゴミ1つも落ちず、黄身も割れない。殻を投げてゴミ箱に至るまでに白身も散らかさない。
ヨモの割り方はごく普通。調理台平面に当て、割り、片手開きは出来るがたまに殻も混じるので指でつまみあげる。
「おいや、そいだら昼飯になってまうど」
「むーりー! なんでトコちゃん、私来る前1人でやってたの?」
「いだけどくたばったりなんだのでいねぐなるじゃ、こういった仕事だもんな」
「他に入れないの?」
「下手なのへれば仕事増えるじゃ。マジほんずくそねぇのへれば厄だで。パン育でもまどもに流しさ立ったこどあるってのもわんつかしかいねくてよ。おめ、今までかっぱらいだのカラスと野良猫捕まえて食ってきたとかっての使われねべや」
「うわわ」
「半端でねどおめぇ。わだちみてぇな奴だっきゃ珍すんだで。ママ食ってるの見ればわかるべや。箸どころかスプーンの使い方もほんずねっけや」
「あー」
食事の風景、スプーンの逆手持ち程度はかわいいものである。
幸福な家庭でなければ学べないことがある。普通の食材を手にし、電気やガスが通った環境で調理器具を手にする環境は、特定出生児にとってはおそろしく敷居が高い。
「おはようございます」
「おはようユッコ」
「おはよー!」
朝日で白髪にプリズムが出来たユウコには行うべき早朝の儀式がある。
ヨモは水入りおちょこ、生米入り小鉢を2つずつ出す。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
ユウコは食堂にある、建部大社、天照皇大神宮、靖国神社とある神棚へそれら2対をお供えして合掌瞑目する。
「どうか神様、皆が悔いの無い良い方へ向かいますように」
■■■
この基地には朝礼がある。本日の予定の通達、何より欠員の確認。脱走兵にも注意を払うところだが、知らぬ内に1人ずつ殺され、誘拐されているなどという緊急案件が有り得る。過去にあった。
「あの、みんなおはようございます」
『おはよーござい↓ます↑!』
演台に立ったユウコが朝の挨拶。集まり整列する少女隊が返事。手を振る子に振り返す。
「声ちいせぇ」
「白いの生まれつき?」
「てめぇこれからユウコちゃんが喋んだろうがよ!」
古参が無駄口を叩く新参の尻を蹴る。歯向かえば膝が折れるまで鉄拳制裁。
「あ、ごめんね、怒んないであげてね。じゃえーと、タキさんお願いします」
ユウコを除けば最年長の、4本腕のハリカお姉様が代わって登壇。手には名簿、空き缶、枯れ葉、LED電球をそれぞれ持つ。寓意ではないが、異形が見せる。
「おはようございます」
『おはよーござい↓ます↑!』
「新入隊員の方の中で特殊技能持ちがいるとありますが、どなたでしょうか?」
「はい、初日に死にました!」
代弁が一時沈黙を作る。新入りの死亡者とはあの眼鏡の少女のみである。
「……ありがとうございます。では、頭が働いている内にちょっと難しい話をします。あなた達はこれから特殊技能に覚醒する可能性があります。多いのが念動、加熱、発火、発電です。我が基地では金恵冬子さんが加熱及び耐性を、料理の助けになる程度に使えます。厨房に立ち続け、必要と身体が判断して習得したものと考えられます。戦いの助けになるとは限りませんが、それでも何か出来るということは1つの可能性に繋がりますので些細なことでも報告してください」
ハリカが空き缶を持つ手を前に出す。
「拙いですが見本を見せますので、似たようなことが出来たら申告してください」
特殊技能のお披露目が始まり「うーん」とハリカが唸ると空き缶が少し浮いて、すぐ落ちる。
次は木の葉を前に。「ん?」と首を傾げて、少し待つと火が点いて崩れる。
その次は電球だが「少々お待ちください」としばらく集中。膝を揃えてしゃがんで困り顔を作り、ようやく電球がピカっと瞬間点灯し「はぁ……」とため息。奇術にしてもパっとしなかった。
立ち姿から美しいお姉様が、小さく地味で苦手なことを一生懸命やった。
「それから私のこの4本腕もその1種です。どのような形で現れるか分かりませんので、何か変だと思っただけでいいので何時でも報告に来てください。お待ちしています。では次、用意を」
体格、顔つきまで違う長髪少女達がバーベルを持ってくる。重りが少ないものから多いものまで4種類用意される。3番目に重いものなど持っただけでシャフトがたわみ、4番目は2人掛かりで歩みは慎重。
「デッドリフトで大体、自分の魔ぢからの程度が分かります。斥力と靭力はほぼ比例し、靭力は強化中の筋力に現れます。1番軽いもので100kg、普通の女の子が持ち上げられるものではありません。仮に無理に持ち上げたとしたら筋も骨も壊れます。壊れないようにするのが靭力で、壊れないと身体が理解すればそこまでの力が発揮出来ます。これはおいおい理解出来る訓練を行いますので忘れても結構。1人ずつ、力を見せて下さい。では模範演技を」
バーベルを運んで来た長髪の1人が、これが正しい姿勢とデッドリフトという言葉も聞いたことのない新参達に動作を見せて教える。足は肩幅に開いて屈み、両手は順手でシャフトを掴んで肘を曲げず、背筋はまっすぐ、胸を張って膝上へ持ち上げて膝を伸ばす。
「時間が掛かるので皆さん座って結構です。ではあいうえお順で呼びます。名前を呼ばれたら返事して前に出て下さい」
ハリカが名簿を見ながら名前を読み上げ、デッドリフトを100kgからさせていく。
流石の特定出生児達。20kgの米袋を担ぎ上げるのも怪しい体格で100kgを、力が入り辛いような悪い姿勢でも上げていく。
「無理に持ち上げず、上がらないと思ったらすぐ落として下さい」
200kgはそうそう上がらず「潜在的に強くても身体が慣れていなければ難しい重量です」とハリカが言うように、持ち上げられる者は少ない。
300kgになればほんのわずか。施設教育者でも特に鍛えた者に限られ、シャフトがたわみ、無理に上げて鼻血が出ることもある。
400kg。ヨモだけが持ち上げて「ぐよんぐよんしてる!」と更に振る余裕まで見せる。おー、と感嘆の声に拍手で迎えられる。
「くまー」
人外となりつつある手を熊ポーズで皆に披露。親戚の子供達と海で遊び、大きな石を放り投げて”ドッバーン!”と大声と水柱上げて遊んで来たのは伊達ではない。
「日下部四萌さん」
「はい、べあー」
ハリカがヨモへ歩み寄り、下両手で腰を掴まえ、”べあー”の手の平を下からなぞって鉤に上右手で繋ぎ、甲側からなぞった上左手を重ねる。世間知らずでも神経にぞわと走る。
「凄い手ですね」
「お嬢こら、わいえのヨモさレズセックス仕掛けんでねぇどこら」
「あらまあ、ふふ」
トウコの抗議もどこ吹く風のように演台へ戻ったハリカが拍手1つで仕切り直す。
「はい、次は今日の本番です。新入隊員以外は基地周辺警戒へ。新入りのあなた達には丸太を担いでひたすら走って、あとは岩を殴って綱引きをしてと、とにかく限界まで繰り返して貰います。何度か続ければ身体に魔ぢからが馴染みます。では始め」
身体で覚える。
新参少女隊員、基地外周を走る。先導は隻眼のタマ隊員。声質が”ハッパがけ”向きに高くて大きい。”シゴキ倒し”の体力も備える。
「走れ! 実戦じゃどこまでどのくらい走ればいいかなんて答えは無いぞ!」
草むら、雑木を掻き分ける。最後尾の者の背中にはタマが張り手で打って押す。要求水準はほぼ全速力。マラソンではない。
「死にたくなかったら、姉妹を助けたかったら少しでも早く長く走れ! お前等100km先で基地行って助け呼んで来いと言われてはしれましぇーん、なんて言う気じゃないだろうな!?」
基地郊外、伐採所材木置き場まで到着したら丸太を担ぎ、またひたすら走る。石に岩が転がる。
「ゲート潜った初日を思い出せ、敵は待たない! お前等の成長を見守るヤツなんか腹の時からいやしねぇ! 後先考えてる寿命は無いぞ!」
お上品なトラックなどない。脛まで沈む水溜まりも漕いで走る。転ぶ。
「おすまし美人のマネしてんじゃねぇぞエイリアンブス共! 転んだらすぐ起きろ、何回も転べ、起きろ、転ぶな!」
胸の高さに打撃跡が刻まれ、異界人兵の絵が描かれた大岩の前で一時停止。
「全たーい止まれ! 突撃だ、敵の絵に丸太を全速でぶちかませ! ”攻撃精神と永遠の若さ”だ!」
整列してから丸太を抱えて全速力で突撃、激突。丸太がすっぽ抜ける、衝撃で眩暈、腕が痺れる。
「行けぇ! 今日1日じゃ足りねぇと明日後悔するぞ! 絞り出せ! ケツ締めろ! ケツから声出せ! ワーじゃねぇアッギィャアァァァだ!」
激突を繰り返し何度も叫んで打突。折れたら更に「もっかい折れるまで殴れ!」と指示。折れた丸太はその脇で先輩少女の薪担当が斧で割る。無駄にしない。
「お前等の限界を知れ! はっきり言って鍛える時間も暇も無いぞ! 今日の昼飯前に敵が総攻撃仕掛けたっておかしくないからな!」
打突が終わったらまた走る。体力に自信ありとの先頭集団へ、先の長髪達が横から押す走行妨害で負担を掛け続ける。朝食を嘔吐する者続出。
「15過ぎまで生きる気になってんじゃねぇぞ! 心臓も筋肉だ、潰す気で行け、潰せぇ!」
綱引きの場所まで走って適当に分けて行う。綱は太く、両手で握ってようやく1回り。勝った方から一人抜いて負けた方へ入れるということを繰り返す。手の皮剥ける程度で止めさせない。
「自分の靭力がどの程度のものかを身体で把握しろ! 優れている程疲れないし動ける!」
綱が汗と血と泥で汚れた頃、また基地外周を走り、また伐採所の材木置き場で丸太を担ぎ、また大岩に激突し、もう1度綱引きの繰り返し。途中で失神すれば叩き起こされ、それでも無理なら処置室送り。ユウコ隊長が傷を診る。
ハリカは名簿へ脱落順位を書き込んでいく。隊員の実力の把握は全体に影響する。
昼食前まで何度も繰り返す。トウコが用意した麦茶が直ぐに無くなり「あいや頑張ってらのぉ」と補充がされる。
昼食の良い油の香りが漂ってきたところで限界試しがほぼ終了。まだ座らせず、一列横隊に整列させる。
「最後には勇気だ! 強い弱いの差は勇気で覆せる! お前等は初日に見たな、お前等の姉達が銃剣特攻で玉砕した姿を見たな! あれが出来ればどんな強敵だって殺せる! 怪獣だって口に突っ込めば1発だ! たった14の糞ガキだって歴戦の勇者を爆弾1つでぶっ殺せるんだ!」
軽機関銃を持った長髪が、それぞれの顔の真横、耳元を狙って発砲。迫力にのけぞる、しゃがむ、叫ぶ。魔力満ちて斥力あれば銃弾は反れていった。
「ビビるな! 顔に糞が飛んでくるわけじゃねぇぞ!」
反れ具合からどの程度強いかが観測出来る。単純に、身体より離れた位置で反れる程強い。ハリカが記帳していく。
「慎重とか後先とか、良く回りを見ろだの死んだら意味が無いとか考えている暇がある戦いじゃねぇ! とにかく前、勝てないならせめて怪我を負わせて死ね! 鉛弾くらいで目を背けんな!」
射撃が繰り返される。ハリカの許可で、耳元ではなく銃口、黒穴が見えるよう瞳孔に合わせた射撃も混ざる。泣いて逃げる者も出て来るが、捕まって引き戻される。
「目をつむるな! 目蓋なんざ何にも守らねぇ! 目ん玉おっぴろげて敵の動きを見続けろ!」
目を閉じない胆力、ある種の鈍感の程度もハリカは記帳。繊細な臆病者は使いどころが違う。
「どうせ補充は幾らでも内地から送ってくるぞ! 人口は地球が勝ってる。10人で敵1人殺せばでお釣りがくるぞ!」
中でも優秀で鈍感と見られた者には耳元へ、異界式のフルフェイス兜を被らされた上で劣化ウランボルト射撃が行われた。ボルトを摩擦で燃焼させる者はいたが、反らせた者はいなかった。
「見本見せてやる!」
長髪が、タマがここだと指差す眉間に軽機関銃の狙いを定めて連射。銃炎は途切れず排莢続き、魔力がわずかに乗った銃弾が反れ続けて斥力場を徐々に”掘削”。そして頭を振ってのけぞる。射撃中止。
「逃げんならここまでやりやがれ! どうせどこかでまた会えるんだからな!」
切り裂かれた額から流血。
■■■
”シゴキ倒し”の後、どれだけの者がまともに食えるだろうか。
「ママだどー!」
基地屋上で鍋が打ち鳴らされるも、昨日までのように少女達は殺到しない。
食事プレートに、木製漆器椀に入った昆布出汁粥、おろしショウガとネギ、刻み昆布に切り干し大根に油揚げの炒め物。トウコはいつも一人でこの程度は作っていた。
「用意良し!」
身体を洗う順番はコック優先。着替えも済ませたヨモが厨房へ入る。
「おう、ご苦労だの!」
「うん!」
「おめだら元気だの」
「山と海とお相撲してたからね!」
ヨモは限界まで力を振り絞ることが出来なかった。異界入り前から、有り余る力を岩石に素手で打ち込むのが遊びの1つだった。
「いああっしあー」
「落どすなよ」
「うぃー」
配食が始まる。足取り重い者が多く、振り絞った者はそもそも食堂に到達出来ずに寝込んでいる。夕食は余りものの流用で、いつもより楽に作られた。
「おめ腕、腫れでらど。折ったが?」
「え、痛くないけど……」
ヨモの左前腕、外側に赤い腫れ。シゴキの高ぶりも収まり、意識すると痒い、痛い、熱い。
「ひーん、やーなにこれー!」
「めへろじゃ」
トウコは腕を取って観察。分厚い爪で掻こうとしたので「わい掻くな!」と掴んで抑える。
「あぁん、ぼっこり腫れで刺し口縦長1こ、おめぇ油蟲さ食われだな?」
「わがんな゛ーい」
ヨモは足踏みで我慢しようとするが、経験の無い発作的な苦痛は耐えがたい。
斥力、靭力は万能ではない。素早い攻撃は弾くが遅い接触は許す。鞭のように身体を頑丈にするが肌を鉄にするわけではない。音も感触も無く張り付いて針を刺す攻撃には無力。地球ではかつてスズメバチ爆弾が運用されたこともある。
「殻厚ぅ蝉えったやつだど」
「んーんー、んー!」
「繁殖期でねば陰さ隠れでっからな、わがんねぇが。ユッコさ診で貰えじゃ。それ毒だから冷やしたぐれぇで中々治んねぇど。ほれ行げじゃ」
「やーもー、やー!」
シゴキで負傷した隊員が、ユウコ隊長から手当てを受けるための治療室前で列を作る。
掻きたい、叩きたい、つねりたいを唸って我慢。舐めようと思ったが骨格上、舌先が患部に届かない。
「はい次の人」
「ユウコちゃん助けて!」
「油蟲ね。どこにいたのかな? 悪いやつだね」
患部を見せる前に列待機中の様子だけでベテランに察せられた。先達の苦しみも察せられる。
「じゃあ」
ユウコは人差し指を舐めて、ヨモの患部を撫でる。
「痛いのかゆいのとんでけー」
唾つけとけば治る、とその程度で鎮まる症状でないはずだった。
「あれ? え」
麻酔を打たれたような浮ついた感覚麻痺も無く、腫れは既に引き始めていた。特殊技能である。
「次の人どうぞ」
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