02:チャーハンコロッケカレー
渡島大島異界基地は古ぼけ煤けた石造の古城か神殿といった佇まい。これが”少女隊”、血の繋がらない姉妹達が同居する新しい我が家である。
基地はそのままではなく部分的にリフォーム済み。主に網戸と排水設備が増築されている。今日は異界人の大工が軒下を補修する高所作業をしている姿が見られ、手伝いの少女兵が下から軽々重たい建材を手渡す。利害一致すれば地球程には見敵即殺の関係にはならない。お代は分捕り、横流し品である。
敵も含めて死者は地球へ戦果証明を兼ねて送り返している。背広とバッジの糞共に、”やり過ぎ”は良い、”臆病者”と言われるのは死んでも我慢ならない。
血泥付きの分捕り品に捕虜を運ぶ少女隊は汚れている。汚れていない者が銀輪のリヤカーで今日の地球からの補給物資を運び、珍品に集る現地商人には「売るのはあっちのきたねぇの!」と指差し指示。
汚れ落としの雑用水樽が並ぶ。重点的に洗う必要がある者には温水が用意される。
戦いで喉がひりついた者のためにお茶が飲み放題、塩も舐め放題。
負傷者は真っ先に基地内へ搬送されている。
頭にタオル巻き、サンダルに半袖シャツに擦れたエプロン姿のコック長が訪ねる。
「何ぼな?」
短槍使いが答える。
「プラス204のマイナス27」
「あいよ」
コック長、首を傾げた。基地で飯を炊くこと700日を越えた彼女の目には、分捕り品を下げた槍を両肩に1本ずつ担ぐ親戚らしき人物が見えた。
年頃の成長は早い。1年差があれば違う生き物に見える。記憶よりも頭2つ分は背が高く、ゲート入り早々に”えらい”目に遭った気落ちの顔と明るい思い出に差があった。
「あれ、おめっヨモ子な゛っ!?」
「あ、トコちゃんだ!」
お国訛りが通じれば、怪しい顔も12年の付き合いが再開する。
「やっぱしおめだが! やいやいやいや、もうそったら年経ったがや。2年が、わさそのめんけぇ面めへろじゃ」
手招きに誘われ、頭一つ高い知った顔が下を向いた。頬をつねろうとした手は泥を前に止まる。
「わいやおめぇなっまらおがったの! 今なんぽだの!?」
「なな、なな!」
「な、どこさがの班さ入れだとか言われだのがや? どこだの言われだがすらねぇっけど、おめなはわのどごさ来いじゃ、ママ炊きせっ」
「うん、人足りないの?」
「足りねもなんもここさ来るおなごわらしだら流しさ立ったこどもねった奴等ばしだじゃ。あれ、施設でもよ、ママ食うったら、たんだ食堂で食うだけであど何も、湯沸がしてラーメンさへることも知らねってのばしだのよ。まーまーま、なまらほんずねぇでゃ。まどもに切ったぎったり煮だり焼いだり味見もよ、したごどねぇのばし! ヨモ子だら即戦力だじゃ、コック副長だ。おめ、カンジだりわえのチビ共さママ炊いでらべ? あれで十分よ。量なまら半端でねぇけどな。ベコみてぇに食うからよ」
「ベコ? うん」
尋常の倍速で繰り出される言葉も耳慣れていればどうということはない。
「おう、わだらコック長だで。基地の中の仕事だらわの言うこと優先だから気ぃしなくていいじゃ」
「えっと……」
肩に荷物、服には名も知らぬ友人と異界人の血が染みている。
「荷物だらそこさ置げ! あっこさ湯あっから洗えじゃ。服だらリュックさ入ってらべ? ほれほれ」
【日下部四萌】、本名に子はつかず、2年前に出征した従姉の【金恵冬子】に促されて荷物を置く。脱衣は少し躊躇するが先輩少女達が恥じらいなく脱ぎ冷水で洗う姿を見て倣い、ドラム缶風呂に入り、血と泥の残りが無いかチェックされてから背嚢から服を取り出して着替えた。
「洗濯もんはまどめてやってあどから自分のサイズの取るってあれだ、えー、名前書いどぐんだけども、まあおめだらデケぇっから分かっべ」
「うん」
言われるがままヨモは洗濯籠に汚れた服を入れ、再度手を洗い直させられてから基地内へ。正門と旗柱には日本国直轄と日章旗が掲げられ、頭蓋骨にあえて汚れたままの異界旗まで複数吊り下げられる。
廊下は石造で重苦しく窓も小さく薄暗い。反面、妙なラクガキのような絵、無秩序に花や虫の抜け殻まで無邪気に飾られていた。床にはケンケンパ、壁には直接のラクガキまである。
「剥がせばおごったり泣く奴いるは、死んだ奴のだからちょすのあれだからってこんだのよ。保育所でもここまででねぇでな」
「あれ?」
ヨモが指差すあれとは髑髏や角、異界人と獣の白骨である。毛皮は手間が掛かるのでわずか。一噛みで首が無くなるような顎骨もある。門を潜る時からホラー気味で気になっていた。
「ぶっ殺したの自慢してぐなるべや」
「そっか」
トウコは食堂隣接の厨房へ入る前に外履きを脱いで革の長靴に履き替える。土足厳禁。ヨモにも用意。
「おめなのそれ、昔ここさいた外人部隊の奴のだ。ワキガ。ちょん度な?」
「入る。ワキガ?」
不要かどうか分からぬ懸念情報。長靴を香ってもただ革のにおい。
「だらどうすっかな、まっずはなヨモ、おめは芋の皮剥いででけろ」
「うん。何作んの?」
「おめ来たからあれだ、手込んだの作れるでな。おめの好きだチャーハンコロッケカレー」
「それ好き!」
美味しいご飯は足し算で作られる。甘味、酸味、塩味、辛味、苦味、渋味を操るだけなら素人コック。玄人は油味、熱味、デカ味、大盛味まで使いこなすのだ。
ヨモはジャガイモの皮むきを始める。量は膨大で、既に剥いてある物も多いがまだまだ汚れた皮つきが袋に詰まっている。
トウコは人間丸ごと茹でられるような大鍋を竈へ複数設置、金バケツで樽から水を移して木炭で沸かす。着火はマッチを使い、木屑から火種を作る。わざわざ。
「鍋もんは切ったぎって煮るだけだから楽でいいじゃ。細工みてぇなの作ってる暇ねぇからよ、とりあえず火ぃ通しやすければなんでもいいじゃ、綺麗に形揃えるとかすねくていいでゃ。あどは味濃いめ。今やってっけど、火はあれば炭、ねば薪が乾かした糞。聞いてらべ? 化石燃料こっちで使ったらだでまぐねぇっからよ。灯油もプロパンも”油蟲”寄ってくっからわがんねぇど。食用はいんだけどよ、奴等だらマジで厄だで。おっ、そんだそんだ、あどで覚えでもらうけどよ、電気ねくてジャーだのねぇからママ炊くの湯炊きでやるど。余すだけ作って、余ったら握りママさするがら。おめ、握りママ好きだべ」
「うん!」
「ここで太るとか考えねくていいじゃ。好きなだけけぇ」
「あ、ゴミどうすんの、燃えるとか燃えないとか」
「こごだらプラもなんもなまもんみてぇに腐っから燃えるもなんもねぇど。現地人のゴミ屋に売ってっけど文句言われだことね、全部1つだじゃ。ここな、水みてぇに石油だのガスだの湧いでんのよ。んでそれで造花みてぇなプラ混じりみてぇな植物だとかが育つんだけどよ、それが普通に枯れで土さなんのよここじゃ。バクテリアよバクちゃん、プラもポリもゴムも分解すんでねぇがってよ。たまによ、わがってんだがなんだがそれで包装したもん地球から送ってきやがって、知らねくて置いどいだらべろべろに溶けてな、はぁー地球じゃ嗅いだことねぇ臭いすんだわ。半端でねぇど」
「あ、洗濯のズボンにラップ入れっぱなし!」
「あいや。まあ、1日2日でどうかなるわけでねぇじゃ。臭くなっても黙ってろじゃ、面ど臭ぇから。しゃあねぇ」
雑談しながらヨモはひたすらジャガイモの皮を剥いている。
トウコは火が通る順番を考慮して米を煮る。
肉と野菜を慣れた二刀流で薄く切り刻んで茹で、カレーフレークを適量投入。
剥き終わったジャガイモを別に茹でる。
卵を叩きもせず握り加減で破片も落とさず割ってボウルに落とす。順次掻き混ぜる。
小麦粉にパン粉を用意して、油鍋の加熱も始めて指を入れて温度を見て、蒸かし芋を素早く止まらず潰して湯気立つまま素手で整形して衣をつけて揚げる。仕上げは油に浮いた揚げカスをかじって固さを確認。サクサク食感など年寄りの食い物、トウコのコロッケはガリガリ。
揚げて焦げる時間を縫って大鍋から湯炊きの白飯をざるに上げて湯切り。給食缶に入れて火がゆるく熱する石の保温台の上へ。
その重湯は勿体ないので捨てない。食器洗いへ流用。あまり使わなくて良い日があれば茶でも入れて飲用にする。
カレーの匂いが基地に広まっていき、少女達が期待に騒ぐ声が聞こえ始める。
今日は金曜日、異界で過ごす時間は地球と感覚が違い、海軍に倣って日にち感覚を取り戻す一品になっている。
やはり初心者の仕事は遅い。ヨモの向かいに大量の仕事に区切りをつけたトウコが座って残るジャガイモの皮むきを始める。皮が1本で繋がって同時に芽も取って倍以上に早い。
「ヨモ子やおめ、手何だのそれ?」
「手? うん、遅い?」
「そんでねくてよ、指と爪よ。そいだら熊だで」
「にゃー」
少女兵はおよそ14歳手前で覚醒するが、早い者は早い。力を持て余し、尋常を超える負荷を苦も無く肉体に掛けられる。ヨモの指と爪は樹皮を剥ぐ獣のものであった。
「にゃーでねぇじゃこの」
「べあー」
「おー、んだんだ。ずーばーのえさ言ったどき裏山でべあって吠えでらの」
「べあー」
「んだの」
「あ、カレー、牛乳!」
「紙パックの250が氷室さ入ってる。こごの地下な。配食んどきに出すど、温ぐなっからな」
「え、毎日2リットル!」
ヨモは本気と冗談が同時に言えるまでには回復する。
「なだら水替わりに飲んでだもんな」
「ここの牧場とかにある?」
「あるけど腹下すんでねぇがな。牛って牛でねぇどたしか。現地人も飲まねぇでヨーグルトにしたりとか、加工したもんでねぇとな。あ、飲むヨーグルトか」
「それそれ!」
「ここ来るどき大工見たべ? 奴等だらヨーグルトみてぇなのに塩とな、なんか竹の柔らけぇみてぇな、サトウキビっぽいやつの汁混ぜだやつを昼飯代わりにしてんだよな」
「美味しい?」
「おめ、松の油嗅いだことあるべ」
「えぇ、あれのにおい?」
「鼻でねくて口さあんな感じすんだよ」
「ヨーグルトだけは?」
「あれがよ、味のねぇ脂肪っつーか、脂肪のメレンゲって感じだな。なんまらくどい。舌っつーか、骨に残るんでねぇかってぐらいくでぇで。奴等と口の造り違うんでねぇがな」
ヨモは皮むきを終えてチャーハン作りを手伝う。コロッケを揚げた油を再利用し、溶き卵だけで作る。両手で振る特大中華鍋も片手で、始めは慎重に、徐々に大胆に振る。
サラダやスープなどの細かいサブメニューは作っている暇が無い。出来たコロッケ、チャーハンが揃ったら準備良し。ステンレス板1枚にへこませて仕切りが付いただけの食事プレートを用意。
「ほんだら、そこさ梯子あんべ、煙突掃除の奴だけど、あっこから登って屋根の上で鍋ぶっ叩いでママだどっで喋れ。デッケェ声な」
「うん!」
ヨモは壁際煙突脇の梯子を登り、短い横道、排水溝を越えて基地屋上へ。鐘楼と煙突、機関銃座以外に2階に当たる構造物は無い。見張りの当直が腹を空かしてうずうずしていて、ヨモの姿を見るなり「飯!?」と言い「うん!」と答える。
改めてこの異界、基地周辺が目に入る。変わらず遠景は曇り、火炎の舌がちらつく。太陽は地球と変わらないようだが、煤煙が厚くて薄暗い。
正門側、少し前に襲撃してきた敵の本拠地はそちらへ下った谷の底。剥げた草が街道になっている。
反対の太陽側に下れば森と彼方に海岸線。
東西は良く分からないが、正門を上にすると右側へはひたすら尾根が続く。左側は、高度は不明だが高原地帯に見えなくもない。
基地左側、癖毛の長髪がまるで縦巻きロールと化そうとしている長寿の者がいた。既に少女は卒業していようか、野戦服ですらなく現地の貴婦人服を着て日傘まで差してお洒落に、慰霊碑を前に合掌。そして腹を両腕で抱えてうずくまった。
屋根を伝ってヨモは端まで行って声を掛ける。
「大丈夫?」
それに対し長髪女性は人差し指を口に当てて「しー」と静粛を願い出た。異様さに気付くまでには間がある。腕が4本あるのだ。
デスマスクと呼ばれた異界人、脚が4本であった。ならば腕が4本ある現地人もいるのではなかろうかと思えたが、顔は地球の同族である。
「おらぁ、ママだどー!」
トウコの鍋をガンガン叩いた大声の後、4本腕は立ち上がってスカートの端を持って一礼。
「ヨッモこっちゃ来いじゃ! ママ出すど!」
「はーい!」
ヨモは梯子を下り、廊下を鳴らす姉妹達の殺到を耳で聞く。
厨房の配食口に立って、大皿でチャーハン、どんぶりでカレーをすり切りで手早く計って食事プレートに盛り、コロッケを2つ、牛乳パックを1つ乗せる。
1番着はあの突撃大将首狙い。綺麗なシャツ1枚にスリッパ履きで、潰れた目以外は重傷の跡も無い。通常は当日で怪我など治癒しないものだ。
「あっ!? お前荷物置いて風呂先に入っただろ!」
「うるせじゃタマこらパンツ履けマンコのゴミ落づる!」
隻眼の【剣持玉】は怒声を上書きしたトウコの圧力に負けてワっと叫んで走り去った。
「ママけじゃこら!」
飯は食えと怒鳴りながら2番着から配食を始める。大皿、どんぶり、コロッケ2つ、牛乳1つ、「いただきます!」「あいよ!」の繰り返し。
その昔はビュッフェ方式だったが道具の扱いも盛り方も取り方もめちゃくちゃで中止された。
「2枚頂けますか」
大体がガっと叫んでバっと動く者ばかりの中、声も足取りも落ち着いた4本腕が、タマの脇を猫みたいに下の両手で抱え上げてやってきた。
「おうお嬢、頭さワガメついでらど」
年上は「んふ」と軽く笑うだけで、抱えたタマを少し持ち上げる。
「ほら、ごめんなさいは?」
「おえんあさい」
「噛んで食えよ」
大皿、どんぶり、コロッケ2つ、牛乳1つを2回。年上は空いた両手でプレート2枚を受け取って食堂の席へ。
タマはむくれ、背中を撫でられながら食べ始める。年上は行儀良く、その隣の席を巡って少女達が「お姉様の隣!」と争いを始め、一堂正座からの”お姉様”の拳骨が落ちる。一撃で発狂したように鳴かせてから「良い子ね」と優しい言葉をかけた。
「トコちゃん、あの人どっちの人?」
「お嬢が。あいだばインドの神様みてぇだけどジャパニーズだど。名前でいっつも呼ばねっからなんたっけ、あれあれ、タキのハリカだな。こっちゃ来てから腕生えだんだど。なまら強ぇど、エースだ。おっちょ婦人だな」
「ごはんの時の、お腹抑えてたんだけど」
「あいだら良振りこぎでじょっぱりだからな! 1発食らったんだべ。痛ぇ振り人の前で見せねんだ」
【滝葉梨花】、ヨモの視線に気づいて空いた手で指だけ交互に前後させて振る。
「ほれ、わたくしお洒落ですのよってやってらで」
「ごちそうさま!」
「はーい!」
食べ終わり、充分に舐められたプレートが配食窓口と別の返却口へ置かれる。配食の初期の勢いを失ったが今度は洗い物の時間。
「洗うのは始めに砂で擦って落どす。水勿体ねぇじゃ。普通の洗剤だら腐ったり虫寄ったりすっがらよ、そうでねぇエコなんちゃら洗剤だらっての使うんだけどよ。油強ぇのなんので使い分げしてんだけど、あー、こっつはまあ、おめは後でいいじゃ。今日はママ出してろ」
トウコが洗い物を始めてヨモは配食。カレーは油汚れがしつこく、洗う方が手間である。次々と食べ終わったプレートが「ごちそうさま!」と返され「あいよ!」とトウコが洗い始める。タマも「おっそーさぁ!」と叫んで「あいよ!」と返す。
「ヨモ子や、ここだばいくら喧嘩して憎たらしくてもママかせね、だどが、来んなじゃ、とが言ったらわがんねど」
「うん」
「ここさくる”シ育”の、国の施設育ちな、奴等だらバサっと突っ込んでくたばるように育ででっからよ、あんだのよ。堪え性だの何だのがねんだな。そんだから死ぬとか恐いとか考えねぇでバっと動けんだけどよ。普通の家で育ったわ達ど役割違うんだな」
「うん」
「ご苦労様。新人さん?」
「あ、はい!」
配食窓口に来たのは、真っ白な髪の柔らかい雰囲気の女性である。彼女だけ正式な准尉肩章付きのワイシャツ・ネクタイの軍服で、略章が胸に並ぶ。
「おう、ユッコや! お医者終わっだのがや?」
「うん」
「そこのデケぇ熊みてぇの、わの従妹だで」
「よろしくね」
「くまー、じゃなくて、べあー」
両手の平を見せるヨモの熊ポーズへ、【藤波勇子】は微笑んで「くーまっ」とハイタッチ。
「その白ぇの、隊長だど」
「隊長閣下!」
「ユウコでいいよ」
「ユウコちゃん!」
「はあい」
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