マジカルハーフ ~狗の命は短くて乱れし世にのみ生かされる~

さっと/sat_Buttoimars

01:異界入り

 晴れているが白いもやが掛かっている。霧が出るような湿気は感じられない。

 大気汚染。この異界では至るところで原油と天然ガスが湧き出し、何時の頃からか野火や落雷で生まれた火の手が点々と見える。風に焼けた臭いが乗った。

 小銃と軽機関銃で武装する先輩少女達と、作りかけで放置された防壁の基礎部が囲んで守る中、小ゲートから渡ってきたばかりの新参”少女隊”が現れる。

 似合わぬ野戦服姿で背嚢を背負い、揃って流れ作業の短髪刈り上げ頭。緊張の面持ちで続々と10cm程度地表より浮くオパール色のやや不定の円柱体より、一瞬静止した姿が確認されてから降りる。段差に「わっ」「きゃ」「くそ」と声が上がる。

 14歳の頃に合わぬ小柄が多い中、一際発育の良い少女がこのゲートの高台より谷の下を眺め、水滴付きのラップ包みからおにぎりを開封して食べる。なま物は痛みやすいので機会があれば逃してはいけない。

 形が悪く、噛めば崩れるおにぎりの具は無し。天日干しの岩海苔で包んで醤油を掛けたもの。

「何食べてるの?」

 眼鏡を掛けた新参少女が特殊技能でしていた趣味の野鳥観察を止め、その大柄な同期に声を掛ければ「にひっ」と笑って答える。

「カンちゃん、彼氏、へたっぴ」

「彼氏いるの!? お話みたい!」

「へへ、冗談だよ。従弟のチビちゃんです」

「イトッコ?」

「えーっと、お母さんのお兄さんの息子。小学生」

「へー、わたし”シ育”だから」

「シーく?」

「ほら、これ、ぶっさいく」

 眼鏡の少女が指差したのは己の、目の高さにある一文字の消えない古傷。

「そんなことないよ!」

 大柄な少女が食べ掛けのおにぎりを口に放り込んでから、眼鏡の少女の顔を海苔と醤油くさい手で包んだ。

「はわいいお」

 物を口に入れながら”可愛い”と言えば眼鏡の少女の顔が赤くなる。そして手にはもう一つのおにぎりが握らされる。こちらは形が良い。

「……んっく、これは友情のおにぎりあげる、だよ!」

「あの……」

「私はヨモ! あなたは?」

 眼鏡の少女が名乗りを上げようと息を吸い「お前等うるっせぇぞ!」と先輩少女の一人が怒鳴って中断。

 怒鳴るその姿は周囲より浮いて、汚れたダボダボのシャツ一枚で裸足。指と歯が足りずパンツは履いていない。

「すいません」

 髪の長さが生存期間を語る先輩少女達は新参を囲んで見定めているのではない。神経を尖らせて周辺を警戒しているのだ。目新しい異界の風景に雑談が弾んでいた少女達も口を閉じる。

「なんだその飯は!?」

「従弟に作って貰いました」

「イト? なんだお前”パン育”か、馬鹿にしてんのかこら!」

「え、えー? パンじゃないよ、お米だよ」

 眼鏡の少女が激しくヨモに体当たり、両者倒れ込む。”可愛い”と言った顔は止まり、口から気泡混じりの血と涎が垂れ下がった。その背中に矢が突き、抜けた鏃はおにぎりも砕いてヨモの脇を抜けた。

「敵襲!」

 先輩少女が叫んだ。

 軽機関銃兵はその場に座り、不退の姿勢で谷の下より駆け上がって来る異界の軍勢に弾幕を浴びせる。左右より、交差するよう十字砲火で隙を消す。

 異界人は人型である。目が大きく耳が尖って、地球人の美的感覚で不気味の面相。エルフかリトルグレイに例えられる。

 不気味の異界は科学技術など中世の程度で、その武装は鉄と革、剣と槍である。このような者達によって地球は存亡の淵に立たされた。

 鉄で補強したような木と革の盾を貫き、5.56mm弾は雑兵達の数打ち鎧を貫き、皮と肉を破って骨と内臓を刻み回して殺戮。まるで勝負にならぬようで、脅威はその雑兵ではない。

 雑兵より立派な甲冑を着たまるで騎士か武士の装甲兵が進み出て、銃弾はかすりもせず見えない壁に反らされる。魔法の斥力場による防御はことごとく通常兵器を無力化した。

 軽機関銃兵は逃げるべきかもしれないが、まだ座って雑兵を減らす。

「横隊整れーつ!」

 号令をかけたのはシャツ一枚の先輩、新参警護の指揮官だった。

「構え!」

 綺麗とはいかないが、小銃兵が横一列に並ぶ。少女の体格に合わない、太く長く重たい対斥力火器を構えた。

「魔ぢから込め!」

 通常、前線に立って死ぬのは大人の男の役目である。しかしここで少女が務める理由がこれである。

「撃て!」

 5.56mm弾とは比較にならぬ大音、20mmボルト弾の一斉発射。装甲兵の斥力場に削られ発火燃焼後に貫き殺す。チンケな鉛弾には毛程しか乗らぬ、威力に転化される殺意の魔力が劣化ウランの重たい矢に大盛り。

 それでも斥力場により劣化ウランボルトを凌ぐ猛者が敵にはいる。魔力の強さは個々それぞれ、下は鉛弾に鏖殺される雑兵から、上には最終手段しかない英雄がいる。

「デスマースク!」

「装爆! 雷剣ピン外せぇ!」

 銃兵達はポケットからC4爆薬ブロックを取り出し、銃剣に突き刺して紐付き安全ピンを抜いた。そしてショベルハンドル型の銃床を握る。

「突撃前へ、進めぇ! ア……」

 ――耳をつんざく奇声絶叫。

 突撃の先には明らかに他と姿が違う白仮面黒甲冑の、下半身を馬の首下と取り替えたような四本脚の異形がいる。

 草土削って走り突撃する銃兵、少女達に生き残る雑兵が矢に投石を浴びせるがこれは斥力場に反らされる。そうでなければ大人の男に代われない。

 軽機関銃が減らしに減らした雑兵はあとわずか。突撃する少女達が足蹴に踏み越える程度。立ちふさがる装甲兵には装爆銃剣が突き付けられ、強く触れて雷管が起爆。当てられぬのなら地面でも突けば良い。諸共吹き飛ばし、骨肉鉄片になって刺さる。狂気の自爆特攻は異界の職業戦士も慄かせる。

 爆弾を投げつけるなど臆病弱兵の無意味な戦法である。肉弾で斥力場を相殺し直撃しなければ爆風も届かない。玉砕こそが被害を最小にする。

 骸の山となった先達が彼女達に教える。玉砕の機会を失い、白兵戦となれば体格も経験も劣る少女などねじ伏せ首を切られる。撃剣の読み合いも不要に一刀斬殺が当たり前。時に魔力にて筋力が優越することもあるが、圧倒的な組み討ち経験の差を埋めることは少ない。

 敵装甲兵は武門の生まれ、武術に邁進してきた達人。撃ち合いならば分が有り、打ち合いでは一切勝ちの目が無く、銃剣格闘で張り合うなど夢のまた夢。歴代既に試された。ならば絶叫の中で諸共爆ぜるが最効率。敵に経験不足の少年兵もいるが、希望的に観測している暇はいつも無い。

 デスマスクは特攻より走り逃げながら長剣を投擲、斥力場を易々貫き、避ける姿勢も見せぬ少女の胸を刺し貫き、手で空を切るように抜こうとしたが抜けない。

 貫かれた少女、長剣を抱えて瀕死ながら肺出血を口から吐き吠え堪える。隣の少女が更に抜かせまいと柄に飛びつくが螺旋に巻かれ、掴む手骨を砕かれながら胸から背に、頭から突破、開けた穴にねじ込まれて嵌る。

「敵将首ィ!」

 途中から横隊より飛び抜けた俊足で掛けたシャツ一枚の指揮官、装爆銃剣をデスマスクに突きつけるがもう1本の長剣にその切っ先だけ打たれて爆裂、地面を水切り石のように飛ぶ。

 英雄の斥力場は強固。だが直撃ではないにしろ至近での爆裂により、手に頭を振って嫌がり、操る長剣も投げ捨てデスマスクが背を見せようとした。

 隙有り。掘った薮下より、虫の姿勢で這い寄った異界装甲兵の如き者が短槍先をその尻、肛門に突き入れた。返しの後ろ蹴りが短槍使いの腹を打つ。

 全力で逃げに徹して走るデスマスクは早送り映像のような疾駆にて領地である谷底に消える。途中から空飛ぶ長剣2本も続いたことから正気を保ったままのようである。

 これに短槍使いは、穂先の付着液量へ不満を表明するよう指先で血をなぞり払う。手応えが浅い。

 その供の兵達も逃げ、その背中に銃弾とボルトが撃ち込まれる。安全ピンが再度差し込まれ、爆薬を外した銃剣で突く。ある程度、敗北しながらも統率が取れていた敵軍が瓦解。

 それから優位を確信し、興奮する少女達はけたたましく笑いながら即死を狙わず殺して回る。隠れ、予備待機していた異界甲冑装備の装甲隊が加わる。

 ボルトを撃ち出すボルトガンはとにかく重くて頑丈。棍棒のように滅多打ちにして良し。

「ホムーラン!」

「盗塁!」

「ボディーはやめな、顔だよ!」

 変形するまで殴って蹴った異界人の兜を強引に脱がして顔を削る遊びが流行。装甲兵が主な標的で彼等は基本的に捕虜にしない。魔力を持つなら拘束しても脅威である。

 逃げる脚も竦んで降伏した雑兵は嬲り殺されず武装解除される。こちらは使い道が色々とある。

 負傷者は応急手当がされて基地まで運ばれる。新参少女達はまだ順番に現れている最中。

 死体も装備も、早速新参少女達を使って搔き集められる。地球の動物ドキュメンタリーでは聞けない鳴き声が周囲から遠く重なって響いており、早く掃除をしないと異界の虫と獣が集って面倒なことになる。

 まだ武器も持たされていない新参少女達には突然の血みどろに言葉も無い。総員204名、死者1名が揃ったところで、特攻で吹っ飛んだはずの指揮官が弾けたシャツも無く、少年のような裸に潰れて涙のように血を流す左目も隠さず、全身打撲の痣を見せながら彼女達の前で仁王立ち。魔力高まればあれでも死なない。

「ようこそ妹達、これが少女隊だ!」

 ここが異界からの侵略者への逆襲橋頭堡、その数ある小さな1つの渡島大島小ゲート。

 ここより前線基地までコンクリート道路の1本で繋がる。

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