第14話 旅が始まった!2(シエラ視点)

 このベニテダという男が、私の目の前に現れた理由は何だろう?


 私の『誰にも負けない』という独り言が、気になっていたようだけれども。


「君は、シィタより強いのかな?」


「さ、さあ? というかシィタって誰ですか?」


「シィタは僕の相棒さ。さて、せっかくだから、君とシィタのどっちが強いか、今から確かめてみてくれない?」


「……」


「だめかな?」


 なんだか、この男の話し方が気に障る。

 

 それに、この男からはどこか危険な香りがする。

 

 真面目に取り合わないほうがいいかもしれない。


「すみません。先を急ぐので」


「そっかー。それは残念だ。仕方ない。シィタには、向こうの街を襲わせよう」


「えっ、今なんて?」


「だから、シィタに街を襲わせるんだよ。そうすればきっと、街を守るために強い人が現れて、シィタと戦うことになる」


 やはり、この男は危険な人物だったか!


「なんでそんなことを!?」


「なんでもいいじゃん。君には関係のないことさ」


 この男がシィタに襲わせようとしている街は、テルールがいた街で、私はテルールとは関係のある人で、だから、この男がやろうとしてることは、私には関係のないことではないわけで。


 いや、それ以前に、街を襲うなんて危険な行為を無視できるはずがない。


 つまり、私が言いたいのは……。


「させない!」


「ふふっ。戦う気になったようだね。それじゃ、シィタを召喚するとしよう」


 男はそう言うと、懐からキノコを取り出した。


 見たところ、キノコの種類は、おそらくだが椎茸だと思う。


 それはともかく、キノコを取り出して、何をするつもりなのだろうか?


「いでよ、シィタ!」


 男は、持っていたキノコを宙に放り投げた。


 キノコが重力に従い落下を始めたかと思えば、突如木くずの竜巻がキノコの周囲を覆った。


 風と木くずが吹き荒れる。


 やがて、それが地面に到着すると、木くずの竜巻は消え、中から手足を生やした人間サイズのキノコが現れた。


「何が起きたというの!?」


「くくくっ。いい反応をしてくれるじゃないか」


「これは、魔法なの?」


「どうだろうね?」


 相変わらず、腹立たしい奴。


 なにはともあれ、今、目の前にいる、この人型のキノコがシィタということだろう。


「さあ、素晴らしい戦いを見せてくれよ」


「すぐ、終わらせてあげる!」


 白い刀を右手に強く握って、シィタに近づき、胴体を横一閃に斬りつける。


 しかし、シィタは素早く後ろに跳び、この攻撃をかわした。


 そして、すぐさま私の左側へまわると、勢いのある右ストレートでぶん殴ってきた。


 私はとっさに左腕を出し攻撃を受け止めたが、衝撃に耐え切れず、吹き飛ばされた。


「ぐぁ!」


 元はキノコだというのに、どうして重い一撃。


 どうやら、思ったほど簡単にはいかなそうだ。


「おやおや、大丈夫かい?」


「この程度……ぐっ」


 左腕が痛む。


 動かすのは、難しそうだ。


「君は、その刀があれば負けないんだよね?」


「ええ。私はそう思ってます」


「なら、次は右腕を狙おう。そうすれば、刀を握っていられなくなる。――いけ、シィタ! 奴の右腕を狙え」


 ベニテダの指示に従うように、シィタは私の右側へまわり、右腕めがけて殴りかかってきた。


「忠告、感謝します!」


 狙いがわかっていれば、対処は容易い。


 私は、なるべく攻撃をひきつけてから左斜め下に身体をかがめて攻撃をかわした後、刀を下から上に振り抜き、反撃を試みた。


 しかし、シィタはとっさに身体を引き、またもや私の攻撃をかわしたのだった。


「くっ」


 私は、素早く後ろに跳び距離をとり、体勢を整えた。


「うーん。君の言う通り、その刀は優れた刀なんだと思うけど……どうしたもんか」


「何か問題でも?」


「君、強くないね」


「なっ!?」


「だって、動きにキレがないんだもん。そんなんじゃ、いくらやっても、シィタに攻撃を当てられないよ」


 腹立たしいことに、この男の言うことは、あながち間違いでもない。


 実際、この刀は優れた刀なのだが、私がそれを使いこなせていないわけだ。


 私がこれまでによく使っていた武器は木刀であり、金属製の刀の扱いには慣れていない。


 それが、動きのぎこちなさに、つながっているのだ。


 慣れない武器で戦うのが、これほどまでに、戦いに影響を与えるとは……。


 面白い発見ではあるが、この状況においてはあまり良いことではないな。


「今の君を倒したところで、あんまり面白くはないや。そうなると、やっぱり、街を襲って強いやつが現れるのを期待しよう」


「そんなことはさせない!」


「なら、もっと本気を出してくれよ。僕は、シィタの強さをちゃんと測りたいんだから」


「強さを測る……。なんのために?」


「なんのため、だって? そりゃあ、更に強くなるためだよ。シィタの今の実力を知り、何が課題なのかを明らかにするのさ」


「それで……それで、更に強くなってどうするの?」


「君もおかしなことを聞くね。強くなること、それ自体が目的なんだよ。シィタは、それを望んだ」


「強くなることが目的……」


「理解できないかい?」


 理解できない、と言い切れたら楽だったのに。


「……それでも、街を襲うのは許すことが出来ない」


「そうかい。それなら、話は最初に戻るね。──もっと本気を出してくれ」


 男はそう言うが、私は決して手を抜いていたのではない。


 いや、男もそういうつもりで言ったわけではないか……。


 もっと力を出すには、やはり──。


「おーい! シエラー!」


 突如、街の方角から誰かに名を呼ばれた。


 声の方を向くと、そこに見えたのは、こちらに走ってくるテルールの姿だった。


「来てはだめ!」


「えっ!?」


 テルールは私の忠告に驚きつつも、即座に足を止め、その場に待機した。


 私は、ベニテダの方に振り返り、軽く睨みつけた。


「安心しなよ。今の標的は君だけだ。彼女を襲うつもりはないよ」


 ベニテダは真面目な顔で淡々と話す。


「そう。だけど、その言葉を信じていいのかしら?」


「まっ、当然の反応だね。でも、信じてくれ。そんなつまらないことはしない。って、口で言ってもしょうがないか。うーん、どうしたら信じてもらえるかな?」


「まあいいわ。ひとまずは信じましょう」


「信じてくれて、ありがとう。嬉しいよ。──あっ、でも、もし彼女を傷つければ、君が怒ってパワーアップする、というなら話は別かも」


「貴様!」


「ハハッ、冗談だよ」


「ふん。つまらないことを言わないでちょうだい」


「ごめん、ごめん。──さあ、シィタ」


 ベニテダはシィタを呼び、自身の隣に並ばせた。


 そして2人はあぐらをかいて座ると、ベニテダは胸の前で腕を組み、シィタは膝の上に手を乗せた。


「君たちの話が済むまで、僕たちはこのまま待機しているよ」


 ベニテダの言葉に嘘はないだろうことが、雰囲気から伝わってきた。


「わかったわ」


 私はベニテダの言葉を信じ、立ち止まったままのテルールの元に駆け寄った。


「お待たせ。テルール」


「ねえ、シエラ。これはどういう状況?」


「えっと、修行というか、なんというか、まあ、ちょっとした手合わせだよ。……それより、テルールはどうしてここに?」


「あっ、うん。実はシエラに見てほしい物があって……」


 テルールはそう言うと、背負っていた革の袋から何かを取り出し始めた。


「はい、これ!」


「これは!」


 テルールが取り出したのは木刀で、一般的な見た目の木刀だった。


 言い換えれば、他の木刀と比べても遜色ない、美しい木刀ということだ。


「シエラと別れた後、すぐに木材を買って作ってみたんだ」


「すごい行動力だ」


「体がうずいちゃって」


「これが初めて作った木刀ってことだよね?」


「そうだね」


「すごいよ。初めてなのに、すごい出来だ。やっぱりテルールは腕が良いね」


「えへへ。ありがと。木材の加工は、金属の加工とは勝手が違ったけど、楽しかった!」


「そっか、それは良かった」


「……ねえ、シエラ。たしか今、手合わせをしていたんだよね。もしよかったら、これを使ってみてくれないかな?」


「いいの!?」


「もちろん! 使い心地がどんな感じか試してほしいの」


「うん。わかった。じゃあ、こっちの刀は一旦預けるね」


 白い刀をテルールに差し出し、代わりに木刀を受け取る。


「テルール。今から手合わせを再開するから、見ててね。ただ、巻き込まれると危ないから近づきすぎないように」


「了解」


 テルールの木刀を手に、ベニテダたちのもとへ向かう。


「話は終わったかい?」


「ええ。そして、本気で戦う準備も出来た」


「へえ。その手にあるのは木刀かな? 君ってマゾなんだね」


「あなたは何か勘違いしているようね」


「勘違い?」


「ええ。とはいえ、口で説明しても仕方がないでしょうけど」


「ふふっ、そっか。──それじゃ、勝負再開だ!」


「来い!」


「行け! シィタ!」


 シィタは正面から迫りきて、拳を振るってきた。

 

 私は木刀でそれを受け止める。


 ドッ!


 木刀と拳がぶつかる音とともに、激しい風が周囲に吹き荒れる。


「おおっ!」とベニテダの驚く声が聞こえた。


 シィタは攻撃の手を休めず、幾度も拳を振る。


 私はそれを何度でも木刀で受け止める。


 ドッ、ドッ、ドッ──。


 激しいラッシュが続く中、シィタに生じたわずかな隙。


「そこだ!」


 素早く木刀を振り抜き、シィタに攻撃を与える。


 シィタは衝撃で後ろに吹き飛び、ベニテダの横に着地した。



「いやいや、すごいね。さっきまでとは、段違いの強さだ」

 とベニテダが感心したように言った。


「これで分かったかしら?」


「そうだね。──さあ、シィタどうする?」


 ベニテダの問いかけにシィタが静かに頷くと、突如、木くずの竜巻がシィタを覆った。



 相変わらず、激しい竜巻だ。これじゃ、手出しはできそうにないな。



 風と木くずが吹き荒れる中、私は竜巻が収まるのを待つしかなかった。


 しばらくして、木くずの竜巻が収まると、そこにシィタの姿は無く、単なるキノコがあるだけだった。


 ベニテダはそのキノコを拾い、懐にしまいながら


「うん。賢明な判断だ」


 と呟いた。


「あら、もうお終い? 大したことなかったわね」


「戦略的撤退というやつかな」


「ものは言いようね」


「手厳しいね。まあ、とにかく今回はここまでだ。また、会おう」


「いや、もう会いたく──」


 私が言い切る前に、ベニテダはキラキラとした粉を立ち込めさせ視界を遮ると、姿をくらませた。


「はあ。変なやつに目をつけられちゃったかな?」


「シエラ! 大丈夫?」


 少し離れたところから見守っていたテルールが駆け寄ってきた。


「うん、大丈夫。とりあえず、無事に終わったみたい」


「良かった。それにしても、シエラって強いんだね」


「いやいや。この木刀のおかげだよ」


 テルールの作った木刀は、さっきまで使っていた金属製の刀より、段違いに扱いやすかった。


 それは、私が長い間、故郷で木刀を使って修行をしていたため、木刀の扱いに慣れていたからだろう。


 では、私が故郷で長年使っていた木刀と、テルールが作った木刀で、使い心地に違いはなかったのか?


 答えはノーだ。


 テルールの作った木刀を使ってみて、私はそれなりの引っ掛かりを感じた。


 引っ掛かりを感じた、というのはつまり、違和感があったということだが、この違和感というのが、ネガティブな意味ではなく、うーん、そうだな……言い換えるなら『可能性』という言葉だろうか。


 そう。私はこの木刀に、そしてテルールに、可能性のようなものを感じたのだ。


 これは、とても喜ばしいことだ。


 この星に来た意味を、こんなにも早く見つけられるなんて、私は運がいい。


「さてと、この木刀は返すね」


「えっ、別に貰ってくれていいのに」


「ううん。出来れば、これはテルールの目につくところに、飾っておいてほしいな」


「それって……」


「うん。もう行くよ」


「それじゃあ、こっちの刀は持っていくよね?」


「いや、その刀も返すよ。ただで貰っていい代物じゃなかったみたいだったから」


「気にしなくていいのに。というか、困らない?」


「身軽な状態で旅立ちたいし、それに……色んな武器を使ってみたいんだ。もし、この刀や木刀を持っていたら、他の武器をわざわざ手に入れなくてもいいかなって思っちゃいそうで」


「なるほど。武器を何も持ってなかったら、何かしらの武器を手に入れる必然性が生まれると」


「そういうことだね」


 もともと、故郷から木刀を持ってこなかったのは、それが大きな理由の1つであった。


「それにしても、色んな武器を使ってみたい……か。なんだか似てる」


「そうだね。だから、木刀の作り方をテルールに教えたの。共感できたから」


「そっか。……うん! 決めた! あたし、これから木刀作りに励むよ。そして、シエラが二度と手放したくなくなるほどの、すごい木刀を作ってみせる! これは、あたしからシエラに対する挑戦なの!」


「ふふっ、楽しみ」


「だから、必ずまた会おう」


「うん。――それじゃ、行くね。バイバイ。テルール」


「バイバイ。シエラ。また会う日まで」


 テルールに見送られながら、私は旅立つ。


 次の星の目指して――。

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