第11話 単なる水流だとしても2
「な、なんだ!?」
シエラは水流の発生源である方角へ、視線を移す。
そこにいたのはエマ。
エマは
「対処が遅れてごめん!」
と謝ると、シエラの側に駆け寄った。
「大丈夫?」
「うん。それより、今のはエマの魔法……だよね?」
「そうだよ」
「攻撃魔法みたいだったけど?」
「ミィアストリームは敵を遠くに押し流すだけの補助魔法。相手にダメージを与えることはできないの」
「なるほど」
シエラは、クレバーゴブリンの方を向いた。
クレバーゴブリンは遠くに小さく見える。
「しかし、困った」とシエラは嘆く。
「なにが?」
「私の攻撃が当たらんのよ」
「ああ、なるほど。反応がいいよね。あのクレバーゴブリン」
「うん。でも、さっきのエマの魔法は避けなかったね。いや、避けられなかったというほうが正しいのかな。たぶん、あの水流の速さに対応できなかったんだ」
「でも、あの魔法は相手にダメージを与えることはできないんだよなぁ。無念だぁー」
とシエラたちが話している間にも、クレバーゴブリンは徐々に距離を縮めてきていた。
「とにかく、攻撃を当ててみせる! 攻撃再開だ!」
シエラはクレバーゴブリンに向かって走っていき、木刀を振った。
しかし、クレバーゴブリンはとっさに後ろに飛び、シエラの攻撃を回避した。
「まだまだ!
シエラは指の先から多数の小さな弾を放射状に発射した。
種子散弾という攻撃は、遠くにいくほど弾が広がる特性があり、狙いを正確に定めなくても当たる可能性が高い。
しかし、クレバーゴブリンは弾の間を縫うように、体をくねくねと動かし、弾を回避したのだった。
「これもダメなの!?」
うろたえるシエラのもとに、クレバーゴブリンが向かってきて棍棒を振りかざす。
「しまった!」
「キッ!」
「ミィアストリーム!」
クレバーゴブリンの攻撃がシエラに届く前に、エマの魔法がクレバーゴブリンを遠くへ押し流した。
シエラはエマの側に戻り
「ありがとう、エマ」
と声をかけた。
「どういたしまして」
「しかしやはり攻撃が当たらない」
「困ったね」
「そして、エマの魔法は当たるが、ダメージは与えられない」
「……うん、ごめん」
「いやいや、謝ることじゃないよ。……しかし、どうするか」
シエラは、どうすれば攻撃を当てられるのか考えた。
(もし、リアンだったらあの俊敏さを生かして、相手が反応する前に攻撃を当てることができるだろう)
(エイダンさんだったら……どうするのかな?)
「あぁー、ミィアストリームが攻撃魔法だったらよかったのに。敵を押し流すだけだもん」
とエマが残念そうに呟いた。
「押し流すだけ……か。――いや、そうか!」
「どうしたの?」
「いいこと思いついた。エマは私の合図でクレバーゴブリンに向かってミィアストリームを発動して」
「――うん!」
シエラが何をしようとしているか。
シエラは説明しなかったし、エマは聞かなかった。
「キィキィー!」
遠くに押し流されていたクレバーゴブリンが、声を荒げながらこちらに走ってきた。
「エマ、今だよ!」
「うん! ミィアストリーム!」
勢いのある水流が、クレバーゴブリンに向かって放出された。――と同時に、シエラが、木刀の先端をクレバーゴブリンに向けた状態で、水流に乗せるように木刀を振り投げた。
「貫け!
シエラが振り投げた木刀は水流に乗り、矢のように勢い良く進み、瞬く間にクレバーゴブリンのもとに届いた。
矢のように速い木刀を避けられるものなどいるだろうか。
いや……いない!
「ギャ!」
クレバーゴブリンは、矢のように速い木刀をくらい、その場に倒れ、やがて姿を消した。
シエラはトタトタと歩き出し、木刀を回収すると、エマの元に戻った。
「すごかったね! 木刀がすごい速さで飛んでいったよ!」
「上手くいってよかった」
「よくこんな方法を思いついたね?」
「まあね。実は、エマのミィアストリームが、押し流す魔法だと改めて言われたときに、あることを思い出したんだ」
「あること?」
「何かというと、それは『流送』なの。川の流れを利用して木材を運ぶ方法のことね。そこから、エマの水流を利用して木刀を押し流そうと思いついたんだ」
「ふむふむ。なるほどねー」
「ちなみに武器を投げようと思えたのは、エイダンさんのおかげだけどね」
「うん? エイダンさん?」
「いや、何でもない」
「でも、そっか。色んな所から新技のヒントを見つけてるんだね。……ワタシも新技を使えるようになりたいんだけど、どうしたらいいかイマイチわからなくて」
「そうなの? まあ、困ったときは仲間に相談するといいよ。きっと、みんな相談に乗ってくれると思う。もちろん私も相談に乗るし」
「そっか。そうだね」
「うん。――よし。それじゃあ、帰ろうか」
「あ、ちょっと待って」
エマはそう言い、どこかに走っていき姿を消すと、しばらくすると何事もなかったように戻ってきた。
「お待たせ。さあ、帰ろっか」
「あっ、うん」
シエラたちは秘密基地に向かって歩き出した。
「ねえ、エマ。さっきは何をしていたの?」
「えっとね、これを採ってたの」とエマは
「ああ、薬草か」
「うん。これを使って回復薬を作るんだよ」
「へえー。あっ、そういえば、エマの作った回復薬って、人間以外にも効くのかな?」
「えっ、うん、たぶん。私の作っている回復薬は、生命力を活性化させることで傷を癒やす薬だから、生命あるものになら効くと思うよ。でも、どうして?」
「いやー、魔物に使ったらどうなんだろうと思ってさ」
「ふーん、そっか。――シエラちゃん、あのさ」
「うん? なに?」
「シエラちゃんの好きな食べ物って何?」
「えー、なんだろう? ってか、いきなりどうした?」
「新しい味の回復薬を作るときの参考にしようと思って」
「なるほど。激辛唐辛子以外」
「もう」
「あはは。……好きな食べ物ね。うーん、なんだろう。……野菜かな」
「野菜かー。人参とか……?」
「いいね、人参。人参味の回復薬とか面白そう」
「そうだね。じゃあ、それで試してみようっと」
シエラたちは、その後もあれやこれやと話しながら歩き、そして無事に秘密基地に戻った。
それから任務を完了したことをケイフウに報告するため、事務室に向かった。
「クレバーゴブリンを討伐してきました」
「お疲れさまでした。――さて、ここで2人にお知らせがあります」
「なんですか?」
「実は、アイナ君が帰ってきました」
アイナというのは、長期の任務のために不在だった、ギルドメンバーの1人だ。
「わーい! アイナさんに会える!」とエマはとても嬉しそうだった。
「アイナさんはどのような人なのですか?」
「頼りになる子だね。あとは――」
「ケイフウさん! アイナさんは今どこに?」
エマは興奮気味に尋ねる。
「彼女は今、自分の部屋でぐっすりと寝ているよ。だいぶ疲れていたみたいだったからね」
「そっかー。久しぶりに、お話をしたかったんだけどな。また、明日かな」
「そうだね。――そういえばシエラ君は明日、休みだったね」
「はい」
「いいなー。アイナさんと、たくさん話す時間があるね」
「うん。色々聞きたいことがあったから、ちょうど良かったよ」
とシエラは言い、そして、琥珀のペンダントをぎゅっと握った。
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