第10話 単なる水流だとしても

「今回はエマくんとともに、ファイクスの森に行って、クレバーゴブリンの討伐をしてもらいたい」


「はい」


「クレバーゴブリンは他のゴブリンと違い、眼鏡をかけているから、それが目印だね」


「わかりました」


 ケイフウから任務を聞き受けると、シエラはエマのもとへ向かった。



「エマ、よろしくね」


「うん。よろしく」



 挨拶を交わしたところで、エマが恥ずかしそうに


「あのね」

 

 と話を切り出した。


「うん? どうした?」


「ワタシ、戦うのは得意じゃないの」


 エマの持っている武器が杖だったので、戦うのが苦手というのは接近戦が苦手という意味だろう、とシエラは理解した。


「そっか。でも、エマも魔法が使えるんだよね?」


「うん」


「それなら、離れたところから魔法で攻撃してくれればいいよ」


「ごめんね。それができないの」


「どういうこと?」


「ワタシは攻撃魔法をまだ習得していないの。今、ワタシが使えるのは補助的な魔法だけなんだ」


「なるほど。そういうことなら、攻撃は私がやるからエマはサポートをお願い」


「役に立てなくてごめんね」


「いやいや、そんなことないって。それじゃ行こうか」



 シエラとエマは秘密基地を出発し、ファイクスの森に向かって歩き出した。



「ところで、エマは戦うのが苦手って言ってたけど、このギルドに入団するための試験はどうやって合格したの?」


「試験? ああ、メンバーの1人と戦って勝利するってやつのことだね」


「うん。どうやって勝ったのか気になる」


「実は私はあの試験を受けてないんだ」


「えっ、そうなの!?」


「うん。当初、私は戦闘員としてじゃなくて、調合師として雇われていたんだ。だから、戦う必要はなかったの」


「そっか。……ところで、調合師ってなに?」


「調合師っていうのは、薬草などの素材を混ぜ合わせて、回復薬とか作る人のことだよ」


「なるほど。紫色とか緑色の奇妙な物体を鍋で混ぜ合わせる人のことか」


「それって、悪い魔女のイメージだよね……」


「ははっ、冗談だよ。あ、そういえば、入団試験が終わったときに、回復薬をエイダンさんにもらって飲んだなー。あれはエマが作った回復薬?」


「うん、そうだよ。ちなみに、効き目はどうだった?」


「よく効いた!」


「良かったー。でも、まだまだ改良の余地はあると思うんだよね」


「そっか。もっと効用を上げる感じ?」


「それもそうだけど、もっと味を良くしたいんだ」


「あー、たしかにあの薬は苦かった」


「良薬は口に苦しとは言うけど、やっぱり苦いのは嫌でしょ?」


「まあね。それで、どんな味にするつもりなの?」


「まだ明確には決まってなくて、いろいろ試してみようと思うの」


「なるほど。それなら、私が味見係として手伝うよ!」


「ありがとう! それじゃあ、まずは……激辛唐辛子味かな」


「ごめん。やっぱ、味見係は辞退するよ……」


「ふふっ、冗談だよ。――あっ、気づけば、ファイクスの森に到着したみたい」


「おおー、ここがファイクスの森かー!」



 ファイクスの森は、あたりに草や木々が生い茂っており、緑あふれる場所となっていた。



「さーて、目的のクレバーゴブリンを探索しますか」


「でも、ここまで草木が生い茂っていると、見通しが悪いから探すのは大変だね」


「たしかに。もしここでかくれんぼをしたら、鬼さんは大変だ」


「あはは、そうだね」



 とワイワイと話しながらも、シエラたちは探索を始めた。


 しばらく探索を続けていたところ「あっ! シエラちゃん見て!」とエマが声を上げた。



「どうした? クレバーゴブリンを見つけたの?」


「ううん。あそこに珍しいものが」とエマは指をさす。


「珍しいものって……うわ、何だあれ?」


 エマの指さす先にあったのは、それ自体は森の中にあっても不思議ではないのだが、見た目がとにかく異様なものだった。


 それは虹色のキノコ。


「カラフルで可愛いキノコだねー」


「たしかにね。でも……」


「どうしたの? シエラちゃん」


「うーん。私はそれなりにキノコに詳しいつもりなんだけど、あんなキノコは見たことも聞いたこともないんだよ」


「そうなんだ。もしかして新種のキノコを見つけちゃった感じ?」


「そう……なのかな?」


「せっかくだから、もっと近くで観察しようよ!」


 エマは意気揚々とキノコに近づいて行った。


「待って、エマ。なんか嫌な予感が――」


「きゃ!」


 突如、エマの頭上から網が落ちてきて、エマは捕らえられてしまった。


「なるほど、罠だったか。とはいえ、誰の仕業……?」


「た、助けてー」


 エマは網の中でジタバタとしているが、一向に抜け出せないでいた。


「あっ、待ってて、エマ。今、助ける」


 シエラは、急いで網を掴みに行き、そして遠くへ放り投げた。


「ふう。ありがとう、シエラちゃん」


「怪我はない?」


「うん。大丈夫」



 ガサガサ。ガサガサ。



 何者かが草を揺らしながら、近づいてくる音が聞こえた。


 罠を仕掛けた者が、罠が作動したことに気づき、状況を確認しに来たのだろうか。


 ガサガサ。


 その者は、草の陰からシエラたちの前に現れた。




「こ、こいつは!?」


 その者は棍棒を握っていて、そして眼鏡をかけているゴブリンだった。



「眼鏡をかけてる! ってことは、クレバーゴブリン!」


「はわわ。ど、どうしよう。心の準備が……」


 慌てるエマ。


「落ち着いて! まずは、先制攻撃よ!」


 シエラはクレバーゴブリンに突っ込んでいき、木刀を振った。



 しかし、シエラの攻撃はかわされてしまった。


 それだけでなく、攻撃の隙を突かれ、棍棒による反撃をくらってしまった。


「ぐっ!」


 その場に膝をつくシエラ。



「キキキッ!」


 追撃を加えようと棍棒を振りかざすクレバーゴブリン。



「させるか!」


 とっさに木刀を振り抵抗するシエラだったが、この攻撃もかわされてしまい、余計に隙をさらすことになってしまった。



「キィ!」


 クレバーゴブリンは再び棍棒を構えると、ここぞとばかりに、渾身の一撃のごとく、棍棒を振り切った。



「ぐはぁ!」


 強力な一撃をくらい、地面に倒れこむシエラ。



 そんなシエラの前に、クレバーゴブリンが誇らしげに立ち、そして棍棒を大きく掲げた。


「くっ、まずい!」



 クレバーゴブリンが棍棒を振り下ろそうとした、その時。


「ミィアストリーム!」


 突如、すさまじい速さの水流が、クレバーゴブリンを遠くへ押し流した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る