第8話 クールな温もり2

「急いで片付けるぞ、シエラ!」


「はい!」


 エイダンは


「ブラックスミス――弐紅短剣妖にくたんけんよう!」


 と唱え、短剣を創造し、その手に握った。



 シエラはブロンズウルフに向かって行き、木刀で斬りかかると、すんなり倒した。


「ふう、大したことないですね」


 シエラは一息つき、次の標的を定めようとしたのだが――。


「後ろだ!」


「えっ!?」


 他のブロンズウルフが、シエラの背後から飛びかかって来ていた。


 シエラは振り返って対処しようとしたが、気を緩めていたせいで反応が遅れる。


「間に合わ――」


「はっ!」


 エイダンがシエラの元に素早く駆け付け、シエラに飛びかかって来ていたブロンズウルフを短剣で斬りつけた。


「グギャ!」


「あ、ありがとうございます」


「ああ。それより、次だ」


「はい」



その後も、ブロンズウルフを倒していくシエラたち。


数がそれなりにいたため、時間がかかってしまったが、無事に倒しきることができた。



「ひとまず片付いたみたいですね」


「ああ。しかし、すでにシルバーウルフの姿は見る影もない。探し出すのは大変そうだ」


「そうでもないですよ。これを見てください」


 とシエラは地面を指差した。

 

「どれどれ……なるほど、血の跡か」


「はい。エイダンさんがつけた傷のおかげですね。これを頼りにシルバーウルフを探しましょう」


「わかった」


 シエラたちは血の跡を辿って歩き出した。


「エイダンさんは、格闘攻撃もさることながら、武器を使った攻撃も得意なんですね」


 と歩きながらシエラがエイダンに話しかける。


「それほどでもないさ」


「そういえば、ブラックスミスという魔法は、刀や短剣も創造できるんですね。大剣だけだと思っていました」


 今回の戦い以外で、シエラがエイダンのブラックスミスという魔法を見たのは、ギルドの入団試験で対決をした時だけだった。

 

 あの時、エイダンがブラックスミスで創造したのは大剣だけだったので、シエラはこのように勘違いしていたのだ。


「ふっ。この魔法はなかなか使い勝手が良くて、お気に入りの魔法だよ」


「それにしても、武器を創り出す魔法なんて、考えたこともありませんでしたよ。エイダンさんは面白いことを考えるものですね」


「はは、どうも。ちなみに、創り出す武器はギルドメンバーの武器を参考に創造しているんだ」


「そうなんですね。ええっと、短剣はリアンの武器で、大剣と刀は……誰の武器ですかね?」


「それはだな――おっと」


 エイダンが会話をやめ、足を止めた。


 シエラもエイダンに合わせて足を止める。


「血の跡が、ここで途切れているな。この辺りに隠れているのか?」


「どうでしょう? この辺りにシルバーウルフの気配は感じませんが……」


「まあ、傷もそこまで深くなかったからな。血が止まったんだろう」


「かもしれませんね」


「さて、どうするか。血の跡が無いとなると、しらみつぶしに探すしか……」


「いえ、まだ、手がかりはあります。というか足ですかね」


「足……?」


「地面をよく見てください」


「……おっ、これか。――足跡だな」


「はい。さっきまでは血の跡に意識が向いていたので気づきませんでしたが、よく見ると、地面にうっすらと足跡が残っていたんです」


「よし、次はこれを頼りに探索をしよう」


 シエラたちは足跡を頼りに、探索を続けた。



「ふう。結構注意深く観察しないと見逃してしまいそうだ」


「はい」


「しかし、こんな微かな痕跡に即座に気づくなんて、シエラはすごいな」


「いえ、それほどでも。……まあ、慣れですかね。故郷では、森の中でよく遊んでいたので」


「なるほど」


 会話を交えながら、探索を続けていたシエラたちだったが、ふと足を止める。


「なあ、シエラ。これ……」


「ええ。今までは逃げるように一方向に向かっていた足跡が、周囲を探るようにあちこちに向かっていますね」


「何か怪しいな。とにかく、今まで以上に警戒して――ふっ。噂をすれば、だな」


 突如、シルバーウルフが威風堂々といった雰囲気で、シエラたちの前に現れた。


「探す手間が省けてありがたいですね。――ですが、エイダンさん。やはり様子がおかしいですね」


「ああ。手負いだったはずなのに、やけに元気だ」


「はい。エイダンさんがつけた傷もなくなっています」


「不思議な話だな。……警戒を緩めずに戦おう」


 エイダンはブラックスミスを唱え、刀を創造した後、シルバーウルフに向かって行き、斬りかかった。


 

 しかし、シルバーウルフはエイダンの攻撃を素早く避けた。

 

 と同時に、身体を勢いよく回転させ、尻尾でエイダンを振り払い、吹き飛ばした。



「ぐっ!」


「大丈夫ですか!?」


「なんとかな。それより、あいつ、動きが速くなってやがる」


「傷がなくなったばかりでなく、なぜか能力も向上していると」


「ああ。もしかして、あいつ、奇跡の薬草でも食べたか?」


「かもしれませんね。しかし、そうなると、なかなか手強そうですね」


「いや、そんなことはない。オレたち2人なら問題ないだろう」


「ふふっ、そうですか。――それで、どうやって戦いましょう?」


「たしかシエラは、敵を拘束する魔法が使えたよな?」


「はい。根系捕縛という魔法ですね」


「オレが敵の注意を引き付けている間に、その魔法で敵の動きを封じてほしい。そして、動けなくなったところを、オレが斬りつける」


「わかりました」


「それじゃあ、いくぞ!」



 エイダンが先陣を切り、シルバーウルフに正面から向かって行く。

  

 シエラは一旦、敵の死角へまわり、そこから距離を詰め始めた。



「はっ!」


 エイダンはシルバーウルフに刀で斬りかかった。


 しかし、その攻撃は避けられてしまったうえに、鋭い爪で反撃をされてしまった。


「ぐぁ!」


 ひるんだところへ、シルバーウルフの追撃が迫る。


「ちっ! 速い!」


 避けることも、刀で受け止めることもできず、エイダンはまたしても、鋭い爪で引き裂かれる。


「ぐわぁ!」


 さらなる傷を負い、膝をつくエイダン。


 そこへ、シルバーウルフのさらなる追撃がエイダンに迫る。


「ここまでだな……」


 とエイダンは小さく呟く。




「根系捕縛!」


 死角から近づいていたシエラが、無数の根によってシルバーウルフを拘束する。


「ナイスだ。シエラ」


「やっちゃってください!」


「くらえ!」


 エイダンは刀を振り払い、根もろともシルバーウルフを斬り飛ばした。


「たたみかけるぞ!」


「はい!」


 シエラたちはシルバーウルフに追撃を加えようとする。



 しかし、シルバーウルフが後ろに大きく跳び、間合いをとったため、追撃は叶わなかった。


 そして、間合いをとったシルバーウルフは、今にも遠吠えを上げようとしていた。


「エイダンさん! シルバーウルフは、また、仲間を呼んで逃げるつもりです!」


 シエラは遠吠えを阻止しようと走り出す。


 だが、果たして間に合うだろうか。


「させるか!」


 エイダンは手にしていた刀を、勢いよく投げた。


「グギャア!」


 エイダンの投げた刀は見事、シルバーウルフに命中し、鮮烈な一撃を加えた。


 そして、シルバーウルフは、その場に倒れた後、姿を消した。


「ふう。やりましたね。エイダンさん」


「ああ」


「しかし、刀を投げるとは驚きました」


「無意識のうちに投げていたよ」


「ははっ、そうでしたか。それにしてもエイダンさんは、制球力というか制刀力がいいですね。あの距離から見事に当ててみせたんですから」


「それほどでもないさ」


「そういえば、さっきの話の続きなんですが、エイダンさんが作る武器はギルドメンバーの武器を参考にしているということでしたが……」


「ああ。まず、大剣はアイナさんという人の武器だ。アイナさんというのは、今、長期の任務で出かけている人のことだ」


「ふむふむ」


「そして、刀はケイフウさんの武器だ」


「おお、そうでしたか」


「ただ、最近ケイフウさんが刀を握る機会は、ほとんど無くなってしまった」


「そうなんですか?」


「ああ。今は事務仕事に追われていて、戦いに出かける暇がないんだ」


「へえ、そうなんですね。ところで『最近』ということは、以前はそうではなかったわけですよね?」


「その通りだ。前はカナデさんという人が事務仕事をやってくれていたんだ。しかし、カナデさんが遺跡調査に出かけることになって、そのためにしばらく仕事を休むことになったんだ」


「なるほど。今はカナデさんの代わりに、ケイフウさんが事務仕事をしているわけですね」


「そういうことだ。――あっ、このことに関して、1つ気を付けてほしいことがある」


「なんですか?」


「ケイフウさんの前で、カナデという言葉を発しないように」


「ほう。なぜですか?」


「ケイフウさんはその言葉を聞くと、カナデさんのことを思い出して、仕事が手につかなくなってしまうんだ」


「ううん? なぜ、そんなことになってしまうんですか?」


「ええっと、つまり、ケイフウさんはカナデさんが恋しいんだ」


「あっ、そういうことですか。理解しました」



 とシエラたちが会話を弾ませていたところ、ポツポツという音が聞こえ始めた。



「あっ、雨が降ってきました」


「やれやれ。本格的に降り出す前に急いで帰ろう」


 シエラとエイダンは会話を終わらせ、秘密基地に向かって走り出した。


 しかし、走り出して間もなく、ザーザーと勢いよく雨が降り始めてきてしまった。


「まいったな。まだ距離があるのに」


「ほんとに、やれやれですね」


 嘆きながらも、強い雨の中を走り続けていると、突如、ドーンという爆発音のような音と、ピカピカッという閃光が、ここからそれほど遠くはないどこかで発生した。


 落雷だ。


「キャ!」


「……シエラは雷が怖いのか?」


「い、いえ。突然だったので驚いただけです」


「そうか。それはさておき――」


 とエイダンが何かを言おうとしたところで、シエラは「はっ!」と声を上げた。


 実は、落雷に驚いた拍子に、シエラは無意識のうちにエイダンの腕にしがみついていたのだ。



 シエラは「すみません!」と言いながら、慌ててエイダンの腕から離れた。



「いや、それはいいんだが……あそこに大きな木が見えるだろ? そこで雨宿りをするのはどうか、と提案したかったんだ」


「えっ、あっ、そうでしたか」


 シエラは、自分ばかりが取り乱していることが恥ずかしくなり、思わず顔を背けた。


「どうした?」


「な、何でもありません」


 シエラは深呼吸し心を落ち着けると、エイダンに顔を向け直し、真剣な面持ちでこう言った。


「雷が発生しているときに木の下にいるのは、実は危険なんです」


「そうなのか?」


「まず、雷は高いところに落ちやすいですよね。ですから、あそこに見える大きな木に雷が落ちる可能性も高い」


「ふむ」


「そして、仮に私達があの木の近くにいるときに、雷があの木に落ちたとすると、木に落ちた雷が私達にも飛び移って流れてくる可能性があるので危険なのです。いわゆる『側撃雷』というやつです」


「そうか」


「なので、このまま急いで秘密基地に戻るほうが良いと思います」


 シエラは、雷の攻撃を防ぐ『琥珀ノ加護』という魔法が使えるため、それを使って凌ぐという選択をすればいいと思えそうだが、自然界の雷の威力は魔法の雷とは比べものにならないほど強く、シエラの魔法で完全に防げるとは言い切れない。


 また、この魔法の対象はシエラのみで、エイダンを守ることはできない。


 そのため、シエラは秘密基地に戻る選択を提案したのだった。



「わかった」



 2人は再び秘密基地に向かって走り出した。



「しかし、シエラは物知りなんだな。側撃雷なんて、聞いたことなかったよ」


「物知り……うーん、どうですかね? これまでの旅の中で、私はまだまだ知らないことばかりだな、と痛感することが多かったです」


「なるほど。たしかに世界は広いと言うからな。……オレの知らないことが、世界にはまだまだ溢れているんだろうな」


「だと思います。機会があれば、エイダンさんも旅に出てみるといいかもしれませんね」


「そうだな。ちょっと考えてみるか……」



 その後、ずぶ濡れになりながらも、なんとか秘密基地に戻った2人は、身体を拭いた後、任務を完了したことをケイフウに報告しに行った。



「2人ともご苦労様。しかし、大変だったね。雨が降ってくるなんて」


「はい」


「それにしても、エイダンくんがここまで傷を負うなんて」


 ケイフウの言葉通り、エイダンの身体にはシルバーウルフにつけられた傷が多数、見受けられた。


「珍しいね」とケイフウは続けて言った。



 珍しい。



 その言葉がシエラを不安にさせた。


 もしかして、私が足手まといになっていたのではないか。


 私が居なければ、エイダンさんはここまでの傷を負わずに済んだのではないか。


 そんな考えがシエラの頭に浮かんだ。



「少し手強い相手でした。――ですが、シエラが居てくれたおかげで、この程度で済みました」


 エイダンはシエラに、ニコリと笑いかけた。


「エイダンさん……」


 本心でそう言ったのか、気を遣ってそう言ってくれたのか、真意のほどはわからないが、シエラはひとまず、この言葉に安堵した。


「そっか。しかし、エイダンくんが手こずるほどの強い魔物か……。まあ、とにかく、お疲れ様でした。風邪をひかないように気をつけてね。お風呂は沸かしてあるからさ」


「ありがとうございます。それでは、失礼します」


「失礼します」



 報告を終え、部屋を出た2人。


「さて、シエラ。先にお風呂に入るといい」


「いえ、エイダンさんからどうぞ」


「いや、オレは自分の火の魔法で体を温めておくから、シエラが先に」


「……そうですか。では、お言葉に甘えて」


 シエラがお風呂に向かって歩き出そうとすると「シエラ」とエイダンに呼び止められた。


「どうしました?」


「あの言葉は、本心だから」


「えっ?」


「いや、なんでもない。――ゆっくりとお風呂に浸かってくれていいからな」


 エイダンはそう言い残すと、どこかに行ってしまった。


「……」




 シエラは風呂場に向かい、湯船につかった。


「ふう」


(先ほどのエイダンさんの一言)

 

(まるで、私の心を見透かしていたかのようでした)

 

(まさか、人の心が読めるのでしょうか)

 

(いやいや、そんなまさか……)


(まあ、それは置いておいて、今日は雨に濡れて大変だったな)


(シルバーウルフの討伐は意外にも手こずっちゃったし)


(でも、良いこともありました)


(エイダンさんとの距離が縮められた気がします)


(エイダンさんは冗談も言う人で、強くて、優しい人だと知ることが出来ました)

 

 と湯船につかりながら、物思いにふけるシエラ。


「なかなか充実した1日だった気がするなー」


 うーん、と腕を伸ばしながら、シエラは続けて、こう声に出した。


「さて、次も頑張っていきましょうか」

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