第6話 痺れるね2

 再びマッスルオーガの探索を始めるシエラたち。


 険しい道を歩き進め、山の頂上に着いたころ、そこにマッスルオーガを見つけた。


「強そうだー!」


 シエラは、はしゃぐようにそう言った。


「さきほどのように連携して戦いましょう」


「うん。じゃあ、私が敵の動きを止めるから、その間にリアンが攻撃をして」


「わかりました。では、気をつけていきましょう」


 シエラたちはマッスルオーガの前に飛び出した。


「グヲ―!」


 マッスルオーガが雄たけびを上げる。


「いくよ!」


 シエラはマッスルオーガに向かって走り出し、近づいたところで


「根系捕縛!」


 と唱えた。


 シエラの手のひらから現れた無数の根が、マッスルオーガに向かって伸びていき絡みつくと、動きを止めた。


「今だよ、リアン!」


「はい!」


 リアンがマッスルオーガに向かって走り出した、その時。


「グヲォ―!!!」


 マッスルオーガは大声を上げながら、もがきだした。そして――。


「ウオオー!」


 その体を縛る無数の根を、力づくで振りほどいた。


「な、なんと!」


 想定外の出来事に動揺するシエラ。


「うわぁ!」


 リアンも思わず立ち止まる。


 シエラたちが驚いている一瞬の隙に、マッスルオーガは迅速にシエラを棍棒で振り払った。


「きゃ!」


 後ろに大きく吹き飛ぶシエラ。


 ドサッ!


 シエラは地面に打ちつけられるように倒れた。


「シエラさん!」


 シエラを、目で追いかけるリアン。


「グヲォォォ!」


 シエラに気を取られていたリアンのもとに、素早くマッスルオーガが接近する。


「しまった!」


 マッスルオーガはリアンを棍棒で振り払った。


「きゃあ!」


 シエラと同じ場所に吹き飛ばされたリアン。

 

 しかし、受け身を取ったため、かろうじて倒れずに済んだ。


 とはいえ、棍棒による攻撃はすさまじく、かなりのダメージを負っているようだった。


「うっ……なかなかのパワーですね」


「グホホホォー」


 と余裕の笑みを浮かべながら、歓喜の声を上げるマッスルオーガ。


「シエラさん、立てますか?」


「うん……なんとか」


 シエラはゆっくりと立ち上がり、マッスルオーガに注意を向けながら


「あいつ、強いね」

 

 とリアンに語りかけた。



「そうですね。パワーはもちろんのことですが、スピードも想像以上です」と冷静に話すリアン。


「うん。でも、まだ始まったばかり。ここから反撃開始だよ」


「そうですね。それに、想像以上のスピードとは言いましたが、まだまだです」


「どういうこと?」


「ふふふ。シエラさん、今から私の剣技を披露しますので、よく見ておいてください。瞬き禁止ですよ」


 リアンはそう言うと、体を少し捻りながら短剣を構え、膝を軽く曲げ、足にグッと力を込めた。


 そして、バチバチと体に電気を走らせた、次の瞬間――。




 リアンの姿はマッスルオーガの背後にあった。




「えっ!? いつの間に!?」


「グ、グワァア―!」


 マッスルオーガは悲鳴を上げながら、ドスッと音を立てて地面に膝をついた。


 その体には斬りつけられた跡があり、それはおそらくリアンがつけた傷であろう。



鷺煌走雷ろおうそうらい。雷によって身体速度を上げて放つこの技を、見切れるものなどいないでしょうね。ですが――」


「グヲォ―!」


 マッスルオーガは叫びながら立ち上がった。


「技の威力がイマイチなんですよね。それに、エネルギーの消費も激しいんですよ。改良の余地ありです」と嘆くリアン。


 そんなリアンの元に、マッスルオーガがやって来て、棍棒を振った。


「遅い!」


 リアンは大きく跳び、その攻撃を華麗にかわしつつ、シエラの元に着地した。


「やっぱり、鷺煌走雷ろおうそうらいじゃ、倒しきるのは難しそうです。ならば……」


「何か考えが?」とシエラはリアンに問う。


「はい。ですか、あまりお勧めできるものではないです」


「ひとまず聞かせて」


「広範囲に高威力の雷撃を放つ魔法を使います。相手に避けられてしまう心配はありませんし、火力不足に嘆くこともありません」


「なるほど。でも、それはいい考えのように思えるけど、なんであまりお勧めできないの?」


「その魔法の攻撃対象が敵味方を問わないからです」


「なるほど。私も巻き込まれちゃうってことね。……うん。そういうことなら大丈夫。リアンは気にせずその魔法を使って」


「よろしいのですか?」


「うん!」


 とシエラたちが話しているところに、マッスルオーガがやって来て、シエラとリアンに向かって棍棒を振り下ろしてきた。


「ふっ!」

「はっ!」


 シエラとリアンは棍棒を境に左右に分かれて跳び、攻撃を避けた。


「シエラさん! 今から魔法の詠唱を始めます。少し時間がかかるので、その間、敵を引き付けておいてください」


「了解!」



 シエラはパンパンと手を鳴らし、こう言った。


「オーガさんこちら、手の鳴る方へ」


「グヲォ」


 マッスルオーガはシエラの方をチラリと見たが、ふいっ、と顔をそらして、リアンの方を向いた。


 傷をつけられたことに対する怒りからか、それとも、リアンを止めるべきだと本能的に感じたのか。


 それは定かではないが、マッスルオーガは今、シエラではなくリアンに注意を向けている。


「こらー! 無視するなー!」


 マッスルオーガはもう一度シエラをチラリとだけ見た後


「……ハァ」


 とため息をついた。


「くぅー。今、うるさいハエだな、って思っただろ! それならば――」


 シエラは指でっぽうのポーズをして、指先をマッスルオーガに向けながら、こう唱えた。


種子散弾シードショット


 指の先から多数の小さな弾が放射状に発射され、そのいくつかがマッスルオーガにバシッ、バシッと当たった。


 この攻撃で致命的なダメージを与えることはできないが、無視できない程にはダメージを与えることはできる。


「どうだ! さあ、こっちに来い!」


「グヲォオオー!」


 シエラの狙い通り、マッスルオーガの注意はリアンからシエラに移った。


 マッスルオーガはシエラに向かって走り出し、瞬く間に距離を縮めると、棍棒を振り下ろしてきた。


「うわっと!」


 地面にダイブするように、横にピョンっと跳んで、かろうじて攻撃を避けるシエラ。


「グヲォオオオオオー!」


 地面に突っ伏した状態のシエラに、マッスルオーガは次の攻撃をしようと、棍棒を構えググッと力を溜め込め始める。


「やばっ!」


 慌てるシエラ。


「シエラさん! 準備できました!」


「やっちゃって!」


 シエラはそう答えた後、首にかけていた琥珀のペンダントをギュッと握り「護って」と呟いた。


「では、いきます!」


 リアンは掌を天に向けて、こう唱えた。


feroceフェローチェ.Thunderサンダー!」


 無数の眩い光は、野生の獣のように荒々しく降り注ぎ、大地を揺らす。


 辺りに黒煙が立ち込める中


「グワァアアー!」


 とマッスルオーガの悲鳴が響く。


 やがて、容赦のない雷の雨がその勢いを収め、黒煙が風に流れると、そこには黒焦げになりながら地面に倒れているマッスルオーガの姿があった。


「グ、グォ」


 マッスルオーガは最期にそう言い残し、やがて姿を消した。



「ふう。任務完了です。――おっと、それより、シエラさんは……あっ、いました」


 シエラは地面に突っ伏したままだった。


 リアンはシエラの元に走っていき


「シエラさん。大丈夫ですか? 今すぐ回復を」


 と声をかけた。


 リアンの放ったferoceフェローチェ.Thunderサンダーは敵味方問わずダメージを与える魔法である。


 つまり、今のシエラはそれ相応のダメージを受けているはずなのだが……。


「ふう。いやー、すさまじい雷だったよ」とシエラはケロッとした調子で、元気よく立ち上がった。


「……私の魔法がまるで効いてない?」

 

「へへへ。実はこの琥珀のペンダントのおかげで、リアンの雷を防げたんだ」


「どういうことですか?」


「このペンダントが、私の周りに琥珀のバリアを張ってくれたんだ。その名も琥珀ノ加護。このバリアは雷の魔法を防ぐことができるの」


「なるほど。シエラさんも共鳴魔宝が使えたんですね」


「共鳴魔宝?」


「はい。宝石の力を活用する魔法のことです。と言っても私も大して詳しくないんですけどね。共鳴魔宝に詳しいのはアイナさんです」


「アイナさん?」


「私たちのギルドメンバーの1人で、今は長期の任務に出ている人のことです。あの人は凄腕の共鳴魔宝使いです」


「そうなんだ。もし、アイナさんが戻ってきたら、詳しく話を聞きたいな」


「ええ。あの人なら色々教えてくれると思いますよ。――っと、話はこれくらいにして、そろそろ帰りましょうか」


「うん」


 シエラたちは秘密基地に向かって歩き出した。




「いやー、それにしても、リアンはすごいね。見事な剣技に加えて、強力な魔法も使えるんだから。感心しちゃうよ」

 

「えっ、そうですか? そんなことないですよー」


 と言葉では謙遜しつつも、えっへん、という感じの自慢げな表情を隠しきれていないリアン。


「いやいや、本当にすごいよ。feroceフェローチェ.Thunderサンダーは豪快な魔法でもちろんすごいんだけど、鷺煌走雷ろおうそうらいという技は、見ただけでも痺れるくらい、最高にかっこよかった!」


「えへへ。ありがとうございます!」とリアンは、つぼみが弾けたような、屈託のない笑顔でそう答えた。


「はうっ!」

 その笑顔に、シエラは思わず悶えた。


「どうしたんですか? シエラさん」


「い、いや、何でもないよ」


「そうですか」とリアンは答えると、続けてこう言った。


「それはさておき、あのですね、話は戻るんですが、シエラさんの旅行記について……」


「ああ、うん。いつか書くことになると思うけど、それがどうしたの?」


「もし、実際に書くことになったら、あの、その……ご迷惑でなければ、わたしに執筆のお手伝いをさせていただけませんか?」


「おおっ! それはありがたい話だね! ぜひ、お願いするよ」


「ほんとうですか?」


「うん」


「ありがとうございます!」


「いやいや、こちらこそありがとうだよ。むしろ、お願いしてもいいの?」


「はい! 私は本を読むことが好きですが、本を書くことも好きなのです」


「そっか。じゃあ、旅行記を書くときは、リアンにも協力してもらうということで」


「約束ですよ」


「うん、約束だ。――っと、そんなこんなで、秘密基地がすぐそこだ」



 秘密基地に戻った2人は、任務を完了したことをケイフウに報告しに向かった。



「いやー、2人ともお疲れ様でした。特に問題はなかったかい?」


「はい。無事にマッスルオーガを討伐してきました」とリアン。


「そうかい。それは良かった。それで、シエラくん。初めての任務はどうだった?」


「はい。とても刺激的でしたし、リアンの強さに痺れました」


「ははっ。たしかにリアンくんは小さいけど、とても強いよね」


「ケイフウさん。小さいは余計です」


 リアンはちょっぴり怒ったように、そう言った。 


「おっと、失礼」


 ケイフウは片手を挙げて、ごめんねのポーズをしてみせた。


「それと、大切な約束もできました」とシエラ。


「大切な約束?」


「ね、リアン!」


「はい!」


「それは、どんな約束なんだい?」


「内緒です」


 2人は声を揃えて答えた。


「がーん。内緒か。――まあ、とにかく、今日はご苦労様でした。次もよろしくね」


「はい!」


 次は、誰と、どこへ、どんな魔物を討伐しに向かうのか。


 そして、どんな戦いが繰り広げられるのか。


 シエラはすでにワクワクが止まらない気分だった。

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