08
「やっと二人きりになれましたね」
「早く買って帰りましょうか、そうしないと先輩と千波が寝てしまいますからね」
実はもう二十一時半を過ぎているというのも影響している、もちろん僕は一人で行くつもりだったけど元気だった織絵先輩が付いてきてしまったのだ。
先輩と千波が盛り上がっているときも普通に参加していたから黙っていたとかそういうことはないけど、どうせなら体力を使ってくれていた方がよかった。
元々織絵先輩とはなんとなく一緒にいづらかったから少し気まずい、先輩が止めてくれないのも問題だと言えた。
「待ってください」
「別に一人にはしませんよ」
「もっと私の相手もしてください、変なことをしているわけではないんですからいいですよね?」
先輩と違って最近出会ったばかりなのに、先輩の彼氏なのになにを気にしているのだろうか。
それはそれこれはこれというやつで普通に友達として一緒にいたいというそれは伝わってくるものの、相手が僕だから気になってしまう。
そもそも無視をしたことなんかないし、先程だってちゃんと会話をしていた、だからよく分からなくなってきてしまう。
「そういうことで変なことは確かにしていませんね、今回のこれはただ僕が炭酸ジューズを買いたかっただけなのに付いてきましたけど」
「だってこういうときでもないと相手をしてくれないじゃないですか」
「ちゃんと相手をさせてもらいますよ」
先輩と同じで寂しがり屋という風にしておけばいいか、うん、そういう風に見てしまえばお似合いの二人だと思う。
ついつい余計なことを言ってしまうのもやはり相手に構ってもらいたいからだ、もちろん余計なことを言わずに素直に甘えられるのが一番だけどそれができないなら他の方法でやるしかないということでそこに繋がっているのだ。
僕だって上手くできたときばかりではないから偉そうには言えないし、偉そうに言う必要もないからこっちで終わらせてしまえばいい話だった。
「そうですかね、千波さんがいたらもうこっちのことなんて頭の中から消えてしまうじゃないですか、いまだって二人きりは嫌で千波さんを呼んだってことですよね?」
「千波を……? あ、もうなにをしているんだか……」
「白々しいです、そういうところは伊藤君の悪いところとしか言いようがないです」
僕が呼んだわけではないのに悪いところ扱いをされてしまった、ちなみに千波は「あれ、偶然だね」などと言って合流してきた。
織絵先輩的には僕が悪いことをしたことになっているから口に出したりはしないけどこれが白々しいと言える件ではないだろうか。
「健吾ちゃんが寂しいだろうから早く帰ってあげよ」
「コンビニで飲み物を買ったら――」
「大きなボトルにまだ余っていたんだからそれを飲めばいいよ」
「いやほら、急にある味のジュースが――」
駄目だ、言うことを聞いてくれそうにない、なんなら話が終わる前から歩き始めてしまっている。
こうして後ろから見ていると少し怒っているような感じも伝わってきたものの、言葉選びに失敗をしたなんてこともなかったから理由が分からなかった。
だって僕と織絵先輩がこうして会話したりすることはこれまでもあって、そのときは全く気にしていなかったからだ。
「待ってください」
「ぐぇっ、きゅ、急に引っ張ったら危ないですよ」
そんなに簡単に引きちぎれないことを分かっていても歩いている進行方向とは逆方向に引っ張られれば心配にもなる、あまりにも力が強すぎて僕の手を引っ張っていた彼女も同じような結果になった。
「千波さん、もう少しぐらいは許してくれてもいいんじゃないですか、私はただ会話がしたいだけなんですけど」
「なんの話ですか? 私は健吾ちゃんが伊藤君のことを気に入っているから連れ帰ろうとしているだけですけど」
「ちなみに千波さん、ぷふ、んんっ、千波さんは全く隠せていませんからね?」
「ぐいっと引っ張ってしまう織絵ちゃんだって同じですよ」
「「ふふ」」
仲がいいんだから普通にやればいいのに二人とも下手くそだった、相手に直接「相手をしてよ」と言えばいいのにね。
そう、結局織絵先輩が一緒に過ごしたいのは先輩とか彼女なわけで、だから僕も迷わずに行動できているということになる。
強がりでもなんでもなく寂しいとも感じていなかった、二人か三人で楽しそうにしているところを見られればそれでいい。
「「ただいま!」」
リビングでゆっくりしていた先輩、でも、僕と違っていちいち大袈裟に驚いていたりはしていなかった、それどころか「仲良くできているようでよかったよ」と僕からしたら大人な対応ができていた。
そういうことすらも楽しそうだったから端の方でゆっくりしておくことにする、あ、結局飲み物を買ってこられなかったのもあってジュースは貰うことにしたけど。
「あの二人の相手を一人でするのは無理です、今度からは絶対に先輩も付いてきてください」
「名前で呼んでくれたらいいよ?」
「じゃあ健吾先輩で、これからはお願いします」
「任せてよ」
織絵先輩や彼女の味方をして一緒に責めてくるような人ではないから一緒にいて安心できた。
「うぅ、寒い……」
「外で過ごそうと言ったのは千波だよ」
「そうだけどさぁ、別に変なことをするわけでもないし、正直屋内でもよかったよね……」
こちらが無理やり連れ出したというわけでもないし、拘りがあるわけでもないからいまから変えてくれればよかった。
夜から朝まで外でいても風邪を引かない存在だから風邪を引いた僕に心配をされたくはないだろうけど風邪を引いてほしくないから屋内なら屋内の方がいい。
そもそも外にいたところでやれることは限られているから自由度的な意味でもそちらの方がいい気がした。
「あ、織絵ちゃんだ」
「え? うーん、いないみたいだけど」
タイミングが悪かったのかもしれない、ただ、発見できなくても別によかった。
彼女がいつも通りではいられなくなってしまうから先輩みたいに止められる人がいないと駄目だ、そうしなければまた僕の腕が引っ張られることになる。
相手をしていても相手をしてくれていないなどと難しいことを言われて前に進めなくなってしまうからどちらかと言えば見間違いとかで終わってしまう方が楽でいい。
「かかったね、やっぱり伊藤君は織絵ちゃんのことを気にしているんだよ」
「仲がいいのにわざと思ってもいないことを言って言い争いみたいになっちゃうからだよ」
ここで怖い点は構ってもらいたいから嘘をついているわけではなくて織絵先輩のそれが本気かもしれないということだ。
本気ならもっとどうしようもなくなる、多分、傍から見ている人達なら正解とすることでも不正解になってしまいそうだった。
「織絵ちゃんがどうかは分からないけど昨日の私は伊藤君に怒っていたからね?」
「先輩にそれぐらいでいてほしいんだけどなぁ、織絵先輩を止めなければならないのはあの人で――」
「話を逸らさないでっ」
「落ち着いて、別にそういうつもりはないんだよ」
感情的になってくれる分、彼女が相手のときの方が自分らしくいやすい。
「あそこに座ろうか」
「……うん」
自動販売機とコンビニで大した差はないから自動販売機にしておくべきだったかと昨日のことを後悔――なんてしている場合ではない、分かりやすく暗くなってしまったからなんとかしなければならない。
「織絵先輩は先輩の彼女なんだ、それと過去の経験から他の人が好きな人を好きになったりはしないようになっているんだ」
「……なにが言いたいの?」
「そもそも千波がいてくれているから他の人に意識を向ける必要がないんだよ」
自分で言っておいてあれだけど機嫌を直してもらいたいときだけ甘い言葉を囁くアレな彼氏みたいだ……。
「名前で呼んでくれたのもそういうこと?」
「千波に言っておきながら結局、積極的に動けていなかったからさ、いや、千波が相手だから今回は頑張ろうと思ったんだ」
「そうなんだ――ん? もしかして告白をされちゃったってこと?」
「似たようなものかな、とにかく勘違いをしないでほしいってことだよ」
「えー、あー、こんな感じの告白もあるんだね、真っ直ぐに好き! って言ってはいかいいえで終わらせるのが普通だと思っていたよ」
大丈夫、彼女のそれが普通だ。
「えっと、はい、でいいの?」
「そこは千波次第だよ」
「じゃあはいで、あと寒いからやっぱり満君のお家に行こうっ」
「はは、分かった」
急いでも意味もないのに「早くー!」と言われて走ることになった。
でも、元気なのだと分かりやすくていいから不満はなかったのだった。
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