09

「織絵、ちょっとは落ち着きなよ」

「健吾君はもう少しぐらい急ごうとしてください」


 満君や千波ちゃんのところに急いで行こうとする彼女の手を優しく引っ張って止めた、別に不安視しているとかそういうこともないけど満君と約束をしたから守らなければならない。


「もう、いまそういうのは――け、健吾君……?」

「落ち着いて」

「わ、分かりましたから離してください」


 こういうのは僕がやるようなことじゃない、だから自分でしておきながらあれだけどぞわっとなった。

 あ、抱きしめるのは普通にするけど止めるために抱きしめたりするのは違うというだけの話だ。


「付き合ってからはやたらと逆のことを言うようになりましたよね」

「そうかな、僕は一貫して満君や千波ちゃんとも仲良くしてよって言っていたと思うけど」

「あ、いまのは間違いでした」

「うん、止めたりはしないよ、でも、今回のこれは満君から頼まれたからなんだ」

「はぁ、伊藤君って酷いですよね、私のことなんてどうでもいいんです」


 ごめんよ満君、でも、勢いだけは殺したから後はなんとかしてほしい。

 彼女である千波ちゃんがいてくれるからこれより悪化してしまうなんてことはないだろうから心配はまるでしていなかった。


「おはようございます」

「うん、おはよう」

「おは……よう……」

「ん?」

「ああ、寝られない! とか言っていたくせにコーヒーを飲んで自爆したんですよ」


 容易に想像することができる、ちなみに意外とこういうことで笑いがちな織絵は真顔だった。

 止めたのが原因ではない、彼女はあれだけ盛り上がっているくせに本人達を目の前にするとこうなってしまうのだ。


「満君が意地悪なんだよぉ、だって一人でぐうぐう寝ちゃうんだからね」

「夜更かしをするタイプじゃないから当たり前のことをしただけだよ」

「織絵ちゃんはいつも何時に寝るんですか?」

「私は二十二時ですね、早いときは二十一時半に寝ることもあります」

「えぇ、そんなに早く寝ちゃったらやりたいことができないよぉ」


 もっと自分から話しかければいいのにと思う、そんなことで嫉妬なんかしたりはしない。

 あ、ただ、二人以外の子と話していたら気になってしまうかもしれない、完全に出来上がっているわけではないからたまにはそういうこともあるだろう。


「健吾先輩?」

「うん、どうしたの?」

「あ、いまから僕の家に行くことになったんですけど大丈夫ですか?」

「うん、行こう」


 のんびりしつつ盛り上がっているところを見られるのであればそれでいい。

 寧ろこれはありがたいことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る