133作品目

07

「悪かった」

「え、なにか間違っていませんか？」

「千波の誕生日、止めたのは俺なんだよ」

　え、なんか変なことになってしまった、まさかここで先生から謝られるとは思っていなかった。

　最近は大胆過ぎる五十嵐さんからなら――いや、それも急すぎて不安になるからない方がいいか。

「えっと、ご両親から止められたというのは嘘ということですか？」

「ああ、寧ろあの二人は喜んでいたぐらいだ」

「あ、五十嵐さんを呼んでもいいですか？」

「ああ、呼んでくれればいい」

　今日は放課後になるなり消えてしまっていたからメッセージアプリでそのことを話してみると『いまから行くよ』と言ってくれた。

「――ということなんだけど、先生の言う通りなの？」

「うん、実はそうだったんだよ」

「もしかしてそのために朝まで外で過ごしたりしたの？」

「だってむかついたから、人生で初めて高下先生が嫌いになった日だったよ」

　僕がやらかしたにしては先生とも一緒に過ごしていなかったから気になっていたけど最近一緒にいなかったのはそういうことだったのか。

　先生はそのまま彼女にも謝り、終わったらまたこちらを見てきた。

　だってよく考えてみたらそこで止めたということはさとテンションが上がりかけた自分もいたものの、残念ながら少し前までと同じように歓迎することはできなかった形となる。

「少しの間は一緒にいなかったがいまはよく一緒にいるよな、なにか変わったこととかはあるのか？」

「変わったよ、私も伊藤君も」

「そうか、もう邪魔はしないから仲良くな」

　彼女の気持ちはともかく、ここで譲るなんてことができるような人間では残念ながらなかった。

　昔の積極的なところが戻ってきている気がする、今回はそれがいい方に働きそうだという願望がある。

「ずっと甘えちゃっていたから寂しかったんだろうなぁ、伊藤君に取られちゃう気がしてついつい動いちゃったんじゃないかな」

「いままでも残っていたけどもう少しだけゆっくりしていこうか」

「うん、くっついていれば体が冷えることもないからね」

　最近はこれをされているものの、別にそれをしてほしくて残っていたというわけではない。

　ただ安心したかったのだ、一人になったりしたら不安にやられてしまうから仕方がないことだった。

「テスト勉強を――どうしたの？」

「お勉強は帰ってからでいいよ、いまはそっちにじゃなくて私に集中してほしいな」

「五十嵐さんは変わったね、なんでそんなに変わったの？」

　ありがたくもあるけど怖く感じるときもある、なんとかしたくても変わってくれないところだ。

　言ってしまえば過去の僕はただ自滅をしたというだけの話なのに被害者面をしてしまっている……のかなと、自分が馬鹿だ悪かったなどと言いつつもいつまでも考えてしまうのはそこからきているのではないだろうか。

「伊藤君に意識してほしいからだよ、そのためには動かないとあっという間に卒業になっちゃうでしょ？」

「あっという間というのは確かにそうだね、僕らだってもう二年生で十二月まできてしまっているわけだから」

　入学したときは二年生だった先輩ももうすぐ卒業というところまできてしまっている、悠長にしていてもそうでなくても時間は前に進んでいく。

　卒業となった際に迷いなくいい三年間だったと言える人は少ないと思う、少なくとも僕の場合はそうなるだろう。

「こういうことで動くのは好きだって分かったの、でも、最近は係のお仕事とかも頑張れているからいいよね？」

「寧ろ一人でやろうとしちゃって困っているぐらいだよ」

「これまでお世話になっていた分を返そうと頑張っているの、それを返し終えたらやっと同じところに立てるんだよ」

「そんなことをしなくても大丈夫だよ」

　何度も言っているようにあれは自分のためにやっていただけだし、任せてくれる彼女でよかったと言える件だ。

　そもそも去年からそれぐらいのことしかできていないのに一緒にいてくれている時点で彼女は僕のために動いてくれていたということになる。

　その状態で彼女に頑張らせてしまったらこちらが返せなくなってしまうため、ここら辺りで止めておかなければならない。

「さ、勉強をやろうか」

「えぇ、せっかく避けられたと思ったのにぃ」

「駄目だよ、もう目の前にあるんだからやっておかないと、それに今回は僕に勝つんでしょ？」

　というか勝ってくれないと困る、また一週間ぐらい拗ねられるのはごめんだ。

　聞こえているのに「聞こえませーん」などと言って微妙に相手をしてくれなくなるから僕はそこを避けたい。

「あっ、色々なことがあって忘れていたけどそうだったっ、いまから集中するから喋りかけないでねっ」

「はは、一時間ぐらいはやっていこうか」

「喋りかけないでくださーい」

　って、結局現段階から出てしまっているのは大丈夫なのだろうか……。

　テストなんかよりもよっぽどそちらの方が気になってしまうのだった。

「満君はクリスマス、どうするの？」

「特にまだ決まってはいないですね、先輩はあの人と過ごしますよね？」

　これは去年もそうだった、別にクリスマスに必ず一緒に過ごすような仲というわけではない。

　意識していようがしていなかろうが多分変わらない、まあ、一人には慣れているからそうなっても仕方がないで終わらせるだけだ。

　この前のあれは約束をしていたのと既に外に出ていたからダメージを受けただけで、最初から過ごせないと分かっていればいつも通りでいられる。

　色々経験してきたのも大きいだろうな、失敗が多かったからこそこういうときに過度な期待をせずに済んでいるのだ。

「織絵って呼んであげてよ、それにクリスマスはそうだけどイブは違うよ」

　先輩の彼女だからこそ名前で呼びにくい、ここでだけ名前で呼んでいるのはそこからきている。

　ちなみにこれも過去のそれからきているわけだけど、どんだけ失敗をしてきているのかと笑いたくなってしまう。

　情けないうえに恥ずかしい、先輩と出会ったのが中学生のときでよかったと本当にそう思う。

「へえ、あ、それなら五十嵐さんと過ごしたらどうで――なににやにやしているんですか」

「千波ちゃんと過ごしたいのは君だろ？」

「なんですかその話し方、それに去年も過ごしていないので拘りとかは全くありませんよ」

　はっきり言っておくとそういうことを去年の僕は全く期待していなかった、と言うより、実家にいたときからそれこそ小学生ぐらいまでしかクリスマスに盛り上がっていなかったから当たり前なことだったのだ。

　盛り上がろうとしている人達のところに行って水を差すような人間でもなかったからそうか、ぐらいでしかなかった。

　クリスマスよりも冬休みが始まるということに喜びを感じていたかな、実は実家のときも学校からは少し離れていたから尚更それが強かった形になる。

「じゃあ僕が言ってあげるよ、その後はちゃんと自分で頑張ってもらうけどね」

「え、誘うつもりなら自分で誘いますよ、情けない人間ですけど流石にそんなに終わってはいませんから」

　聞いたことがないから先輩がこれまでどれだけ積極的に動いてきたかは分からないものの、そういうことで動いてきた回数はそれなりにあるから勇気がないわけではなかった、つまり今回のこれは僕が動こうとしていないだけの話だ。

　ただ、最近分かったことは僕の積極的と五十嵐さんの積極的ではかなりの差があるということだ、そういうのもあって疲れてしまっているのもあった。

　テストも地味に影響している、複数のことを同時に上手くできるのであればもっと違った人生だった。

「じゃあ誘うつもりはないってこと？」

「そうですね、もう最近は色々なことが変わりすぎて置いてけぼりになってしまっているので冬休みはゆっくりしますよ――あ、みんなで過ごすということだったら行かせてもらいますけどね」

　四人とかだったらこれまでの経験から他の人に集中してくれると分かっているからそれがいい、正直、盛り上がれる相手がいる状態で休むことを優先するのもそれはそれでどうなのかと考えてしまう自分もいるからこんな中途半端なことになっているわけだ。

「じゃあイブにみんなで過ごそう、織絵も大丈夫でしょ？」

「特に誘われていないので大丈夫ですよ」

「よしきた、あとは千波ちゃんにこの話をするだけだね」

　こっちと二人のときはよく話してくれるけどこのように先輩も含めた三人とかになると織絵先輩は喋らなくなってしまう。

　ちなみに僕と五十嵐さんと織絵先輩というパターンなら五十嵐さんと積極的に話すぐらいだし、お喋り自体は好きなんだろうけど何故だろうか。

　って、何故だろうかってこっちが邪魔だからに決まっているか、話しているとついつい甘えてしまうから黙ることでなんとか抑えている、というところだろう。

「それじゃあこれで失礼します」

「はぁ、満君はすぐに帰ろうとするねぇ」

「ほら、織絵先輩が安心できないと思うので」

　にこにこしていても会話に参加していなければ気になるし、無表情で静かにされていても気になる。

　だからこうして名前を出すことで無理やり参加させようとしたわけだけど、あまり意味もなかった。

「織絵はそんなに弱くないよ、それにいまうずうずしているぐらいなんだよ？」

「え、なんかやばい話ですか？」

　それともやらしい話か……？　先輩が構ってくれなくてもやもやして積極的な織絵先輩が見られる可能性が？　でも、告白だって織絵先輩からしているわけだから常に積極的だったようなものかとすぐに戻った。

「違うよ、なんかやたらと満君のことを気に入っていて話したがっているだけだよ」

「裏でこそこそ会っているとかそういうことはしていませんからね？　学校でぐらいしか僕らは一緒にいません」

「それが逆効果なんだよなぁ、あと、織絵って結構僕に厳しいんだよ」

　いいとか悪いとかそういうのはまあ触れないことにして、単純に相手をしてもらいたいだけだろう。

　いちいち叩いたりするのは話にならないけどそういうことはしていないわけだから微笑ましいレベルではないだろうか。

「相手をしてあげてください、先輩が一緒にいてあげればあっという間に元通りになりますよ」

「でも、ちくちく言葉で刺されるよ？」

「それも一緒にいれば言われることもなくなると思います、それでは」

　こういうときに余計なことを言ってしまうのもそこに繋がっているだろうから先輩には気をつけてもらいたかった。

「おお、みんなで集まるなら楽しめそうだね、伊藤君ナイスだよ」

「そうやってわいわい盛り上がれるなら集まれた方がいいから言わせてもらったんだ、多分、言っていなかったら先輩も集まろうとは言ってくれていなかっただろうからナイスって自分を褒めたぐらいだよ」

　なんて、そんなことはしていないけども。

　ただ、彼女が嬉しそうだからいいだろう、僕もたまには彼女のために動けたということになる。

「じゃあ次の日は予約ね、大丈夫、高下先生に止められても今度は絶対に行くから！　私もね、むかついたからって寒い中外で待つのはもうしたくないんだよ」

　そりゃまあそうだろう、特に理由もないのに夜から朝まで外にいたがるような子ではなくてよかったとしか言いようがない。

　寒さにある程度強い僕でもずっといればまた弱ってしまう可能性があるからありがたい話だった、普通のことでも断り続けていたらどこかにいかれてしまっていたかもしれないからだ。

「いいの？」

　と、ごちゃごちゃ考えている場合ではない、勢いだけで行動しようとしている彼女に対してやらなければいけないことがある。

　それはこれだ、ちゃんと聞いておかないと後々面倒くさいことになるかもしれないからちゃんと動いておくべきだった。

　退屈だったとしても自己責任、僕は止めたでしょと言うことができるようにしておけば堂々としていられる。

　まあ、今回も彼女から言い出してくれていることだから元々気にする必要はないかもしれないけど保険をかけておくのが大切なのだ。

　悪い流れになると余計な言葉を重ねて自分の立場が悪くなってしまう、なんでもかんでも自分を守るために行動していて微妙だけど自分は自分で守らなければいけないわけだから僕にとっては仕方がないことだと言えた。

「うん、だから今度は最初から伊藤君のお家に行っちゃうよっ」

「あれ、だけどクリスマスはご両親と一緒に過ごしてきたんじゃないの？」

「うーん、そうだけど伊藤君と一緒にいたいから」

「そっか、じゃあそのときはよろしくね」

　クリスマスまではまだ数日あるし、あくまでメインは二十四日だから焦る必要はないのはいい。

「伊藤君隠れてっ」

「え？　うわっ」

　隠れてってこの教室内では無理だ、けど、彼女はいけると思っているのか僕の手を引っ張って机の下に隠れようとする。

　そんなことをされれば距離は当然近づくものの、全くそんなことは気にしていないうえに「なんか楽しいね」などと意味不明なことを言っていた。

　最近の彼女は肉食系であり変な子でもある、ちなみに説明されなくても何故こんなことをしたのかは割とすぐに分かった。

「放課後の教室でなにをしているんだよ」

「もう、いちいち探しちゃうとかやばい人じゃん」

「いや、普通に丸分かりだったぞ、伊藤なんか特に隠れられていないからな」

「まあいいや、ちょっとだけだったけど面白かったからね」

　面白かっただろうか……？　失礼な妄想とかではなくてやはりちょっぴり変な子成分も入っているな彼女は。

「かくれんぼでよかったぜ、キスとか教室でするようだったら流石に怒らないといけなくなるからな」

「この前高下先生もしていたじゃん」

「な……んの話だ？」

　表には出さなかったけど僕も同じような反応になった、先生と誰がキスをしたのかがきになる。

　彼女以外とということなら友達でもないのに、昔から知っているわけでもないのにいつの間に仲を深めていたのかと言いたくなる件だ。

　彼女とだったら……嫌だな、もしそうなら今回もやらかしたことになるし、彼女も彼女で他の人とキスをしておきながらクリスマスに誘ってくるアレな子ということになってしまうからだ。

「大人の女の人としていたじゃん、こっちの恋の邪魔はするくせに自分は順調に仲を深めてキスをするとか勝手じゃない？」

「五十嵐さん、それって本当のことなの？」

「本当だよ？　こういうことで嘘をついてもメリットがないしね、それに本人がここにいるんだから確認すればいいよ」

「そ、そんな目で見るなよ伊藤……」

　いや、これは勝手に先生が悪く捉えてしまっているだけだ、僕はただ本当なのかどうかを確認するために見ただけに過ぎない。

「相手の人は先生とかですか？　もしそうならすごいですね」

「先生じゃない、千波と伊藤みたいに同級生だな」

「五十嵐さんに見られてしまうようなところでしてしまったのは少し油断していましたね」

　しかも丁度そんなときに見られてしまうなんて先生は運が悪いみたいだ、僕だったらいつまでも気にしてしまいそうでもある。

　でも、少し自由に言われているとはいえ、こうして普通にそんな相手と話せているわけだからダメージは少ないということだろうか。

「こいつが勝手に付いてきていたんだよ」

「高下先生、生徒にこいつはよくないかとっ」

「あーもうそんなリプレイはいらんっ、いいからさっさと帰れ！」

　ああ、ゆっくりするつもりが帰ることになってしまった。

　いやまあ、先生が出て行ったわけだから残ることも可能だったけど彼女が帰ることを選んだから帰ることを選んだだけだ。

「高下先生ってちょっと子どもっぽいよね、伊藤君の方がよっぽど大人な行動というやつができているよ」

「流石にそれはないよ、あ、五十嵐さんが相手だからついつい甘えてしまうんじゃないかな？」

「散々甘えてきたから甘えてきてもいいけど大きな声を出されちゃうとねぇ、びくっとなっちゃうじゃん」

「それはそうだね、先生が原因じゃないけど教室でも何回も経験があるよ」

　その点、彼女の声は大きいようで大きくないから――って、駄目だな、これはもう結構流されてしまっているから駄目だ。

　気に入られようとしているのと、僕が彼女のことを気に入っているのもあって悪く見られない、まあ、進んで悪く見る必要なんかはないからこれでいいけども。

「あ、コンビニかぁ、どうしようかなぁ」

「千波」

　コンビニね、おでんとか肉まんとかそういう言葉の誘惑に僕も一瞬負けかけていたけど今回はこちらが勝った。

「ん？　あ、伊藤君か、はは、高下先生かと思ったよ」

「名前で呼んでもいい？」

「うん、いいよ」

　やってから聞くというずるい行為だったけど許してもらえてよかった。

　いまのでかなり勇気を使ったから次に勇気を出せるのがいつになるのかは分からなかった。