06
奇跡的に弱っている感じではなかった、とりあえず家の中に入ってもらった。
温かい飲み物を用意して飲ませて、だけどしなければならないことがあるのに動けずにいた。
それでもなんとかなったのは買った物を渡したいという気持ちが強くあったから、だからずっと固まったままで気まずくなるなんてことにはならなくて済んだ。
「実はスマホを忘れちゃったんだけどそれが気にならないぐらい時間があっという間に過ぎたよ」
「僕は帰る気になれなくて公園で朝を迎えるつもりだったんだけど先輩が来てくれて泊めてくれたんだ」
「それって健吾ちゃんだよね?」
「うん、だけどそうか、どっちにしろあのとき止めていなくてもきみに届くことはなかったんだね」
色々すれ違ってしまった結果になるのかなぁ、こういうことをする子だって少しぐらいは分かっていたはずなのに……。
「ごめん、二人に内緒で出ようとしたんだけどばれちゃって、そうしたら駄目って言われちゃったから……」
「いや、ご両親が正しいよ」
「……でも、気になって寝られなくて確認をしてから出てきたんだ、真っ暗だったから寝ちゃったのかなと思っていたけどまさか帰っていなかったとは思わなかった」
「これからはスマホを忘れないで、心臓に悪いからお願いだよ」
「……ごめん」
……ご飯でも作ろうか、こういうときに大事なのはそういう力だ。
なにかをしていればそれを見なくて済む、聞かないようには聴力があるから無理だけど一応考えて行動できているはずだ。
自分が泣くことはあっても他者が泣いているところを見るのは卒業式とかそういうときしかなかったから慣れない。
「はい、温かいから食べて」
「……うん」
家では途中から最後まで違うところを見て過ごし、ある程度の時間になったら荷物を持って家を出た。
彼女の荷物を取りに行かなければならないから仕方がない、制服にも着替えなければならないから早めに行動するしかなかった。
外で待っている間、どうすれば元通りになってくれるだろうかと考えていたけど、その短時間で答えが出るならこれまでも困ってきてはいないというやつで笑うしかなかったことになる。
「お待たせ」
「行こうか」
「あ、ちょっと健吾ちゃんのお家に行ってきてもいい?」
「分かった、じゃあ学校でね」
早めに寝たから眠気はないけど学校でゆっくりすることにしよう。
「先生、おはようございます」
「ああ」
「ん? 今日はどうしたんですか?」
「別にいつも通りだろ」
そうかな、なんか冷たい感じがするけども。
いつもだったら笑いながら「今日も早いな」なんて言ってくれているところだけど今日は笑顔がなかった。
調子が悪い可能性もある、でも、大人だからそこは上手くやるだろうと片付けて席で大人しくしていた。
「やあ」
「ありがとうございました」
「いいんだよ、それよりちょっと廊下に行こう」
あれか、まだ年内だけどそこまで時間が残っていないから僕ともいようとしてくれているということかもしれない。
女の子だけではなくて僕のところにも来てくれるのは嬉しいな、先輩みたいに優しくできるようになりたい。
でも、先輩といるはずの五十嵐さんが発見できなくて少し不安になってきてしまった、不安定な状態だからいまはあの子といてあげてほしい。
「千波ちゃんはいま織絵といるんだ、早めに登校してきてくれて助かったよ」
「苦手だって言っていましたけど」
「いまはそんなことがどうでもよくなるぐらいには誰かといられた方がいいってことじゃないかな」
話を静かに聞いてくれそうな二人と一緒にいられるならすぐに復活できるか。
まあ、こうして離れられている時点で自分はそういう対象にはなれないということがはっきりしてしまっているわけだけど、無理をしていられるぐらいならこうして別行動をしてくれていた方がありがたかった。
「先輩、五十嵐さんのことをよろしくお願いします」
「うん」
「そうだ、昨日お世話になったので飲み物ぐらいは買いますよ」
「そういうのはいいかなぁ、一緒にゆっくりしようよ」
一緒にか、一緒に過ごしたかったなぁ。
誕生日に二人きりになりたいなんて言われたのは初めてで、あのままなら罠とかではなくて本当に一緒に過ごせたことになる。
過去とはなにもかもが違うって考えになりそうなところで駄目になった、結局相手に悪意がなくても変わらない。
「いま千波ちゃんのことを考えているでしょ」
「いえ、朝まで公園で過ごすとか馬鹿なことをしないでよかったと思っていただけですよ」
「たまたま近いところにいてよかった、もしそのままやらせていたらまた調子が悪くなってしまっていただろうからね」
「そうですね、寒さに強い人間でも朝までいればそうだったかもしれません」
荷物とかも全部持って出るべきだったか、そうすれば会わなくて済んだ。
ただまあ、泊まるつもりもなかったのにそんなことをしていてもアホなので、結局ああなることは確定していたのだった。
「最近よくそういう顔をしていますね」
「え、どんな顔ですか?」
「なんというか難しそう……? な感じです」
「テストが近いですからね、無自覚に出てしまっているみたいですね」
いまはテスト勉強をしていたわけだから余計に酷く出ただけだと思う、人間関係などはそこに関わってはいない。
あ、でも、織絵先輩がこうして付き合ってくれているということについては少し気になるところかな、だって先輩の彼女さんということになるのにいいのかとなってしまうからだ。
「先輩、谷本先輩とやらなくていいんですか?」
「ふふ、さっきも聞かれてちゃんと答えましたよね?」
「何回も聞きたくなってしまうんですよ、あー、谷本先輩もなにをしているんだか」
「千波さんが安定するまではずっとこんな感じですよ」
あの日からずっと同じ感じだった、また前みたいに教室では一人でいるようになってしまった。
最近がおかしかったたけかもしれないけど気になるのは確かで、でも、先輩がいれば十分だった。
「複雑……ですよね?」
「いえ、全くそんなことはありませんよ、だってはっきりしてくれていますからね」
僕もそう言い切れるような関係を作りたかった。
いいや、勉強をしよう、そこまで不安視はしていないけどやっておいて損ということもないからやるのだ。
最近は一人の時間が多いから考え事をするのは後でいい、家でやるなら誰にも怒られない。
「っと、約束があるのでこれで帰りますね」
「はい、ありがとうございました」
織絵先輩が教室から出て行って少し時間が経過した頃、先生が教室に入ってきた、あの日から何故か冷たくなってしまったから前までみたいには話しかけられないでいるというのが現状だ。
「伊藤、千波はもう帰ったのか?」
「いえ、谷本先輩といますよ」
先生は五十嵐さんのことをいつでも気にしている、教師ではなくて生徒だったら間違いなくそういう感情があるのだろうと考えているところだ。
ただ、教室でも話さなくなってしまったし、係の仕事のときもどちらの意味でも触れないようにしているから前とは違うと分かる。
「谷本か、いま一人にさせておくとなにをするのかが分からないからありがたいことだな」
「もしかして五十嵐さんとなにかがあったんですか?」
「……なんにもない、放課後にだって一緒に過ごすことはほとんどないからな」
いまの間はなんだ、露骨になにかがありましたよと言っているようなものだ。
が、教師と生徒というだけで友達というわけではないからそうなんですかと吐くだけで終わらせた、流石に続けていたら怒られていたことだろう。
「伊藤、暗くなる前に帰れよ」
「はい、そうします」
荷物を片付けて教室を出ると先輩と五十嵐さんが立って待っていた、多分勘違いではないと思う。
二人にその気がなければ帰ることも可能だったわけだからそうだ、織絵先輩がいないのは気になるけどいまはこっちに集中だ。
「終わったよ」
「あの、あの人は先輩と約束をしていたんじゃなかったんですか?」
「そうだね、先に僕の家に行ってもらっているんだ。ここで待っていたのは満君に千波ちゃんを任せるためにしていたんだ」
「それじゃあ早く行ってあげてください」
「うん、それじゃあ任せたよ」
任されてしまったけど先輩がいなくなった瞬間に帰ってしまいそうだ。
「い、伊藤君、元気だった?」
「ははは、うん、元気だよ、そっちはどうだったの?」
「元気だよ、でも、教室で過ごしづらかった」
すまない、こちらが特になにかをやらからしてしまったわけではないけどその気持ちが強くなった。
でも、無理をしている感じには全く見えないし、あくまでいつも通りの五十嵐さんのままだったから安心する。
「温かい食べ物を食べたい、行こう」と言い出したときは申し訳なさも消えて思わず笑ってしまったぐらいだ。
「……一緒に過ごしたかった」
「僕もだよ、でも、ご両親に止められてしまったなら仕方がないよね」
「無理やり出ておけばよかった、だってもしかしたら朝まで外で過ごすことになるかもしれなかったんでしょ?」
「結局、誘惑に負けて先輩の家に泊まらせてもらっちゃったからね」
自分に甘いとああいうことになる、直前に決めたことすらなかったかのように行動をしてしまうのは危険だろう。
中途半端だと人は残らない、そうでなくても微妙な状態なのにそれで止めを刺すことになる。
「でも、確かにあそこで過ごせていたら五十嵐さんがあんなことをしなくて済んだわけだからそうかもしれないね」
「……一年後、絶対にリベンジをするから」
「はは、そのときまでいてくれるんだ?」
来年のいま頃となると就職活動組なら終わっているし、大学を志望するなら滅茶苦茶頑張っているというところか。
ある程度のところで働いてお金を稼いでいくのが目標だからなるべく早く決まるといいな、後半はゆっくり過ごしたい。
「え、伊藤君はそのときまで一緒にいてくれないの?」
「きみといられているのはきみのおかげだからね」
「じゃあ行くよ、まだまだ一緒にいたいもん」
だけど彼女がああいうときに求めるのは結局、先生とか先輩なんだよなぁと。
いやまあ、確かに気の利いたことも言えないからそっちを頼った方がいいのは分かりきっていることだけど、そういうことすらも二人のどちらかに言った方がいいのではと言いたくなってしまう。
「おでんにしよっか」
「うん、そうしよう」
先輩がもうすぐ卒業なのも彼女ができてしまったことも僕からしたら残念なことだった。
「なんでも上手くやって頼られて、先輩はずるいですよ」
「はは、そういうことだけは我慢してしまう満君がはっきり言ってくれるのは嬉しいなぁ」
「……そういうところもですけどね、勝手なことを言うなって吐いて怒ってくれればいいのに」
こんなことを続けたところで意味がないどころか自分の情けないところを晒すだけなのは分かっている、が、ついつい優しさを利用して重ねていた。
僕にとっては甘えているようなもので、変な甘え方になってしまっているのは申し訳ないけど……。
「たまには飲食店にでも行ってゆっくり話そうか、そこにいる千波ちゃんもね」
「ぬ、盗み聞きをしようとしていたわけじゃないんだよ? ただ、伊藤君と帰ろうと思っていただけで」
「はは、行こうか」
彼女も付いてくるとなるとこれ以上吐くのはできなくなる、それとも本当のところを晒せば先輩をもっと頼るようになるだろうか。
とはいえ、こうしてまた戻ってきてくれたのだから無駄にはしたくない、僕だって変なことを考えずに一緒にいたい。
彼女がいて云々と言っておいてあれだけどそういう意味で取られることがないのは救いと言えるだろうか。
「伊藤君はなににする?」
「うーん、あ、これにしようかな」
肉を食べて力を貰いたい、最近おかしかったのはこちらもそうだからなんとかしなければならない。
そもそも勝手に悪く考えて自滅的なことをするのは僕らしくない、僕だったら動いてやらかす方がらしいと言える。
「あ、そっちも美味しそうだなぁ」
「ちょっと交換すればいいんじゃない?」
「お、いいねっ、じゃあこっちにするっ」
この数日はなんだったのかと言いたくなるぐらいにはいつも通りで固まってしまうときもある。
先輩はどんな魔法を使ったのか、聞けば少しぐらいは僕にもできることが増えるのだろうか。
ああいうときに彼女が求めることはどんなことなのか、なにを言えば役に立てるのかが気になり始める。
「じゃあ僕はこれにするから参加させてね」
「はははっ、健吾ちゃんってずっと変わらないよねっ」
「当たり前だよ、それに僕はきみ達の兄みたいなものだからね」
まあ、そのいい笑みは僕にだけではなくて先輩が相手のときとか先生のときにも出てしまうわけで、勘違いなんかはできないレベルだ。
ライバルがいなくなってから変わるという展開では嫌だ、ライバルがいる状態でも僕が必要とされたい。
「おっと、料理はまだかなー」
「なんか変な反応」
「めらめら燃えている子がいるからねぇ」
そういうつもりでいるけど勝てる気がしない、彼女がいる相手にもこれなら話にならない気がする。
「お待たせしました」
「おお、きた」
ご飯だご飯、とにかくご飯を食べてゆっくり帰りながら考えるしかない。
二人が盛り上がっていてもなにかをしているだけで気になりはせず、全て食べ終えるまで集中できた。
「満君、ちょっとは落ち着きなよ」
「先輩、五十嵐さんを取らないでください」
「はははっ、僕には織絵という彼女がいるんだよ?」
「まあ、結局本人がいないところでしか言えないのが情けないですけど、先輩と楽しそうにしている五十嵐さんを見たくないんです」
「んー、それなら満君がもっと頑張らないとねぇ、流石に織絵より勇気を出せないのは男の子として駄目でしょ」
いや、女の子とか男の子とかの前に織絵先輩みたいな強い人もいるというだけの話で、みんながそうできるのであれば困っていないわけだ。
ただ、物ではないけど手に入れたいなら言い訳をしていないで頑張らなければならないということで……。
「おかえり」
「ただいまー」
「あ、ここについているよ」
「えっ、もっと早く言ってよっ」
ぐっ、先輩はただ先輩をやっているだけとは分かっているけど悔しい……。
とりあえずみんなが食べ終わったことでお会計を済ませて帰ることになった、ここから違ったのは彼女の家で集まることになったということだ。
「織絵、来てくれてありがとう」
「健吾君だけ遊んでいるのはずるいですからね」
よしよし……って、この時点で駄目だろ。
なにもしていないと気になってしまうから少し空気が読めないけどテスト勉強をすることにした。
「あ、私もお勉強をやるー」
「一緒にやろうか」
「うん、今回は伊藤君に勝つよっ」
そういえばテストの結果を見せ合ってこっちがほんの少しだけ得点が高いことを彼女が知ったときに地味に喧嘩みたいなことになったことがあったなぁと思い出した。
一週間とか一ヶ月とかその間話せなかったとかそういうこともないけど、一緒に過ごす度に「はぁ、伊藤君に負けたんだよね私」と言われた形になる。
なら今回も勝ってしまったら同じようになるのだろうか? そうでなくても不安定な状態なのに余計なことで更に不安定にさせていたらどうしようもなくなるぞ。
とはいえそのために手を抜くというのはなしだ、やっておけば平均点かそれより少し上の点数は見込めるというレベルだからね。
「千波さんはすっかり元通りになりましたね」
「はい、元気がない私なんて私とは言えませんからね」
流石に織絵先輩が相手のときは敬語を使うのか、普通と言われればそれまでかもしれないけどちゃんと変えられるのはいいところだと思う。
いいところをどんどん真似していきたい、お手本が近くにいてくれているのはありがたいことだ。
そういえば彼女のこともそうだけど先生がいきなり冷たくなってしまった理由も気になっているんだよなぁ、彼女はともかくそっちは理由がまるで分からないのが問題だった。
「健吾君は私に対して以外はいい子でいてくれるんですけどね」
「そうですか? 織絵先輩が相手のときは特に失敗をしないようにって気をつけているように見えますけど」
「え、冗談ですよね?」
「え、まさかそんなことを言われるとは思いませんでしたけど……」
ふ、不満が溜まっているみたいだ、ちなみに先輩は「織絵は面白いことを言うなぁ」と言って笑っていた。
彼女も同じ状態なのではないかと不安になってしまったのだった。
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