05
「え、いいの?」
「うん、用があるなら仕方がないよ」
「ありがとう、じゃあよろしくね」
ということであの子の代わりに掃除をすることが決まった、とはいえ、いつもSHR前にやっている掃除と同じようにやるだけでいいから楽でいい。
少し細かくやりすぎて床を掃いたり拭いたりしている間に時間がどんどんと経過してしまったけどそこは一人なのをいいことに気にしないことにした。
最近特に感じているのは手や足が自由に動くことがありがたいということだ、だからついつい動かしてしまう。
「ふぅ、これぐらいかな」
「お疲れ様です」
「ありがとうございます、でも、なんでまだ残っているんですか?」
告白をされた後だからなのか五十嵐さんと帰ることはなくなっていてこの人と毎日先輩は帰っていた、そして残る人ではないから普段であれば帰っているはずなのにこうして目の前にいるから気になっていく。
まあ、僕と違って上手くやるだろうけどもうなにかをやらかしてしまったということなら付いて行って仲直りさせようと決める。
「家でやるよりも学校でお勉強をやった方が集中できるからです、健吾君もここ以外だと付き合ってくれないのでさっきまでやっていました」
「なるほど、いまは休憩中なんですね」
「はい、健吾君のためと自分の分の飲み物を買うために下りてきました」
でも、自動販売機は外にあるし、戻る途中で発見できるような場所ではない。
「あの、一緒に行ってもいいですか?」
「大丈夫ですよ」
放課後のうえに時間も遅いから残っているのはこの二人だけだろう、となればいつもみたいに緊張しなくて済むからありがたい。
気になるのにそういうことで引っかかって行動できないままで終えるというのが一番嫌なため、いいタイミングで来てくれたというやつだった。
ちなみに先輩はまた突っ伏して休んでいたけどね、ただ、喧嘩をしてしまったわけではないようでやらなければいけないことというのはなくなった形になる。
「うーん、織絵ってなんでか満君とよく一緒にいるよね、ちょっと彼氏としては気になっちゃうなぁ」
「突っ伏して休まなければちゃんと付き合ってくれますよ」
「いや、中々戻ってこなかったから拗ねていただけで二人きりのときはちゃんとやっていたんだよ?」
「確認したいことも確認できたのでこれで戻ります」
ついでに教室でも掃除をしてから帰ろう。
その際は露骨に誰かがやりましたよ感を出さないようにしたかった、気づかれないぐらいのレベルでやっていくのだ。
「誰かが残っていると思ったら伊藤だったのか」
「はい、のんびり休んでいたらこんな時間になってしまいました」
たまたま自分の机付近を掃除しているタイミングでよかった、先生にも見られたくないからそういうことになる。
「家が離れているんだから早く帰れよ」
「もう帰ります」
好きだとは言っても放課後に一人でなにをしているのだろうという気持ちが強くなってきていたから嘘ではなかった。
やはり僕のやる気は十七時とか十八時とかになってくると下がってくるみたいだ、それなのに教室もやろうとなってしまったのはあの二人が勉強を頑張っていたからでしかない。
こういう点でも影響を受けやすいのだ、今回は悪いことではないからいいけどこれも直さなければならないところかもしれない。
「ま、掃除をしてくれてありがとな」
「な、なんの話です?」
「ふっ、また明日な」
箒が近くにあったわけでもないのに何故だ、もしかしてまた少し前から見られていたということなのだろうか。
道具を片付けて帰るかと動き出そうとしたときのこと、二つの目が見えたときは流石に飛び上がりそうになった。
「五十嵐さん、冬にそういうのはやめよう、いまので僕が死んでいたらどうするの」
「そうしたら心臓マッサージをして戻ってきてもらうよ」
「いや、死んでいたらもう無理でしょ……」
反省するどころか「そもそも伊藤君が悪いんだよ」などと言ってくれた、普通に悲しかった。
まあでも確かにクラスメイトとしては放課後にこそこそしてほしくないというやつか、なにをしているのかと不安になるから異性なら普通のこと……いや、それでも掃除をしていて悪い発言はちょっと……。
「あの人は健吾ちゃんの彼女さんなのに一緒に行動したりするからだよ」
「中々こういうことはないから気になったんだよ、ただ確認のために付いて行っただけだよ」
「ふーん」
「というかもう遅い時間なのになにをしているのさ、そもそもいるなら普通に声をかけてきなよ」
この子を早く家に送り届けないとこちらが気になってしまうから今日も腕を掴んで教室をあとにした。
暑さにも寒さにもある程度の耐性があることで一年間安定して行動できるものの、これが逆に彼女の邪魔をしていて気になってしまう。
約束もしていないのに残ったりする彼女が悪いけどね、他の理由でならともかく僕を驚かせるために繰り返しているいまならこう言っても自意識過剰ではなくなる。
「でも、私が伊藤君が言っているように動いていたら困っていたんじゃないの?」
「僕があの人を狙っているかのような発言はやめてよ」
「違うんだ?」
「違うよ」
なんでそういう風になるのかがまるで分からない、もう過去の僕ではないのだから好きな相手がいる異性を振り向かせようとなんてしない。
いやまあ過去の僕は相手に好きな子がいるということも気づけなかった馬鹿だけど、とにかく同じような失敗を繰り返さないということだ。
「じゃあなんであの人はいちいち伊藤君を探したりしちゃうの?」
「一応協力したからじゃない? ただその場にいただけだけどさ」
この話を続けても無駄だから無理やり別の話題にしておいた。
彼女は過去の僕と同じで妄想が得意なのだということで片付けておいたのだった。
「伊藤、ちょっと来てくれ」
かなり小声だったから頷いて付いて行く、するとすぐのところで「明日が千波の誕生日なんだ」と言ってきた。
そうか、そういえばそんな話もあったなと思い出していると「教えたからな、後は伊藤次第だぞ」と歩いて行った。
いやでも教えていないのに知られていたら云々と言っていたわけだし、僕にできることはなにもない。
あと、最近のあの子は変な絡み方をしてくるから放課後はすぐに帰るようにしているというのもそこに繋がっていく。
「高下に怒られるようなことをしたのか?」
「うん、最近は遅くまで残っているからそのことについて言われちゃったよ」
言われていないけど、先生もよく周りの生徒がいるときに来たなって感想だった。
たまたま近くに来たから言っておこうとしたのだろうか、朝だって担任の先生ということで教室にいたのにそのときでは駄目だったのかな。
五十嵐さんの登校時間は家が近くても僕より遅いから寧ろいまよりもやりやすかったはずだけど……。
「残ってなにをしているんだ?」
「休憩、かな」
「家に帰って休んだ方がいいだろ、高下じゃなくてもそう言うと思うぞ」
もっともだし、彼には嘘をついてしまったことになるから申し訳なかった。
「伊藤君、高下先生がなんで来たのかを当てちゃうよ」
「うん、どうぞ」
「私の相手をしないからだね、『千波の相手をしてやってくれ』って頼まれたんでしょ?」
「うーん、そうじゃないなぁ」
やはり誕生日のことについては絶対に言わないみたいだ、それとも忘れているとか――そんな訳がない、毎日が滅茶苦茶忙しいなら分かるけどそうではないのだから絶対ないと断言することができる。
「私以外のことでなにかある?」
「あ、五十嵐さん関係なのは当たっているよ」
本人の口から聞くことができればやりやすくなるのにこれは無理そうだ、だったら他のやり方でなんとかするしかない。
プレゼントという形では無理だけどなにかを買うということはできる、ただそのためには一緒に来てもらうしかないわけで、いまは正に頑張らなければいけないタイミングということになる。
「うーん、あ、『男なら千波に対してもっと積極的に行け』でしょ」
「僕は僕の意思で五十嵐さんに積極的になるだけだよ、先生に言われて変えるなんてしない」
さっきから先生の真似を頑張っていて微笑ましかった、が、このまま終わらせたら駄目だ。
「積極的って嘘だよね、だって逃げられているもん」
「たまたまだよたまたま、今日の放課後は一緒にお店を見に行かない? なにか買ってあげるからさ」
ナイス! いまの発言は物凄くありがたい。
でも、いまのやり方は過去の僕が何回も使っていた作戦でダメージを受けることになった。
「あー、いまの悪いことをしている人みたいな発言だったよね」
「お願いだよ」
「いいよ、だけど健吾ちゃんを誘うのはなしだからね、あの人が間違いなく付いてくるから駄目なんだよ」
「分かった」
正直、彼女の方からそう言ってくれてよかった、二人きりが嫌みたいに聞こえてきてこれも昔に繋がるからだ。
彼女が離れて少しして、なにか気になって横を見てみたらにやにやしている会話仲間がいた。
「振られたわけじゃなかったのかもな」
「うーん、どうだろうね」
「自信を持てよ、逆に二人で行けるように望んでいるぐらいなんだぞ?」
「うん、そうだね」
正直に言うとそういうのではないんだよなぁ、話を聞いてしまったのと、関わっている期間的になにもしないというわけにはいかないだけだ。
もっと堂々と誕生日おめでとうと吐いて渡したかったけどね、本人があれならこれしかない。
「さあほら行こうっ」
「落ち着いて」
「行こう行こうっ」
うーん、元気がなくなってしまう前に早く行ってしまった方がいいか。
時間だけ貰って結局なにも渡せませんでしたでは困る、少し汚いやり方だけど細かいことを気にしていても仕方がない。
「これ可愛い」
彼女が興味を抱いた物をちゃんと覚えておいて最後に買えばいいだろう。
あのときの発言的に「これを買って?」などとは言ってこないだろうから、
「伊藤君、これが欲しいかな」
「あれっ?」
と考えていたけど予想とは全く違かったことになる。
「あっ、ちょ、ちょっと高かったかな……?」
「こ、これでいいの?」
値段的には全く問題ない、それどころかあと一つぐらいは買わせてもらわないとこっちが嫌だった。
だけど落ち着け、ここで余計なことを言ったりすると「やっぱりやめる」などと言い出しかねないから上手くやるのだ。
「うん、可愛いからこれがいい」
「分かった、じゃあお会計を済ませてくるよ」
よしよし、これで絶対に守らなければいけないことはできたわけだから精神的に楽になった。
渡そうとしたら「ううん、明日渡してほしいな」と言われてそのまま持っていることになったけど大丈夫だ。
「この前のあれも今回のこれも私に誕生日プレゼントとして渡したかったからでしょ? だったら誕生日の明日まで持っていてほしいの」
「五十嵐さん、そういうのはずるいよ、分かっているのに敢えて分からないふりをして近づくなんてさ」
「ははは、だけど私の気持ちも分かってよ、誕生日プレゼントなんだなにかちょうだい! なんて言えないよ」
「僕らはもう一年と半年以上は一緒にいるんだから気にしなくていいのに、なにも返せない方が嫌だよ」
「そっか、じゃあちょっと失敗だったかなぁ……」
失敗というわけでもないけどもっと早く言ってくれていればこちらは間違いなく変わっていたことになる。
「あとね、明日は一緒に過ごしてほしいんだ」
なんか最近は変だ、積極的になると本人の前で言った僕が動くならともかく彼女が変わってしまっていた。
変なことというのは普段の彼女とは全く違って積極的にきていたから放課後は逃げるしかなかった。
自分から動くのも相手の方から動かれるのもどちらも経験していてそのどちらも失敗をしているから怖かったというのもある。
「それだとご両親が寂しく感じると思うけど」
「二十一時ぐらいから会いたいな」
「あ、それならいいよ、ちゃんとご両親と過ごしたうえでなら行くよ」
「ありがとうっ」
二十時ぐらいに出ればいいか、ではなく、このままやらせておいていいのか……。
誕生日に一緒に過ごしてほしいと言ってもらえたのは嬉しいけど、……いやもう嬉しいと感じてしまっている時点で駄目か。
「よし、それじゃあ帰ろうっ、続きは私の家で話そうっ」
「うん、行こうか」
風邪を引かれたくはないから早めに帰ることになったのはそんなに悪いことではなかった。
「まじか」
大して確認もせずに出てきておいて言うのはあれだけどいきなり無理ということになって突っ立つことになった。
今日の朝や放課後なんかは「お母さんやお父さんと過ごした後は伊藤君と過ごせるから楽しみっ」と言ってくれていたから僕が無理やり過ごそうとしていたわけではないのがまだ救いか。
まあ、時間が時間だからご両親が許可をしないか、異性と過ごすと聞けば警戒してもなんらおかしなことではない。
ただね、勝手に来ておいて本当に勝手だけど帰る気が失せた、メリットがあるから暗い中出てきたのにこれではあんまりだ――ということで近くの公園で過ごすことにした。
お風呂なんかには入っているから大丈夫だ、荷物はまあ……明日の五時ぐらいになったら帰って持ってくればいいだろう。
「おっと、まさかこんなところで後輩に会うなんて思わなかったよ」
「先輩はちゃんと五十嵐さんにおめでとうと言ってあげたんですか?」
「言ったよ、買っておいた物も朝にちゃんと渡したよ」
そういえば結局買ったあれもこちらは渡せていないことになる、ここで無理となるのは全くの予想外だった。
「はは、悪い三年生ですね」
「はは、いいんだよ、ばれなきゃセーフ。それで? 満君の家とは全く違う場所なのになんでこんなところにいるの?」
「散歩をしていたんですよ、それでちょっと休憩――その顔はやめてください」
「続きは僕の家で話そう」
それはありがたいな、積極的に外でなんて過ごしたくはないから付いて行かせてもらうことにしよう。
行ってみたらあの人がいたとかそういうこともなく、先輩と僕の二人きりだった。
ご両親はいるみたいだけどこの時間はもう部屋に戻っているみたいだ、だから気にせずにリビングで過ごせる。
「なるほど、それであんなところにいたんだ」
「はい」
「じゃあ僕の家に泊まりなよ、自分の家に一人で帰るよりもいいでしょ?」
「ありがとうございます、お世話になります」
自分のためとはいえ、この人の言うことを普段から聞いておいてよかったと思う、何回も断っていたら流石にこういうときに泊まったらどうかなんて言ってくれていなかっただろう。
悪いことばかりではないということが分かったのはいいことだ、もう終わったことという風に片付けてゆっくりしよう。
「過去の女の子達みたいにはしないから安心して、千波ちゃんは満君とちゃんと過ごしたかったはずだよ」
「まあ、それはどちらでもいいです、ただ買ったこれを今日渡せなかったのが残念だっただけですよ」
「確かにね、渡せていなかったらそうだよね」
なんか今日は滅茶苦茶優しいぞ、いつもこんな感じだけど微妙な状態だからかそう見える。
「先輩、申し訳ないんですけどもう寝させてもらってもいいですか?」
「いいよ、布団を敷いてあげるよ」
「ありがとうございます」
布団に寝転ばせてもらって電気を消そうとしたら何故かもう一組布団を敷き始める先輩、一応聞いてみると「いま一人にしたら泣いちゃいそうだから」と……。
「先輩、なんかこういうときだけ利用するみたいな形になってすみません」
「そういうことを言わない、そもそも普段は満君が動いてくれているんじゃないか」
「も、もう寝ますね」
「うん、おやすみ」
荷物を取りに帰らなければならないから早く寝よう、あ、泣いてしまうからとかそういうことではないから勘違いをしないでほしい。
そこまで弱くはないし、こういうところで自己中心的な考えになったりはしない、ただ少し疲れただけだ。
「朝か、悪いけど起こして出させてもらおう」
眠そうな先輩にお礼を言って谷本家をあとにする、昨日と違った点はリセットできたことと早朝に歩いているということで少しテンションが上がったことだ。
早起きも寒いのも苦手ではないものの、こういう時間に敢えて出るのは初日の出を見るときぐらいしかないというのも影響している。
「えっ」
「ははは、やっと来た」
「え、いつからいたの?」
「お母さんとお父さんが寝てから出たから昨日からだね」
……連絡をするかと言われた際に同じ結果にしかならないからということで先輩を止めた自分、けど、それは分かりやすく失敗だったということがすぐに分かったのだった。
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