第二十二話 遺跡の中へ

 ____スノーエルフの古代遺跡



「クソ?!トッポイ、もっとこっち寄るだよ!」


「馬鹿言うなおめえ!それ以上そっち行ったらおめえらが危険だ!」


「んだなこと言ってる場合か馬鹿兄貴!ミドロもマロとも少し下がれ!危ねぇ!」


「……グルルルルル」


 崩壊する遺跡からの落石をなんとか回避し続けている3人と1匹に、一際大きな落石が迫る。


 魔狼だけであれば、回避はできるだろう。だが3人には無理だった。何せ足元は大きく揺れ、小さな瓦礫などがただでさえ飛んできているのだ。下手に動いても死、動かなくても状況的には落石に潰されどのみち詰みである。


「マロちゃん、逃げろ!!」


 それゆえ。魔狼に逃げるようにとミドロの鋭い声が飛ぶ。それを受けた魔狼は、しかし諦めずに3人を庇うように前に出た。


 だが、どうすることも不可能だ。魔狼の戦闘能力は群を抜いているが、自身の体を遥かに超える大きさをもつ瓦礫、落石を防ぐ手立てなどない。

 どうしようもないことは、強く賢い魔狼にはその場の誰よりも分かっていた。


 しかし、なぜこの3人を見捨てないのか。正直な所、魔狼自身にもわからない。

 ただ、短くも3人と過ごした日々の記憶が見捨てるという選択肢をなくしているのは確かだろう。


 そして、迫る大岩を最後まで何とかしようと睨む魔狼と、次の瞬間を想像して思わず目をつむる3人。




 だが、突如ソレが両断され、粉微塵に吹き飛ぶなど。その場の誰が想像できただろうか。




「「「え…?」」」


 3人と1匹に、驚愕の顔が浮かぶ。

 吹き飛んだ瓦礫を防ぐように、魔力がこもった紙面が明確な意思を持つかのように舞い散る。


 その舞い散る中。空から降りてきた男を見て、三兄弟は誰ともなく呟いた。


「神様……?」


 神と見まごうばかりの、強大な魔力。それは冷たく、黒く、近づいていると死を想像する。


 あまりの恐ろしさに顔を上げることすら出来ない。圧倒的な力によって、まるで審判を待つ罪人かのように頭を垂れるしかない。


 だが、そんな彼らの内心とは裏腹に。


「____大丈夫だったか?」


 聞き覚えのある声が聞こえたのだった。








「あ、あんた。あの時の!?」


 どこか青白い顔を上げた三兄弟と、やはり怯えた様子の魔狼の前に俺は降り立った。


「ああ。リステルがここに来なかったか?変なやつも一緒に」


 俺の問いに3人は顔を合わせると頷き、以前はなかった遺跡の扉を指さして告げた。


「リステルちゃんなら、そこに現れた扉から中に入っていったぞ!あと、これも渡されて……」


 三兄弟の、確かミドロといった彼は悲しそうに団子を出してくる。


「マロちゃんに渡せなくてごめんなさいってよ。なんか、もう辛そうな顔してて。でも、隣にいたやつから変な力を感じてよ。どうにかすることも出来なくて」


「んだ!だから依頼主に連絡を入れるので精一杯だったんだ」


 彼は確か、スモルといったか。同意してブンブンと首を振り、興奮している。


「依頼主、って。そうか。トリトルか」


「ん?ワシ達の依頼主に会ったのか?」


「ああ。やはりというかなんというか、魔狼を追った先にいたのがあんたらの依頼主でな。トリトルはどこに?」


 聞くと、トッポイがやはり入り口を指差して呟く。


「同じ入り口から血相変えて入って行ったぞ。クソ、みんながいればなぁ」


 そういえば確かに。見渡しても他に人影はなく、どうやら今はこの3人と魔狼しか居ないようだ。


「他の人達はどうしたんだ?」


「ああ。王都の方で妙な騒ぎが起きたってんでな。家族を心配してるから、みんな引き上げさせたんだ」


 トッポイが肩をすくめる。その判断は正しかったのだろうとも。


「なあ、この花は何なんだ?それに、リステルちゃんはどうしちまったんだ?」


「……この花は」


 俺は迷うも、3人に告げる。


「この花は、世界を滅ぼしかねない花だ。早急に刈り取る必要がある。まだ蕾だから問題はないが、危険だ。あんたらもとっとと王都に引き上げたほうがいい」


「世界を滅ぼしかねない?どういう_____」


 スモルが疑問を口にしようとした時、地面が揺れた。メキメキと音を立てながら大輪が更に飛び出し始め、更に。


「おい!みろ!花が開き始めてるぞ!」

「これはまあ、綺麗だなぁ」


 呑気な声をあげているミドロとトッポイ。だが開きつつある花弁を見て魔狼は狂ったように吠え始め、黙っていたメメントモリもまた驚愕の声を上げた。


『馬鹿な、早すぎる!』


「……急ぐか。おい、3人とも!」


 俺は3人に急いで退避するように告げた。俺の真剣さを理解したのか、狂ったように吠える魔狼に戦いたのかはわからないが、慌てふためきながら魔狼と共に駆け出した彼らを見送り、俺は扉の前に立った。


「とはいえ、鍵であるリステルは遺跡の中。トリトルがどうやって開けたのかは検討がつかん」


 遺跡の鍵は施錠されてしまっているようで、今は中に入るための扉は見えているのだが入れないようだ。


「なら、ちと荒っぽいが!」


 この手かぎる


 俺は扉にメメントモリを振り下ろし、吹き飛ばした___!








 遺跡内部はだいぶ暗く、外からの見た目より広いようだ。俺は走り抜けながらも、底の見えない闇の中を落ちていくような感覚に底冷えするものを感じる。だが、何かが……


「妙だ。確実に200メートルは走ってるのに」


 遺跡内部を直進で200メートル走れるほど、この遺跡はそんなに大きくない。


『恐らくは不正な侵入への対策だろう』


「……だよな。ジョウハリ!」


 俺は能力を展開すると、走っていた暗闇を切り裂く。すると絹を割くかのように空間が切れ、松明の明かりが見えはじめる。


 視界が開いた場所を見渡すと、そこは大きな門がある大部屋だった。門は半分開いているようで、俺の視界には白い花が写っている。


 どうやら、正しい空間に出られたようだ。


「よし。少し時間をロスしたが、これで____」


 そう呟きながら、ふと足元を見る。すると、そこに映ったのは。


 倒れ伏した真っ白なポンチョ


「おい、おい!リステル!?」


 俺は駆け寄り、抱き起こす。だがその顔を検めると、その顔はリステルではなく。


「……トリトル?おい、何があった!おい!」


「……」


 外傷はなく、呼吸もしっかりしているが全く意識がないようだ。揺り起こそうとしても起きる気配がない。


「これは……」


『うむ。先ほどの幻覚と似たようなものに取り込まれている可能性があるな』


 空間に張られている結界などの魔法は壊して仕舞えば話は終わるが、個人を対象にした魔法相手ではそうはいかない。

 幻覚をかけた術者本人を倒すか、本人が無理やり術を破るしかないのだ。


「仕方ない。トリトルはひとまずおいておいて、リステルは……」


 半分開いた門の先。行く先はそこしかないだろう。俺はそちらに歩を進めようとして。はたと、不快な気配に気がついた。


 足を止め、そちらを睨む。


 分かる。向こうも同じように、こちらを睨んでいるのだろうと。


「サッキハ油断シタガ、彼女ノジャマハサセナイヨ!」


 そういうなり、奴から迫る2本の杭。警告なしに打ち込まれたその軌道を俺はいとも容易くずらし、弾く。


「馬鹿の一つ覚えだな」


「ドウカナ!?」


 再度飛んでくる2本。それを弾こうとして___


「捕マエタ!」


 杭にびっしりと刻まれた魔法陣。そこから現れた鎖が俺の体とメメントモリに絡みついてくる。

 だが、こんなものを切り裂くのは一瞬だ。俺は力を入れ拘束を破壊しようとしたが、仮面をずらす奴の行動が目に入り動きを止める。その次の瞬間。


「っ!?」


 俺の体に無数の針が体に突き刺さる。ついで走る悪寒と、激痛。不思議な感覚に面食らう俺に、奴が笑いかけてくる。


「特製の毒だよ。切り札といってもいい」


 そういって完全に仮面を外した奴の顔は、ひどく焼けて爛れている。だが、目だけは強い愉悦を讃えるかのように笑っているのがわかった。


「さ、終わりにしよう」


 奴がゆらりと近づいてくる。勝利を確信したような顔で、ゆらりと。


 だが。


「……何を終わりにするんだ?」


 ガキリと、全身に力を込めて鎖を切り裂き、吹き飛ばした。


「……なっ!?魔獣でも動けなくなる猛毒だぞ!?」


 急いで下がるガガゼルに俺は一瞬で距離を詰め、左拳を握った。それだけで拳に魔力が溢れ、黒焔のような力を吹き上げる。


 奴の顔が恐怖に滲むが、俺は躊躇いなくその顔に拳を振り抜き、吹き飛ばす。


 ドオオオンという爆発したかのような音と共に壁に激突した奴は完全に気を失うが、俺はその伸びた背中に1人呟いた。


「俺を縛りたいなら、魔王を縛れる鎖をもってこい」


 

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