第二十一話 禁じられた力(後編)
同時刻
スノーエルフの古代遺跡
内部階層 最終封印門前
「サァテ。ココニ手ヲダシテネェ!」
「……」
___無言で紋章に手を差し出す私は、一体何をやっているのだろう。レイさん、ミレットさん、キルトさん、ソルドさん。彼ら彼女達と結ばれた縁を蹴って、私は今ここで胡散臭い殺し屋と一緒にいるのだから。
(本当に、なにをやってるんだろう)
そう考えると途端に悔恨と、寂しさが押し寄せてくる。たったの数日で過ごした誰かとの時間は、私にとって存外大切なものになっていたらしい。
(でも、100年間。100年間だ!)
物心ついた時期から1人で生きてきた。何度も、ハーフエルフだとバレれば排斥されてきて。
殺されそうになったことも沢山あった。だから隠れるように、バレないように生き続けて。
(それでも、中には好奇心から秘密を暴こうとする者たちもいて。そのくせ、私を排除しようとしようとする……)
____ああ、心に深く暗い淀がたまっていく。
人間は、まだいい。
敵対したってしばらく待っていれば、死ぬし。でも、沢山助けてくれる人達も、居たし。
ドワーフは、まだいい。
憐れみの視線を向けてくるのは腹立つけれど、でも敵にはならなかったから。
スノーエルフは……
みんな消えて仕舞えばいいのに。スノーエルフさえいなければ。こんな思いを、することはなかったのに
なんて、八つ当たりなのはわかっている。
でも、100年の間に奴らから受けてきた痛みが、私を苛むのだ。
「次デ最後ダヨ。コノ門ノ大キナ紋章ニー……」
でも、あの時正門で。この胡散臭い殺し屋は、仮面をずらしながらニヤリと笑いこう言ったのだ。
『君ハ、ハーフエルフを滅ぼすあの遺跡の仕組み、知ってる?それはね______』
にわかには、信じられないが。信じられないが……
「他の何を犠牲にしたって……!」
(私は……!)
救われるんだ、そう決めようとして。
「____お前自身が救われたい、か?」
「っ!?」
後ろからの声に、私のその決意は決まりかねてしまった。
「……邪魔者、キチャッタネェ。まったく、しつこい奴だ」
「レイ、さん」
振り払ったはずの、その人が立っていたからだ。
「……鍵、閉めておいたはずなんだけどなァ?」
「あのさ、リステル。こんなことしてお前自身は救われるのか?」
オレは一歩を踏み込む。だがそれに対して、リステルがジリと半歩下がった。
「アレアレ?お姫様には嫌われてるみたいだよぉ?ホラァ、帰りなよ」
「それに、こんな薄気味悪い場所にいたら、考えることもネガティブになっちまうよ。ほら、今ならまだ引き返せる。此処に溢れてる魔力が妙なのは、わかるだろ?」
再度一歩踏み込む。リステルは、下がらなかった。
「……私が、引き返すことを望むと思いますか?」
「いや、思わない。でも、今ならまだ引き返すことも、違う方法を探す時間も絶対にある。ならさ____」
オレは手を差し出し、なんとかしてリステルをこちらに戻そうと____
「もしもーし、聞いてますぅ?いや、聞けよオラァ!」
____したところで。五月蝿い虫ケラの羽音が聞こえた。
だから、オレは。
「なあ、五月蝿いよ。お前」
見る。視る。観る。
ただ何の感慨もなく、ただ何の感情も抱かず。ただそこに居るのは不快だと、五月蝿いから静かにしろと。そう思って。
「っえ?」
___オレは、ただ視るだけ。でも、反応はすぐにあった。掻きむしるように喉に手をやった羽虫は、その場で崩れ落ちる。
「___何した?おま、おえええ!」
でも、まだその場でのたうち回っている。オレをみて、睨んでいる。
「クソ!クソクソクソ!?仮面を、ずらしてるのに、何だ、この魔力?!」
「……なあ」
オレは羽虫の側に寄ると。触れるのも汚いが、ソレの肩に手を置いた。
「____五月蝿いって、言ったよな?」
「グ、カッ!?」
オレがそう伝えると、羽虫はピクリ跳ねて。それきり動かなくなった。どうやらわかってくれたらしい。
手を払いながら立ち上がり、リステルの方を向く。
「ああ、何だったか。そうだ、つまり時間はたくさんある。だからみんなで探そうぜ。リステルの納得する結果をさ」
「レイ、さん?」
「ん?どうした?」
「レイさん、ですよね?」
____何を言っているのだろうか?不思議な事を言うものだ。あまりにおかしな事を言うものだから、ははは。
全く、おかしな話だ。
「おいおい、リステル?何を言ってるんだよ。逆に、誰に見えるんだ?」
「……来ないで。誰、ですか?あなたは」
リステルはヨタヨタと最後の封印に向かって後退りしていく。
「……リステル、兎に角そこから離れろ。離れてくれ。な?わかるだろ?スノーエルフをどうにかしようなんて、止めろ。な?」
「貴方……!」
バシンと、門の最後の封印に置かれるリステルの手。封印の鍵がガチャガチャと開き始める。それを見て、オレは引けなくなってしまった。
(___殺したく、なかったな)
ボクは姿を一瞬にして戻すと躊躇いなく、隠し持っていた呪いの矢をつがえ、引いた。
放たれた矢はまっすぐにリステルに向かって飛んで、呆気ないほどにあっさりと突き刺さり。
ドサリと倒れたリステルの、そのポンチョを真っ赤に染めていく。
「ふっ、ふっ、ふっ」
ボクの息も、荒い。
同族と、本心ではそう認めてあげたかった少女に対して遂に弓を引いたのだ。
この先一生拭えぬであろう猛烈な嫌悪感と、罪悪感が、ボクを蝕んでいく。カタカタ震える手を押さえ、あの子が本当に死んだか確認するために近づこうとする。
____その時、微かに空気が震える音がした。
「や、やだ。死にたく、ない」
這いつくばり、最後の封印の先へ行こうとするリステル。そこにボクは近づいて、言葉をかける。
「……ごめんね。君も、犠牲者なのはわかっている」
リステルは、最初は望まれた子だった。
彼女の生誕を祝う人間の父と、スノーエルフの母。ボクは、それを見たし、知っている。
でも、この子が忌子となったのは戦争が激化し。人間とドワーフがこの遺跡のシステムを作り変えスノーエルフを消し去ろうとしてから。
ううん。言葉をただそう。
『スノーエルフを消し去ってから』だ。なにせ、今のこの世界を生きるスノーエルフ達はボクと、彼女の半分とは根本的な所から別物なのだから。
「君が生きていたいと望むのも、わかってる」
でも、彼女が生きているだけでこの国の、今のスノーエルフをよく思わない為政者に狙われるだろう。
かつては、何者かがそれを防ぎ隠蔽してくれた。だからボクも、リステルを狙う必要がなくなった。
でも今回は悪意を持った何者かが彼女と、この遺跡についての記憶を掘り起こしたようだ。彼女を利用してスノーエルフを消し去ろうという計画が動き始めてしまっている。
これはもう、彼女自身がどちらかになりたいという願いだけの話ではなくなってしまった。そして、明確な意思を持ってスノーエルフを消し去ろうとしていた以上は。
「でもそれだと。君が生きていると、多くの同胞が危険にさらされるんだ」
根本が違えど、たくさんの同族には変わりがない。ボクは腰から狩猟用のナイフを引き抜き、リステルに近づいていく。
そう、確実にとどめをさすために。
長きにわたるこの恐怖に、幕を下ろすために。
「だから、さよなら」
ボクは無心でナイフを振り下ろす。
だが、リステルに届く寸前、その手が止まった。
(……!?)
しかし、それはボクの意思だとか、良心の呵責とか。そうしたものでは誓ってない。
ただただ、まるで何かに押さえつけられたかのように止まってしまったのだ。
不思議に思うボクの視界に、あるものが写り始める。それは、次第に咲き始める、花、花、花。
真っ白な花がその場に咲き乱れ始めたのだ。
「……嘘だ!これ、何で!?」
「ああ……」
『綺麗』
その呟きが聞こえたのと同時に、ボクの意識は闇へと落ちた。深い深い闇のなかへ。
ものすごい速度で迫る、強い強い魔力を感じながら。
「……なんだ。どうなってんだ、これは」
遺跡から飛び出す馬鹿みたいにでかい白い花。それは蕾ではあるが、徐々に魔力を蓄え、花開こうとしているように見えた。
ふと眼下を見ると、見覚えのある慌てふためく3人と。それを乗せて遺跡からの落石を回避し続ける魔狼。
『これは、まさか。レイ急げ。放っておけばこの世界が崩壊するぞ』
「またそんな話かよ!」
俺は世界の前にまず3人と一匹を助けるべく、加速した____!
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