第二十話 禁じられた力(中編)

バブイルよ開け!」


 ミレットととの約束。それは、この力を使わない事。いくら約束はできないとは言っていたとはいえ、出来る限りという話をしていた。それをこんなにも早く破る事になるとは。


 唱えた事で、濃密な魔力が周囲に溢れ出す。まだ能力を本格的に表してもいないにも関わらずその残滓が溢れるように俺を包む。どす黒く、重たい魔力だ。


「待って、待ってそれは!メメちゃん!止めて!」


 ミレットの顔は、今にも泣きそうな顔で。俺の魔力に阻まれているかのように近づけないようだが、必死に俺に手を伸ばしている。


『……本当に、よいのか』


「____ああ、やってくれ」


 しかし、躊躇っている場合ではない。一瞬の逡巡の後、俺は力の引き金を引いた。







「っはぁ!」


 ドサリと、仮面をつけた敵が倒れ伏した。これでようやく2体目だ。


 その瞬間、周囲からは歓声が上がるも私は魔杖を回転させつつ、残心を取る。

 そして、声を張り上げ、叫ぶ。


「敵は両手に隠し武器も持っているはずです!常に2人から3人でカバーし合って事に当たるように!」


「承知した。すまぬ、キルト殿。あとは任せて先を急がれよ!」


 女性の騎士達は私にこの国の最敬礼を持って意思を示したあと、武器を抜いて走っていく。


「我ら北百合の騎士も遅れをとるな!続けぇ!」


「「「おぉー!」」」


 走っていく彼女達を見ながら、私は一息つきつつ先を急ぐ。


(リステルの反応が遺跡の方へ飛んで行ったと思えばこの騒ぎ。きな臭いものしか感じませんね)


 そう、私は恐らくは飛雷によってこの街から去ったリステルの反応を見てすぐに別荘を飛び出し、正門を目指していたのだが。途中であの仮面をつけた化け物が現れた。


 そこで丁度市中を警備していたであろう北百合の騎士という騎士達と鉢合わせしたので連携をとる事になり、先程の事態へ至るというわけだ。


 ____今回無事に倒せたのは、辛酸を舐めたあれからの期間。徹底して自身の弱点を詰め、レイの戦闘方法を思い出したりイメージトレーニングを欠かさなかったからだろう。その効果が現れたのだと自分を褒める。



「しかし、これは……!」



 私は、正門に向かって駆けながら状況を把握しようと務める。既に街の中では所々で火災が起き始めており、すぐ横の通りでも戦闘中のようだ。


 しかし、先ほどの北百合の騎士達もそうだが。この国の騎士団は突如自陣の中に沸いた敵達への対処としては非常にうまく立ち回っていると思える。

 更にはどう見ても民間人のドワーフやスノーエルフが凄まじいバックアップを行なっているのも戦況が不利にならない要因の一つだろうか。加えてギルドから出てきた人々が各々の武器を持ち、騎士団と連携をとって迅速に動いているようだ。


(素晴らしい連携ですね……)


 正直、うちの国で同じことが起きたらどうなるのだろうか、なんて考えてしまう。


 とはいえ……


「こっちはもう持たないぞ!」


「こっちもだ!?」


「くそっベイグ、目を開けろ!ヒーラーを早く!」


 走り抜ける中で騎士団の援護に入ってはいるが、徐々に方々で聞こえる痛ましい声が増えてきた。

 それはそうだろう。彼ら彼女らにできることは、あくまでも時間稼ぎ。倒し切るまでに至っておらず、数が減らないのに負担が減るわけもない。

 先ほど5人がかりでようやく倒したという報告が上がったなんて話を騎士がしていたのが聞こえた。確実にこのままではまずい。


「って、ここも行き止まり!?」


 正門を目指して走っているのに、悉くバリケードにぶち当たるのはどういうことなのか。

 しかもこのバリケード。飛び越えようとしたり、このバリケードより高く飛行するものに魔力をぶつけて失神させる術式を編み込んである念入りさだ。


(こんな短時間でこんなにバリケード作るなんて、まああの人しかいませんよね)


 私が知り合いの魔力を感知すると、その人はすぐ近くで見つかった。


「あれ!?キルトじゃないか!」


「ソルド!!」


 そこにいたのは案の定、ソルドだったのだ。


「どうしたんだいそんなに血相変えて!まあこんな状況なら仕方ないけどさ!」


「いえ、正門の方にレイとミレットが居るのですが、向かう道がほぼ戦闘中だったりしてまして。というか、ソルドがなぜバリケードなんて」


「ん?ああ、この国の騎士達の手が回っていないところを潰すように王から頼まれてね。まったく、人使いが荒いよ」

 

 この国王とは私は直接会ったことがないものの、中々抜け目のない王だとレイから聞いたことがある。肩を竦めるソルドを見て苦笑しつつ、私は問いかける。


「なるほど。私は通っても?」


「ああ、構わないよ。でもすぐに塞いじゃうから、こっちに戻る時は騎士団がいる方から戻ってきな!」


 そう言って私を送り出そうとしてくれたソルド。私は頷いて横を通り過ぎようとした。だが瞬間バシッと、私の腕を掴んだのだ。結構痛い。


「いっつ!ソルド?!すみません、急いでるんですが……」


「待って。なんだい、この魔力……?」


「え?」


 ソルドがそう言った直後、ぞわりと。背筋を駆け抜けていく悪寒。


 そして、ギシギシとまるで都市が軋み、歪んでいるとすら錯覚する力の奔流。


 強烈に死というものを意識してしまう叫びのような魔力。


 それが、正門の方から流れてきたのだ。


「レイ……?レイ!!」


 私はソルドの手を振り解き走り出す。

 どんなに圧力が強く、ゾッとするものに変化していようと、この魔力は多分きっと。間違いないから。


 私の背後でバリケードが立ち上がる音と、私を気遣う叫び声を背に正門へ。一刻も早く合流しなければなるまい。


「2人とも、無事でいてくださいよ……!」


 そう呟いたとき、何かが高速で大通りに飛んでいくのが見えた。だがそれは一瞬であり、認識するのが不可能なほどの速さだったが。


「……いまのはっ!?」


「キルト!!」


 ミレットだ。正門方向からかけてきたようであり、血相を変えている。その顔は、蒼白だ。


「ミレット!レイは?」


「レイは、レイは!キルト、私じゃ近づけないの!レイを助けて!」


 ミレットが叫んだその刹那、先ほどの魔力が飛んでいった方向で轟音が鳴り響く。そして、黒い魔力が遺跡の方に飛び去っていくのが見えた。


 次いで聞こえてくるのは人々の歓声と、安堵の声。

 そして黒い何かが、悉くの仮面の敵を排除したという噂。


 それらが矢のように飛び交い、人々に伝播する。この街の心配はもはやなさそうだ。だが。


「……急いでレイを追いましょう!ミレット」

「うん!」


 嫌な予感がする。とはいえ、どうやってあの速度を追ったものか?思案する私達がとにかく走り出そうとする前に、声がかけられた。


「む?キルト殿、お困りですか!」


 それは、先ほどの北百合の騎士達だったのだ。

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