第二十三話 雪の花(前編)

「……これは」


 門の先へ進むと、そこはもう異空間だった。空間は歪み、大気中の魔力は滅茶苦茶な状態になっている。


 見るとどうやら花の茎の部分が大きく広がっており、上を見ると花茎が真っ直ぐ遺跡の外まで伸びているようだ。


 足元には足の踏み場もないほど白い花が咲き乱れているのだが、花々は瞬きする度に更に増えているような気がする。

 そんな光景を見て不穏なものを感じた俺は、まずは茎の部分に近づこうと足を踏み出したのだが。


 グシャリ グシャリ


 踏みつけるたび、足元の花が不快な音を出す。それはただの花が出す音には感じられず。何か動物を踏みつけているようであり、何かの悲鳴のようにも感じる。


「……」


 一歩、また一歩と、先に進むたびに酷く気持ちが悪くなっていく。だが、今はそれでも進まなくてはいけない。


 襲いくる気持ち悪さを堪え、俺はまるで自身の存在を確認するかのように踏みしめながら、確実に先を急ぎ続ける。


 ほんの数メートルのはずの距離を、酷く遠く感じながらも、ただ前へ。





 _____そしてようやく、茎にまでたどり着いたのだが。



『これは……!見ろ、あの不吉の根を。この地にこれが完全に根ざす前に、さっさと枯らすべきだ』


 メメントモリが言うように、地には妙な魔力を蓄えた根がしっかりと張られていた。

 加えて、大きな花全体が明滅し始めている。足元の花々が風もないのにワサワサと蠢き始めているのは、大きな花の明滅に呼応しているからだろうか?


「枯らすべきという意見には同意だな。とっとと吹き飛ばしてやろ、う……?」


 そう言いつつ俺はメメントモリを構えるものの、この部屋のどこにもリステルが居ないことに気がつく。


 この遺跡を使う方法が、過激派のアジトで知った方法で正しいのならば。リステルが必ずいる必要があるのだが。見渡せどどこにも居ない。


 そう考えて、ふと。


「____いや、待て。そんな、まさか」


 ふと、本当にふと思い至ったその考え。俺は花に解析魔法をかけた。


 頭では確信を持ち、心では否定を繰り返しながら


 結果は、すぐに出た。


 俺が今、最も受け入れたくない答えとともに。





「リステル……?」





 この大輪からリステルの魔力の反応があった。いや、それだけではない。吹き飛ばそうとしている花だけではなく、見ると踏みつけた花からもリステルの魔力の反応がある。


 


「おい、待て。なんで、こんな……?」


『……む!?急げ!まずいぞ!』


 メメントモリの叫びが聞こえる。異形の大輪に身を変えたリステルは明滅を繰り返し、そして______








「見えてきましたよ!なんか、花が咲いてるあの遺跡ですか!?」


「何よあの花!?」


 私とキルトは北百合の騎士さん達の手助けを受け、遺跡のすぐ近くまで来ていた。

 つい先日まではなかった城ほどありそうなデカい花を見て面食らうも、私は肯定する。


「何があったかわからないけど、間違いなくあそこよ!まったく、あの騎士さんたちには感謝しないとね!」


 ここまで来れたのものおかげだ。流石にレイのナイチンゲールよりは遅いが、十分すぎるほどに早く急いでくれている。文句は言えないだろう。


「……そうですね。しかし、この国がつい最近はぐれグリフィンを飼い慣らし始めているとは聞いていましたが、もうこれだけの練度を誇るとは。

 腕のいい調教師がいるのでしょうか?それとも、この子達が賢いのか」


 そう言いながらキルトがグリフィンの首を撫で褒めてあげると、グリフィンは目を細めて誇らしげにしていた。うん、可愛い。


 そんな事を思っていると、眼下に人影と大きな魔獣が見えた。一瞬、襲われているのかと考えたが、遠見の魔法を駆使して見ると見覚えのある3人だったことに気がつく。


「三兄弟の人たち。無事だったんだ……!」


「え、なんです?三兄弟?」


 キルトが私の呟きに不思議そうな顔をするも、私は頭を振る。


「あ、ううん。なんでもない。さ、先を急ぎま、しょうっ!?」



 私はキルトに気にしないように告げ、先を急ごうとしたのだが。突如押し寄せた魔力に面食らってしまう。

 更に、大輪が急速に明滅し始めているのが見える。凄まじい魔力を放出しかけているようであり、近づくだけで命の危機を覚えるほどだ。


「ねえ、キルト!?あの花!」


「……まずいです。なんなんですかあの花は!」


 明滅は閃光のように光り輝き周囲を眩く照らす。光が広がり、視界が真っ白に染まる。

 存在が否定されていくかのような、そんな圧倒的な魔力が拡散し続け_________




 だが突如として、光が




「「!?」」


 その次の瞬間には、まるで暴風のように吹き荒れる暗く沈み込むような魔力。

 それは死を予感させるような冷たさが増してしているものの。花を覆うのは


 間違いない、レイだ。


「この魔力、レイよ!キルト、急ぎましょう!」


「まっ!待ってください。とにかく降りましょう!?グリフィンが怖がってます!」


 言われてみれば確かに、レイの魔力に当てられて逃げたがっているグリフィン。私は歯がゆいものを覚えるものの、急いで降下する。


 降下した後。私達は震えるグリフィンにここまで連れてきてくれた感謝と、気をつけて王都に戻るように告げてから走り出した。最早、一刻の猶予もない。そんな気がするのだ。


「これだけ離れててあの魔力って。一体何が……?」


 遺跡に近づきつつある中、加速していく身体中の重み。私はその重みを受けながらも、遺跡に直走る。

 身体能力を強化し、猛スピードで近づくたびに息苦しくなっていく中、私はキルトに最近のレイの不調を話すことにした。


 そして、先ほどのことも。


「______それて、さっきレイが力を使った時。見たこともないくらい黒くて濃い魔力がレイを包んだの。そしたら……!」


 視線を上げるともう遺跡は目の前だ。一度会話を切るべきか逡巡するも、迷いない瞳で視線で私に先を促すキルト。


 その目を見て、私は告げる。


「レイが、レイじゃなかったの!喋り方も、目の色も。角みたいなのが一瞬、見えて!」


 告げた瞬間、遺跡の前に出た。


 煌々と光り輝く大輪と、その目の前に。


 黒い魔力を纏ったダレかが、そこには立っていた。


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