第十八話 リステルを追って


「あいつ、狙われてるってのに!」


「ねぇレイ!本当に何言ったの?!」


 俺はリステルを追うために装備を取り、玄関から飛び出そうとした。

 だが足跡は降り積もる雪でとうに消えており、魔力を感知しようにも不思議な事に引っかからないのだ。


「ちょっと!レイ!」


 着いてくるミレットの語尾も荒くなっており、事態の説明をしなければ納得はしないだろう。


「実は_____」


 俺は思い出した事を端的にミレットに伝える。内容に心を痛めた様子ではあったものの、直ぐに気を取り直したミレット。


「……そういうことね。わかった。急いでリステルを探しにいきましょう!」


「ああ。とっとと連れ戻そう。1人でいたら危ないからな。それと、キルト!」


 すでに杖を持って準備万端の様子のキルトに呼びかける。何をしてくれと言ったわけではないのだが、自然と頷いてくれた。


「既に探知魔法で追ってますが、妙ですね。追えません。ハーフエルフは魔力の構成が違うのか……?」


「構成が違う……?」


 俺はそこではたと思い出す。トリトルが居たあの森。そもそもの魔力の作りが違ったあの森だ。


(もしかしたら……!)


 俺は唱える。


【獄吏の監視者、鍵よ開け。断罪の門に求めるは剣】


「「レイ!?」」


 2人が驚いているが、俺は構うことなく虚空より現れたその剣をキルトの魔杖に合わせる。


「こいつである結界を斬ったんだよ。もしかしたら、なんだが」


 合わせたその瞬間、魔杖は光を放ち王都内を移動する魔力を力強く俺たちに見せる。

 どうやら王都正門に向かっているようであり、外に出ようとしているようだ。


「よし、キルト。この魔力は覚えたか?」


「え、ええ。異質な魔力ですが確かに。これが?」


「ああ、リステルの魔力だ。多分だが」


 そう言って俺は、そのままリステルの反応を追ってもらうように告げて別荘を飛び出す。目指すは王都正門、一直線に駆け出した。


「でも、どうしてわかったの?」


「……構成が違うって発言で少しピンときてな」


 実のところ、魔力という物は種族によって生まれ持った色が違う。ドワーフなら金色、人間は仄暗い緑、スノーエルフならイメージ通り氷のような青だ。

 だが、つい先日のトリトルの居た森の結界。あれは異質な作りで出来ていた。

 トリトルというスノーエルフが作ったであろう結界であるにも関わらず、だ。


「極め付けは、あのポンチョだよ。トリトルも着てたの覚えてるか?」


「ポンチョ?ああ、そういえば」


 そう。トリトルは自身を古からの正統なエルフというようなことを言っていた。

 そんな彼の着ていたポンチョはデザインこそ違えどリステルの物に似ていたわけで。

 リステルの物は単に身を隠すためのものだと思っていたが。


「もしかしたら、エルフにとって重要な何かなのかと思ってな。もし2人に繋がりがあるのなら、あの時の魔力で追えるかなぁ、と」


「てことは、なによ?割と当てずっぽうだったのね」


 呆れた顔をしているミレットと2人、人混みを避けながら走り抜け正門への最短ルートに出る。といっても大通りなのだが、時間帯からか妙に人通りが少ない。


_____いや、少なすぎる


 俺は周囲に気を配りつつ、ミレットとの会話を続けた。


「予想が外れてもしダメだったとしても、虱潰しに探して回るつもりだったしいいんだよ!まだ、あいつの問題は何一つ解決してないしな」


「……あの子の問題、かぁ。どうするの?」


「そうだな。まずは鍵の解読依頼とかはこっちからキャンセルだ。んで、新しい依頼を出させる」


「そう。なんて?」


「_____それはな」


 俺がミレットと走りながら会話している最中。


 警戒していた方向から飛来したを抜き払ったナイフで弾きながら告げる。


「私を助けてって、依頼だな!!」






 俺たちがここに来たときからいつも溢れていた笑顔や活気、人影は今は消え失せていた。


 人々の営みとは正反対の剣呑な殺気だけで覆われたこの場所は、なんらかの手段によって奴らの狩場になったのだろう。


 前回の戦いから隠れても意味がないと悟ったらしく、奴らの姿はミレットにも見えているようだ。


 ____だがそれ故に。


 暗殺者が守りを捨てた殺意を翳して、俺たちを取り囲んでいる。

 絶対にここは通さぬと、目が告げている。


「……レイ、これは」


「ああ、奴らだな。ご丁寧に人払いをしたようで。まぁ、厄介な連中から目標が自主的に離れてくれる機会は見逃さないわな」


 王都でこんだけの事よくやるわと肩を竦める俺に対して、ミレットが俺と背中合わせになるようにジリジリと下がり、構える。


「ちょっと、言ってる場合?相手してる間にリステルが行っちゃうわ!」


「それが狙いなんだろ。こいつらは時間稼ぎをしたいだけだ」


 だから、と。


 俺はミレットを抱き抱え、身体能力強化をかける。


「ちょ!?ちょいまっ!?レイ!?」


「黙っとけ、舌噛むぞ!」


 雑魚に構ってる暇はない。俺は飛び上がり、飛来した針を回避。

 そのまま建物の上に陣取っていた奴らの1人めがけて加速し____


「邪魔だぁぁ!」


 顔面を文字通りながら再度加速をつけ、正門方向へ。

 だが、奴らも一応プロの集団だ。速度に虚をつかれたようだが、迅速に体勢を立て直そうとする。


 奴らのうちの3人が凄まじい速さで俺たちを追い抜き、行かせまいとするが。


「ミレット!手加減なしでぶちかませ!」


「えぇ!我が言に従え、トールハンマー!」


 手加減なしの最大火力。みるみるうちに肥大化する雷の槌がうなりをあげ、3人めがけて飛んでゆく。泡を食ったように連中が散ろうとするも。


「時間がないのよ!とっとと、失せろ!」


 ミレットの手掌によって方向を変化させた槌が猛追し、2人に激突。


 正門方向に逃げた最後の1人も、加速をつけた俺の更なる踏み台になった。踏み台として蹴り砕き、飛ぶように加速して先を急いだのだった。








「っと、キルト!正門についた。リステルはどこだ!」


俺たちは正門に到着してすぐにキルトに連絡を取ったのだが。


『あれからリステルは動いてません。まだ近くにいるはずです!』


とのことで。


「まあ、この人混みじゃあな……」


「ええ。私たちは忘れがちだけど、王都って出入りする時手続きがいるものね……」


 実のところ、俺たちが持つプラチナランクのギルドカードというのは非常に高い社会的信用性を持つ。そのため、王都に出入りする時はほぼほぼフリーパスなのだ。

 簡単な魔法での認証が入るくらいで出入りできてしまう。だが、普通なら20分ほど手続きに時間がかかりそれからようやく出入りできるのだ。


「かと言ってこの人の多さはおかしくないか?って。あれか?警備を増やす云々ていう……」


「ん?ああ、そうかもしれないわ」


鼈甲の針の襲撃の報告をあげた際、王が言っていたという警備を増やす話だが。普通に考えれば出入りも厳しくするわな、うん。


「まったく、奴らのやった事が原因で追いつけそうってのは皮肉なもんだよな」


「そうね。って、奴らが邪魔してこなければ普通に追いついてると思うわよ」


なんて。そんな事を話しながらごった返す人混みの中を捜索する俺たち。


すると___



「レイ、あのポンチョ!」


「……ああ。リステルだ」


 何せあの格好は極めて目立つ。この人混みの中でもすぐにリステルは見つかった。


「リステル!」


 呼びかけると、ビクリと肩を震わせてこちらを振り向く。


「レイさん、ミレットさん……」


「……ほら、帰るぞ。まったく、狙われてる自覚あるか?」


 俺が肩を竦めるとフードを握り俯いてしまうリステル。そんな俺たちを見かねてか、ミレットが間に入り務めて明るい声で語りかける。


「さ、帰ってあったかいご飯みんなで食べよ?ね?」


 暫し俯いていたリステルは顔を上げると。俺たちの目をしっかり見てこう言った。


「……ごめんなさい」


 _____最初は、心配させたことへの謝罪なのかと思った。


 俺自身、もう少し言葉を考えて告げるべきだったかもしれないと。謝るのはこっちのほうだな、なんて。


 言おうとした、その時。


「私は、帰りません。お願いします」


「……承知シタヨ。サァ、イコウカ!」


「っ!?ミレット!!」


「きゃっ!?」


 リステルのポンチョの中から飛び出したのような針。

 それをミレットの体を抱きとめながら回避し、距離を取る。

 周囲の人々が異常を察知したからか、ガヤガヤと騒がしくなりつつあるが、そんなこと今はどうでもいい。


「……リステルお前。この短時間で随分そいつと仲良くなったみたいだな」


 そう、そんなこと今はどうでもいいのだ。問題なのは、影からずるりと現れた存在。


 それは、あの時腕を落とした鼈甲の針の1人だったのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る