第十七話 過去の因縁の話 (後編)
あれから必死に思い出そうとするも努力は水の泡、いや酒の泡となり。
考えて事をしているうちに、自然と寝てしまっていたようだ。
ふと目を開け視線を窓に向けると、外は真っ暗。午後から飲んで眠ったとして、今何時だろうか。
そんなことを痛む頭を抑えながら思いつつ、周りを見渡すと……
「おはようございます。レイさん」
「……ああ。リステル、おはよう」
ポンチョを外したリステルがそこにはいたのだった。
「あのお二人はよく寝ていますね」
「だなぁ」
キルトとミレットはかけられた毛布に包まるようにして眠りこけている。
幸せそう、というよりも酒が追いかけてくる夢でも見ているような顰めっ面で寝ているが。
「……もう飲めないわょ」
いや、多分そうした夢を見ているのかもしれない。
「そういえば、ソルドはどうした?」
「ソルドさんならこれを置いて出て行きました。レイさんが読むようにって言い残してましたよ」
「ふぅん?」
何となく。本当に何となくだが距離が近いようなリステルから離れるように、俺は立ち上がる。ペーパーナイフを手にとり、手紙の封を開けようとして。そこに残された魔力にはたと気づく。
「……なんだこれ。メモリートーカー?態々?」
書いた人間の記憶や感情を読み取ることができる、メモリートーカー。これは少し内密な話かもしれない。
「リステル、ちょっと寝室で読んでくるな。何かあれば呼んでくれ」
「あっ、はい。わかりました……」
どことなく寂しげなリステルを置いてダイニングを出た俺は寝室に向かった。
「さて、どうしたってんだ?」
俺は封を紐解いた。
『レイ、一応言っておく。今回の件には首を突っ込みすぎない方がいいよ。いかんせん、内政干渉になる』
そんな出だしから始まったソルドの手紙。そこにはもう一枚、手紙が入っていた。
『あんたが自身に忘却魔法をかける前、私に残した手紙を同封しておく。あんたじゃないと開けられない、あんたに対しての過去からの手紙だ。私に託した理由はまぁ、思い出せばわかるさね』
そこでソルドからの手紙は終わっている。俺は同封された自分からの手紙とやらを手に取った。
封じられていた印は俺の魔力によって解除され焼け落ち、手紙が読めるようになる。
そこに書かれていたのは、当時の俺自身からの生真面目な手紙だった。
『今回の記憶消去に関して何かしらの不利益が出た場合のため、この手紙をソルドに渡しておく。ガレイシュラルドにての任務中、謎の敵対勢力と交戦した。結果として勝利をおさめたものの、腕利きの連中が少女1人を追いかけている状況は理解できず、後を追う事にした』
「ここまではソルドが言う通りの内容だな。後を追ったのか。空白の2、3日とやらのことが書かれてんのか?」
俺は読み進める。
『少女を見つけ、遠目から観察。息を切らしているが、フードを外すと耳が左右で違う。あり得ないことだが、恐らくは半分人間、半分エルフということらしい。俺は少女に対して接触を試みようと思ったものの、空から何者かの使い魔が現れた。警戒する俺に、それは名乗った。王の使い、と』
「王の…?」
数枚にわたる手紙を読み進めるにつれ、記憶が洗い流されていく。そしてついに最後まで読み切った時、俺は全てを思い出していた。
ちょうど読み終わった時、コンコンと扉がノックされ声がかけられる。
「あの、レイさん。お2人が目を覚ましたので一応、って。どうしたんですか?そんな顔して」
俺は今、どんな顔をしているのだろうか。わからない、わからないが。
「なぁ、リステル」
「はい?」
俺は、残酷な事を告げなければならないようだった。
「……そう、ですか」
俺はかつて突き止めた真実を告げた。リステルは肩を抱き、震えている。
「ああ。あそこには、あの遺跡にはリステルが望むものは無い。トリトスが言っていた事は、本当だ」
思い出したかつての記憶。それは、リステルにとっては認めたく無いものでしかなかった。
「レイさんがそういうなら、信じます。でも、すみません。少し、寝ますね」
ふらふらと扉から出ていくリステル。
「……ああ」
俺はその背中を見送りながら、あの日のことを思い出していた。
9年前のあの日。
王の使者から聞いた話だ。
当時のこの国の重臣の中には、かつて対立のあったスノーエルフを未だに憎み、消し去ろうという計画を進行している過激派の勢力がいた。
しかしそんなことを望まない穏健派の王家は、過激派がスノーエルフを消し去る方法まではわからないものの、少なくともリステルがそのための鍵になる事までは突き止めた。
しかし過激派が鼈甲の針を雇い、けしかけたのは完全に誤算だった。だがそこに俺が現れ、鼈甲の針を返り討ちにしたのを見て協力を要請する事にしたとのことだったのだ。
それから2日間、俺は王家側の提示した情報を元に過激派のアジトを回り、処断。
そのアジトにあった、例の遺跡の使用方法も何もかもを記憶した上で焼き払い、リステルの情報を隠匿、改変した。
だが、同時に。
『レイ、あんたね。いかなる事情があるにせよ、他国の人間を殺して回って何やってんだい!!』
ソルドからは大目玉を喰らった。
それはそうだろう。当時の俺は王立特務機関。これは極めて重大な政治的介入になる。
そのため、今回の件について王家の側には万が一にも俺の存在を政治的に使用しようとすれば呪いに蝕まれる契約をしてもらい、その上でソルドに記憶を封印してもらったのだ。
当時の王、といっても現在の王だが。快く応じてくれたのを覚えている。
(ミレットの顔パスで通っちまったからあれだけど、今度正式に挨拶いっとくかぁ)
そんなことを思いながら、俺はベットに身を放り出すのだった。
「_____きて!レイ!!」
耳元でがなる声に、はたと目が覚めた。どうやら眠ってしまっていたらしい。
急いで目を開けると、金の髪、赤い魔眼。整った顔立ち。自慢の嫁さんが目の前にいて____
「レイ!リステルに何言ったの!!荷物まとめて出てっちゃったわよ!」
「……なに?」
_____これより事態は、風雲急を告げる。
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