第十六話 かこのいんねんの話(中編)

「鼈甲の針ねぇ。どこかで聞いたような?」


「おいおい、噂くらい聞いたことあるんじゃないのか?」


「そうですよソルド。聞いたことくらい。って、ミレット、これは何と言うお菓子ですか?」


「えっ!?ああ、それは地元で有名な___」


 どことなくまったりした雰囲気。俺たちはソルドによって直されたダイニングで菓子を食べながら紅茶を飲んでいた。

 今現在、この別荘全体にキルトの新型探知魔法を練り込む形で強化したため警備は万全。

 望まぬ客が来ればすぐにわかるようになっている。更には軽い迎撃魔法までつけてくれたらしく、少しは気を抜けそうな状況だった。


「そんなこと言われてもねぇ。アリエスの糸にすら感知できない奴らだったんだろう?なら私が知るわけないじゃないか」


「……まあ、そうだよな」


 ズズズ、と2人紅茶を飲む。予想外に体が冷えていたようで、芯から体が温まる。


「全く、こんなにうまい茶を淹れてくれる嫁さんができてよかったね。あんたには勿体無い嫁さんだ」


「相変わらず言いやがるな。ったく、分かってるよ。あと、その先は言わなくていいぞ。小言なんぞ言われなくても大切にするさ」


 俺がそう言うと目を白黒させるソルド。何だ?


「あんた、ギルドでも感じたけど随分と丸くなったね。いや、というより人の心がわかるようになった?」


「よし、喧嘩なら買うぞコラ」


 とはいえソルドが言うの事は事実だろう。最近、そう言われる機会が増えた。


(……とはいえ気が抜けすぎている気もするが。引き締めないと)


 ナイフは寝室に忘れるわ、加減を間違えて鼈甲の針の1人を殺すわで。

 もし殺さずに捕まえて情報を吐かせる必要があったとすれば、あれは大失敗だ。


「ねえ、レイ?大丈夫……?」


 そう考えていると隣のミレットが俺の手を握ってくる。余程妙な顔をしていただろうか。


「ん?ああ、すまん。大丈夫だ」


 俺がそう言ってミレットの手を握り返すと、ミレットも握り返してくる。なんだろうか、この空気。そう思っていると……


「……こほん。ソルド、私もです」


「ん?どうしたんだい?」


「私もそのうちレイのお嫁さんになります」


「……!?」


 口をあんぐり開けて俺とミレットの方を見てくるソルド。まあ、言いたいことはわかる。


「あの、2人とも。ちょっと」


 そう言ってソルドは俺たちの手を掴んでダイニングの隅に連れていく。そして小声で口を開いた。


「どうすんだい!?あの子、ついにメンタルやっちゃったのかい!?」


 そう言うとなにやら震える手でゆさゆさと俺たちを揺さぶり。


「いや、あの子の気持ちは知ってはいたよ。知ってはいたけど!3人のことと思って黙ってたけどさぁ。こんなの、不憫じゃないか!」


 そのまま崩れ落ちてしまった。うんまあ、そうだよな。俺がソルドの立場にいても、多分混乱してると思うし。


「ソルド!誰がメンタルやってますか!失礼な!」


 キルトが聞いていたのだろう。プンプン怒りながらこっちにやってくる。やめてやれ、ソルドの顔が恐怖に染まっている。


「だっ、だってキルト!?普通なら目の前で掠奪宣言なんてしないよ!?」


「掠奪じゃないです!重婚です!」


「尚更どういうことなんだい!?」


 涙目で混乱するソルドと、面白いように噛み合わないキルト。更にミレットが声をかける。


「いいんです、ソルドさん」


 なにやら慈愛に満ちた顔だ。それをみて混乱が加速したようで、徐々に声が大きくなっていく。


「まって!?ミレットちゃん、何がいいの!?おばさんに教えて!」


 ああ、そうだよな。説明は大事だ。キルトの気持ちは分かった。ミレットもそれを受け入れて、許可まで出しているのも分かった。でも、何でそうなったんだ?


「そうだぞ。ミレット、俺にもどういうことなのか教えてくれ」


「何であんたが把握してないの!!どうなってんの!?」


 どうなってるのか?ははっ!それは俺が聞きたいんだよ。





「……なるほどね。分かった。若人の恋愛事情は、乱れているね」


「多分何一つわかってないぞ」


 ひとまず落ち着いた俺たち。きりりとキメ顔のソルドは多分何一つわかっていないが、まあ。


「正直俺も消化中だ。色々と感情を捨ててきた人間だからな、時間がかかってんだよ。でもたあ」


 そう言いつつ、キルトの顔を見て、ミレットの顔を見る。キルトは顔を赤らめ、ミレットは微笑んで頷いた。

 結局、なぜミレットがキルトを受け入れたのか、それは女の秘密としか言ってくれなかった。でも、それでも多分。


「3人で、そうなっていくと思う」


 細かい理由なんか気にしない。流されている気もする。でも、この3人で居られるならそれでもいいと思えた。


「……そうかい。まあ、当事者達が納得してるなら、おばさんは何も言えないね。キルトの想いも知ってはいたわけだし」


 溜め息をつき、一呼吸置いたあと。2人を見て、最後に俺の目を見てこう告げた。


「レイ、幸せにね。幸せになって、してやりな」


 ____俺に、その資格があるのか。


 そう頭をよぎるモノに蓋をして、俺は頷いた。


「……ああ、頑張るよ」






 それから。

 ダイニングで飲んでいたものはいつのまにか紅茶からソルドの持ち込んだ酒に変わり。まだ午後だと言うのに酒盛りに移行した俺たち。


 騒ぎを聞きつけたのか、リステルが起きてきたのだが。


「……うぇぇ?」


 まあ、動揺するのも無理はない。ミレットとキルトはソルドについていけずダウンしているし、俺はソルドに付き合って2人で酒瓶を5、6本開けて飲んでいる。


 とはいえ俺もそろそろ限界だが、ソルドはニッコニコだ。


「かぁー!人間にしてはやっぱり飲むねぇ!」


「……流石に、そろそろ、まずい。リステル、おはよう」


「あ、あの。おはようございます。えと、これは?」


 震えながら入室してきたリステルにソルドが酒瓶を持って寄っていく。


「んあー?見たことない子だね____?」


 そう言って寄っていくソルドだが、一瞬その動きが止まる。


「あれ?レイ、この子が例の少女かい?」


「んぁ?ああ。そうだよ。っと、やべ」


 おれは即座に体内のアルコールを分解し、ソルドに余計なことを言わないように言おうとするが。


「あのね、レイ。私はそういうところはきちんと弁えてるから、そんな無粋な事しなくていいよ。それより、あんた……」


 言外に余計なこと喋らんから安心しろ、と言いつつ、リステルを見つめ続ける。


 視線を受けて緊張してか、ポンチョのフードを握りしめて顔を赤らめているリステル。


「おい、そるど?」


 事情は話してんだからやめてやれ、呂律が回らないながらそう言おうとした時だ。ソルドが口を開いた。


「やっぱりそうだ。レイ、不思議な縁もあるもんだね。2この子助けたんだ」


 ケラケラと笑うソルドだが、はて。2回?


「……なんのことだ?」


「って覚えてないのかい?確か9年前だったかな?」



 ソルドによれば。9年前、俺とソルドはレクナロリア王家に仕事で来たことがあるという。

 あるというというのは、まあ。この辺の時期、かなり立て込んでいた時期であり、正直何をしていたか記憶が曖昧なのだが。


 仕事が終わった帰り道、すこし体を休めたいと言い出したソルドは温泉のある村での宿泊を希望したそうな。

 その時はちょうど今のように便が欠航していた為、俺も難色を示すことなく泊まることにしたとか。


「その時、あんた妙な魔力があるって言って飛び出してったんだよ」


「……んー?」


 言われてみれば、あったような?酔った脳味噌をフル回転させるとそんなような記憶もある。


「私が後から着いて何事かと聞いたら変な連中が女の子を攫おうとしてたからとか何とか。で、私と一緒にこの子を探して無事なのを確認したじゃないか」


「……うーん?」


「そういえばその後2、3日姿を消してたけど。もしかして、この子のために動いてたのかい?」


 私は温泉でのんびりできたからいいけど、なんて宣うソルド。だが、参ったな。


「……全く覚えてないぞ。なんだそれ。本当に俺か?」


「覚えてないって。そういえばあんたあの時自分に忘却魔法かけるって言ってたけど……」


「????」


 全く理解できない。なぜ忘却魔法を自分にかける必要が?そう思った時、リステルが近づいてきた。


「本当に、レイさん。貴方が?」


「……いや、わからんぞ。俺は全く覚えてない」


「いや、助けたのはあんただよ。間違いない」


 なぜそんなことわかるんだ。と言いたいところだが、ソルド達ドワーフには一度見た魔力や構造を忘れないという特性がある。

 本来は鍛治のための技術だそうなのだが、王立特務機関という仕事の都合上、人探しにも使えるようにソルドは魔法を応用しているのだ。

 そのため、犯罪者の魔力なんかも全て記憶しているらしく、脱走犯の逮捕につながった事もあったりする。


 ということは、だ。


「……いや、おれぇ?」


 俺は全く覚えていない過去が今に繋がっているという状況に困惑しつつ、頭を抱えるのだった。

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