第十五話 かこのいんねんの話(前編)

 微笑み続けるミレットと、曖昧な笑みを浮かべるキルトになんとか追求しようとしていた所、ガサゴソという音と共に声が聞こえた。


「あの、おはようございます……」


 どうやら俺たちがギャイギャイ騒いでいたからか、眠っていたリステルが目覚めたようだ。だが、その顔色はどこか青白い。


「やっと目が覚めたのです、ね?」


 キルトも気がついたようで、急いでリステルのそばに寄っていく。


「突然倒れましたからね。気分は?」


「はい。大丈夫です。でも、あの人たち____」


 そう言うと布団を握りしめて俯いてしまうリステル。俺とミレットも近寄り聞いてみる。


「どうしたんだ?あいつらの事を知ってるのか?」


「……はい。ほんの少し前。9年ほど前でしょうか」


 レイさん達にとっては結構昔ですよねなんて笑いながら続ける。


「私はこの大陸のとある村に身を寄せていた時期があるのですが、そこで一度襲われたことがあるんです」


「奴らに?よく無事だったな」


 俺たちは顔を見合わせる。奴らは特殊な魔法で存在を検知できない上、プロだ。

 リステルが鼈甲の針に襲われたとするなら、生きている筈がないが……


「助けて貰ったんです。顔も覚えていない誰かに」


 そういってポツポツと。過去を思い出してなぞるようにリステルは続ける。


「当時のことは、あまり思い出したくなくて。生きるために食べ物を盗んだりした事もありたました。人は、傷つけませんでしたけど」


「……9年前といえば、魔王が倒れてまだ色々世界が混乱している時期でしたからね」


 言外に仕方がないこともある、としてキルトは伝える。だが、リステルが言いたいのはそういうことではないらしい。


「はい。でも、当時の私は人間もエルフもドワーフもみんな消えてしまえ、というくらいなもので。人を傷つけなかったといったところで、もしも私に力があれば誰かを傷つけていたかもしれません」


 そう言って過去を恥じるように顔を赤らめるリステルは、そんな時でしたと続ける。


「盗みに入った家からご飯を盗み出して、金貨も数枚いただいてしまった時です。奴らが現れて"一緒に来てもらおうか?"って。逃げようとしたら、そっちからも急に人が現れて……」


 物を盗んだから、騎士が捕まえに来たのかと思いました。と、笑うが。


「リステル、そいつらはどうやって現れた?」


「あ、えと。急に。音もなくです」


 俺はそれを聞いて三人と目を合わせる。俺はそうした魔法の効果を受けない、つまり見た事がない以上は断定は出来ないが。


「多分、認識阻害魔法だよな」


「……おそらく。透明になる魔法を使えば突然現れると言うより、徐々に現れるという形になりますし」


「雷系統でも飛雷って急に現れたように見える移動魔法はあるけど、あれはね……」



 そう。透明になる魔法やまるで急に現れたように見える魔法は他にあるものの、リステルの言うような魔法ではない。

 特にミレットのいう飛雷という転移魔法が一番急に現れたように見えるだろうが、いかんせん派手なのだ。何せ、術者が飛んだ地点に稲妻が落ちたような光が走る。


「……ごめんなさい、魔法は何かはわからないです。でも、ですね。そこに、黒いローブを着た人が来てくれて」


「黒いローブ?」


「はい。あれ?思い出してみると……」


 キルトの着ているローブをまじまじと見ているリステル。おい、まさか。


「……っ!!そういえば!この紋章が入ってました!」


「「はぁー!?」」


 ミレットとキルトが素っ頓狂な声を上げて慄く。確かに驚きだ。バブイルのメンバーが助けていたなんて。


「……案外、世界は狭いってことだよなぁ」






 まあ、色々と話してみたが結局。リステルを助けたのが誰かはわからなかった。

 顔も覚えていないというのは、助けてくれた誰かに逃げるように言われてただひたすら走ったためだという。しかし、奴らの目的は恐らく……


「多分連中はリステルの事を狙ってるよな……」


「ええ。できれば奴らがリステルを狙う理由も知りたい所です」


 もう少し眠りたいと言ってリステルが眠りについたため、隣の部屋で状況整理することにした俺たちなのだが。ミレットはどこか思案顔だ。


「ん。そう、ね?」


「……歯切れが悪いですね?ミレット。何か気になることでも?」


「ん、違和感というか。なんというか」


「違和感?なんだ。言ってみてくれ」


 俺とキルトが問いかけると、ミレットは頷く。


「何で今なのかしら。連中の本拠地ってこの大陸だったわよね?いくらでも襲うチャンスはあったはず。なのに、あの子は無事だった……」


 確かにそうだ。鼈甲の針の目的が何にせよ、時間はありすぎていた筈なのになぜ今なのか?


「そう言われたら確かに妙ですね。タイミングなら今までいくらでもあったはずなのに」


 俺たち3人はしばし、少ない手がかりの中で頭を悩ませるが結論は出るわけもなく。


 そんな中ふと寒気を感じ、なんとなく外を見ると若干吹雪が吹き始めている。そういえば、ダイニングの大穴はどうなるのだろうか。


「そういえばミレット、修繕業者の手配はどうなってるんだ?」


「ええ。王城に今回の件を報告したら市中の見回りを増やすのと、とびきり腕のいい業者をすぐに手配するって言ってくれたわ」


「とびきりの?なら安心だな」


 市中の見回りを増やすのは奴ら相手には全く意味をなさない気もするが、王城御用達の修繕業者というのは安心できる。


「あ、でも。なんか業者を手配するって言った時妙な笑いをしてたわよ、王様。そういえば、そろそろくるはずだけど……」


 ____妙な笑い?


 そう思った時、玄関の呼び鈴が鳴った。朝の件があるため若干警戒するも、しばしなり続ける呼び鈴。俺たちは顔を見合わせ、玄関へ。


 王様のの意味がわかるのは、この後すぐだった。








 王都レクナロリアを治めているレクナロリア王家は、ここ数100年この北の大陸ガレイシュラルドを纏め上げた王家だ。


 現在の王の名は、ラムフォルス・レクナロリアという。

 王と言うにはいささか柔和すぎる人格者として知られる紳士であるが、国政に関しては賢王と讃えられる明君だ。


 そんな彼を支えるのはスノーエルフとドワーフの宰相であり。まさに三位一体の国政を行っている。


 ただ、そんな王様。結構イタズラ心がある人物で通っていて……



「はぁー、また。これは誰がやったんだい?」



 やってきた修理業者、もとい。ソルド・アーリアは予想外だったであろう大穴を見て困惑していた。


「……ソルド?お前王都に帰ったんじゃなかったのか?」


「そのつもりだったんだけど吹雪が強まってるとかで便が欠航してるって言われてね。戻ってきてたのさ」


 そう言いながらなにやらぶつくさと資材を確認するソルド。


「うーん、材料は持ってきた分で足りる、ね。あとは此処の継ぎ目をどうするか。ああ、こうか。あとは、よし!」


 工具をポイポイと取り出し、右手にトンカチ、左手に鋸を持った彼女は大穴に向かって一歩踏み出す。


「さて、下がってな。此処は今から私の戦場だよ!」





 _____10分後


「「「おおー!」」」


 ダイニングには俺たち3人の感嘆の声が響き渡った。

 目にも止まらぬ速さで塞がっていった大穴は最早見る影もなく。まさしく神業。

 ソルドは戦場においての陣地設営術においては右に出る者がいないといわれるが、こうしたものも得意なようだ。  


「ふふん。仕上がりはどうだい?」


 そう言って工具をしまい胸を張るソルド。口々にミレットとキルトがそれを讃え、俺も素直に称賛する。


「すごいな、本当」


「ふふん。だろ?1時間ありゃ城だって建ててやるよ!」


 ソルドは最後の仕上げすると言って壁まで寄って行き、呪文を唱える。


「我が言に従い現れよ、土塊ども。さあ、仕上げしな!」


 小さい土の精霊。ノームと呼ばれる彼らを呼び出したソルドは、よちよちと歩いているノーム達にてきぱきと指示を出し、こちらに振り向く。


「サービスでこの屋敷全体を補強しとくよ。なんか、訳ありだろ?」


 ウィンクをしてくるソルドを見て、俺たちは顔を見合わせたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る