第十四話 ふえる奥様の話
『お久しぶり』
「おう、久しぶり。元気にやってるか?」
『ええ。リシェラが騒がしいけどね。王都では割と丁重に扱われてるわ。人間達って、意外と優しいのね?』
「そうかい。ならよかった」
あれから3時間程。俺は寝室で通信魔法を用いて王都にいるヘリアスに連絡をとっていた。
ちなみにミレットは別荘の修繕業者と連絡をとったり、流石に他国とは言え王都で襲撃されたとあれば貴族としてレクナロリア王家に報告をしないといけないと言って大忙し。
キルトは人払いの結界を別荘周辺に張ることで騒ぎを起こさないよう手を打ってくれたりしている。
リステルは……
『で、その子は?また増えたの?』
リステルはまあ、気が抜けたようだ。戦闘が終わって少ししたら崩れ落ち、今は俺の後ろのベットで眠っている。またあいつらが攻めて来ないとは限らない以上、手隙の俺が見守っているわけだが。
「っておい。またってのはどういう意味だ」
『あら、そのままの意味だけど。今の貴方ならわかるんじゃないの?キルトちゃん、そっちに飛んでったわけだしね。てっきり気持ちを聞いたのかと思ったわ』
ヘリアスは全てを見通したかのような顔で微笑んでいる。思い出せば色々とキルトが絡むと変な顔をしていたりしたのはそういう事だったのだろうな。
「お見通しか。聞いたし、驚いたよ。色々と」
『……そう。執行者、しっかりね。キルトちゃん、結構な覚悟で飛び出してったわけだし』
神妙な顔で頷いているへリアス。ああ、そりゃあ妻帯者に告白するなんてとんでもない覚悟がいるよな、普通。と、そう考えた時だ。へリアスが爆弾発言をしたのは。
『ええ、王女様は内心結構お怒りよ?』
「……ん?なんでリセスが?」
『それはそうでしょ。私なら部下が恋のために魔王軍辞めますって飛び去ったら撃ち落とすわね。確実に』
「……辞める?誰が何を?」
『誰って。キルトちゃんがバブイルをよ』
絶句。あいつ何やってんだ。態々やめる宣言して飛び出してきたってのか。
『え、あら?聞いてなかったの?』
へリアスの驚いた顔を見ていると冗談を言っているわけではないみたいだなぁ、なんて思うのと同時に。ミレットが言っていたキルトの決意ってのはこれかと腑に落ちた。
「……わかった。その事についてはあとで聞いておくとして、今は火急の用がある。そっちの話をしよう」
『あら、どうしたのかしら?』
俺は鼈甲の針らしき連中に襲撃されたことを伝え、リシェラの動向も含めて聞いたのだが。
『こっちの王都は平和そのものよ?リシェラも特にはおかしい動きはないわね。今も仕事を放り投げて甘いもの巡りに繰り出してるわ。記憶なくしてるとはいえ、多分結構アホの子よ、あの子』
「アホの子……」
残念ながら手がかりはなさそうだ。加えて、手練の暗殺者がアホの子だったという事実のせいか、なんとなく脱力する。そんな俺をみて苦笑しつつ、更にへリアスは続けた。
『それに私、あの子の体を一度乗っ取った時、死んだ事にしてるのよ。だからあの子が鼈甲の針の仕事に誘われるなんて事ないと思うわ』
「……どういうことだ?」
ヘリアス曰く、鼈甲の針の連中はお互いに生死がわかるようにしてあるらしい。
加えて何らかの魔法によって死体が消え、証拠すら残らないようになっているそうだ。
恐らく俺が倒した三人が消えたのは、まあそういう事なのだろう。1人は俺が、2人は自殺か?なんて考えている間にも、へリアスの解説は続く。
『だからそれを逆手にとってね。時間稼ぎでガドベスさん達とやり合った時にリシェラが死んだように誤認識させる術式をねじ込んだの。上手く作動したから、向こうには死んだとして伝わってるはずよ』
私にかかればその程度の細工は容易いわなんていいながら胸を張っているが、おい。
「なあ。多分だが、お前がそれを知ったのはリシェラの中に入った時だよな?俺は連中のそうした手口をなにも聞いてないが?」
『あら、言ってないもの。言う時間もなかったし、あの時は必要もなかったはずよ。それに、貴方に報告義務は特にないでしょう?』
ヘリアスは冗談めかしてそう言っているが、まあ正論ではある。そもそも俺はもう一般人だし、奴らの手口を言わなかったとしてもへリアスのことを信用はしている。考えがあっての事だろうと。しかし、だ。
「まぁ、そうだな。だがせめて他の連中には言ってんだろうな」
『さて、どうかしら?』
ふふ、と笑うヘリアスを見て。王都に戻らない選択をとった俺がどの口を、とは思いつつ。思わずイラッとしてしまった。
「へリアス。リセスに万が一のことがあれば、わかるな?」
『っ!?えぇ、わかってるわ。冗談だから大丈夫よ。リガルグさんとガドベスさんは知ってるわ』
「____そうか。ならいいよ」
俺は肩を竦めるが、何だかへリアスからの視線が痛い。
『……王女様が心配なのはわかったわ。でも通信魔法越しでも分かる魔力を出すのはやめたほうがいいわね。後ろの子、震えてるわよ』
「え?」
俺が振り向くと、確かに眠っているリステルの肩が震えているように見えた。
またこれかと絶句していると、へリアスが何やら呟くのが聞こえた。何となく、聞きたくなくて意識をリステルに向ける。
『______妙ね。貴方の魔力』
魔王様みたい
だが、それはどうしようもなく耳に残るのだった。
「ここにいましたか。って、レイ?体調でも悪いんですか?」
吹き飛んだダイニング。そこで何となくぼんやりしていた俺に声をかけてきたのはキルトだった。
「ん、ああ。少し風に当たりたくてな」
「いや、何で吹き飛んだ部屋で風に当たるんですか。外でましょうよ」
やれやれといった様子で隣にやってくるキルト。
「……キルト。お前、バブイルをやめるつもりなんだって?」
「はい。どこでそれを?」
間髪入れず、即答だ。こくりと頷いて俺を見てくるキルト。決意は固いようだが……
「今さっき連絡をとったへリアスから聞いたんだが。まあ、なんだ」
何で急にとか、俺のそばにいたいからってのは不味いんじゃないかとか色々言いたいことはあるが。
「お前は残ったほうがいいと思うぞ」
そもそも論として、俺と違ってキルトは違う意味でも必要とされている存在だ。
キルトの魔法は王都の守りに重要だし、そもそもあの城はキルトが守りやすいように魔法陣も改修してあるほどだった。
だが、その言葉を聞いてキルトは俺に問う。
「____それは、リセス女王のためですか?それとも、私のため?」
「……それは」
正直な話をしてしまえば、一概には言えない。本音でいえばキルトの気持ちは男としては嬉しいものであるし。
ミレットがOKを出しているのだから、なんて不義理な考えが浮かんでしまう程には、多分コイツのことも俺は……
だが、それでも。
「どっちのためでもあるよ、本当に」
「……そうですか」
しばし、何となく黙ってしまう。こんな沈黙があるのは、俺たちにしては珍しかった。
だが、キルトは宣言する。
「でも、そばに居たいと決めたので仕方ないですね。今後も、よろしくお願いします。あ、勿論」
「レイが私を嫌いでなければ、ですが」
なんて。わかりきったことを付け足した上でぺこりと頭を下げてくるキルト。
だが、それでも俺は。毅然とした態度で____
「……ああ、よろしく」
断ることなんて、できなかった。
「あーあ、私からかっこよく決意を伝えるはずだったのですが。へリアスさんからバレるなんて」
「流石に殺し屋が出てきたらな。リシェラの件も含めて確認しておきたかったし。結局、攻めてきた理由は不明のまま。か」
ダイニングから場所を移し寝室にて。眠り
「ったく、よく寝るな。コイツは」
「そうですね。暫く、目を覚ましそうにないですね」
そう言うと、俺に密着してくるキルト。なんだか甘い匂いがする。
「あの。さっきのよろしくって、あれはグイグイ行ってもいい、ということでしょうか?」
じっと、至近距離で目を見つめられるが、そう言われてもな。
「……何とも言えん。俺もまだ自分の心が迷ってんだから」
「迷い、ですか?」
「まあ、何と言えばいいのかわからんが。お前の事を妹分としては見れなくなった。そんな気がする」
俺がそう言うと。キルトは頷いた。
「はい。今はそれで十分ですよ。ね?」
「そうねぇ。でも、男らしくないわね。いっそのことあんたからぐいっと行きなさいよ」
「そうは言っても、男側にも色々だな……」
まて、誰だ今の
「おかえりなさい、ミレット」
「ええ。ただいま。上手くいったの?」
「はい。流れは変わりましたが、少なくともレイの言質はとりましたよ」
何食わぬ顔でスタスタとミレットのそばに歩いていくキルトに、ミレットが手を差し出す。
「じゃあ、今後ともよろしくね」
「はい。よろしくです」
固い握手を交わしている。なんだってんだ。
「なあ、おい。2人とも?どういうことだ」
謎の協定が生まれているような寒気を感じ、状況を把握しようとするも。ミレットはただただ笑顔で頷くのだった。
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