第十三話 暗殺者

「キルト、お前?!」


 俺はキルトが以前リシェラにかなり接近されても気が付かなかったことを思い出したのだが。

 寝ぼけ眼をさすりながらミレットを庇うように構えたキルトは、しかし俺の問いに対して頷いた。


「ええ、以前煮湯を飲まされましたので。対鼈甲の針用に探知魔法を作ったのです」


 魔杖を床に突き刺す。

 魔法陣が揺らめき、徐々に拡大していく。


「範囲を拡大します!」


 コォォォォンという音と共に、魔法陣が広がっていく。すると……


「あ、これは私にも分かるようになるのね?」


「はい、勿論。あっちの一人はこっちの隙を窺ってるみたいですねぇ。バレてるとも知らずに。やっちゃいますか?」


「そうね。そうしましょ」


 どうやら魔法陣を広げたことによりミレットでも奴らが認識できるようになったらしい。

 指をパキパキと鳴らし、臨戦体制だ。

 リステルも魔法陣の影響で感知ができるようになったのだろう。好戦的な二人とは対象にジリジリと少しでも距離を離そうとしている。


「レイは後ろの3人をお願いできますか?万が一の退路を確保してほしいです」


「ああ、わかった。何かあればすぐ知らせろ」


 俺はそういうと全身に魔力を込め、臨戦体制をとった。ナイフがなくても体術があるからな。


 だが。


「……え。レイ、さん?」


「「……」」


「ん?どうした?」


 一瞬、3人の反応がおかしくなる。

 俺を見る目は、何か恐ろしいものを見ているような。そんな目で。


「おい、なんだ?何があった?」


「……ううん。何でもない。キルト、後で話があるわ」


「……わかりました。レイ、気をつけてくださいね。リステルはこっちで守ります」


「ん?ああ、頼んだぞ。リステル、気をつけろ」


「えと、はい。頑張って、ください!」


 最初は俺が守るべきかと思ったが、心なしかリステルの顔が青い。俺が魔力を使ったのを見てからのようだが、理由は何にせよ近くにはいないほうがいいだろう。


(考えていてもしょうがない。奴らもジリジリとにじりよってきているし、今は兎に角こいつらを何とかしないとな)


 俺はダイニングから飛び出した。




 まずは一人、廊下の角に隠れているようだ。潜伏魔法を使っているつもりだろうが、俺には逆にそこが違和感になる。


「おい、人様の家にお邪魔したらまずなんて言うか知ってるよな?」


「____!?」


 そこに向かって話しかけてやると、面白いように反応が返ってきた。焦って針を投げてきたのを回避しながら、滑るように肉薄する。

 向こうは腰から刃物か何かを取り出したが、遅い。


「お邪魔しますがねぇな。一人目」


 武器を持つ手の肘をへし折り、落とさせながらそのまま投げ飛ばす。


「っひ!がぁぁぁあ!」


 そのまま廊下の窓に叩きつけてやるとガラスが割れ、そのまま突き刺さる。


 相当痛いだろうが加減するつもりもない。そいつは痛みで悲鳴を上げたまま失神した。


 ちなみに、窓ガラスに叩きつけたのはあえてだ。俺が魔力をたぎらせた時点で居場所はバレバレだろうが、敢えて痛みが襲う倒し方をすることで人は悲鳴を上げる。その結果。


「釣れたか」


 隠れていたもう一人が異変を察知して動いたのがわかる。とはいえ、だ。


(なんか妙だな。鼈甲の針じゃないとか?)


 手練手管はプロのそれだ。ナイフを置いてきたとはいえ一瞬まずかったし、キルトも鼈甲の針が用いる認識阻害魔法用の魔法を使っていると言っていた以上は間違いないはずなのだが。


(少なくとも攻撃している側が仲間がやられたからといって直ぐに様子を見に来るのは、なぁ)


 ここがたとえば奴らの拠点で、俺が忍び込んでいる側なら今の悲鳴で異変を感じて飛んでくるのは分かる。だが、鼈甲の針。奴らは殺し屋だろう?目的達成のためなら、ってやつだ。


「なら、一人が仲間を心配しているようにわざと動いて見せて、もう一人が気配を消して後ろから刺す。ってのがセオリーだよな?」


「!!」


 俺は身を捻り、後ろに向かって無造作に右手の手刀を振る。その手刀は相手の突き出した腕が持っていたナイフを粉砕し、頭部を確実に捉え____


 そして、グシャリと凹ませた。


「……おい、どういうことだ?魔力をだいぶ加減したつもりだったが」


 一瞬、呆然とする。正直、ここまでやるつもりはなかったのだが。

 とはいえ言っても仕方がない。やはり相当鈍っているとして考えを切り替える他ないだろう。


「これで二人目、と」


 俺はそう言いながら砕けたナイフの切先を拾い、後ろに向かって投げ放つ。


「三人目」


 ドスリと三人目の足に突き刺さった。1人目を回収して逃げようとしていたようだが、残念だったな。


「まぁ、殺しはしないから安心しろ」


 俺がそう言った時だ。ドクンと、展開されていたキルトの魔法陣が脈打ったのは。


「……合図?」


 俺は急いでダイニングにとって返す。数秒でそこに繋がる扉を、蹴破るようにして突入しようとしたその瞬間。



 爆発音が目の前の扉の先から響き渡った。



 一瞬開けようとする勢いを落とすも、三人の顔が浮かんだ俺は再度力を足にこめ扉を蹴り飛ばす。



「三人とも、無事か!」



 扉を開け放った視線の先。そこには壁が吹き飛んだダイニングが広がっていた。

 

 足元にはキルトとミレットが倒したであろう連中が数人倒れ伏していた。


(あいつらはどこに……?)


 俺は三人を探してあたりを見渡すと、吹き飛んだ壁から外に出たであろうミレットとキルトの後ろ姿が見えた。雪が舞う中で戦闘を続行しているようだ。


「レイ、こっち!」


「ちっ、ならこれはどうですか!!」


 ミレットはキルトを援護しているようで雷の魔法陣が見える。キルトは現状槍で応戦しているようであり、身体強化を使用しているような速度だ。


(だが、向こうも相当やる……)


 黒いフードを被り、両手に大型の針、いや最早杭のような銀色に光るものを持った大柄の何者か。そいつはキルトの加速した槍を的確にかわし、いなし。時に反撃しながら応戦している。


「我が言に従え!ライトニングボルト!」


 とはいえミレットの雷魔法が的確な援護しているお陰か、両者の力は拮抗しているようだ。


「さて、割って入るか援護に徹するか」


「待ってください、レイさん!」


 飛び出そうとする直前、聞こえた声に振り向くと俺のナイフを持ったリステルが走り寄ってきた。


「すまん、取りに行ってくれたのか?」


「はい!ミレットさんがとってくるようにって!」


「……助かる!」


 リステルの頭をポンとたたき、ミレットを見る。俺と目が合ったあと、しっかりと頷いた。


「ふっ!」


 ナイフを抜き放ちギロチンを展開する。魔力をたぎらせると、交戦中のキルトが魔杖を振り回しつつ相手の攻撃を避けながら回転。その一瞬で俺と目が合い_____


 その後間髪入れず、俺は斬撃を放つ。


 それをキルトが脅かされた猫のような反射で横に飛び退き、斬撃を回避。

 キルトのすぐ横の位置を掠めていくその一撃は、交戦中の何者かに直撃した。


「ヂィ!!」


 した、のだが。バッと黒衣を翻し、交戦を切り上げる何者か。

 だが、油断しない様子でカタカタと動きがながら俺達の方を見据えている。


「……腕一本、モッテイカレタカ。イタシカタナイ」


 そう言う奴の黒衣からはダラダラと血が流れているようだ。薄暗い雪景色の上には赤い絨毯が広がっている。


 そして奴の足元には腕と、杭のような武器が一つ。


 どうやら腕一本を犠牲に何とか回避したようだ。だが俺も油断なくもう一撃放とうとして。


「ククク、全ク。容赦ガナイナ」


 奴がそう言い放った次の瞬間。


 ふと瞬きをすると、そこには血の跡を残して腕も杭も、何も残ってはいなかった。


「____キルト、周囲に残存勢力は?」


 だが、俺は構えを解かず周囲に気を配る。


 数秒ののち、キルトが口を開いた。


「大丈夫、ありません。去ったようです」


 それを聞いてミレットとリステルは顔を見合わせ。俺たち全員は大きなため息を吐いたのだった。

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