第十二話 100年の孤独のはなし (後編)

「まったく。酔っ払いめ」


「なんれすか!酔ってませんよ!」


 キルトは顔を自慢の赤毛のように真っ赤にし、うへぇと言いながら机に突っ伏した。


 だが、何かおかしい。付き合いでキルトが酒を飲むことは多々あるが、普段は誰よりもケロッとしてるくらいだ。

 今飲んだ酒がよほど強かったとも思えないし、こんな量で酔うなんて_____?


「ん?いやまて。キルトお前、アルコールを分解する魔法でも普段使ってるのか?」


「えあ?そうれすよ?」


 どうにも呂律が回らない口調で言うには、普段付き合いの席などでは飲んだ端からアルコールを分解する魔法を使っているのだという。


「私はぁ、頭のかいてんがはやいぶん、よいやすいのです」


「……そうかい。その理屈はわからんが今回はなんで使わないんだよ。気持ち悪く無いか?大丈夫か?」


 妙な理屈には呆れるが、近づいて背中をさすってやる。ほんのりと暖かい小さな背中だ。だがこの背中に俺は10年近く命を預けてきている。


 だから正直、キルトをそうした意味で意識したことはなかったが……


(そうだ。俺は告白されたんだよな?多分)


 なぜだか、少し心臓の音が速くなる。


 それと同時に、自分が随分と丸くなったものだと自嘲する。処刑人としても執行者としても数多の命を奪った自分が色恋どうこうでなにを動揺しているのか?と。


(しかも26にもなってなぁ。5歳も下から告白されて動揺するのはなんか情けない気が。とはいえ恋愛経験なんてそうあるもんじゃ無いし)




 ……なんて。考えていた時だった。


「あのですね?好きな人と。安心できる人たちとお酒飲むなら。酔わないなんて勿体無いです。だからそんなことしない、です。美味しかった……」


 キルトはそう言うなり、ほぅと安心しきった様子で目を閉じる。俺が耳を澄ますと、静かに寝息を立てているようだ。


「……そうか。本心、本気、か」


 やはりキルトの発言には、なんの演技も誤魔化しもなかった。だからこそ、俺は頭を抱える。


「どうすりゃいいんだかなぁ……」


 よわい26にして初めて。むかし読んだ本に書いてあったモテ期とやらが来ているのかもしれない。そんなバカなことを考えながら、キルトを抱き抱え、客室に連れて行くのだった。





「それで、普通に出てくるのね」


「ん、ミレット?リステルは大丈夫か?」


「……えぇ。それはもうぐっすりよ」


 客室にキルトを寝かせて、廊下に出るとミレットと鉢合わせした。なんだか肩をすくめてやれやれと言った顔だ。


「スエゼン食わぬはなんとやらって文化が異界にはあるそうよ?」


 暫し面食らったものの、聞いた事があるその意味を察して俺はなんとなくイラついてしまう。


「……あのなぁ。それは嫁さんがいうことじゃねぇよな?」


「……そうね。わかってるわ。でも、今回の件があったから。あなたには必要だと思ってさ」


 そう言ってくるりと背を向け、ぼんやりと外を眺めるミレット。


(……何かおかしい。コイツは何が言いたいんだ?)


 俺がそう思って問い詰めようとした時、それを制するようにミレットが口を開く。


「____あのさ、レイ」


「ん?」


「次からは私ももっと頑張って力になるから。だから、あの力はもう使わないで」


「あの力?」


「うん。あの魔王を倒したりできるやつ。なんだかとっても、みたいだから」


「ミレット……?」


 そう言って俺に振り向いたミレットの横顔は、ひどく不安げな顔だ。


「キルトも力になってくれる筈。私から、話しておくからさ」


「……待て、話が読めない。そもそもあの力がどうした」


 状況が読めないが、俺のあの力というのは異界の冥王の力の事だろう。

 だが、危険な力?キルトが力に?どういうことだ?


「私ね。あのスノーエルフの子、トリトス君からレイの力のことを聞いたの。勿論、全部を信じているわけじゃ無いけどさ」


「あの時、聞く事ができたって言ってたのはその事だったのか?」


「うん。なにか知ってるようだったから」


 そこでミレットは目を伏せ、言葉を切る。だが直後に俺に向き直り、飛びつくように抱きついてきた。俺は慌てて抱きしめ返すが、なんだ?


(震えてる……?)


 俺の動揺をよそに、ミレットは続ける。


「レイもあの力についてよくわかってないんだよね?」


「ああ。アレはどういうものなんだ?」


 なんだか、自分の力を他者に聞くというのは変な感じだ。だが、ミレットは首を振る。


「……ごめん、まだうまく言えない。けど、キルトと話が纏まったら話すから。でも、絶対にもう使わないで。お願い」


 どうにも、とても真剣な話のようだ。潤んだ瞳で懇願してくる。だが、そう言われてもな。


「すまないが約束はできない。今後、魔王を復活させるような奴と戦うことがあるかもしれない」


「……そうね。わかってるわ」


 使わないで倒せる相手ならいいが、恐らくそうはならないだろう。

 何をミレットが心配してくれているのかはともかくとして。

 我が身可愛さで力を使わないで殺されるのはごめんだし、それで後悔するのもごめんだった。


 それを聞くなり、ミレットの顔に若干の翳りが現れたのだが。


「私、力になるから」


「え?」


「絶対、大変なことを一人で背負わせないから」


 そう言って、強い瞳で宣言するミレット。俺自身、何をそう心配されているのかはわからないが。

 でも、この瞳を無為にするわけにはいかない。そう思った。



「……わかった。期待しておくよ」

 

 俺がそう告げると、ミレットは微笑む。


「ええ。期待してて!」


 その後は何となく廊下で抱きしめあったまま過ごし、どちらともなく手を繋ぐと二人で寝室に向かった。


 それでまあ、少しあと眠りについたのだが。


 でも、心地よいはずの眠りに落ちたとき。


 何だかとても、怖い夢を見た。







「あのぉ、おはようございますー」


「ん、おはよう。リステル」


 朝方。俺にしては珍しく何だか変な夢を見たような気がして慌てて飛び起きた。

 今はもう覚えていないが、怖いという感覚は久しぶりだったような気がする。


 その勢いに驚いたとかでミレットも目覚め、二人でゆっくりダイニングでコーヒーを飲んでいたのだが。


 そこに目をこすりながらリステルが起きてきた。


「昨日は随分と早く寝てしまいまして。ご迷惑をおかけしました。運んでくださったのは……」


「私よ。コーヒーでも飲む?」


「あ、いただきますー」


 まだ寝ぼけているようだ。ポンチョから覗く目が涙まなこで揺れている。


「随分気持ちよさそうに寝てたわよ?まあ、あんなことがあったら疲れるでしょうけどね」


 ミレットが苦笑し、リステルもつられて笑う。だが、寝てしまったのは他の原因があると言う。


「そもそも、私は人のうちだと眠れないたちだったんです。寝てる間にをずらされて半分エルフだとバレた事がありますから」


 まあ、80年前くらいの話ですけどねぇ、とフードを弄りながら言う。そして、それ以来ずっと他人が信用できなくなってしまったと。


「でも、ですね。昨日はこの100年で一番眠れたんじゃ無いかってくらい眠れたんです。安心して、溶けるように」


 そう言って彼女はフードを外した。

 エルフの耳と、人の耳がぴょこんと顔を出すが。リステルは心から嬉しそうな顔を浮かべ、俺たちに頭を下げる。


「だから、ありがとうございます。二人とも」


「あの、なんか。照れるわね」


「……そうだな」


 ポリポリと頬を掻くミレットと同じように、俺も正直照れくさい。

 まっすぐな感謝というものを、俺はおおよそ向けられた事がないからだ。


 最近では色々とそうした声を貰えているが、それでも。


「まあ、嬉しいもんだ」


 リステルの孤独、それは想像することしかできないが。誰かの生きる力になってやれる。それがこんなに嬉しいとは、と。そう思った。

 

 そんな時だ。


 別荘の呼び鈴が鳴ったのは。


「……こんな朝早くに誰かしらね?」


 ミレットが玄関に向かっていく。俺は何となく窓の外に目をやったのだが。


「チッ!?」


 体が凄まじい怖気を感じて勝手に動く。リステルの後ろ、俺からちょうど死角になっている窓。


 そこから、針が飛んできた。


「えっ!?きゃっ!!」


 それをリステルを抱きかかえながら回避し、腰のナイフに手を伸ばす____!


 が、ない。


(しまった、寝室か!)


 普段肌身離さず持っているのに。昨日は夜更かしした際に外している。どうやら、相当気が緩んでいるようだ。


「おい!?ミレット、無事か!!」


 俺は玄関に行ったミレットが危険だと判断し、大急ぎで叫ぶ。すると。


「ねぇ!今の音は何っ!?」


 ダイニングに駆け込んできたミレット。

 すると、そこに再度飛来する針。


(ミレットは気が付いていない?可能性としては、鼈甲の針の認識阻害魔法!!)


「ミレット!!」


 俺はミレットを庇おうと身を乗り出そうとして____!


「危ない!」


 キィィィィンと、甲高い音を立てながら針をたたき落とす、が横から伸びてきた。


「妙な魔力を感知して起きてみれば!なんですかこの状況は!?みんな、無事れすか!」


 寝ぼけ眼で、まだ若干呂律が回らないキルトが飛び込んできたのだった。



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