第十一話 100年の孤独のはなし(中編)

 _______きてください!___ん!起きて!」



「いやあ、これはちょっと言い訳できないですね!」


「キルト、目が怖いから。多分誤解よ。多分」


「そうです誤解です!お願いです!早く!早く起きてください、レイさん!」



 やいのやいのと騒がしい声が聞こえ、俺の意識が浮かび上がる。

 薄ぼやけの視界に見えたのは、慌てふためくリステルと、剣呑な目をしたキルト。そして、なにやら荷物を持って呆れた顔をしているミレットだった。


「……俺、もしかして寝てたのか」


 自分で言うのもなんだが珍しい。意識を失うように眠るなんて、この十年ほどなかった事だ。


「……よっぽど疲れてたのね。ほら、起きなさい」


「ん、ああ……」


 ミレットに手を引かれながら起きると、意識がなんだかふわふわしている。

 手足に力は入るものの、なんだか夢見心地というか、なんというか。


「少し、寝過ぎたかもしれん。そっちの用事は終わったのか?ソルドに話しておきたいことっていうのは」


「ええ。といっても私は熱い決意表明を聞いただけだし、それを受け入れるだけだったんだけどね」


「決意表明?」


「後でわかるわ。それよりレイって鹿肉とか大丈夫だったわよね?」


 そういうと市場で購入したであろう鹿肉や野菜などが入った袋を見せてくるミレット。

 なんだか、結構な量だな。


「ああ、全然食えるが。こんなにどうした?」


「……ん?まあ、食べたくなったのよ。美味しく作るから楽しみにしててね」


 そう言うなり何やら急ぎ足で台所に向かっていくミレット。何か妙なものを感じながら見送り、リステルに絡んでいるキルトに向かう。


「何してたんですか?二人で、熱く抱き合って……」


「レ、レイさんが突然倒れてきたんです!だから私が受け止めたら、暖かくて私も寝てしまったというかですね!?」


「本当ですかぁ?レイがそんな倒れ方するなんて。化け物と戦闘してもケロッとしてるんですよ?そんな人間みたいなこと起こるわけないでしょ?」


「キルト?お前は俺をなんだと思ってんだ?」


 コイツは本当に俺のことが好きなのだろうか?そう疑いたくなる発言をかましたキルトを摘み上げ、震えているリステルから離す。


「すまんな、なんか急に眠ったみたいで。迷惑かけた」


「いえいえ、その。私も心地よかったですし……」


 頭を撫でた件だろうか?と思うのと同時に、心地よいという発言を聞いてピクリと動いたキルト。

 ジリジリとリステルににじり寄ろうとするのをなんとか動けないようにしながら、俺は続ける。


「まあ、少しでも力になれたならよかったよ」


「少しどころじゃないです!そもそも、こうして手伝っていただいて。よく考えたらプラチナランクの方への報酬っておいくらくらいなんでしょうか。今回は勢いで頼んでしまいましたが……」


 途端に不安げな表情をするリステル。だが、なんだ。そんなことか。


「いいよ。実は俺もミレットも蓄えは山ほどあってな。暇つぶしみたいなもんだ。だから、気にしなくていい」


「……レイさん」


 二人で暫し見つめ合うと、なんだか少しお互いの理解が深まったような気がする。そうしているうちにどちらともなく笑いあったのだが。


「ねぇ、お二人とも?本当に何もなかったんですよね?」


「「だからなにもないって」です!」


 冷たい視線が水を差すのだった。





「なんというか、すごいうまそうだな」


「ええ。初めてだったけど、上手く行ってよかったわ」


 キルトの追求の視線をリステルと共に躱しつつ、ミレットの料理を手伝ったりしていたら3時間たった。

 時刻はすっかり夜。晩御飯の時間だ。テーブルに並んだのはワインと鹿肉のロースト、あとはまあ、なんというか。


「今日は随分野生的なメニューだな……?」


 基本、肉だ。


 鹿肉のローストに野うさぎのシチュー、焼き鳥など。


 あとは、なんだこれ?


「マンドラゴラのサラダ?」


「うん」


「……いや、なんでマンドラゴラ?」


 マンドラゴラとはまあ、滋養強壮の効果がある。あとはまあ、倒れてる人とか意識がしっかりしない人への気付の効果とか。


「なんとなく食べたくなったからよ。さ、いただきましょ?」


 そういうミレットは席につき、俺もその隣に座る。その対面にはキルトが座り、ミレットの対面にはリステルが座る形だ。


「なんか、すみません。私までお世話になって……」


「リステルいいのよ。手伝ってくれたしね」


 ニコニコと笑顔のミレットはさあどうぞ、とリステルにシチューを注いでやる、のだが。


「あ、あの?私にもいただけたり、とか……」


「ん?どうしようかしらねー」


 青い顔をして震えているのはキルト。今回も危うく鍋を焼く所であり、リステルが気がついたからよかったものの下手をしたら調理場が焼けていたほどだったのだ。


 なぜそうなったのかを聞いてみると自分でもわからないというが、おそらく。


(多分、魔力が強すぎてコンロに悪影響及ぼしてんだろうなぁ)


 大体一般家庭用のコンロは本人の持つ火の魔力を利用して火をつけている。

 そしてそれを調整する為のつまみがあるのだが、キルトの場合最初に回した時点で火柱が立ってしまうのだ。まあ、コイツは料理する機会が今までなかったため知らないことなのだろう。


(かといって本人に悪意がないのに飯抜きはなぁ)


 そう思って俺はミレットに小声で話しかけたのだが。


「あのさ、ミレット。多分なんだが……」


「大丈夫、わかってるわ。キルトが料理するならコンロが特注で必要でしょうね」


 どうやら察しはついているようだ。


「なら、別にご飯抜きにしなくても……」


「あのね、本当にするわけないでしょ。ただ、キルトの体質の問題で料理手伝わないでね?なんて言うのはちょっと気が引けるからさ。ただ下手ってことにして鍋焦がすから今後手伝わなくていいわって言ってあげたほうがいいのかと思って……」


「それはそれで傷つくだろうに……」


 バブイルにいる連中はスペックが高い分色々と色眼鏡で見られてきた事もある。

 それゆえ、ミレットが気にしているのはそういう所なのだろうが。


「何かに対して頑張ろうとしてる子に体質のせいでそれをしないでっていうのは嫌なのよ。私のわがままだけどね」


「……そうか」


 ミレットにも、かつて色々あったのは知っている。誘拐に巻き込まれた時に渡された資料にあったからだ。それゆえの優しさなのだろうが。


「とにかく、冗談だってことにしてまずは飯を食っちまおうぜ」


「……そうね。あとでさりげなくいえばいっか」


 「だからって鍋を焦がすから手伝うなと伝えるのはやめてやれ?」


「わかってるわよ!全く、キルトには甘いわねぇ」


 そう言ってミレットがキルトに飲食許可を出す。それから暫くたつと、そこには3人の女子がワインを飲みながら楽しく笑い合う光景が現れた。

 俺も3人仲良くて何よりだと思いながら俺もワインを口に含む。しばし食が進み、ボトルを1本開けた頃。割と酒に強い俺がほろ酔いになった時だ。


 なぜだかふと、ソルドとの会話を思い出した。



『だから推察するにその紙の状況としてはさ____』



『人間がスノーエルフに危険を伝えようとしたんじゃないかと思うんだよ』


『どういうことだ?』


『ん?そんなもん単純に、スノーエルフに近い者が危険を知らせるために文を書いた。でも、それに使ったインクにドワーフの呪いがかかってた、とかね?』


『あ、そうか。その可能性もあるのか』


『ちょっと待ってください。上から消されてる文字の意味は?』


『んー、それはわかんないけどさ。そもそもそこを書くつもりはなかったんじゃないの?夢中で書き写したはいいけど、不都合な書くつもりない所まで書いちゃって慌てて消したとか』


『そんなもん、なんのために?』


『知らないっての!でも後々の何か邪悪なものを感じる文面から察するにさ。書き写した人は_____』




「大事なものを守りたかったから、か」


「レイ?どしたの?」


「いや、なんでもない。美味いな、これ」


 ぐいっとワインを残りをあおる。


「お酒だけ?」


 少し酔ったのだろうか?ミレットがジト目でこちらを見てくる。可愛い。


「まあ、飯がうまいから酒が進むわけでだな」


「そう?ならよし!」


 それはもうニッコニコのミレット。だが、なんだろう。対面から湧き上がる気炎というか、酔っぱらいの迫力というか。あまりそちらは見たくないというか。

 思わず救いを求めてなんとなくリステルを見るが、畜生!もう寝てやがる。


「あ、あー、キルト?どうした?」


「いいえぇ?べつにぃ。私は鍋を焼く女ですからねぇ。そんな奴のことはどうぞ気にしないでください」


 けっ、といいそうな顔でくだを巻いている。コイツにはまだ酒が早かったのではないだろうか?


「あんたが焼いてるのは鍋じゃなくて餅じゃないの?」


「あー!何か言いましたかぁ!?みれっとお!」


「……はぁ。私、リステルを寝かせてくるから。レイ、あとは頼んだ」


「はっ?おい、ミレット!?」


 言うや否や、リステルをそんなパワーどこにあったとばかりに寝室まで担いでいくミレット。


 楽しい食事から空気は一変。この場にはたちすくむ俺と、なぜだかジト目でこちらを睨む、可愛い妹分酔っ払いが残ったのだった。

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