第八話 謎解きと告白の話(前編)

「カッコつけましたが、この格好だと寒いですねぇ」


「……でしょうね」


 玄関先でブルブル震え始めたキルトをミレットが中に入れてやる。見る限りいつもの格好、いつものミニスカートだ。

 たまに向こうでも寒いとか言っていたし、いくら魔力を吸収するのに肌面積が多い方がいいといったってこの国では寒いだろう。


「それで、キルト。お前どうやって……」


「その前に、暖炉はどこでしょう?真面目に寒いです」


 カタカタ震えているキルトを見て、ミレットと肩をすくめたのだった。



「はー、生き返る」


「はい、ホットミルク」


「あ、ありがとうございます」


 談話室の暖炉の前。そこの座椅子に座り込んだキルトはぬくいぬくいと気を抜いている。


「えと、あの方が読めるかもしれない人、ですか?」


「……ああ」


 まあ、信じられないのも無理はないな。あんな腑抜けた姿では。


「まあ、魔法の腕と知識は確かだよ。頼りになるやつだ」


「へー、レイさんがそういうって事は随分信頼されてるんですね?」


「ああ。何度も助けてもらってる」


 そう言ってリステルから離れた俺はキルトの側に向かう。こんなに早くこっちに来れた方法を聞いておきたいからだ。ミレットも気になるようで寄ってくる。


「お前、こんなに早くどうやってきたのさ」


「そうね。凄く気になるわ」


「え?どうもなにも、転移魔法ですよ?」


「「は?」」


「リセス女王が使ってたじゃないですか?あれです」


「いや、あれは別大陸に誰かを飛ばすのは大掛かりな儀式が必要だって言ってたような。俺たちを手伝わせるためにそんなことしてくれたのか?」


 リセスに今度礼を言っとかないと、と考えたのと同時に。バブイルへの再加入カモン!という凄い好待遇の書類を渡される未来が見えて背筋が寒くなる。だが、どうやら事情は違うようで。


「いいえ?儀式なんていりませんよ。確かに誰かを飛ばすのであれば膨大な魔力が必要でしょうけど、自分を転移させるのは案外楽勝です。リセス女王は難しいでしょうけどね」


 私ですら魔力が底をつきかけました、と。


「……ん?いや、まて。使気のせいか?一応あれ、王族にしか使えない魔法のはずなんだが」


「いえ。確かにとんでもなく難解な術式でしたが、私は一回見たら覚えちゃいますからね。あとは時間をかけてバラせば、自分が使えるようにすることはできますよ?」


 元が王族専用魔法なので魔力の消費はバカにならないが、なんて笑っている。


 こいつは俺のことをインチキと言うが、こいつ大概インチキなのだはないだろうか?と思った。

 隣のミレットも何かおかしいものを見るような目で、俺を見ている。


 ……って、俺も?


「常識はずれね。まさにインチキ集団バブイル」


「「インチキ集団バブイル!?」」





 不名誉なあだ名をつけられるのをなんとか阻止した俺とキルトは、リステルに向かい合ったのだが。


「え、えと」


「……」


 キルトはリステルを見つめたまま動かない。もしかして……


「どうしたんだ?キルト」


「あの報告の件、この子ですよね?随分フェイク入れてましたけど、わかりますよ」

 

「さすが、一目で」

 

 キルトが手伝いに来ると決まった時点でバレるだろうとは思ったが一目で看破するとは。


「魔力の流れは人と同じ、でも所々この子を構成する魔力が違います。あとは多分……」


「!?」


 キルトはリステルに近付き、ポンチョを触り始めた。それは頭を撫でるように下に向かい、ちょうど耳の位置に。


「そういうこと、ですね」


「や、やめてください!!」


 リステルがばっとキルトを振り解き距離を取る。


「いきなりなんなんですか!?助けてくださると伺ってますが、これは必要なんですか!?」


 凄い剣幕だ。しかし、それはそうだろうとも思える。何せ気にしているところに土足で踏み込むような行為だ。

 ミレットはリステルのそばに行き、背中を摩ってやっているが、俺はキルトの顔を覗き見た。そこには無表情であり、何も気にしていない顔がある。だが、その無表情の中に仄かに……


「なあ、キルト」


「はい?」


「いつも通り、任せた」


「はい。もちろんです」


 この顔の時のキルトであれば、何も心配いらない。俺は任せることにした。

 頷いたキルトはずいっとリステルに対して一歩踏み込む。

 一歩引きそうになるリステルだが、背中を摩っていたミレットがそれを押ししとどめた。見ると、俺を見て頷いている。どうやら、ミレットも信じたようだ。


「必要なのかと聞きましたね?必要です。貴女は人かスノーエルフ、どちらかに戻りたいんですよね?」


「っ!レイさん、口が軽い人だったんですね!?」


 リステルが怒るのも無理はない。甘んじて受けよう。キルトと話した内容が正しければ、今まで迫害のようなものも受けてきているのかもしれない。


 それを俺に話したと言う事は、恐らく相当信頼して話してくれた事なのだろうと思う。あの時は状況的に致し方なかったのもあるだろうが。


 だが、俺は助けるためとはいえそれを口外した。昔であれば、口止めされてないしな、なんて開き直っていたが。


「すまないな。言い訳する気はない」


「っ!?うぅぅ」


 泣きそうになるリステル。だが、そこにキルトがもう一歩踏み込んだ。


「レイは今関係ありません。それに、貴女に配慮して最大限ぼかした表現でしたよ。というか、貴女は何か勘違いしていませんか?」


「か、勘違い!?」


 再度ヒートアップしそうなリステルだが、氷のような声でキルトはそれを遮る。


「先ほどは確かに不躾ではありました。すみません。ですが、私は貴女を助けに来たんですよ。それでも初対面の私が信じられないのは無理はないですが、せめてこの二人を信じたらどうです?」


 静かな迫力がキルトの目から伝わったのか、リステルの気炎が下がりつつある。


「ただ、私が貴女を助けるには貴女を知る必要があります。どの配分でどう構成されているのかを」


「な、謎を解くだけなのに?」


「いいえ?解いたその先、もし貴女が望むものがなかったとしても。そこまで含めて力になるために来たのです」


「!!」


 キルトが微笑みながら手を差しだすと、リステルも恐る恐る手を握った。


「……私はキルト・ミラディ。王立特務機関バブイルの魔法使いです。頼りにしてくれて構いません」


 そう言って杖についている紋章を見せるキルト。


「お、王立特務機関!?もしかして、セブレス大陸の?」


 こくりと頷いたキルトをみて、リステルは俺とミレットに視線を移した。


「こんなお知り合いが居るなんて、レイさん、ミレットさん。お二人は一体……?」


 それはもはや恐る恐ると言った様子だ。


「あれ、二人とも言ってなかったんですか?」


「……別に言いふらすもんでもないし、俺はもう違うだろ」


「私は元から正式なメンバーではないし」


 はぁ、とため息をつくキルト。俺とミレットに確認のアイコンタクトを送ってきたので頷いてやると、リステルに向けて口を開いた。


「ミレットはレイの第一婦人にして、まあセブレス大陸のとある貴族のご令嬢です」


 おい、第一夫人てなんだ。ミレットも何やら頷いているし。続けて俺の方を指し示したキルト。


「こっちは王立特務機関バブイルで最強と謳われた人です。ちょっとしたトラブルで罷免されたのでこれ幸いにと遊び回ってるので、今は元がつきますね」


「そ、そんな凄い人だったんですか!?いや、尋常じゃないくらい強いですけど!?」


「おい、遊びまわってるってなんだコラ」


「そして……」


 俺の目を見る。キルトは何かを吹っ切るように、胸に手を当てて告げた。

 まるで、ミレットにも見せておきたい、というような表情で。



「私の好きな人でもあります」




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