第六話 はんぶんの話

 ポンチョを着た何者かは一瞬で弓を引き絞り、こちらに射ってくる。


 警告なしに放たれたそれには遺跡の時とは違い明らかに殺意が籠り、魔力が迸っていた。


 この魔力からして、恐らくは呪いの矢だろうか?


 呪いの矢とは、かつて魔王軍が使っていた技術を北の大陸が独自発展させた物であり。

 作成方法は命を奪った矢に対して魔力を込め続けるというものだ。

 魔力は奪われた命に呼応して呪いのようなものになり、その密度を上げる。


 故に呪いの矢というのだが、密度を上げるのはどんな相手の魔力であれ貫いて殺せるようにというものであり。


 さらに、当たれば掠めただけでも呪いによって相手を殺すという厄介な物である。


 もし当たらなくても……


「我が言に従え!ウィンドブロウ!」


 俺が横殴りの風の拳で吹き飛ばすが、そのまま俺達の方に戻ってくる。やはり執念深く相手を追尾するようだ。


 だが、それだけではない。


 最初放たれたのは一本だったにも関わらず、弾いた途端10数本にも増えた。さらにそれが同じ密度をたもったまま向かってくる。


 おそらくは多くの呪いの矢を魔法で束ねておき、防がれたら拡散するようになっているのだろうが、初めて見る芸当だ。


 これは確かに脅威だ。かすれば必殺、弾いても戻ってくる。更には必殺の矢が幾つにも分かれるのだから。

 恐らくあの密度では炎系統の魔法で防いでも燃え尽きてはくれないだろう。

 メメントモリは物体には効かないし、そもそも悠長に審判していられない。

 加えて壊れた天秤で上回ろうが壊すのが難しい上に、弾くのも駄目という面倒くささ。


 殺意、執念、憎悪。

 それらが込められた一撃だった。





「レイ!どうする!?」


 慌てふためくミレットの声を聞いて、俺はメメントモリに頷いた。


『承知した』


 形状を変化させながらも、メメントモリから魔力が溢れ_____


「どうするもなにも、どうにかするさ!」


 俺は迫り来る矢を見据え、唱えた。


バブイルよ開け!」


 魔力が溢れる。

 周囲にただよう魔力がグングン増していく中、同時にこの力を使仄暗い気配を感じながらその身に纏う。


「え、レイ……?」


 呟くミレットが何かに驚いていたが、今はそれどころでは無い。

 周囲に現れた無数の紙片。それらは俺が手を振ると矢の一つ一つを迎撃し、受け止める。


「!?」


 慌てている何者かに視線を向けると、その隣からフェンリルは消えている。


 ジョウハリを使って周囲を探知すると背後から迫ってきているようだ。俺はその場から動かずメメントモリを担ぐようにして背後に切先を向け、力を込める。


「____ガッ!?フッフ……」


 振り向くと、目を見開き口からは泡を拭きながら後退していくフェンリル。

 動揺しているのか、怯えているのかは分からないが、か細く鳴きながらジリジリと。

 チラと視線を移すと、何故かミレットの顔も蒼白になってこちらを見ていた。

 

 殺気を刀身に乗せ叩きつけただけなのだが、この姿ではうまくコントロールができないようだ。恐らくミレットにも力が及んだのだろう。


(……あとでミレットには詫びるとして、とりあえずは下がってくれればそれでいい)


 俺は怯えるフェンリルに対して若干憐憫の気持ちを抱きつつ、何者かに向き直る。


「おい、2射目を番ても無駄だぞ」


「!?」


 びくりと肩を震わせ、ガタガタと震えている手から矢が落ちた。


「お前達はなぜあの遺跡を守っている?とっとと答えろ」


 俺は何者か向かって歩き出す。

 ジリジリと尻餅をついて後退していく何者か。


「おい、逃げられるなんて思うなよ」


「こ、来ないで!来ないで!」


 ポンチョの何者かから声が漏れる。中性的な声の為男か女か判断がつかないが。とりあえず胸ぐらを掴み上げようとして。


 背後から急速に迫る狼の咆哮。

 目を見開いたフェンリルは飼い主であろうコイツを助ける為、死力を振り絞って駆けて来たのだろう。


 だが、俺の間に入ったフェンリルは俺と目が合うなり怯えるように竦みはじめた。

 ここには雪がないにも関わらず寒いかのように。四肢がガタガタと震えている。


「いいよ、フェン!ボクが、ボクが頑張るから!だから、だから……!」


「クゥン……」


 庇い合うように俺を見てガタガタ震えている一人と一匹だが、なんだろう。


「……あのな?俺たちは話に来たんだ。こっちもこれ解いてやるからお前さんもその弓をどっかに下げろ。フェンリル、人語わかるんだろ?」


 なんだか俺が悪いことをしているような気分になり、そう提案したのだった。





「えと、ボクはトリトル。こっちはフェンリルのフェン。その、ごめんなさい……」


「謝罪はいい。お互い事情があるにせよお互い様だ。それより休めるところはどこか無いか?」


 とりあえずお互い矛を収めることに成功した俺たち。

 だがその間にもリステルの体調は悪化していたため、どこか休ませてもらえないか提案したのだが。


「その子は、だめ。ここじゃ休めない」


「……どういう意味だ?」


 こちらに歩いてきたトリトルは、リステルが被っていたフードを取り払ってこう言った。


「呪われた子だから」


 フードの下から現れたのは、整った顔立ちと、灰色の髪。

 だが、そんなことより何より。リステルの耳は片方が人間。片方が……


「……え、エルフ?」


 エルフの耳がついていたのだった。予想外の事態に驚く。人とエルフのハーフ?そんなバカな。


(人とエルフのハーフなんて。


 俺は不測の事態に若干の動揺をするも、トリトルは続ける。


「その子はここでは休めないし、遺跡の中を目指す限りは助けてあげられないんだ。むしろ、ボクはその子の命を奪わないといけない」


 そう言って残念そうにするトリトルもまたフードを脱ぐ。するとそこに現れたのは。


「君も、スノーエルフ?」


 短髪の男の子が現れた。キリッとした目つきだが、目尻が垂れている為かどこか中性的な印象を与える。


「そうだよ。古からの正当な、ね。このポンチョはその証さ」


 そう言ってくるりと回るトリトル。正当な、という発言になにか引っかかりを覚えたものの、トリトルは自身とリステルのフードを戻し、結界の方を指差した。


「出口は開いてるよ、お兄さん達。外でならその子は回復する。でも、目が覚めたら伝えておいて」


「……なにを?」


「君が求めているものは、あの遺跡の中にはないよって」


 そう言って悲しそうに笑う目が見えた。だが、つまりこの子は。


「ということは君はあの遺跡の中身を知ってるんだな。何を守ってるんだ?それに、そこのフェンリルはなんの関係があるんだ?」


「……うん、それは言えないや。でも、フェンはボクを助けてくれているだけ、かな」


 どうやら口は硬いらしいようで、そのあと暫しの静寂が訪れる。

 しばしの間の後、トリトルはフェンリルの顔を撫でながら手を振ってきた。


「そういうわけで、じゃあね。死を司るお兄さん。あの力はあんまり使わない方がいいと思うよ」


「ん?ああ。わかった」


 増していく仄暗いものが伝わったのかはわからないが、なんとなく俺もそう思っている為異論はない。

 俺はリステルを背負い、黙りこくっているミレットにも結界の外に出るように促すが。


「……レイは先に出てくれる?ちょっと、この子に聞きたいことが出来たから」


 真剣な瞳のミレットと目があった。この瞳の時のミレットはテコでも動かない。


「……あいよ。先行ってるぞー」


 俺はミレットを置いて先に結界の外に出ることにしたのだった。







 ______それから10分後



「……お待たせ、って。リステル、起きたのね!」


「えへへ。ご迷惑をおかけしました」


 結界から出てきたミレットがリステルと抱きしめ合うのを見ながら、俺は先ほどあったことを考えていた。


 ____ミレットが居ない間。結界を出てすぐにリステルは目を覚ましたのだが。


「あの人、嘘ついてます。ないはず、ないです……!!」


 背中にしがみついたまま、俺に対してそう言ってきたのだ。その鬼気迫る迫力に気圧された程である。


 しかし、それはほんの一瞬のことで。すぐにマロちゃんに団子をあげ損いました、なんて気の抜けることを言い始めた。

 だが、なんだ。これはリステルにも聞いておかないといけない。

 どうやら純粋な知的好奇心の古代遺跡調査とか、そうしたものではないらしい。


「……そういえば。聞いていなかったが、リステル。君はあの遺跡に何を求めているんだ?」


「求めているのは、方法です」


「方法?」


 俺から下りたリステルはそっと雪原を歩きつつ、フードをとった。

 耳が露わになり、灰色の長い髪が風になびいていく。

 それを鬱陶しがるように頭を振った彼女は、空に手を伸ばしこう言ったのだった。

 


「私が、になる方法です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る