第五話 こうはいはいまよめ。の話

「____こっちだな」


「ええ。その次はこっちね」


「……お二人とも凄いですねぇ」


 俺たちが森に入って数時間たった。初めはフェンリルが通って薙ぎ倒した木々の跡などを追っていたものの、途中でぱたりと痕跡が消えたため方法を変更。

 今はフェンリルの残留魔力を辿り、上手く隠蔽された痕跡を辿っているところだ。やはり賢い種族だけあり厄介である。

 

「ちなみにリステル、この痕跡は何かわかるか?」


 ちょうど見つけたほんの微かな残留魔力と移動痕を見せる。


 こんな状況だからこそ、実地の経験をさせてやりたいなんて。俺は珍しく、誰かに教える気になったようだ。


「え?えと。もしかしてあの狼のやつ、ですか?」


「ああ。そうだ。人間も魔獣もエルフもドワーフもみんなそうなんだが、通った場所には足跡と同時に微弱な魔力を残す。この微かな魔力は街中とかであれば追うのは困難だが、この森は……」


 周囲を見渡す。

 不気味なほど静まり返った森だ。


「魔力が澄み切りすぎてる。そうなると微かな痕跡一つでも違和感になるんだよ」


「はへぇー」


 ポンチョから覗く目がパチクリするが、おいおい。ただ感心させるために話したんじゃないぞ。


「あのな?微かな違和感を掴むというのは、獣や対象を追跡する為の技術の基礎の基礎だ。もしもシルバーランクとか目指すならその感覚を覚えておいたほうがいい」


 生計を採取で立てていると言っていたし、そもそも争いに向いているようには見えない。

 もしランクが上がればいらんトラブルも増えるだろうし、余計なお世話かもしれないが。


「これは逆にいえば危険な相手と接触する前に避ける術でもあるんだ。例えばアイスウルフや、アイスガルムとか」


 「!!」


 微かな違和感や獣の息遣いを察知していれば少しでも生存率を上げられる。

 その意図がわかったのだろう。リステルは慌てて頷き、メモを取ろうとするが。


「熱心で感心だが、今は実地で慣れる事を目的としろ。メモは頭の中にとりあえず書け。忘れてもまた教えてやるから、ほれ。他の痕跡を探せ探せ」


「りょ、了解です!」


 雪の中を走っていくリステル。痕跡を探すどころかわからなくしなきゃいいが。


 そう思っていると、後ろからミレットが抱きついてきた。


「っ!?なんだ、どうした?」


「んーん、なんか。私の最初の頃を思い出して。あんな優しい言い方じゃなかったけど」


「……そりゃあな」


 結構ビシバシ指摘していた記憶がある。公爵家の令嬢の扱いなんて何かあればコトだし、命に関わることに関しては特に厳しく教えた。


 元々、俺が気持ち的には乗り気ではなかったというのもあるかもしれない。

 正直嫌になってやめたらそれでよし、くらいに最初は思っていたからだ。


 というのも、こいつはバブイルへは正式な手順ではなく所謂コネで加入した上、王からは正式なメンバーとして扱わずあくまで候補、補佐として扱えと言われていたためだ。


 命がけの仕事を体験するのが貴族なりの社会見学なのかと最初は思った。コネで入れるならもっと安全な職業にしてやれとも。

 だから一緒に仕事をしていく中で想像以上の根性と成長をミレットが見せたのには驚いたものだ。


 それ以降は丁寧に教えたが、そこに至るまではかなり厳しく接した覚えがある。



(そのせいか、最初のお淑やかなお嬢様はどこへやら。割とキツめの軽口を言い合うようになり、ミレットの口調の端々に棘ができ始めたんだっけか)


 こういう関係になるまで、好かれていたとは全く思っていなかった。

 今でもなんでこんな関係になったのかがわからない。


(いい機会、か?)


 俺は背中の温もりを感じつつ、聞いてみる。


「そういえばミレット。5年前なんでバブイルに来たんだ?コネを使うならもっと有意義な使い方あったろ?」


「ん?どゆこと?」


 俺はさっき考えた事をかいつまんで話し、聞いてみると。答えは簡潔なものだった。


「バカね。助けてもらった人が、助けてくれた人に一目惚れしたからよ」


 口調に棘があったのは、ミレットには厳しいのにキルトとかには優しいからなんとなく。

 自分を思って厳しくしてくれていたのも、コネの道楽と思われても仕方ないのは分かってたから必死に頑張った。


 そう言われた。


 そう言われて、なんだか。今まで生きてきて初めて、心が温かくなるという感覚を知った気がする。


「……まったく。お前は誇れる後輩だよ」


「後輩?違うわよ」


 俺が色々と万感の思いを込めて放った一言を一蹴し、ミレットは微笑んだ。


「嫁よ!」





 その後、何いちゃついてんですか?と冷たい青い目で睨まれた俺たちは慌てて探索を再開。


 その約1時間後には大きな魔力の痕跡と、治癒魔法を使った痕跡を発見したのだが。


「結界、かしらね」


「だな……」



 痕跡を追っていくうちに、半球体に展開された結界に行き当たった。


「ミレット、解析魔法頼む。リステル、念のため俺の後ろに」


 頷いて準備を始めるミレットと、後ろに隠れるリステル。俺はまず挨拶を、とは思っているが。万が一の場合いつでも結界を破壊できるように準備をする。


「うーん?なにこれ。不思議な結界ね」


 だが、そんな緊張とは裏腹に首を傾げたミレットの気の抜けた声が聞こえた。


「どうした」


「この結界、すこし妙なのよ。四方に何か配置されてるみたいで……」


 そのまましばらく魔法陣が回転し続け、解析を進めたものの。


「……だめね。これ、私達の使う魔法とは違う何かで構成されてるわ」


 そう話を締めくくった。


「違う何か、ですか?」


「ええ。私たちが生まれ持った魔力と全く別ものね。普通火は火だし、水は水。だけどこの結界を見ると、火が必要な部分を火以外の何かで補っているというか」


 そこで言葉を切り、ミレットはつぶやく。


「何か違う世界のもので構成されているような?」


 それを最後に、場には静寂が訪れた。不自然に澄み渡った森、謎の遺跡となんらかの意図で守る何者かと魔獣。


 なにかがあるのは、間違いがない。そう全員が確信した。


「なら、入るしかないわな……」


 俺はナイフを抜き放ち、右手を前に差し出す。


【獄吏の監視者、鍵よ開け。断罪の門に求めるは剣】


 空間から現れるメメントモリ。

 不自然に魔力が歪むからか、結界の表面が呼応するようにさざなみ始める。


「それ、昨日の……?」


 リステルが慄き、ミレットが頷いた。


「ま、その手しかないわよね」





「よっと!」


 俺はメメントモリの姿形を変形させ、結界を切りつけた。

 いつもの刃先のついた方ではなく、今回はノコギリのような形状だ。

 ギザギザの刃は結界に食い込み、そしてそこから食いちぎるように切り始める。

 これはメメントモリの中で最も切れ味が悪い形態であるが、引っかかる刃の部分部分に魔力がこもっている。その為結界などを破るのに最適なのだ。


 ビリビリと音が鳴りそうな勢いで裂けていく結界。その空いた隙間に二人が潜っていく。


「うわぁ、なんかえげつない剣だったんですね。それ」


「ええ。しかも変形する形はすべて処刑器具らしいわよ?」


「え!?あの形で処刑って何する気ですか!?というか、なんでそんな物騒な剣をレイさんが持ってるんです!?」


「ええ!?えと、えと。そう!お城の調理場で拾ったらしいわよ!」


「なんてとこで!?」



 そんな会話をしながら潜っていく。


 そもそもメメントモリと契約したのは調理場じゃないし、ここは敵地だからそんなに騒ぐなよと小言を言いたくなったが。


 _______俺も続いて結界の中に入ると、そんなことはもうどうでも良くなってしまった。


 なぜかといえば、結界の先、開けた視界の向こう。


 そこには新緑、色とりどりの花々、そよめく草木で溢れていたからだ。

 

 周囲に雪はみえず。まるでここだけが世界から切り取られたようだった。



「う、わぁ……」


 リステルが感嘆の声を上げる。


 幻覚は俺には効かないため本物だろうとは思う。加えて気温があたたかい。コートを着ているのが辛いほどだ。

 俺は急いでコートを脱ぐ。するとて同じタイミングでコートを脱いだミレットと目が合った。


「どうなってんのかしらね?」


「さて、な。思わず見惚れそうな風景だが……」



 リステルにふと視線を移すと、その場で圧倒されたかのように立ち尽くしていた。だが、我慢できなくなったのだろう。


「すごい……!」


 一歩足を踏み入れ、先に行こうとするリステル。


「え、あれ?」


 だが、急にその歩みを止め、動かなくなってしまった。本人もなぜ動けないのかわからないようだ。


「リステル、どうした?」


「まって。顔色が悪いわ」


 俺が動くより先、ミレットが駆け寄りリステルの様子を見る。すると、叫んだ。


「この子すごい熱よ!?」


「なんだと……?」


 ここまでの強行軍の無理が祟ったのか?

 近寄って額を触ると、確かにすごい熱い。


「一旦結界から出ましょう……っ!?」


 そう言ったミレットだったが、俺の後ろに目をやるや否や、途中で顔がこわばる。

 その理由は、俺は勘付いていた。


「出させてもらえたら、だけど……」


「ダメだと言っても、出るさ」


 振り向く。


 そこには、弓を構えた何者かと、魔狼が現れていたのだった。







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