第四話 白銀の魔狼

「なんかマロちゃん怒ってねぇか?」


「んだなぁ……」


 彼らがマロちゃんと呼ぶ魔獣の体長は10メートル近く。月のような金色の目が煌々と輝き、牙を剥き出して威嚇しながらこちらを見据えていた。


 魔獣の種族名はフェンリルといい、魔王軍がかつて使役していた存在だ。

 元は異界の狼だったのを魔界で調教した結果、知能が非常に高くなり体長が肥大化したという。

 命じられた事を何よりも正確に遂行するとまで言われたその狼達は、かつて多くの人間を苦しめ殺戮した。


 だが、決戦が終わると何かを悟ったかのように姿を消した不思議な魔獣でもある。


「そんなのがなんでここを守ってるんだ?」


 俺は戦闘に備え、ナイフを掴んでおく。抜いたら最後、ヤツは攻撃対象としてこちらを見るだろう。


 俺は小声でミレットに告げる。


「万が一戦闘になったらこの4人を守ってくれ。だが3人には油断するな。狼を庇う可能性がある」


「う、うん。分かってるわ」


 頷くミレットから離れ、三兄弟に話しかける。


「こちらとしては戦闘する気はない。マロちゃんは牙を剥き出してるように見えるが、いつもあんななのか?」


「い、いんやぁ。もっと可愛げのある顔を……」


 チラと遺跡の上を見ると、魔狼は消えていた。


「!?」


 刹那、俺はギロチンを展開。


 狙っているフェンリルを牽制し、斬撃を飛ばす。

 牽制のためとはいえ、当たれば両断する一撃が遺跡の間をすり抜け、奥の木々を薙ぎ倒した。


 それを見て、脅威と感じたのだろう。

 俺の方をジロリと睨むフェンリルだが、さてどうしたものか。


「ミレット!」


「了解!」


 リステルを連れ3人の前に走っていくミレットを尻目に、奴からは絶対に目を離さない。


 離したら最後、気配なき一撃がこちらに飛んでくるのは明白だからだ。


「なあ、えと、マロちゃん?俺たちは戦闘の意思はない。今のは当てる気はなかったのがわかるだろ?牙を収めてくれないか?」


 奴らは人語を解すことでも有名であり、確実に俺の発言も聞き遂げたはずだった。


 だが、答えはノー。


「チッ」


 俺は身を捻り雪を転がるようにして爪を回避、さらに飛んでくるであろう体全体の一撃を。


「我が言に従え!クリムゾンスピア!」


 大きな炎の槍を見せる事によって防いだ。当てる気はないが、視界を覆うほどの槍は流石に恐怖したのだろう。魔狼は飛び退くように後ろに下がった。

 月明かりに照らされているだけの暗い遺跡が炎の槍によって照らされる。それは、原始的な狩りの光景を彷彿とさせる。


「どっちもすっげぇなぁ……」


「感心してる暇があればこっち!」


 若干避難している方が騒がしいが、今はそれどころではない。場合によってはメメントモリ使用を視野に入れなければならないからだ。


(これを飼い慣らしてる奴に聞きたいことがあるし、できれば手荒なことは……っ!?)


 その瞬間、どこからか発射された矢が飛来した。矢に若干だが魔力が付与されていたため気が付けたのだが、周囲の森からだろうか?

 反射的にギロチンを振り、矢を叩き落とす。しかし、その機を逃すようなフェンリルではない。


 月を背に飛び上がり、俺を圧殺しようと飛びかかってくる。


「……!!」


 手はある。この状況からでもフェンリルの首を落とし、飛来した矢の主を縛り上げる為の手はおよそ3つほど。


(だが、なぁ)


 マロちゃん、やめるだ!と口々に叫ぶあの3人の必死な顔が見えて。


「まったく、面倒だな」


 いつかヘリアスが言っていた。俺が丸くなったの意味。それが今わかった気がする。


 俺は再度飛来するであろう矢と、フェンリルを迎え打つために全身に魔力を込めて……


 _____なんとかしようと構えたその瞬間。雷の槌が現れ、轟音と共にフェンリルが視界から吹き飛んだ。


「はっ!?」


 あっけに取られる俺の耳に、遺跡の方から声が聞こえた。


「ミミミミレットさん!?落ち着いて!」


「落ち着いてるわよ?手加減はしたわ」


 バチバチと、ミレットの手に奔る稲妻


 足元に光るは雷の魔法陣


 それが暗い遺跡を照らし、少しずつ昂っているかの如く明滅を増していく。


「レイ、援護するわ。見てて気が散るだろう3人は、安心して?」


 そう言って笑うミレットの頭上には、雷のハンマーが現れていた。


 名を【トールハンマー】


 ディスガルク家が最も得意とする雷魔法の中でも1、2を争うほど凄まじい威力を誇る魔法であるらしく、さらには追尾機能があるというおまけつき。


 それの一撃目によって吹き飛んでいたフェンリルが猛スピードで跳ねおき、ミレットの方を狙うが。


「我が言に従え、トールハンマー!」


 問答無用で再度飛来する雷の槌。

 慌てたフェンリルがどこに逃げようとハンマーはどこまでも追っていく。


 だが、術者であるミレットを狙って放たれる矢が飛来する_____!


「我が言に従え、ウィンドリフレクト!」


 が、それを読んでいた俺が風魔法によって放った本人に矢を跳ね返す。そのままの勢いで戻っていく矢を見送る。


(矢の主の方向は把握した。どうする……?)


 俺はトールハンマーから逃げ惑うフェンリルを見ながら、森に向かうか逡巡する。

 しかし、フェンリルは何かに勘付いたかのように猛スピードで遺跡から離れ、森の中に逃げていくようだ。

 恐らく飼い主に跳ね返した矢が当たったのか、俺の動きに勘付いたか。


 標的を失ったトールハンマーは木に激突し、その木と周囲の地面が黒焦げになって吹き飛んだ。


 その後に訪れるのは、月明かりのみの明るさと、静寂。


(……戻ってはこない、か?)


 しばし様子を伺うも、物音一つせず。


 一旦、難は去ったようだった。





「こえぇ夫婦だぁ……」


「綺麗な薔薇には槍があるって言うべさ」


「んだなぁ……」


「槍どころじゃなかった気がしますねぇ」


 あれから数分。気つけをして起きた3人と、リステルが片隅で震えているのを視界の端に映しながら俺達は計画を練っていた。


「俺は夜が明け次第、フェンリルが行った方を追うべきかだと思ってるが、ミレットはどう思う?」


「それには賛成よ。ここを守らせてるってことは、何か知ってるやつが相手でしょうし。でも……」


「リステルか?」


 そう。リステルはここの調査が目的だ。だが俺たちが離れている間に万が一またフェンリルが襲ってきたら?

 離れて行動することは得策ではないし、それに2人で分担しようにも。


「ぶっちゃけレイがいないときついわね、あれ。手加減なしに遺跡ごと吹き飛ばして良いよって言うなら話は変わるけど……」


 そういいながら疲れ切った様子のミレット。そう。ディスガルクのトールハンマーは凄まじい威力を誇るが、基本は手加減して放つものではない。

 追尾機能を使用しながらなんて使い方は尚更だと肩をすくめる。


「となると、遺跡の調査をしながらまた襲ってきたら撃退、か?」


「んー、そうなるのかしら?リステル的にはどうしたいのか。結局はそこになるのかしらね」


 4人でいつの間にか仲良く盛り上がっているリステルを見る。

 ポンチョから見えた瞳は、それは楽しそうに笑っていたのだった。





 あのあと、何事もなく無事に夜を明かした俺たち。翌朝リステルに相談していた件を話してみたところ、意外にも遺跡に別れを告げる事になった。


「え?本当にいいの?」


「はい、お二人が言うように、あの狼を追った方が解読に近づく。そんな気がします」


 それに、と続けて。


「ここの仔細な情報は念入りに記入しました。ほら、見てください!」


 リステルがポンチョから取り出した手帳の中には、びっしりと精密な遺跡の情報が記載されていた。まるで記憶魔法で切り取ったかのような正確性に思わず舌を巻く。


(誰かさんの串刺しの肉とは大違いだな……)


「レイ、今何か考えた?」


「いや?何も」


 人を殺しそうな笑顔が今日もとっても可愛いミレットとそんなやりとりをしていると、三兄弟が寄ってきた。


「……そうか、行っちまうんだな。気をつけてな」


「ポンチョの嬢ちゃん。その情熱、絶やすなよ?」


「あの、マロにあったらこれをあげてほしいだよ」


 3人が口々に別れの言葉を言いながら、俺たちに何かを手渡してくる。


「えと、これは?」


 リステルが受け取ったそれは、お団子?


「マロが好きなんだ。頼むな」


 3人が笑顔で頷くと、俺たちに向かって告げる。


「ワシらはまたおめえさんらが来るの待っとるぞ。ちなみに、ワシの名は長兄トッポイ!」


「三兄弟の真ん中、ワシはミドロ!」


「三兄弟末弟、ワシはスモル!」


「「「気をつけて行ってこい!」」」


 なんだかバァーンと音が鳴りそうな3人の見送り。あっけに取られた俺とミレットの2人とは裏腹に、リステルはたくさんの元気を貰ったようだ。


「はい!気をつけて行ってきます!」



 そうして3人に手を振った俺たちは、フェンリルが去った方に歩みを進め始めた。


 フェンリルが通った道の木々は倒れており、どこか薄暗い森の中に入っていく事になったのだが。


「……情熱を絶やすな、か」


 だからだろうか?呟くリステルの声がやけに大きく耳に残ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る