第三話 遺跡ちょうさの話 後編

「で。彼らは案内人、ではないわよね?」


 ナイチンゲールを無事に降下させた俺たちは意気揚々と外に出たのだが。それを待っていたかのようにゾロゾロと人影が現れた。十中八九盗賊だろう。


「リステル、この辺には盗賊と魔物が出るって話だっけか?魔獣は盗賊を襲わないのか?」


「は、は、はい。どうやら盗賊の中に魔獣を飼い慣らすものがいるとかで……!」


 なぜ盗賊と思ったかと言えばまあ、なんだ。古き良き、というか。未だにこんなのが生き残っていることに驚いたというか。


(腰蓑に斧ってお前……)


そんな俺の、いや俺たち三人の視線に気が付くことなく。盗賊は奇声を上げ始めた。


「変な鳥が降りてきたと思ったら、綺麗な女もいるじゃねぇか!?襲っちゃうぜえ!?」


「男の方もいい物着てるぜ!?はいじまうぜ!?」


「ひ、久々の獲物だぜ!?色々と取り上げちまうぜぇ!?」


 ゲヒヒヒと笑うこいつらが、魔獣を飼い慣らす?


「……いやぁ、無理だろ?」


「同感」


 俺とミレットの余裕そうな表情を見て、腰蓑を巻いた盗賊が息巻いた。


「へっへっへ!余裕そうだなぁ!?お前達はここにきたのが運の尽きよ!女は捕えてそれはそれは酷い目に遭わし、男は殺して身包みを剥いでやるゼェ!?」


 段々と顔を真っ赤にしながら俺に怒鳴るものの、なんだろう。

 殺気が見当たらないというか。囲んでは来るが近寄っても来ないし、大声で計画を説明口調で話し始めるし。


(まるでここから逃げて欲しいだけ、のような。試すか?)


「……まあ、なんだ。古き良き時代というか、センスのない恰好というか。ロマンに生きてるのはわかったよ」


「なっ!?テメッ!ヤンノカ!?」


 煽ってやるとヒートアップはするものの、やはりこちらに攻めてくる様子はない。


(となると、予想が正しいか確かめてみるか)


 俺は右手を前に差し出し、唱えた。


【獄吏の監視者、鍵よ開け。断罪の門に求めるは剣】


「ちょっと!?レイ!?」


 そのまま右手でメメントモリを空間から引き出すと、構える。途端にどよめき始める盗賊達。しかし、リステルも動揺しているようだ。


「なんですかそれ!?とんでもなく嫌な気配がする剣ですよ!?」


『見慣れぬ者。我は処刑器具。故に、死を纏う。恐らくは死のにおいだろう』


「剣がしゃべった!?」


「メメちゃん、お久しぶり。でも、レイ。あいつら相手にメメちゃんはやりすぎじゃ……」


 ミレットが溢れ出すメメントモリの魔力を見て慄いている。

 確かに、人間相手、とりわけ山賊程度なら慢心ではなく本当に素手で十分だ。だが、目的は奴らを倒すことではない。


「いや、メメちゃんはそれ以外にも使えるんだよ。メメちゃん、あいつらの罪を見てくれ」


『うむ。承知し、いやまて。今なんと?』


「なんでもない。相棒、はやく」


『あ、ああ』


 剣の中央がガコンと開き、赤い目が現れる。対象の罪の記憶を見る力を発動している中、呆気に取られ動くことのできない盗賊達。さて、どうだろうか?



『ああ。盗賊らしきものは無いな』


「そうか」


 俺はメメントモリを地面に突き刺すと、体に魔力を纏わせる。


「よし、久々の体術だ。かかってこい」


 俺は状況が読めていないミレットとリステルを置いて走り出すと、山賊達に飛びかかった。




 _____勝負、といっても一方的な蹂躙はものの数秒で片付いた。

 蹴りで2人、手刀で4人、拳で意識を刈り取ったのが3人、そして。


「ゲホッ、や、やめてくれ!」


 俺に手足の関節を外された上で掴まれている奴が1人だ。今は痛みをなくす魔法をかけてやっている。そう、今は。


「さて、お前達は本当に盗賊か?」


「ひっ!?あ、ああ!そうだ!泣く子も黙る白狼盗賊団だ!」


 睨むとやはりビビりはするものの頑張って睨み返そうとしてくる白狼盗賊団(仮)

 俺はその名前を聞いて、一応尋問してみることに決めた。


「ほう?ではお前は白狼盗賊団だと言うんだな?」


 そう言いながらほんの少し、鎮痛の魔法を弱める。


「ああ!そう、がっ!?」


 結構な痛みが襲い始めているだろうが、まだ見栄を張るほど余裕はあるようなので加減はしない。


「白狼盗賊団、彼らの悪名はよく知っているよ」

 

「だ、だろう!?であればとっとと失せな!仲間がここに大群で押し寄せるぜぇ!?」


 悪名高き盗賊達は確かにこの北の大地で育った。次第に勢力を拡大し、数100人以上の規模となったそれらはこの大陸の王家の手を焼かせ、3年前についにその魔の手をセブレス大陸に伸ばそうとしたことがある。洋上の船上でみんな死んだが。

 

なぜそんなことを知っているのか、といえばまあ。


「なるほど?だが俺が聞いたところによれば、少し前にセブレス大陸の王立特務機関が盗賊団全員の首を刎ねたそうだぞ。生き残りがいたら、抹殺せよとのおふれも出ているとか」


「……えっ?」


「本当にお前たちが白狼盗賊団なら見逃すわけにはいかないな……?」


 徐々に鎮痛の魔法を解いてやる。


「いや、ちが!?違うんだ!俺たちは頼まれただけで!?盗賊団なんかじゃあ!?がああああ!」


 ついに白状した男の悲鳴が、遺跡の前に轟いたのだった。



「ぐす。ひでぇよお」


「兄ちゃん、大丈夫け?」


「だからいったのに。なんかやばそうだって。毎回あの台詞いうのもなんか恥ずかしいし、もうやめんべさ」


 ゾロゾロと目を覚まし、俺たちの前に正座した彼ら。聞いてみると、色々目立っていた3人を筆頭に遺跡の保護を頼まれていたそうな。

 目立っていた3人は三つ子のようで、同じ顔をしている。先ほど関節を外した奴は一番上の兄らしい。

 

「あの、えと。皆さん頼まれたって。誰に?」


 リステルが質問するが、3人は首を振る。後ろの連中も思案顔だ。


「それが顔は思い出せねえんだ。追い払うといつのまにか報酬が貰えててよ。危険になっても叫べばまろちゃんが助けに来てくれるし」


「まろちゃん?」


「魔狼のまろちゃんだ。もふもふしてんだよなぁ。でも最近は他につぇぇ魔獣もうろついてるもんで、ここまで来る人が減っててよ。何人か怖い思いもしてる」


「だからもう辞めさせてもらうべなんて話をしてたらぁ、あんさんらがきたってわけよ。あんちゃんが言うように今時、腰蓑に斧って恥ずかしいしな」


「あん?おい、ワシのセンスにケチつけんのか?ヤッタンゾ!?」


「んだ。こげなもん年頃の男の格好じゃねぇ!ヤッタンゾ!?」


「いだっ!?同じ顔だからって何間違えてワシも殴んべさ!?ヤッタンゾ!?」


 勝手にヒートアップしながら騒ぎ出す3人を、周りが止めたりしている中、俺は1人呟く。


「魔狼……」


 恐らく、最初にリステルが言っていた飼い慣らされた魔獣というやつだろう。

 

(噂と違って彼らが飼い慣らしたわけではなく、他の飼い主がなんらかの目的でこの遺跡に誰も近づけないようにしている?)


と、そんな思案をする俺をよそに、リステルが口を開いた。


「あの、皆さんの事情はわかりました。でも、調査させていただくわけにはいきませんか?決して荒らしたりはしないですし、何か持ち帰ったりしないので……」


 リステルがぺこりと頭を下げ、真剣な瞳で願う。それは、とても真摯な姿で。

 それを見た10数人はしばし会議をした後、こう告げた。


「すかたなぇ。どのみち俺たちじゃオメェさんらを止められねえしな?でも、壊したりすんなよ!」




 それから、許可を貰った俺たちは早速調査を開始した。

 遺跡の周りをぐるりと周りつつ、遺跡の様子を絵に描いたり、落ちている物を片端から鑑定魔法にかけたりしたが。特に発見はなく。

 中に入る方法や、紙面の古代文字のヒントなどがないか?と探したがそれもなく。

 分かったことといえば、この遺跡は上からは四角に見え、横からは大きい三角形に見える事ぐらいだ。



「やっぱり、すぐには見つかりませんよねぇ」


 それでもめげずに歩き回り、探し回ったものの。これといって有力な手がかりがないままとっぷりと日が暮れた。

 このままでは魔狼以外の魔獣が出てくるということで、盗賊団の皆さんは早々に引き上げて行ったのだが。


「頑張るなぁ、あんたら」


 三兄弟だけは残っていたのだった。


「なんかすみません、私達のこと見張ってないと怒られちゃいますもんね?」


 ポンチョから溢れ出る申し訳なさを見たのか、三兄弟は慌てて首を振る。


「いやいや!オメェらを疑ってるわけでなくて。もしも魔狼とあんさんらがでくわしたら大変だと思ってな」


「んだ。ワシらはよく魔狼と遊んでるから怒られないかもしれんが」


 月明かりが照らし始める中、朗らかに笑う三兄弟。


「んだんだ。ポンチョの人、気にするな。って、そういえば。まだ自己紹介しとらんかったの。ワシらの名は……」


 自分を指差しながらそこまで言って、急に顔色を変えた1人が、俺たちの後ろを見上げ始めた。


「な、なあ。あれ、見んべ」


 背後の遺跡から、月明かりに照らされて影が伸びた。

 その影の主は遺跡の頂上に立ちこちらを見下ろす、白銀の魔狼だった。

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