第二話 遺跡ちょうさの話 前編

 俺たちは報告を終えた後、リステルの話を聞く為にギルドのテーブル席に座に着く。

 さて話を、と思った矢先リステルが何やらポンチョの中を漁り始めた。


「えと、まずはこれと、これ。あとはこれです」


 そう言いながらリステルが取り出したのはまあ、出るわ出るわの資料の山で。


 バラバラとテーブルを埋めていく紙片の一枚を手に取り、読んでみるのだが。


「ん?なんだこれ?」


 上から下まで古代言語のようなもので埋め尽くされている。間違いなく今使われている文字ではない。

 更には一見ボロボロに見えるが物の時間を停止させる高度な魔法がかけられている。よほど大切にされてきた紙なのは確かだった。


「リステル?これは……?」


「ここから南方。先ほど助けていただいた森を更に超えると、スノーエルフの古代遺跡があるのですが。そこを開ける鍵を見つけるための暗号だといわれています」


「暗号……」


 これをどうしろというのだろうか。ヘリアスやキルトがいれば分かるかもしれないが、二人とも王都である。

 連絡魔法で連絡を取ることはできるが、飛び出してきた手前なんか怖い。


「ええと、これを解読したいって事なのね?」


「はい」


 力強く頷くリステル。とはいえ、どうしたものか?そう考えていると。


「難しい顔をされてますな」


「あ、ギルバさん」


 丁度通りがかったスノーエルフの男性、名はギルバ。彼はこの街の受付さんだ。

 眼鏡をかけた好青年。に見えるくらいずいぶん若く見えるが、齢200年近くを生きている。不老なだけで歳よりです、なんて笑っていた。


「どうされました?」


「これ読めたりします?」


 ミレットとリステルが見守る中、俺はギルバさんに紙片の一枚を手渡す。

 だが、リステルはどこか諦めた表情を浮かべていた。


「……申し訳ない。なにか書いてあるのですかな?なにぶん老眼ゆえ」


「「え!?」」


 俺とミレットが目を合わせる中、リステルが口を開く。


「すみません。実はちょっと特殊なインクで書いてありまして」



 どうやら、スノーエルフの古代遺跡でありながらスノーエルフには読めないように作られた紙らしく、リステルはため息をついた。


「まあ、そんなわけでして」


「いや、そんなわけでしてと言われても。すまないが俺たちも読めないぞ?」


「ええ。力になってあげたいけど……」


 しょぼくれるリステルに声をかける。その様を見ていると力になってやりたいが、流石にこれは、と思っていると。


「あ、言葉足らずですみません。お二人には解読ではなく同行をお願いしたいのです」


 ここまで、と地図を指差した場所。

 それは、彼女の言うスノーエルフの古代遺跡だった。


「ここまでは長い旅になります。往路で3日かかるうえ、遺跡の近くには高位の魔獣やら盗賊やらが出るんです。私だけでは近づく事すらできず。でもお二人がいてくだされば、きっと初めての現地調査ができます!」


 宜しくお願いします!と頭を下げたリステルを見て、ミレットと二人、頷いたのだった。





「準備があるのでぇぇぇ!」


 と、遠ざかっていく声を聞きながら、俺とミレットは肩をすくめた。

 同行することを決めたところ、ポンチョから覗いている瞳が喜色満面といったふうに輝きだし、元気いっぱいに走り去っていったからだ。


「まあ、初めての現地調査って言ってたもんね」


「喜びもひとしお、か。さて、こっちはどうする?」


 遺跡を目指すのは明日の朝からと決めたため、今日はもうフリーだ。出かける準備もこの大陸の別荘では常にするようにしたため必要ない。


「うーん。この大陸に来た時みたいにその、別荘でまったり、とか?」


「……あー、悪くは、ないな」


「そ、そう?じゃあ、帰りましょ!」


 王都を飛び出しこの大陸に着いた後、3日ほど過ごした怠惰な日々を思い出す。

 常に動いていないと落ち着かないとはいえ、騒動から遠く離れた地に着けば自然と心が緩むもののようで。

 気が抜けた、という感覚を初めて知ったかもしれない。


(それに幾ら城だと2人になれなかったからってな。なんか、人としてダメになりそうだ)


 その3日間過ごす中でしていたことが思い起こされ、なんとなく手を繋ぎながら別荘を目指す。

 まっさらな雪景色の中、2人わかるくらい顔が赤くなっていたのだった。



 次の日____


「お待たせしました!」


 早朝、ギルド前に集合していた俺たちの前に現れたのは、ポンチョに大きなカバンを背負って現れたリステルだった。

 それはもはやカバンが本体といういでたちであり、とんでもない大荷物である。


「じゃあ、いくか」

 

 対して俺とミレットはカバン1つずつに最低限の衣類が入っているだけだ。

 だが、ここは雪国。普通の人から見たらこんな装備で旅立つのは命知らずか大馬鹿にしか見えないだろう。それ故、リステルも大慌てで俺たちに詰め寄る。


「って、お二人とも荷物少ないですね!?キャンプとかすることになりますよ!?ご飯とかどうするんですか!!」


 と、予想通りの物で少し笑ってしまう。

 リステルがわたわたと慌てているが、ミレットがそれを諌めた。


「私達は大丈夫よ。それと、リステルは自分の荷物を守ることを考えていてくれればいいわ。大事な書類や、多分研究道具が入ってるんでしょ?」


「で、でも、雪の中でお二人が飢えないかと心配で……」


 彼女は雪の国で育ったからこそ、雪の怖さをよく知り、心配してくれているのだろう。


「ありがとう、リステル。でも、今回の旅はそんなに時間はかからないから、大丈夫だ。何かあればすぐ帰ってくればいい」


 そう言って俺は歩き始めた。


 それは無理です!とか、往路3日です!とかレクナロリア正門に向けて歩く俺たちの背中に声がかかるが。


「早く来いよ。リステルが見たかった景色はもうすぐそこまで来てるぞ」






「こんな景色が見たかったわけじゃないんです!ごめんなさい、高いところ苦手で!てか、ほんとにおろしてぇぇ!」


 椅子にしがみついたまま悲鳴を上げるリステル。

 俺達は昨日の夜にナイチンゲールを召喚することを決めた。隠れる必要もない単なる調査という事であれば、そのまま乗りつけても構わないだろうと思ったのだ。


「あー、私もあんなだったのかしら?」


 ミレットがリステルをみて苦笑いしているが、まあ。


「そうだな。ここは一つ、リステルにナイチンゲールの先輩として落ち着く方法を教えてやってくれ」


 俺がそう言うと、ミレットは暫し思案したのち、俺のそばで囁いた。


「これで魔王と戦えば慣れる。かしらね?」






「リステル?おい、リステル。あれか?」


 レクナロリアを飛び発って15分弱。空から見ると意外と広大だったあの森を抜けた。

 さらにそこから進んだ場所には石造の遺跡群が見え始め、その中には一際目立つ大きな遺跡がある。

 正方形を積み重ねつつ、絶妙なズレかたで構成されているという妙な作りだ。

 真上から見ると、真ん中が尖った四角形に見える。


「うぇー?え。あ、はい!ここ、ここです!」


 すごい!と叫びながら恐怖も忘れて興奮するリステル。

 俺はナイチンゲールを降ろせる場所に降ろすことにした。


 グングンと降下していくナイチンゲール。窓からは大きくなりつつある遺跡が見え、リステルの興奮のボルテージは最高潮といった所だ。


「これで!これで。私の夢が一歩……」


 青い瞳を閉じ、なんだか胸の前で祈るようなリステル。それを横目で見ながら、俺たちは遺跡の前に降り立ったのだった。

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