雪花と約束
第一話 序章 きたのくにの話
油断していた。
完全に油断していた。
「我が言に従え!ファイヤボルト!」
炎の矢が三つ高速で氷上を駆け抜け、アイスウルフを仕留める。
(これで残り三匹。あとはあのでかい奴。アイスガルムなんて。なんでこんなところに!)
私は氷の森を走り抜ける。
簡単な依頼の筈だった。雪原に咲く氷の花を行事で使いたいからできるだけ沢山とってきてほしいという簡単な依頼。
この辺はブロンズランクでも採取依頼が遂行しやすい地帯であり、正直雪の花なんてその辺に沢山生えている。
だからついでに、氷雪根という薬になる素材も集めて帰って売り捌こうとしたのが運の尽き。
氷雪根は雪原を掘っていると見つかるのだが、アイスウルフと出くわした。
一体は仕留めたのだが、その臭いで仲間が徐々に増え。
更にはこの辺には出ないはずのアイスガルムが出てくるという異常事態が発生。
ゴールドランク帯が相手にするような相手であり、倒すことは不可能。街まで急いで戻ろうにも、俊敏な動きで追い込まれ徐々にルートが固定されていき。
「ぜぇ、ぜぇ」
獣の咆哮と、唸り声。ずしりとした足音が目の前に現れる。
完全に囲まれており、逃げ場はどこにも無くなっていた。
背後には背丈よりは高い壁。登ればまだ逃げられそうだが、多分背中を向けた瞬間にぶすりだろう。
「……」
思案する。どれだけ絶望的でも、思案する。
でもやっぱり、いくら考えてもこの状況を抜け出す手段なんて見つからなくて。
「ふぅ、よし」
とはいえ息を整えたところで。手足は震えて持っていた狩猟用のナイフもろくに持てない。
魔法はあと二発が限度。
私はブロンズランクにしては魔法を撃てる方だが、精度は二発撃って一体仕留められるかどうかといったところだ。
「にがしては、くれないよね」
私は必死に息を整え、目眩がする足を必死に立たせる。
にじり寄ってくる獣たち。数分後には私の肉体はバラバラに食いちぎられるだろう。
「でも、どっちみち死ぬのなら!」
逃げて背中から痛い思いするのか、抵抗して必死に抗って痛い思いをするのか。
私は、後者を選びたかった。
「かかってこい!畜生ども!」
私は精一杯の虚勢をはって、小型魔獣どもを迎え撃つ!筈だった。
「え……?」
ジリジリと引いていく魔獣たち。
アイスガルムすら、ジリジリと何かを恐れるように下がりはじめる。
不思議に思いつつ、警戒だけは緩めないで構えていると。
「参ったな。道を間違えたか?」
なんて、呑気な声が聞こえた。
「大丈夫よ、ここを抜ければ出るわ。でも、あの吊り橋渡った方が早かったでしょ?」
続いて、鈴の鳴るような女性の声。
「いやぁ、あの吊り橋はダメだろ。……ん?」
雪と草木を掻き分けて現れた、黒いコートを着た二人組となんとなしに、目が合った。
「た、すけて……」
私が思わず呟やいた瞬間。アイスガルムを筆頭に二人組に対して凄まじい勢いで吠え始めた。それを見た男性の方が、女性に対して何か合図をしている。
頷いた女性を置いて、しんしんと降り頻る雪の中、黒いコートの男は歩いてくる。
ゆっくりと、まるで散歩のように。
それに対して、さらにジリジリと下がっていく魔獣たち。
「魔獣を引き受けるにしても、まぁたカッコつけて。って、その自覚はないのよね。貴女はこっちにきてなさい」
女性に手を引かれ、伏せる。
「あ、あの!?」
あの人は一人であれだけの前にたったが、大丈夫なのか?
そう聞こうとした言葉は、最後まで出ることはなかった。
死を間近に感じるような、そんな凄まじい魔力が放出されたからだ。
「……っ!?」
私はゾッとして、そっちを見ないようにして必死に目をつむる。
「終わったぞ」
「はいはい、お疲れさま」
だが、一瞬の後にそんなことがなかったかのような呑気なやりとりが聞こえて。
私が恐る恐る目を開けると、男性の前は血の海になっていた。
エグゼキューション・クライシス!
〜最強の処刑人、死刑制度廃止につきクビになったので暇つぶしに人助けします〜
第二章 雪花と約束
俺とミレットは通りがけに助けた女性を保護した後、少し歩いた先の洞窟で休む事にした。とりあえず、獣よけの結界を張って一息つく。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、ございます……」
マジック瓶といわれる保存容器に入れたお手製のスープを手渡された女性は、寒さからか震える手でそれを受け取りつつ、飲み始めた。
______ナイチンゲールでこの大陸に来て一週間。この大陸でも魔獣が活発に暴れており、俺たちの仕事は多忙であった。
今回受けた依頼はアイスウルフ、およびアイスガルムの討伐依頼。農作物だけでなく家畜を荒らしていく頻度が増え、最近では出没しないエリアにまで出現し始めたということだった為出向いたのだが。
「ごめんね。レイが道を間違えちゃって。結果オーライだったみたいだけど」
「あのな、間違えたんじゃない。あんな吊り橋渡れるか」
断崖絶壁を綱渡りした方がまだマシであろう吊り橋がかけられており、そこを普通に通ろうとしたミレットを引き連れてルートを迂回したのだ。
「大丈夫よ。あの橋はヤドリギヅナで出来てるから、そう簡単には切れないわ」
ミレットが子供の頃、この辺に別荘を建てる計画があったとかで暫く過ごしたらしい。吊り橋の事もよく知っているそうなのだが。
「だからといってあれはダメだ。落下のリスクもある」
「あら、レイにしては慎重ね?」
そんな目を見開いて驚いてるが、コイツは何を言っているんだ?
「一人ならともかく、嫁さんを連れてあんな所渡れる奴がいるならここに連れてこい。そっ首刎ねてやるから」
「……えっ?あ、そっか。心配してくれたんだ」
俺が肯定を示すと、そっかと呟いたまま縮こまってしまった。
俺は反省したであろうミレットを尻目に、助けた女性に話題を振ってみる事にしたのだが。
「それで、君は……」
話しかけようとすると、まだスープは残っているにも関わらず女性は呟いた。
「なんか、ご馳走様です」
「あんな魔獣が出たのにはそういう事情があったんですねぇ」
サクサクと音を立てながら雪の中を進みつつ、俺たちは街を目指していた。
彼女の名前はリステル。
体全身を覆うような雪のように白いポンチョを羽織っている。雪除けのフードの隙間から青い瞳が見える以外、女性だという以外何もわからない。
ブロンズランクのギルドメンバーであり、2年ほど経験は積んでいるが基本は採取などの依頼で生計を立てているらしい。討伐などは仲間がいないと絶対にしないとか。
「ああ、結構話題になってたようだが、知らなかったのか?」
「いやあ、あはは……」
情報を全く見ていなかったと照れたように笑うリステルだが。
一応忠告くらいしておくかと俺が口を開こうとした時、ミレットが先に口を開いた。
「それはダメよ。今回はたまたま助かっただけ。情報はいち早く仕入れて吟味する癖をつけないと命が持たないわよ?」
「うぐ、すみません」
しょんぼりしてしまうリステル。意外とメンタルが弱いようだ。
「でもでも、さっきはすごかったですね!何をしたんですか!?」
と思ったら途端に元気になった。全く、忠告が届いたのか届いていないのか。
俺は質問に対して、反省してもらおうという意味も込め、とりあえずこう返すことにした。
「秘密だ。情報を読めるようになればわかるかもな?」
さて、しょぼくれたリステルを連れて無事に到着したのは、北の大地の王都。【レクナロリア】というドワーフの工芸品溢れる都である。
工芸品以外にもドワーフの酔い倒れはこの街の景観の一部らしく、常に見渡すと誰かしらが倒れているようだ。ここを出た時に倒れていた者とは違う者かが熟睡しているのが見える。
街中をすれ違うスノーエルフは舞っている雪で氷像を作って遊んでいたり、この寒空の下、喫茶店のテラス席で優雅にお茶を飲む姿も見えた。
一番おとなしいのは俺たち人間のようだ。雪景色を楽しみながらスノーエルフとお茶を飲んだり、ドワーフの介抱をしている者がいたり。
そんな三者三様の景観を通り抜け、この都市のギルドの扉をくぐり、仕事の完了報告のためにプラチナランクのカードを出したのだが。
「本物だぁ……」
と、横から覗くリステルが興味津々である。
「これ、やっぱりそんなに珍しいのか?」
「はい。実在するんだと驚きました……」
タハハと笑う彼女は、街中でもポンチョを脱ごうとしないようだ。
「まあ、プラチナランクは前も言ったとおり、ギルドの最高位よ。もっと自覚しなさいな」
俺の腰のナイフを見ながらそう言うミレット。恐らくはバブイルと二つの意味を込めているのだろう。
「……ああ、わかったよ。じゃあ、リステル、俺たちが言った事を忘れるなよ?」
そう言って二人、リステルから離れようとしたのだが。
「あ、あの!」
急にリステルにミレットと二人、手を掴まれた。ミレットだけつんのめり、あわや転倒するという所で踏みとどまった。
「な、なによ!?」
真っ赤な顔をして怒鳴るミレット、しかし、リステルは真剣な表情だ。
「お二人に仕事の依頼をさせてください!!」
_____そう言って彼女が取り出した、古ぼけた一枚の紙片。
この時の依頼が後に、雪花事件と呼ばれる騒動の幕開けとは。この時は思いもしなかった。
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