エピローグ あれからの話

「あれから。もう一週間か……」


「そうねぇ」


 あれから、もう一週間。王の計画、というより邪悪な者の企みは明るみに出た。

 魔王のいう通り、次の日には城の騎士達や給仕たちは無事に戻ってきたというのは驚いたが。


(そして、ラルティも……)

 

 今は療養中ではあるが、そのうち目を覚ますだろう事は魔力の反応により確かだという。


 ちなみに、リセスの兄である現王は王城の地下から遺体で発見された。

 この国の慣習に基づき、死したのちリンスと名をつけられ、今は王墓に眠っている。


 魔力の残滓から、恐らくは鼈甲の針が行った犯行ではないかという結論が出たものの、玉座の間のセキュリティをどう突破したのか?という点で結論は保留となった。勿論魔王が噛んでる可能性が高いが、今となっては答えはわからない。

  

 とはいえ、王立特務機関が王を守れなかったという失態は他国への弱みを見せることになるとして、真実は隠蔽する事になったという。



「まあ、それが一番いいしな。人々を余計に混乱させるよりは遥かに」


「ええ。それに、壊滅した王城の復興もすごい速度で進んでるしね」


 魔王が倒れた次の日の昼頃。吹き飛んだ玉座の間でリセスは国民に向けてメッセージを発した。


『_____そして、魔王の計画に気がついた兄は、その計画を打ち砕くため戦い抜いたのです。皆様、この若輩たる私にお力をお貸し下さいませ……!』


 堂々たる演説をしたリセスの姿に心を打たれる国民が多く。

 今ではリンスの意思を継ぐ王女として支持され始めている。急速な復興の一因はそうした所にもあるだろう。



 ここまでは良かった良かった、で済む話。



「で。なんで私達は王都を出られないのかしらねぇ」


「そうだなぁ」


 

 復興しつつある王城の客室に、おれたちは軟禁されていた。

 軟禁といっても王都から出られない以外は普通に出歩けるので、プチ軟禁状態だ。

 

 今はやることもないのでなんとなく部屋のバルコニーから外を眺めている。


 あの夜を超え、リセスの演説が終わった次の日の朝。

 

「重要参考人としてきてもらうよぉ」

「王女の署名もあります。きてもらいましょう!」


「「は?」」


 俺たちは一般人だから。あと頼むわー!と、ライトスの別荘に逃げ、ではない。帰宅していた俺たちの前に、黒ずくめの服装にサングラスをかけた2人がやってきた。


「2人だけ、逃げられるなんて思わないでくださいねぇ?」


 なんて。かなりやつれた様子のキルトの迫力に負け、王城にきてみれば。


「お願いです。バブイルに戻ってください」


「断る」


「そんな、ひどい!お願いです、バブイルに戻ってください」


「断る」


「そんな、ひど_______」


 だいぶ簡略化したものの、そんなやりとりを超え。


「ミレット!ミレットオオぉ!」


 ディスガルグ公爵が客間にやってきてミレットを抱きしめて涙したりした。そりゃ父親だからな。心配だったろう。

 ちなみに、裏で王女達一派を匿っていた場所の用意は公爵が手を回していたらしく、リセス達が後からそれを知った時は涙して感謝していた。全く、頼れるお義父さんだ。


 引き続きミレットを頼むと言われた俺が柄にもなく照れているとき、俺の後ろを見てなぜか青い顔をした公爵が逃げていったのは一体なんだったのか。



「「はぁ」」

 

 二人、なんとなくため息をつく。空は吹き抜けるような晴天。こんな天気の日はミレット手製の弁当を持ってピクニックにでも、と思うくらいには休みを楽しめるようになったのだが。

 王都から出ようとするとゾロゾロと騎士の方々が近づいてきたりする。

 振り払うことはできるが、怯えながらジリジリ距離を詰めて来るのを見ていると心が痛むためできないでいた。



「なんか、戻るまで逃しませんて感じよねぇ」


「だよなあ……」


 二人、またため息をつく。


 ちなみにピクニックといえば、最近キルトの様子がおかしい。手作りサンドイッチ持ってきたから食べてほしいとか、篭ってないでデートに行きましょうとか。

 ミレットにばかり構わないでほしいとか。気持ちをストレートに言われるようになったのだ。自意識過剰なのだろうが、ただ歳上の知り合いに甘えてきているのとは何かが違うような気がする。

 

(まあ、結局は自意識過剰なんだろうけどな……)


「……少しマシになっても、その様子じゃまだ時間がかかりそうね」


「あらヘリアス、どしたの?」


 客間にノックもせず入って来るヘリアス。あの時頼んだのは、北の地に向かうガドベスとソルドを足止めしてくれ、ということだった。

 近辺の住人の話ではヒュドラと戦槌のぶつかり合う凄まじい炸裂音が響き渡っていたとか。


「執行者に少し用があって。あと、リシェラはどこいったか知らない?」


「リシェラ?見てないわよ」


「そう。仕方ない子ね……」


 【鼈甲の針のリシェラ】


 彼女は、記憶を失ったらしい。ガドベス達を足止めする際に強く頭を打ったとかで、中に居たヘリアスが記憶の喪失を確認したそうだ。

 そのため、今では王城の給仕として監視下に置きつつ雇っている状況となる。


「なにか面倒ごと起こしてなきゃいいがな……」


「大丈夫よ。対認識阻害の魔法糸を編み上げてアリエスにあげたから」


 万が一に備え、ヘリアスはアリアドネの糸を強化してくれたらしい。これで鼈甲の針の侵入は以前と比べ遥かに難しくなったという。


「じゃあ、行きましょうか」


「ああ。すまん、ミレット。行ってくる」


「ん?ああね。行ってらっしゃい」


 ミレットに2人見送られ、玉座の間へ。






 半壊し、吹き飛んだ玉座の間。決戦の余波で空間的に捩れているところが出来たらしく、1人での立ち入りが許されぬ空間となっていた。


「さて、魔王様。こちらを」


 魔王が倒れていた所に花を手向けたヘリアスは、俺に向き直る。


「執行者が言っていた魔王様の最後の言葉。それをようやく受け入れられたわ」


「……ああ」


 ヘリアスは昔、魔王を守ることができなかった。さらに今回も、偽物かは分からないが魔王を俺に葬られている。


 にも関わらず、魔王が最後に放ったよくやったという言葉をヘリアスは受け止めきれなかったようで。暫し引きこもっていた。


「……多分、あなたの心を見る限り、本物でしょうね。肉体は何かに甦らせられたものだったかもしれないけれど」


 花を撫でつつ、愛おしいものを見るようなヘリアス。


「「……」」


 お互い無言で、なんとなく見つめ合う。

 かつては敵同士であり、今は、なんだろう?


(仲間、は失礼か?なんだ、友人?)


 今回、色々手を貸してくれたヘリアスのよるべない姿を見て、なんとなく声をかけたいものの。関係性が不透明な為なんとなく尻込んでしまう。


「執行者」


 あーでもないこーでもないと思案していると、見かねた様子でヘリアスが口を開く。更に手を差し出して、こう言った。


「とりあえず、お友達から始めましょ?」




「あ!居ましたね!ヘリアスさん!今日コレから非番なんですけど!」


 玉座の間から出ると、リシェラがメイド服で走ってくる。


「あら、こっちこそ探してたのよ。城下町のスイーツ屋さんでしょ?」


「はい!って、レイさん。も、行きます?」


「いや、俺はいいよ」


 あの一件があってからか、記憶のないリシェラは俺を見て震えるようになっている。そんな反応されてたら行けるかっての。


「そうですか!なら行きましょ!早く!ヘリアスさん!」

「え、ええ。執行者、また夕ご飯の時に」


 2人が去っていくのを見送ってから、俺は踵を返すのだった。




「よう、キルト。ガドベスにリガルグもお揃いで」


「あ、レイ!」


「レイ!ほら、お主も加われ!」


 なんとなく足を運んだバブイル専用の談話室。俺は罷免されているものの顔パスらしく、普通に通してもらえた。

 そこで3人が真剣な顔をして話し合っているのを見つけた為、つい声をかけてしまったのだが。


「そんな真剣な顔してなにやってんだ?」


「ん、自分達、今回は君におんぶに抱っこだったからね。少し気を引き締めようって話になったのさ。ソルドなんて減らず口は相変わらずだけど、君への感謝の言葉しか出てなかったよ?」


「リガルグ、言ってやるな。本人が聞いたら刺されるぞ……?」


「そうですよ。ただでさえリガルグ嫌われてるのに。ほんと、殺されますよ?」


 確かに、ソルドは天邪鬼だ。今のは聞かなかったことにしといてやろう、と思った時。


「大丈夫だって。あの子は今北の大陸を目指してるからね」


 と、意外な発言が飛び出た。


「北?」


「うん。北の大陸の王家から、今回の魔王騒動の件でバブイルの見解を聞きたいって話が出たみたいでね。ソルドが


 椅子にもたれるように、はぁと息をつくリガルグ。


「ん?逃げた?何から?」


「よくぞ聞いてくれました。コレ見て。自分が仕入れたシークレット情報なんだけどね?実は明日から______」






 俺は扉を蹴破る勢いで客間に入り、ミレットに詰め寄る。


「ミレットォ!」


「きゃっ!?何よ!?急に!」


「他の大陸に別荘はあるか?!」


「え!?ええ。あるけど?」


「その中で一番王都の影響が及ばないのは?」


「えぇ!?えと。多分、北の大陸だけど。どうしきゃっ!?」


 俺はミレットの手を引いて。途中から焦ったくてお姫様抱っこをして廊下を駆け抜け。

 多くの騎士や給仕が驚く中、城の中庭に飛び出た。


「ちょっと、説明して!?何があったの!?」


「これ見ろ、これ!」


 赤い顔をして怒鳴るミレットを下ろし、俺は一枚の紙をミレットに手渡す。


「んん?なになに。明日より王立特務機関の再編を行う。新メンバーとしてシンサキ夫妻を抜擢。死刑執行制度の廃止はそのままに。うんたらかんたら?えーと、継承した王命を以て任ずる為拒否権はなく?」


 なにこれ???という表情が似合う表情を浮かべるミレットの手を引き、ナイチンゲールを呼び出して乗り込む。


「王命だろうがなんだろうが、俺は今の生活が気に入ってんだ。もう戻る気はねえよ」


 ナイチンゲールが浮上し始める中。駆け寄ってくる数人の影。


「レイさん!」


 何人かの侍従とバブイルメンバーを引き連れやってきたリセス。慌てふためくキルト、ウィンクするリガルグ、そして、手を振るガドベスが見えた。

 俺はそれらに手を振りつつ、ナイチンゲールの高度をあげる。


「北の国へ新婚旅行だな。物騒な案件で行くよりは遥かにいいだろ?」


「うえっ!?」


 一瞬真っ赤になったミレットだが、俺の目を見て力強く頷いた。


「……ええ。そうね!」


 とりあえずはほとぼりが冷めるまで。


 俺はナイチンゲールが加速していくのを感じながら、王都を見下ろし呟いたのだった。


「またな!」





 


「絶対逃がしませんからね!!」



 天に向かって叫ぶ王女の声は、中庭に、城中に響き渡ったそうだが。それはまた、別の話。


 エグゼキューション・クライシス!

 〜最強の処刑人、死刑制度廃止につきクビになったので暇つぶしに人助けします〜


 一章 終

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