26.5話 飛び立つすこしまえのはなし 

「暇ね」


 グイッと伸びをしたミレットが呟いた。


 ここは王城グランマキアの客室。最高級のベット、最高級の眺め、最高級の待遇を受けられる所謂スイートルームである。

 本来は他国の王様や姫様を招く部屋であり、執行者のころ来賓の警護で幾度となく出入りした部屋だ。


「そういえばレイ、グランマキアって変なつくりらしいわね」


「というと?」


 ミレットはペンと用紙を取り出し、何かを書き始めた。四角いものが何個か積み上がったそれは、なんだろう。


「串刺しの肉?」


「城よ!城!ここの見取り図!仕事じゃないんだからこんなもんでいいでしょ!?」


 顔を真っ赤にしてガーッと吠えるミレット。いつもは魔法で立体的な見取り図を作成している為、ミレットの画力はつまり……?


「へぇ?何か言いたそうね?」


「おい、ペンを逆手に持って何する気だ。てか、何がおかしいんだよ?」


 話が進まない為、慌てて先を促す。


「ちっ、まあいいわ。この城の作りが妙だっていうのはね……」


 グランマキアの作りは5階の中央に神の門と玉座の間だけがあり、4階が客室、4階中央のホールに謁見の間。3階に食堂などがある。

 1階と2階から繋がる連絡路から2つのパレスに繋がっており、2階から繋がる方がバブイル、1階から繋がる方が一般兵士の詰め所という作りだ。


「言われてみると妙な作りかもな。パレスも大きいのを一つ作って階層を分ければよかったに」


 兵員数の多い方が1階の方がいいから、2階がバブイルメンバー用とか。


「それは特務機関だから専用の建物を設けたんでしょ。他国へのアピールもあるわよ。バブイルを疎かにしてたら呆れられるわ」


「そんなもんかね」


「レイの認識がおかしいのよ。他国からは畏敬の対象なのよ?」


 しかし、問題はそこではないとミレットが言う。


「5階の玉座の間よ。謁見の間だけでいいのにっていうこと言われてね。確かにそうだと思って」


「ん?ああ、なるほど。そっちか」


 そう。グランマキアは俺と魔王が吹き飛ばした玉座の間に普段王がいて、謁見の申し出があれば謁見の間に降りてきて対応する。

 玉座の間はその堅牢なセキュリティからバブイルに特務を与える場所だったり、そのまま暮らせるように生活スペースがあったりする。


「なんか、コレじゃまるで」


「王を出られなくしてるみたい、か?」


「え、ええ。そう」


 玉座の間から出て、わざわざ降りないと謁見の間に至ることは出来ず。

 食事も何もかもが玉座の間で完結するようになっているわけだ。


「まあ、王は人に在らず、だからな」


「……レイ?」


 昔聞いた俺の知る数少ない御伽話の一つ。その中のなんとも後味悪い話を思いつつ、俺はなんでもないと誤魔化したのだった。




「デートに行きましょう」


「おう、いきなりどうした?」


 ミレットに少し外を出歩いて来ることを告げ部屋をでた後。赤い髪の見慣れた顔に出くわした。


 先程までリセスの元で王城の完全復旧に向けて必要な人員などを計算していたというキルトは、顔がやつれ気味である。


「レイはいいですね。ミレットとスイートルームでまったりしてるだけじゃないですか」


「おう。だからライトスに戻って魔獣退治に行きたいんだが」


「それはダメですね」


「じゃあせめて俺が吹き飛ばしたんだから城の修繕とか」


「今回の功労者たる彼に、そんなことはさせられぬ!って銃士隊と騎士隊が躍起になってますよ?よかったですね!」


「なんで!?俺を働かせろよ……」


「働きたくてごねる人初めて見ました……」


 なぜ騎士たちが躍起なのか?それはリセスが行った演説には続きがあるからに他ならない。


『魔王の計画に気がついた兄は、その計画を打ち砕くため戦い抜いたのです。皆様、この若輩たる私にお力をお貸し下さいませ……!』


 そこまでは良かったのだが。


『そして、この国と兄の為に戦い、たった一人で魔王を打倒せしめた英雄に心からの感謝を!』


 などと発言したもんだからたまったものではない。かつては俺が色々辞退したのと、俺に単身で魔王を倒せる力があるという意味の持つ影響力を考慮した結果、表向きの歴史としては魔王はバブイルと騎士達の総力戦により斃れたという結果になった。

 騎士たちには緘口令がしかれ、万が一にも漏れぬように強制命令魔法まで使用して。

 


 今回はそうはいかなかったのだ。

 誰それがという明言は避けたものの、罷免された元執行者とその後輩が(周りから見たら)VIP待遇を受けていれば察しもつくのだろう。


「別に俺一人で倒したわけじゃねえよ。お前らがナイチンゲールで援護してくれなかったら城から落ちて終わりだったよ」


「かもしれませんが、倒したのはレイです。ナイチンゲールは誰のものです?私のグラナバスタリオンで魔王を倒せます?」


 とはいえ、俺だけが色々言われるのはなんか座りが悪いというか。そう伝えるとキルトは笑った。


「なら、今回が前回の分の賞賛という事で!」





 俺たちはなんとなく一階のメインホールを目指して歩いていた。

 ただその間にすれ違う騎士たちがみんな端で待機して礼をしてくるもんだから気恥ずかしくてたまらない。


「そういえば前回魔王を倒した際の緘口令、リセスが解くようですよ。だから態度も隠す必要がなくなったようです」


 今の扱いが貴方に対する評価なんですよ、とキルトが言ってくれるが。それは何か?昔の戦いの顛末も明るみに出るという事か?


「なぁ、本人の意思の確認は?」


「多分ないですね。レイが断るのは目に見えてますから」


「面倒だなぁ……」


 キルトは珍しくケラケラと笑いつつ、俺を見て告げる。


「それに、仮にも大国の王城がこんなになったら誤魔化せるものじゃないですよ?しかも、事件があれで終わりではないとすれば、尚更」


 魔王を蘇らせたか、作り上げた何者か。そんなことができる存在なんて想像もできない。しばし考えこみそうになる中、キルトは続けた。


「あと、他の大陸の王家からは直接何があったのかとか、これから何が起きるのかとか。その説明を求められているそうですよ?しかも、一人で倒したのは誰かというのも言及されているみたいです」


 本当になんだか面倒な事になっているようだが。俺は即答した。


「そっか。大変そうだな」


 何かあれば飛んでくるし、助けられるなら助けもするが。基本はもう関わりがない事だ。それ故に他人事のような態度を取る。


「……やっぱり、ここに戻る気はないですよね?」


「ないな。1ミリもない」


 リセスからは驚きの高待遇が提示され、断るたびにグレードアップしていく内容で再度迎え入れるとは言ってくれているが。問題は待遇ではないのだ。

 即答すると肩をすくめたキルトが俺の手を引き始めた。


「ん?なんだ?」


「だから、デートです。ミレットにばかり構わないでください」


「いや、構うも何もミレットは嫁さんだからな」


「私は妹分なんでしょう?かまわないでどうしますか」


 グイグイと引かれる手を掴みながら、仕方ないと肩を竦める。


「しゃあない。じゃあ遊びに行くか」


「はい。疲れた妹分のケアは大事です」


「じゃあ______」


「いいですね。では____」



 【妹分】


 俺の中でその扱いが今後揺れ動く事になるなんて。この時の俺は思いもしなかったのだった。


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