第二十五話 魔王降臨(中編)

「レイは大丈夫でしょうか……」


「そう、ね」



 彼が神の門を通って玉座に至ってから10数分。そこから音信不通になったため連絡を待っている状態だ。ミレットはいつ指示が来てもいいように構えているし、リガルグは珍しく真剣な顔をして思案している。


 現在は王城のどこを見ても人影、ひいては仮面の姿すらない状況であり、城下町に灯りはじめた灯りと反比例する状態であった。


「とはいえ、心配だねぇ。彼がここまで時間かかるなんて面倒ごとの予感がするよ」


「「……」」


 そうなのだ。シンサキレイという人間は、こうした状況を何度も何度も乗り越えてきた。

 そして。いつしか魔王すら倒した彼。それはとなったものの、確かな記憶として知る者たちの記憶には残されている。


「あ、そういえばキルトちゃん。アリエスちゃんはなんだって?」


「え、ええ。合流は状況判断待ちとの回答でした」


「王女様もいるもんねぇ。仕方ないか」


 さらっとだが、待っている間に鼈甲の針などの件やリセス王女のクーデターなどのあらましはリガルグにも話してある。



「なんにせよ、結局は彼頼みか。情けない話だよ、本当に」



 リガルグがそう呟いた時だった。私の感知にものすごい力の反応があったのは。


「玉座の間より高濃度の魔力の反応がっ!リガルグ、旋回をっ!」


「ミレットちゃん、砲撃の準備を」


「りょ、了解!!」


 リガルグが手綱を回しナイチンゲールが城から離れる。砲撃ができるように位置取りしながらの離脱ではあったものの、離れたのは正解だった。


 なぜかといえばその瞬間、玉座の間が吹き飛んだからだ。強大な魔力が天を突き空が裂けていく。


(危ない、少し遅れてたらナイチンゲールが……!)


 噴き上がる魔力の余波を受け冷や汗をかいていると、ミレットが叫んだ。


「あれは何!?」


 指差すその先、そこには。


「そんな、まさか。黒龍……?」


 現れたソレは厄災と、自らの存在を告げる咆哮を上げた。


 人々を見るだけで殺すとされる赤き瞳、豪壮なる爪と牙、雷を纏う捻れた大角。


 かつて魔王が使役したとされる、厄災を告げる翼。それが今ここに顕現していたのだ。


「ん、どうやら最悪の事態かな?これは……」


 リガルグが黒龍を睨みつけているが、ミレットはそれどころではなかったようだ。


「なに、あれ……?レイは?!レイはどこ行ったの!?」


 若干、半狂乱になりつつある彼女の肩に手を添え、目を見て話しかける。レイがやっていた声に魔力を乗せるあの方法だ。



「っ!!落ち着けったって……!」


 そう言いながらも段々と息を落ち着かせたミレット。私もまた、息をつく。


(レイが何百回も言っていましたね。戦場では取り乱したら命取り。私も、落ち着いて対処しないと……)


 とはいえ、精神に働きかける魔法は私ではどうにも上手くいかない、そんな感覚がある。


(逆に、レイはああした魔法をどれだけ使ってきたのか。どれだけ……)


 私はそう思いながらレイの探知に意識を向けると、若干だが彼の魔力が見えた。

 どうやら大きな魔力のせいで見えにくくなっているようだが、生きている。


「レイはまだ戦ってます!あそこ!黒龍の真下、玉座の間です!」


 2人を見回すように叫ぶ。

 それを聞いたミレットが冷静さを取り戻し、リガルグが笑うのが見えた。


「まったく、頼もしい限りだよっ!」


 手綱が回され、急旋回しながらレイに近づけるように動くナイチンゲール。

 凄まじい重力を感じながら、私たちの心は一つだった。ただ、無事でいて欲しいと。







『大丈夫か』


 メメントモリが心配の声を上げた。


「大丈夫だ。あのデタラメやろう……!」


 眼前には巨大な黒龍と、魔王と、その傍らに。


(くそ、ラルティ……!)


 メメントモリを呼びだし即座に能力を使用しようとした時、横から見慣れた槍が飛び出してきたのは悪夢としか言えなかった。


 ラルティは清廉な騎士であり、槍術の達人。キルトの兄弟子でもある高貴なる者。

 それが今や。鎧と魔物に肉体が侵食されたような、哀れな魔獣となっている。

 意思の灯らない顔つきで、虚な二つの目が俺を見ており、元々の戦闘力に魔獣の膂力が混ざってすらいた。


『なに、出鱈目加減は君ほどではないよ。この騎士がいなければ私はまた死んでいたろう』


「ギリグガ?ガグディアレ?ガ」


『そうか、そう言ってくれるか』


 魔王と、魔獣にされたラルティが何やら話しているが。


「……ラルティの体は返してもらうぞ」


 ただただ不快なそのやり取りを見て、俺は覚悟を決めた。

 どのみち、魔王と黒龍相手にこの状態でやりあえるとも思えないし、そこにラルティまで加われば敗北は必須。

 遅かれ早かれを使う羽目になっただろう。


「メメントモリ、アレを使う。そっち経由で開いてくれ」


『承知した』


 相棒の承認を得て、俺は詠唱を開始する。


バブイルよ開け!」


 途端、俺からも溢れ出る魔力の奔流。ナイチンゲールを呼び出して大きく消耗した分で出力が下がっているが、仕方ない。

 メメントモリを片手で天をつくように構えると、俺の背後に門が開いた。


『あの時の力か?』


 まるで待っていたかのように嗤う魔王。門が開いても何か邪魔をするでもなく、ただ俺が全力を出すのを待っている。そんな感じだ。


「さぁな。だが、罷免した時に装備を取り上げなかったことは後悔させてやるよ」


 門から現れ、俺にまとわりつく黒い影たち。それは黒い羽織となり俺の体を包み込む。

 手足と胴にはこの世界では見ない形の薄い鎧が装着され、読み方は分からないが背中にはと施されている。

 周囲にはバラバラと本の紙片のようなものが舞いながら俺を守る盾となり、メメントモリも白銀の刀身から透き通る鏡のような刀身に代わるのだ。


「行くぞ」


 この姿はかつて魔王を葬ったものであり、最終手段。

 能力は、ただの執行人には相応しくない裁きの力。


 すかさず黒龍が爪を叩きつけて来るが俺はそれを回避し、先程までなら回避困難だったラルティの槍も難なく避けた。

 これはこの状態になるとメメントモリに追加される能力である【ジョウハリ】という力によって次に打って来る全ての手がわかるようになっているためだ。

 しかし、何手先を見ても魔王は何をするでもない。なんだ?


「随分余裕だな!?」


 俺は黒龍の腕を弾き、斬りつけ血が吹き出る。更には再度横槍を入れようとしてきたラルティを殴り飛ばしつつ、魔王に迫る。


『いや、そうでもないさ。手足が震えてたまらないよ』


 獰猛な笑みを浮かべる。どうやら手を打って来るらしい。


『我が言に従え、ニュクス・フォルケ』


 魔王の背中から凄まじい魔力を伴った光弾が放たれ、俺に一斉に向かって来るが。


「エンマチョウ」


 俺の周囲に展開していた紙片、エンマチョウというそれはジョウハリで見通した相手の全ての呪文を見通し、記憶し。


「我が言に従え、ソルド・タナトス!」


 最適解の呪文でカウンターを行う。

 黒い稲妻を纏った鎌が光弾と激突。空中で霧散する二つの呪文だが、壊れた天秤の影響で魔王をほんの少し上回る俺の鎌が魔王を掠めていく。


『ガァァ!』


 直接対決をする気になった魔王が虚空から魔剣を取り出し、メメントモリと激突。空間が捩れ城の上部が吹き飛んだ。


 鍔迫り合いをする最中、メメントモリが囁く。


『刑罰執行』


 存在記憶を洗うメメントモリの力が魔王の全てを見通し。


 叫んだ


『まさか!魔王ではない!?』


「はっ?」


 魔王が、ニヤリと嗤った。

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