第二十四話 魔王降臨(前編)

「ん?おお、レイ君はミレットちゃんと結婚したんだ。じれったかったからねぇ。おめでとう」


「はい!成り行きではありましたが。ありがとうございます」


 輝くような笑みでそう告げるミレット。なんだか照れくさくなってきた。


「うんうん。しかし、シンサキってことは嫁入りかぁ。バツイチの自分が言うのもなんだけど、レイ君、お嫁さんは大事にしてあげるんだよ?特に貴族の家柄より君を選んだってことなんだからね?」


「おい、さっきからなんの話だ」


 まじめな空気に戻そうとしていたのに、一気に崩壊した。なんだこれ、なんだこのおっさん。



 ちなみに、リガルグ・ヴォルフという男は、バブイルのムードメーカーである。

 常に遠距離から的確な援護を飛ばしつつ、作戦行動中のメンバーが硬くなりすぎないように気を配るおっさんだ。


 元々は騎士団の銃士隊のトップをやっていた経歴を持ち、一人称はその名残。

 いまでは随分気の抜けた話し方をするようになったが、昔は堅苦しくてしかたなかった。


『人は年月を重ねて、丸くなる。川の流れで削られる石のようにね』


 かつてそう言っていたが、体現していると言っていいだろう。


「そんなことより、らるてぃさんをなんとかしたほうがいいんじゃないですかねぇ?」


 ミレットと対照的に仄暗い何かを纏ったキルトが俺たちに提案してくる。

 それをみて何かを察したようなリガルグが話しかけるも。


「…ん?あ、そういう事か。あの、キルトちゃん」


「それ以上何も言わないでください」


 押し寄せる謎の負のオーラに押され始めていた。なんだこの空気は。


「なぁ、キルトの言う通りそろそろお喋りは後にしてラルティを探すべきだろう。リガルグ、魔力は残ってるのか?」


「……ん、ダメだね。情けないけど、ごめんね」


 言葉に偽りなく、座り込んだまま体が動かないようだ。指先が震えており、銃もまともに握れなそうである。


「は?甘えないでください」


「キルトちゃん!?ごめんよ!?謝るから離して、おじさん今本当に立てないの!」



 キルトはやたら厳しくリガルグを立たせようとしているが、難しいだろうな。


「なら、3人はここに残ってくれ」


「ちょ!?レイ、また!」


 また置いていくのか、とミレットの瞳が訴えているが、そうではない。


「違う。ナイチンゲールで援護してほしい。リガルグはこれを扱える、はず。昔頼んだことあるもんな?」


「あ、ああ!それくらいなら頑張らせてもらうよ!だからほんと、お願いだから許して……!」


 キルトから謎の圧力を受け続け、余計に顔色が悪くなっているリガルグ。戦闘前に離脱しそうな勢いに思わず頭を抱えてしまう。


「……よし、さっきと同じようにミレットは攻撃を。キルトは探知しつつコイツに魔力を適宜補充してくれ。あいつらが出てきた場合、砲撃が城にあたろうと気にせず撃てよ」


 敵は未知数であり、俺からしたら天敵だ。対処できないことはないが万が一がある。加減などしていられないのだ。


「な、なるほど。なんか、攻め入ってるみたいで気が引けるけど」


 なんてミレットが呟いているが、きちんと認識を改めてもらうとしよう。


「違うぞ、ミレット。これから行うのは謎の仮面に制圧された王城の奪還戦だ。俺たちにこそ大義がある。ぶちかませ」





 数分後、ナイチンゲールから飛び出した俺が王城内部への侵入路を確認しようとしたその時、正面の扉から仮面が一体出てくるのが見えた。


「敵正面!」


『了解!』


 ミレットの返答と共にナイチンゲールの魔法陣が煌々と光りだし、光弾を射出する。

 激突した仮面はそのまま扉ごと吹き飛ばされた。


『やっ、やっちゃった!?』


「構わん!そのままいくから援護を頼む!」


 俺は吹き飛んだ扉から城内に突入を開始する。


『レイ、右方向の廊下に2人。左の廊下からは1人走ってきてます』


「了解」


 俺はギロチンを展開して無造作に左の通路の天井に魔力の斬撃を飛ばす。

 廊下に備え付けられたシャンデリアが落下し、駆け寄ってきた仮面を足止めした。


 右方向から走ってきた2人は刃物のような腕を展開し迫ってくる。以前交戦した杖を持つものと銃を持つものがいたが。


『退いて!』


 ナイチンゲールからの砲撃によって銃持ちが吹き飛び、俺のギロチンの斬撃によって杖持ちは両断された。


「よし、いけるな」


『後ろ!?』



 足止めしていた奴が間近に迫る。そいつは戦鎚を持っており、体格も大柄だ。


「ゲグ!ゴロガ・グラム!」


 何か喉に引っかかるような奇声と共に、戦鎚を振り上げるが。


「舐めてんのか。おせぇ!」


 戦鎚。恐らく、対ガドベスとして作られているのかもしれないが。こんな速度で正面からやり合ったら一瞬で引きちぎられるぞ、こいつ。


 ギロチンで腕と首を切り落とし、一旦戦闘は終了した。


「……戦闘終了。とりあえず、ラルティはどこか掴めたか?」


『えと、それが……』


 歯切れの悪いキルトからの伝えられたのは、やはりというか。

 こうした状況下でお決まりであり、思ったとおりの場所だった。




 王城グランマキア、その最上部。

 神の門と呼ばれる魔法で閉じられた部屋があり、王の間と呼ばれるそこは現王、つまりリセスの兄が座している場所だ。


 そこに、ラルティの反応が突如として現れたらしい。


 俺はあの後数体の仮面と交戦はしたものの、問題なく対処して駆け抜けることができ、門の前に辿り着くことができた。

 それはナイチンゲールの火力があるからとはいえあまりにあっけないものであり、違和感を覚えるほどだ。



「……ま、なんにせよ門の鍵が開いてるってことは入れってことだよな?」


 普段許可がなければ入れないこの門の鍵も開いており、まあ予想通り招かれているのだろう。

 俺は門に手をかけ、中へ歩を進める。


(何したいのか、なぜ魔王軍の術式を知っているのか。問い詰めてやる)


 俺はそう意気込みつつ、門を抜ける。すると薄暗い大きな部屋、王の間に出た。

 ここには一つ、水晶で出来た玉座がある。見るもの全員が冷たい印象を持つであろう物だ。

 

 俺はそこに座るものを見つめ、ふと思い出す。王はなぜ王としか呼ばれないのか。現王やリセスの兄、という記号でしか呼ばれない訳を。


 それは生まれた時点で人としての名を誰の記憶にも残さぬように剥奪されるからだ。

 生まれ出でた際に王と決められる者に実施されるこの国のであり、呪いでもある。

 

(だからだろうか?俺には玉座に座るものが、黒い影にしか見えないのは)


 なんて、そんなわけはない。王は人としての名前と人生を捨てるだけだ。形まで不定形になることなんてことはない。

 事実、いつもここに来ると気だるげに、何もかもつまらなそうな顔をした現王があの玉座に座っていたのだから。

 俺は認めたくなくて質問する。



「……誰だお前は。ラルティと王はどこに行った?」


『王ならここにいるではないか?』


「もう一度聞くぞ。ラルティと王はどこへやった?」


『私の中身がみえている、か。一応、ガワはこの国の王のままなのだが。やはり厄介だな』


 それは言葉を喋るたびに徐々に姿を取り戻す。腕に、足に、胴に、頭に形が出来上がる。


 次第に姿王と名乗る者は、ゆっくりと立ち上がった。


 2メートルはあるであろう巨躯に隆起した角、金色に輝く魔眼、黒い翼。


 そう、俺がこいつを認めたくなかったのは、11年前、確かに葬った筈の存在だからだ。


 俺に安らぎは訪れないと、そう断言した者でもある。


「魔王、フェレト……!」


『覚えていてくれて嬉しいよ、執行者。なにせ久しぶりの再開だ。抱擁したい気分だよ』


 バサリと翼を広げて、周囲に羽を撒き散らすのを見た俺はすかさず後方に引いた。


 瞬間、室内は爆発が起き、空間が捻じ曲がるほどの力が起きる。


「チッ」


 状況に舌打ちが出る。玉座にコイツが居る、ということは今までの騒動はコイツが裏で手を引いていたのだろう。魔王軍の生き残り、いや生き返りまでは想定していた。ヘリアスの例があるからだ。

しかし、敵の総大将が生き返るか何かして国の中枢に陣取っているとは誰が思う?



(だが、そんなことは今はどうでもいい。今はとにかく、もう一度こいつを倒す事が先決)


【獄吏の監視者、鍵よ開け。断罪の門に求めるは剣】


 俺はメメントモリを呼び出しにかかるが、あちらさんも何か呼び出す様だ。



『我が言に従い今再び、その厄災を現せ』



 呼び出すのは恐らく魔王の相棒だろうが。俺は油断なく予断なく、白銀の刀身状態の俺のメメントモリを構える。


『……刑の執行か。む、魔王!?』


 相棒が驚きの声を上げる中、俺は戦闘を開始した。



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