第二十三話 救出のはなし

 〜10分前〜


「おいおい、冗談はやめてくれよ。一応、自分の最大火力の一つだったんだけど?」


 さすがに驚いた。ルプスヴォルフの射撃が効かないというのは前代未聞だ。

 ただの弾丸ならともかく当たれば灰になる呪詛を練り込んだ一番の特別性。

 それが確実に、しかも頭に直撃したにもかかわらず、照準の先の相手はピンピンしていた。


「グゲゲ?ゲルオ」


 先ほどの発砲で見つかったようだ。仮面の上からでも笑っているとわかるような不快な声をあげ、こちらに猛スピードで突っ込んでくる。

 急いで立ち上がり回転式拳銃の撃ちこみで応戦したのだが。


(避けた?面倒、なっ……!?)


 自分の頬の横を弾丸がかすめて行く。


 仮面は自分の動きを知り尽くしたような動きでこちらの弾丸を回避し、懐から同じく回転式拳銃を取り出し撃ち返してきたようだ。

 体を捻り間一髪でそれをよけたものの、その精度には正直舌を巻くものがある。


(王のいうことに違和感があったから戻ったけど、こんな化け物がいるなんてね。アリエスちゃんもキルトちゃんも見当たらないし、全く。レイ君が居ればこんな面倒なことには……)


 王から受けた指令の中には、小さな違和感があった。そのため秘密裏に城に引き返したのだが、こんな化け物と交戦する羽目になれば文句も言いたくなる。


「まあ、愚痴ばっか言ってられないけどねぇ。奴さん、やる気みたいだし……」


 距離を取ると回転式拳銃をホルダーに戻し、ルプスヴォルフを構える。


 相手はもはや本気モードといった様子で、黒いコートの隙間からは両手に拳銃を持っているようだ。

 さらには、その下に刃物のように鈍く光る何かが見える。


「んー、できればアレは。ここでは使いたくないんだけどねぇ……」


 奥の手ならある。弾丸を通す秘策もある。だが、最大火力の一つを無効化されている現実がある以上、恐らく自分を相手する時専用にあつらえた装備を纏っている可能性が高いため、下手に手の内を晒したくはない。


「……こうなるともうラルティと合流したいとこだけど」


 それは無理だろう。絶対に逃さないという意志を感じる。


「なら、仕方ないか……」


 自分はラルフヴォルフを手に引っ掛けるように下げ、唱えた。


バブイルよ開け」


 自分の周囲の魔力が奔流となり、【ラルフ・ヴォルフ】へと流れ込む。それはもはや魔力の強奪ともいえる勢いであり、自分の意識が徐々に熱に浮かされたようになるのがわかった。


 王立特務機関バブイルのメンバーが持つ武装に与えられた能力であり、限界を超えた攻撃を可能とする物だ。


 バブイルの全員が使えるが、その全員が王都周辺での使用を禁じられている最終手段でもある。

 逆に使用する事で肉体が損壊するなど、本当の意味で最終手段となる者も居るが。


(でも、少なくともなりふり構ってはいられないよねぇ……)


【ラルフヴォルフ】の銃身は赤熱し、それはいしか全体を黒く染め上げた。

 慌てたように仮面の何者かはこちらに走り寄ってくるが、もう遅い。


「とっておきのだ。これは効いてくれよ?」


 引き金を引き絞る。

 その瞬間、黒い雷が砲身から弾け飛ぶように射出された。


「!!?」


 仮面の何者かの上半身が一瞬にして吹き飛ぶほどの黒い雷の一撃は、相手ごと中庭を撃ち抜いてなお減衰せず城壁を焼いて吹き飛ばした。


「なんとか、なったかね?」


 銃身を下げ、その場に片膝をつく。

 普段は様々な弾丸を切り替える事で戦闘を行う為魔力を消費しないが、今の技だけは自身の魔力がごっそり削られるため、体に力が入らないのだ。



「とはいえ、敵に援軍でもいたらまずい。とっととこの場を離れない、と……」


 吹き飛ばしたはずの敵を、見た。上半身は吹き飛び、下半身から焦げ臭い匂いが漂っているはずのそれから。

 のが見えた。


(おいおい、冗談でしょ。魔獣か何かかい?)


 とにかく、この場を離れなければまずい。そうして足に力を込めた時、見てしまった。


 王城の中。そこに数人の仮面の存在がおり、こちら見ている。それはまだいい、ここはもう敵地なのだ。絶望こそすれど、現実は変わらない。


だが、その内の一体が持っている武器、それだけは見逃せなかった。


「ヘカテリアス!!ラルティの、槍!?」


 そうして思わず動揺してしまった故に、自分の足が止まった事に気が付かなかった。そして、逃げるのが遅れたその一瞬。


「グゲル・ギ・ガレリア」


 その一瞬で、こちらに向けられる銃身から溢れ出す濃密な魔力が牙を向く。それはに酷似していた。


「やれやれ、本当にこれは……」


 自分相手用に作られた何かだろうと思う。自分に行動に対する対応が早すぎる。

 とはいえ、最早その線が濃くなったところで何ができる訳でもない。あの魔弾は回避しようがないのだ。

 放たれる黒い魔力が場を包み込んで行こうとした時。


 轟音と共に空から鳥が舞い降り、放たれた光弾の一撃によって魔弾が消し去られた。


「むっ!?」


「カッ!?ゲゲルバッ」


 仮面は慌てて鳥を狙うものの、再度放たれた光弾によって吹き飛ばされ粉々になっていく。

 かつて自分も乗せてもらったことのあるソレはたしか、ナイチンゲール!?


「レイくんか!!」


 どうやら、予想外の援護に命が救われたようだ。





「対象は沈黙しました。城内の複数の生命体は散開したようです」


「し、しかし。すごい威力ね、これ。手が震えるわ」


 俺はナイチンゲールの手綱に専念し、起動した魔法陣の攻撃と索敵は2人に任せた。

 キルトには索敵をしてもらい、ミレットには攻撃を頼むという役割だ。


「でも、なんにせよすごいわね!召喚獣ってことは生き物、よね?何かご褒美あげられないの?」


「さてなぁ。何を食うのかもわからん」



 なんていいつつ、俺は一応察してはいる。この鳥は生き物ではないのだろうと。

 そもそもこれは召喚獣ではなく、魔王の宝物庫にあったものを拝借しただけである。

 使用には契約が必要だったので契約はしたし、そんなものを乗り回すなと言われそうなので異界の鳥としたが。


 すごい子ね、なんて褒めたたえながら喜んでいる2人をみて俺は若干の罪悪感を抱きつつ、ナイチンゲールを中庭に降下させるのだった。







「いやあ、本当に助かった。自分の切り札が全て効かないんだもの」


 無精髭のニヤケヅラ、リガルグ・ヴォルフが俺たちと合流したのはすぐの事。


 中庭に降りたナイチンゲールに保護をしたのだが、力が抜けたように座り込んでしまった。

 落ち着ける状況ではないものの、現状敵は沈黙しているため一応休めはするといった状況だ。


「リガルグさんもですか。私の切り札も対策されていました……」


「君の、あのグラナバスタリオンをかい?それはまぁ、なんとも」


「ちなみに俺の天敵でもあるぞ?」


 何せ能力が効かないのだ。そう思って会話に混ざろうとしたところ。


「君のインチキが一つ減ったくらいで、一緒にしないでもらいたいねぇ」


「そうですよ。私たちはそれ以外ない手を打ってこれです。レイ、貴方は?これは?この鳥は?」


 じっとりとした目を2人から向けられる。おいやめろ、ナイチンゲールは俺の力というわけではないんだから。


「はい。判決、レイの負け」


 ミレットが2人の手を持ち上にあげる。2人が得意げな顔をしているが、なんだこの空気。

 そんな空気だからだろうか?ミレットを見たリガルグが口を開いたのは。


「あ、そういえばレイ君はどっちを選んだんだい?ミレットちゃん?それともキルトちゃん?」


「「「は?」」」


「ん?何かおかしなことを言ったかい?あぁ、それで思い出した。キルトちゃん、アリエスちゃんは無事かい?」


「……ええ。別の場所に避難してます」


 と、なぜか仄暗い目のキルトが返答。


「そうか、となると。やはり敵は王なんだね。残念だ。自分たちを消してどうしたいのかの調べはついてるのかい?」


「あ、ああ。それは後で話す。そういえばリガルグ、ラルティはどうしたんだ?」


 俺もなぜか動揺するものの、まじめな空気に戻そうと努め、質問を返す。


「うん。それが、多分捕まっててね。このまま逃げるわけにもいかないのさ」


 そう言って肩を竦めるリガルグに対して、ミレットが口を開いた。


「あ、今はシンサキミレットです。今後ともよろしくお願いいたします」

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