第二十二話 緊急事態

『はい、こちらアリエス。調子はどう?』


 通信魔法で無事に連絡が取れた事に俺は安堵した。アリエスの顔が中空に浮かび上がるが、その顔は元気そうだ。

 状況の読めていないキルトとミレットにはヘリアスから説明してくれており、俺はアリエスへの報告をする。



『____つまり、王の目的はバブイルメンバーや騎士団をそのままアレに入れ替えることかもしれないってこと?』


「ああ。意思はいらない、力だけ欲しい。そんな気がしてならない。アリエス、他のメンバーはどこに行かされてるかわからないか?」


 王都を遠ざけたのが2人を消すためだけでなく、分散するためだとしたら。そんな嫌な考えが脳内を巡る。


『えっと、少し待って……』


 何か魔法陣を展開した音が聞こえ、アリエスからの返答がくる。


『ガドベスとソルドは北の大陸を目指してるみたい。とりあえずは無事よ』


「なるほど、あと2人は?」


 バブイルには現状、6人在籍している。


 拠点防衛兼、魔法使い  キルト・ミラディ

 情報処理担当  アリエス・ミュライト

 後方支援兼、陣地設営  ソルド・アーリア

 攻城担当兼、三略参謀 ガドベス・グレイス

 

 そして残り2人。


 砲手兼、狙撃手  リガルグ・ヴォルフ

 斥候兼、槍兵   ラルティ・キアガ


『そっちの2人なら、確か南の大陸に行ってる所までは確認してて。ん?あれ、これやばいような』


「アリエス、どうした?」


『えっと、なにこれ。どういう……!?』


「どうした?おい、アリエス?」


「おかしい、なんで?てか、他のみんなは?」


 何か予想外の状況が起きているらしい。俺はアリエスには悪いとは思いつつ、混乱を治める為、魔力を込めて話しかけた


「……


 周囲の3人がどよめくが、魔力の余波が伝わったらしい。これは戦場で慌てふためくものにかけてやる魔法であり、俺が一番最初に魔法である。


『しっ、失礼しました、執行者!現在リガルグとラルティ両名は王都に戻っている模様。しかし、城内にて戦闘行動を行なっています!』


 効果は抜群だったようで、朗々と告げ始めたアリエス。

 そこから飛び出た城内での戦闘行動と聞いて慌て出す後ろの2人だが、まだアリエスの報告は終わってない。俺は続きを促す。



『仮面です!先日2人が交戦した、あの仮面!』



 城内には一般の騎士も大勢いる。その中で仮面が暴れているとなれば、騎士団も対処に向かうはずだが。


『いない、居ないんです!リガルグ、ラルティ両名以外に。騎士も、給仕も!誰も!』


 ほとんど叫ぶようにその言葉が告げられたのだった。




 〜王都城内 中庭〜


「ん、面倒だねぇ」


 そう呟いたのは、王立特務機関バブイルの黒いローブを纏った男。

 白髪混じりの40代、無精髭を生やした濃い顔をしており、王都中庭の花壇の影に気だる気に座り込んでいた。

 しかし、背には呪文が刻まれた単発式のライフルと、右手には回転式の拳銃が握られているという、およそ豪奢な王城の中庭には似合わない格好であった。


「ラルティも無事だといいけど。しかし、これも通さないとなると、あとは……」


 はぁ、とため息をつきながら単発式のライフル、【ルプスヴォルフ】を構える。

 そしてそのまま弾丸を装填し、男は相手に狙いを絞った。

 襲撃後一度は撒いた仮面の敵はこちらを捜索しており、今なら気付かれずに狙撃可能だ。


「グ、ギゲゲ?」


 周囲を見渡し、奇妙な声を発している仮面の何者かを狙って。


「これ、音うるさくて嫌いなんだけどねぇ」


 男は躊躇いなく、引き金を引いた。

 







「……さて、どうしたもんか」


 王都に戻るか、北を目指すか。そもそも論としてバブイルを王都から遠ざけたのはキルト、アリエスの抹殺のためでなく全員を個別に入れ替えるためだったと考えた場合、どちらも危険な状態だろう。

 そのうえで最も危険な選択肢は王都に戻る事な気がするが、さて。

 

 様々な可能性を思案する俺に、ヘリアスが核心をついた一言を放つ。



「執行者、悩むだけ無駄よ。向こうにどんな算段があるにせよ、飛び込まないと始まらないわ」


「……確かにそうだな。ここで考えていても答えは出ない」


 アリエスによれば、ガドベスの場所はわかっているが何故か連絡が取れないようになっているらしい。全く、手が込んだ事だ。


 

 俺は数秒考えたのち、決めた。


「よし、俺たちは王都に戻る。が、ヘリアスとリシェラには仕事を頼みたい」


「「……ん?ああ、なるほどね」」


 苦笑いしながら同時に肩をすくめた2人に対し、ミレットとキルトが不思議そうな顔をしている。


「え?なに?どうするの?」


「さぁ……?でもなんというか。仲いいですよね、あの2人」


 なぜか強めの2人の視線が突き刺さる中、王都へ戻るための準備を急ぐのだった。







「また来てください。必ず。腕によりをかけてお作りします」

「ありがとう、お兄ちゃん!お姉ちゃんたち!」


 十分後、急いで王都に戻る事を話したところ態々宿の人たちが外に見送りに来てくれた。


「事情は分からんが、三つ目の部屋の片付けは任せてくれ」


 あの問部屋の片付けをする時間はない為、お爺さんに頼むことになってしまった。

 多少込み入った事情のため事情をぼかしはしたものの、固く口を閉じることを誓ってくれた。


「本当にすみません。あとは軽く拭き取るだけで落ちるそうなので。これ、取っといてください」


 魔法陣で部屋を汚した迷惑料をミレットが渡そうとするも、おじいさんは断っていた。


「とんでもない。せがれ共々、そんなことじゃ返しきれない恩を受けたんだ。また遊びに来てくれれば、それが何よりの代金になる」


 気をつけて行くんだよ、と。笑顔で見送ってくれる宿の人たちに別れを告げ、3は走り出すのだった。






「……いい人たちだったな」


「ええ、次は遊びできましょう。必ず」


「その時は私を省かないで下さいよ?朝食も絶品でしたし、また来たいです」


「ああ」


 俺たちは馬車に乗るの時間も惜しいため、農村の外に出た。

 転移魔法を使うことも考えたが、こちらが飛ぶ場所を向こうが指定できる攻撃魔法があるため却下となる。ではどうやって王都まで急ぐのかといえば。


「で、レイ?乗り物を呼ぶって言ってたけど、どうするの?キルトからはきっと驚くって言われてるけど……」


 王都に戻るための乗り物をする事にした。これは壊れた天秤などとは無関係のため魔力がごっそり持っていかれる上、いかんせん派手だ。

 そのためここにくる時も使うわけにいかず、なんなら今もあまり使いたくはないのだが。時間と天秤にかければ背に腹は変えられないだろうとして使用に踏み切った。


「ああ、少し待ってくれ」


 俺は地面に紋章を描き、魔力を流し込む。すると青く光り始め、呼び出すものの輪郭がぼんやりと見え始める。


「……我が言と契約に従いその姿を表せ。ナイチンゲール」


 呪文を唱える事でその輪郭に魔力が集まり、形が出来上がりはじめる。ごっそりと力が抜けて行く感覚。瞬く間に出来上がるそれは。



「召喚獣?鳥みたいねって、あれ?ちょっ!?デカ!?」


「ミレット、だから言ったではないですか。驚きます、と」


「いやいや、なによこれぇ!?」


 狼狽えるミレット。その目前には、およそ20メートルを超える鋼鉄でできた鳥が現れていたのだった。





「そ、空飛ぶ鉄の鳥なんて、こんなもの聞いてないわよ!?


「しっかり座ってろよ。そんな体勢の方があぶねぇぞ」


 およそ飛び立って5分、ミレットは先ほどからナイチンゲールの体内にある椅子にしがみついてそれしか言っていない。

 俺はといえば、円形の手綱を握りナイチンゲールを王都に向けていた。

 

「この子は異界の鳥でしたよね。魔力で空を飛ぶための理論はどうなってるんでしょう?」


「ふ、フライの魔法の応用じゃないの?」


「いえ、風で運ぶにしてはこの質量は重すぎますし……」


 キルトは余裕があるようで、楽しげに周囲を見渡している。


 ちなみにナイチンゲールの椅子の周りには窓があり、そこから外が見えるのだがミレットは外を見る余裕はなさそうだ。そのため王都が見えてきた事を伝えると。


「え?嘘でしょ!?」


 と、想像通りの反応をしてくれた。

 なにせあの農村までライトスからは馬車で約半日かかるのだ。そんな距離を数分で来たのなら、ミレットからしたらほぼ一瞬の時間だろう。


 本来これは大陸間を秘密裏に移動するために使うような物であり、速度が恐らくこの世界で最も速い鳥である。

 そのため、数秒後には王城の直上で旋回をする事になるのだが。


「で、レイ。これからどうするんです?」


「ん、まあ見とけ」


 怪訝な顔をしているミレットと、何をするのか目を輝かせているキルト。

 俺はナイチンゲールの攻撃能力と索敵能力を起動すべく、魔力を流し込むのだった。



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