第二十一話 べっこうのはりの話
クレープを食べ終わった2人とともに、尋問していた部屋に戻ったのだが。
「「執行者。どうかしら?」」
ヘリアスと謎の女が同じ言葉と同じポーズをしている。
何やら2人で踊り出したかと思えば、俺に向けてVサインをした。
そしてさらに2人でクルクルと俺の周りを回り始めたのだが、なんだこれ。
「「まあ、見た通りよ。この子の名前はリシェラ。苗字は無しの20歳。得意武器は針」」
「わかった。お前が凄いのはわかったから。声がダブってなんかきもいから普通にしろ、普通に」
「「ちぇっ」」
リシェラというその女の方が俺たちの前に立ち、ポーズを決める。
「おい、人の体なんだからもっと丁重に扱ってやれ」
「レイが言ってはならないことだと思いますよ。それは」
そんなやりとりをしている中、ミレットが感嘆した表情でヘリアスとリシェラを見比べた。
「しかしまあ、凄いわね。人の精神に入り込めちゃうなんて」
「昔はもっと簡単だったんだけどね。やろうと思えば国一つに同じこと出来たし。今は無理だけれど」
ヘリアスが肩をすくめ、リシェラが云々と頷いている。どうやら2人して違う動作もできるようだ。
「それなに、別で動けるの?」
さらに驚いていたミレットにヘリアスは得意げに。
「当たり前よ。わたしは私にして」
「私であるのだから」
と、言いながらポーズを決めた。
何だろう、バァーンという音が鳴りそうなほどハマっているというか、なんというか。
「……おい、そんなことより鼈甲の針の秘密とやらはなんなんだよ。結局こいつがそうなのか?大した魔法使いには見えないが」
「「あ、ごめんなさいね。つい盛り上がっちゃって。鼈甲の針っていうのは_____」」
「だから同時にしゃべるな、ヘリアス1号、2号」
「「1号2号!?」」
協議の結果、とりあえず今はヘリアスとリシェラと呼ぶ事になった。
さて、その後ヘリアスがリシェラの記憶を読む限り。鼈甲の針というのは、一つの集団のことらしい。
全員が独自発達させた特殊な認識阻害魔法を使えるらしく、全員の得物が針。どちらかといえば殺し屋集団に近いものだったらしく、殺し屋のような二つ名だと思ったのは奇しくも当たりだったようだ。
アリアドネの糸をかいくぐれたのはミュライト家と浅からぬ因縁がある一派らしく、弱点を把握しているからだとか。
更にはそんな連中が複数人で動いていたため為抜けがなく、まさに完璧な仕事がこなせたのだろうとのこと。
事実、こちらはまんまと凄い魔法使いがいると錯覚していたし、1人だと思い込んでいたのだから大した物だ。
(まあ、1人で俺たちを消しに来たのはやはり舐めてかかっていたようだがな。判断ミスもいい所だ。まったく)
「といっても、執行者みたいなインチキじゃなきゃ仕事を失敗しそうにないわよ、この子」
リシェラが俺の心の声にそう言いながら、行った
「おいおい、有名人の名前が聞こえたが気のせいか?大勢の観客の前で心臓発作で亡くなったと聞いた覚えがあるぞ」
「はい。多くの人がその死を悼んだと聞きます」
「まあ、キルトですら認識阻害されてるのに気が付かなかったもんね。本当、インチキを除けば最強の暗殺集団なんじゃないの?バブイルもかたなしね……」
「い、いいんです!別にバブイルは守護や特務が仕事であって!暗殺とか、しませんも、ん……」
肩を竦めるミレットに対して、キルトは一瞬俺を見てなぜか凹んだものの、すぐにヘリアスに向きなおった。その顔は得意気な微笑みを浮かべている。
「でも、やっぱり魔法使いとしては私たちを超える人は居ないようですね」
ヘリアスとリシェラもまた、それを聞いて笑みを返す。少しの間にずいぶん仲良くなったようだ。
「ええ。そこは譲れないわね。あと、王の目的は______で、_______」
「……リシェラ、今なんて?」
「ん?だから、_____!?この子、凄い精神力。もう意識を奪還しようとしてるみたい。まあ、甘いけれど」
ヘリアスが魔法陣を展開し、リシェラからも魔法陣が展開。
「……またこの子には寝てもらうわ。さっきの件含めて急いで漁るから、少し待ってて」
そういうとリシェラは目を閉じ、ヘリアスもまた目を閉じるのだった。
「うん、なるほど。そういうことね」
「わかったのか?」
およそ5分後に目を開けたヘリアスが俺たちに向き直り、口を開いた。どうやら安定したようだ。
「ええ。とりあえず、王女様がクーデターを起こした日、バブイルのメンバーに認識阻害をかけたりして暗躍していたのはこの子達で間違いないわ。王様が雇ってるみたいね」
なるほど。退職金は100万レイズか?などと皮肉を込めて考えていると、リシェラが続けた。
「王は合成した人と魔獣を騎士団やバブイルにとってかわらせようって魂胆があるみたいね。ただ、素材が消えてる件についてはこの子じゃわからないみたいだけど」
「後者は仕方ない。普通、単なる殺し屋にそんなこと教えないだろう。しかし大胆な計画だな?国民に受け入れられるとは到底思えないが?」
「勿論、国民には何も言わずに静かに入れ替えていくつもりみたいよ。鼈甲の針もそこに加わる約束だとか。それが報酬にもなってるみたいね」
なるほど確かに。ただの殺し屋集団が王家に召し抱えられれば箔がつくのだろうとは思う。
そう考えていると、横からミレットが口を挟んできた。
「とはいえ何年計画よ、それ。死刑囚レベルの犯罪者を使う予定だったわよね?そんなにぽんぽん出る訳ないじゃない」
それを聞いたヘリアスが肩をすくめて訂正する。
「いえ、ミレットさん。残念だけど、使うのは犯罪者だけじゃないみたいね。体裁上そうした設備を作っていくための隠れ蓑ってだけみたい。そうすれば、執行者も厄介払いできるし」
「だけじゃないって?それはつまり」
唖然とするミレットとキルト。なんとなく察していた俺に対して、ヘリアス達は口を揃えてこう告げた。
「「ええ。国民や他国から誘拐してきた人になるわね」」
「なんで、そんな。王は国をどうしたいの?訳がわからないわ!」
ミレットが驚愕し目を見開く。キルトが俯き、ヘリアスが顎に手を当ててなにやら思案する中、リシェラは何やら唸りはじめていた。
「……どうした?何か引っかかるのか?」
「いえ、この子もあの気分が悪くなる魔法陣見たことあるみたいなんだけど」
「ああ、あれか」
キルトが見せてくれた映像の中に出てきた、ヘリアスも知らない魔法陣のことだろう。
「ええ。この魔法陣、この子の視点の位置からだとあのとき見えなかった文字も見えたのよ。そこで気がついたんだけど」
そこで言葉を切り、ヘリアスと目を合わせる。2人、何か心でやりとりをしたような空白ののち、俺の顔を見た。
「「これには魔王軍で使用されてた術式が編み込まれてるみたい。でも、何で人間の王様がこれを知っているの?」」
「つまり、こういうことか。段々わかってきたが……」
魔法で空間に文字を書きながら、俺は呟いた。
要点をまとめると
・王の目的は死刑囚(ないしそれ以外)の人と魔獣を魔王軍の術式が書き込まれた魔法陣を使って合成している。それはキメラなどとは違って、元々の素材が消滅しているため単なる融合、合成とは違う物である。
・それを使って騎士団とバブイルの排斥、入れ替えを図っており、目的はキルトとアリエスの資料によれば他国侵略のため。
「ですね。ただ、他国への侵略の下準備にしてはおかしすぎますが」
「ええ。国民を使って何か実験してるようにしかみえないし、狂ってる。しかも魔王軍の術式なんて。お父さんは知ってるのかな……」
俺は首を横に振った。
「知らない可能性の方が高いだろうが、きな臭いものを感じてお前を逃したのもまた確かだろうな。そもそも、バブイルのメンツを切り捨てるにしても、やり方がおかしい。目的は他国侵略以外にある気がしてならないよ」
そう。アリエスとキルトを狙ったのは計画が露見するからだとしても、こうなる前に俺のように罷免してしまえばよかったのだ。
それをしていないということは、まだ何か。
「いやまて、嫌な予感がする……」
俺だけ罷免して他は手元に。しかし、入れ替える計画?
そういえば、あの時
あの化け物は、キルトを連れ去ろうとしていなかったか?
「まずい、他のメンバーの居場所は!?」
「「レイ?」」
2人が焦る俺を見て怪訝な顔をする中、意図を汲み取ったヘリアスが頷いた。
「アリエスさんに連絡を。執行者の考えは、たぶん外れてないわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます