第二十話 たよれるおねえさんの話


「戻ったぞー」

「戻りました……」


 休憩時間を終えた俺たちは尋問室に戻った。室内には女の姿。そしてミレットが居た、のだが。

 その手には何故か鞭と火のついていない蝋燭を持っており、真面目に何かを思案しているようだった。



「えっと、何してんだ?」


「あ、おかえり。これは、その。少しでも手伝えたらと思って」


「……鞭と、蝋燭で?」


「う、うん。公爵家の書庫にあった情報によると、鞭で叩いて蝋燭を垂らす事で」


「……それ、多分違いますよ。ミレット」


「ええっ!?」


(もう少し、もう少しだけでも俺の仕事を手伝わせるべきだったかな……)


 なんか自然と口元が緩んでくるが、仕方ない。本気で狼狽えているミレットと、冷静に突っ込んでいるキルトを見ているともう。


 ちなみに俺のサポートを陰に日向にやっていたミレットがピュアな理由は、こうした汚れ仕事から遠ざけていたのが一番だろうが。

 年々誰かに尋問をする機会自体が減っていた事も大いに関係するだろう。


「う、うう。ならキルトならこの状態でどうするのよ?」


「私、レイの方法しか知りませんよ?いいですか?メンタ」


「バカやめろ。それはヘリアスが止めてただろうが」


 俺を急に巻き込まないでほしい。突然の話題振りに驚いていると、後ろからヘリアスが入ってきた。何やら道具を箱に入れて持っている。

 

「そうよ、キルトちゃん。それはダメ」


 ふぅ、と言いながら箱を床に下ろしたヘリアスは俺の方に向き直った。


「執行者、次のは私にやらせてくれないかしら?」


「ヘリアスが?いや、拷問じゃなくて尋も」


を私にやらせてくれないかしら?」


 何だろう。かつてのヘリアスのような圧力だ。有無を言わせぬその力というか。


「……わかった。頼む」


「ええ、任せて。でもキルトちゃんには手伝ってもらうわ。だからその間、ミレットさんと2人でデートでもしてきなさい」


「「えっ?」」


 2人が声を上げる中、有無を言わせぬ迫力で俺とミレットを部屋の外に出すヘリアス。扉を閉める間際に


「私がいいというまで、決して開けないように……」


 と念を押されたのだった。





「え、えと。おかえり、レイ」


「ん?さっきも聞いたよ。ただいま」


 宿を出て、今度は農村の中央を目指して歩いてみる事にした俺たち。外に出てから交わした最初の会話がこれである。


「違うのよ、さっきまでのレイはレイじゃないというか。纏ってる気配が違うというか。なんともいえないけどさ」


「ん?ああ、仕事モードみたいなもんだ。気にするな。逆に嫌なもの見せたかもな。すまん」


 俺はそう言ってミレット見る。何か俯いたようなミレットだが、すぐに俺を見上げて手を握ってきた。


「ん、とりあえず。今はデートを楽しみましょう。ね?」






 俺たちはそのまま村の中央にあるお店を見て回ろうとしたのだが。


「こんなところにも来るのね。未チェックだったわ……」


 中央からすこし離れた開けた場所に、公園で食べたクレープという菓子を扱う販売馬車があったのだ。

 賑わっており、農村の子供達に大ウケのようだ。


「ん?なになに……?」


 ふと視線を動かして馬車についている旗を見ると、新味登場!果実チョコチップ!と書いてある。


「レイ、是非、行きましょう?」


 余程気になるらしい。爛々と目を光らせながら近づいていくミレット。

 周囲の子がなにやら怖がっている気もするが、まあ。


「美味かったもんな、あれ」


 俺も続くことにしたのだった。



「次の方どうぞ!いらっしゃいませー!ってあれ?公園で来てくださった方々ですね!」

「あ、いらっしゃいませ……」


 店員の姉弟が笑顔で迎えてくれた。


「ああ、今日は2人だがな。しかし、商魂たくましいな。こっちの方まで来るのか」


 ライトスからはそこそこ距離がある上、食材を腐らせないように運搬するのは大変だろう。

 氷魔法で固めて運搬したり保存するための設備がついているようにも見えないし。


「はいっ!王都周辺をぐるっと回ってます。事情があって、たまに別の大陸に居たりしますが」


「?」


 言い方が妙だ。別の大陸に居たりする、というのはまるで勝手にそこに現れてしまうというような。


 この間の金銭の件や、音もなく消えた件と併せて聞いてみようと思ったのだが。


「ねえねえ!この新味っていうのは何!?」


 子供よりも目を輝かせた嫁さんがそれどころではないらしい。質問はまた次の機会にしようか。


「後ろも並んでるし、それを頼んでいいか?」


「はい!えと、2100レイズになります!」


「あ、すまん。4人分で頼む。2つは持ち帰りで」


「お持ち帰りですね!では4400レイズです。ありがとうございました!」


 いそいそテキパキと、凄い勢いで出来上がっていくクレープ。

 並んでいる子供たちも目を輝かせているようで、親御さんも感心している。


「はい、4人分です。中に保冷剤が入ってますが、20分くらいで溶けちゃいますので気をつけて。また、お願いします」


 ぺこりと頭を下げる弟さんからクレープを受け取った。


「ほれいざいってなんでしょうね?」


「わからんが、時間を指定された以上その間に持って帰れってことか?」


「あ、ならあんまりのんびりは出来ないわね。でもとりあえず、こっちきて」


 2人、クレープ屋の喧騒から離れた場所にあるベンチに並んで座る。


「私たちの分は、ここで食べていきましょう!」

「そうだな。そうしよう」


 ヘリアス曰く拷問が終わっているかはともかく、そんなに早く戻るのは何か勿体無い気がして。


「甘いわ!この果物なに!?」


「おい、なんか前よりさくさくしてないか?」


「そうよね!?しかもそれもそうだけど____」


「ああ、わかる。あとは____」


 長閑な時間。2人、クレープを食べるのだった。


 余談として、帰る間際にクレープ屋を見た所やはりもう馬車はおらず。

 最後のお客さんの対応が終わったあと忽然と姿を消したらしい。全く不思議な話である。





「終わってるわ」


「嘘だろ!?」


 俺とミレットが戻ったのが、ほれいざいのリミットの少し前。

 出かけたのが約1時間前のため、その間に終わらせた事になる。


「まじか、凄いな。ヘリアス」


 一体どんな手を使ったのだろうか?魔王軍のエグい手とか、人には言えないやばい手とか。


「あなたと一緒にしないでくれる?人の拷問が前時代的なだけなんだから」


 青筋を立てながら怒っている。キルトに視線を移した所、涙を流していた。


「キ、キルト!?」


 涙を拭い、ボロボロの顔をこっちに向けて。


「やっと、やっと尋問やった日にもご飯が食べられる!」


「「何の話!?」」


 とりあえず話を聞くため部屋から移動することにしたのだが。

 部屋を出る直前にふと見ると魔法陣が書き換えられているのが見えた。ヘリアスは何をやったのやら。




「ふぁんふぃんよ。それを、与えれば、もぐ。人は容易く落ちるわ。まあ、偉そうなこと言ってなんだけど、貴方の拷問のあとでなかったらわからないわ。確かに厄介な子ね」


「まて、ふぁんふぃんが何かを言えよ。とりあえずクレープを置け」


 借りている部屋に戻った俺たちは2人にクレープを渡し、状況を聞くことにした。

 キルトはクレープを食べ始めるなり無言になり、ヘリアスも手は止まらないようだ。


「もぐ。よ。あの子の心が隙を生むような幻覚を見せる魔法をかけたわ」


「ん?それは俺が提案した飴と鞭作戦と同じじゃ」


 そう、いくつか提案して却下を喰らったものの中にあったプランの一つである。

 ちなみに却下理由としては、鞭がやばいに二票。飴が飴じゃないに一票だ。



「ええ、ここまではそうよ。でも、ここからが私の本領」


 ヘリアスは穏やかな笑みを浮かべ、俺たちに告げた。


「その一瞬の仕掛けに彼女は引っかかってね。今はわ。外から心を読めないから、内側から読み取ることにしたのよ」



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