第十九話 気がつけない想い

 

 宿に戻り、もう一部屋を借りたあと。遮音の結界を張った俺は尋問を行っていた。


 薄暗い室内には魔法陣が書いてある。質問を返さなかったり、嘘をつくとおきが発生する魔法陣であり、その中心に置かれた椅子に例の女を縛り付けていた。魔法陣は無事起動し、薄い赤に光っている。


「名前は?」


「……。ぐっ!!」


「お前はべっこうの針か?」


「………。ぐっ、ぐううう!」


「……質問を変える。お前は認識阻害魔法を使えるか?」


「……う、うあああ!!!」


「大した精神力だ。だが、ここには誰も助けに来ない。これ以上痛みが増す前に話したらどうだ。楽になるぞ?ほら、話せ」


「ことわる。がっ?!うううっ、はぁ、はぁ……」


 女につけておいた目隠しが外れ、片目で睨まれるが。俺はそれどころじゃないんだよ。早く情報を吐いてくれ。


 でないと……!


「「うっわぁ」」



(俺が女性陣2人からの視線に耐えられそうにないんだよ!!)






 こうなったのは30分前、俺がこの女を連れて帰ってきた時のことに起因する。



「レイ!無事!?」


「ごめんなさい、全く分からず。まさか私にも認識阻害が効くとは。迂闊でした……!」


 迎えてくれたのは2人と、奥でグッドサインを出しているヘリアス。どうやら言うことを聞いてくれていたようだ。


「まあ、仕方ない。コイツ、魔法使いというより殺し屋みたいなもんだと思うしな」


 俺はミノムシみたいにした女を見せる。意識がない時ならしっかり見えるようで、2人は驚いていた。


「あの、レイ。女の子を攫ってきたとかじゃ」


「はっ倒すぞお前」


 割と本気で2人のピンチだったというのに。何てこと言いやがる。


「いやでも、この女が鼈甲の針?なの?」


「それを調べる為に生かして連れてきたんだよ。ヘリアス、心は読めないか?」


「かつての私ならともかく、無理ね。さっき襲ってきた時も読めなかったわ。心の読めない何かが居るって違和感があったくらい。多分……」


 そう言いながらヘリアスは女の体をペタペタと触ると俺に振り向き、肩をすくめた。


「ダメ。多分、体に何か仕込んでるわ。私の読心は貴方にも通るのに……」


 となると取れる手段は後一つ、か。


「仕方ない。キルト、尋問の用意しろ。俺はもう一部屋借りてくる」


 場合によってはだいぶキツイ尋問しないと吐かないだろうと思い、複数の選択肢を考える。


(痛み優先のあれがいいか?それともこっちか?いや、ここは外だ。であれば手軽に……)

 

 などと考えていると、キルトの顔が青ざめていくのが見えた。なんだ?


「じ、尋問。あー、りょうかいです。あー、今日はご飯がたべれないー」


「執行者、その思考は。うっわぁ……」


「あの、レイ。尋問が必要なのはわかるわ。だけど、その顔は悪人のそれよ」


 酷い言い草だった。



 結局、何をするつもりなのか聞かれて女性3人と協議した結果。提案する方法の殆どが却下を喰らった。


「レイ、貴方はもうそこまでしなくていいの」


 そう言いって何故か震えながら俺を抱きしめてくるミレット。

 俺はなんとなく体を預けながら、一番マシだと言われた尋問方法をいざセッティングしてみると。


「なんか卑猥よ?この雰囲気!」


「レイの尋問の中ではマシな方ですが、そうですね。逆に、といいますか」


「……私、先に首を刎ねられて正解だったのね」


「しゃあねえだろ!?部屋に呪文を書き込んだりするとこうなんだから!!」


 などと、結局散々な評価を得ていた。



 結果として、女性3人が見守る中の尋問になってしまった。俺の精神の方が先にもたなくなりそうな空気の中で尋問を開始することになる。



 そして、今現在



「うぐっ、喋らない。私は、絶対、しゃべらないいいい!」


「……」


 後ろから突き刺さる白い視線をビシバシと受けながらも、俺は尋問を続けた。


 先ほど目隠しが外れたことにより、この一室はコイツにとって悪夢の空間となっている。

 本人が嫌なこと、望まないこと、痛いこと、それらが幻覚となって襲いかかっているはずだ。


 その幻覚の最後には必ず、喋れば止めてやるという言葉が囁かれる。その為ここまで耐え切っているのは敵ながら感嘆に値する。


「これは!これは幻覚だあぁ、あ、あああ?ああ!?」


「っ!執行者!?これ以上は危険じゃないの!?」


「わかるのか?」


「心は読めないけど、この症状。昔見た壊れた人間とそっくりよ!?」


 そう、言われた通りこいつは限界が近いだろう。その辺りを見極められなければ、はできない。一時止めるべきか、。ここは見極めどころだ。

 

(でも、かつての俺なら……)


『これくらいなら大丈夫だよ。壊れた所でメンタルバインドで縛り上げればいい。あとは依存させてほっとけば情報吐くだろ?』


 とか言ってたんだろうなと思う。

 

 メンタルバインドとは精神を無理やり繋げ直す回復手段であり、今は魔王軍との戦いで病んだ人たちの心を癒す技術に転用されている。

 

 だが、尋問で使う物は即効性と引き換えに強い依存性がある物に呪文を書き換えて使用する。要は、情報を吐かない場合は心を壊して直すを繰り返すのだ。

 

 結果として依存する羽目になる情報源から、呪文を対価に情報を引き出す。これをすることで……


「もう!どっちが魔王軍かわかんないじゃない!?兎に角もうやめなさい!壊れるわよ!」


 俺の元に寄ってきてガクガクと揺さぶるヘリアスのおかげで思考が戻ってこれた。


「あの、ヘリアス。レイは何を考えてたの?」

「……聞かないほうがいいわ。その恋を長い物にしたいなら」


 そう言いながら俺から離れ、ミレットの背中をさすりに行くヘリアスと対照的に。


「え?やらないんですか?」


 メンタルバインドの呪文を練り上げ始めていたキルト。さすが、よくわかってる。


「執行者、やらせないわよ!?これ以上は阻止するわ!私のメンタルと、ミレットさんの恋の為にもね!?」


「よ、よくわかんないけどダメよ!レイ、貴方はもうエグいことは考える必要ないはずよ!そんな物はキルトに任せておきなさい!」


「ええっ!?」


 2人、俺の前に立ち塞がる。ちんちくりんとミレットに睨まれては、これ以上はダメか。


「よし、わかった。休憩な……」


 俺は一度外の風にあたる為、宿の外にでた。





「……どこいくんですか?」


「キルト?」


 宿から離れて暫く。5分ほどボーッとしてみたのだが、何となく落ち着かなくなり。

 少し歩こうと思った矢先、後ろからキルトが声をかけてきた。

 そのまま隣に並んで歩き始める。何やらそわそわしている様子だが、さて。


「あの2人はどうした?」


「えと、休憩中です」


「休憩中?そうか……」


 そこで会話は途切れ、俺たちは無言のままのどかな農村をしばし歩く。

 どうやら、魔獣騒ぎの空気は消え、のどかな風景は戻ってきているようだった。

 往来の人々からは笑顔が見え、呑気に酒を飲んでいる人もいるようだ。


 ふと、河川敷に差し掛かった時、キルトが口を開いた。


「……私は、レイは間違ってないと思います。拷問や尋問だって、平和のためなら必要なことです。誰かが嫌がることをやってくれているのが、貴方だった。感謝しても、仕切れないんです」


「……ありがとよ」


 どうやら、無言だったのはコイツなりに俺を元気づけようとしていたようだ。

 頭がいいコイツにしては言葉を選ぶようにたどたどしく、何かを確認しながらのような言葉に思わず口が綻んだ。


「……ごめんなさい」


 だが、急に泣きそうな顔になるとキルトは立ち止まった。川の方を眺めながら、何かに祈るように。


「結局、貴方を頼ってしまった。かつて戦い続けた。そんな貴方を、また戦いに巻き込んでしまった」


 そこで言葉を切り、俺の方に歩いてくる。そしてそのまま、俺にしがみついてきた。まるで、泣きそうな子供のように。


「これからは、幸せに、なれたはずなの、に……!」


「おい、俺は」


「気にしていないことが、おかしいって!気がつけ、ないんですか!?」


「えっ?」


「ミレットさんと、ヘリアスさんも、どちらかと言えばこちら側です。でも、それでも!」


を、仕事だから、必要だからで顔色を変えずに行える貴方の、力になりたかったんです!私は!」


「っ!?」


 真っ赤な顔で、叫ぶように告げられたその言葉。その真意は、測りかねるが。


 俺がなくしている何か。それを心配してくれているのはわかったのだった。


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