第十八話 針

「ご馳走様でしたー!」


 あれから。おじいさんと息子さんが腕によりをかけて作ってくれた朝食をいただいた俺達は、4人同じ部屋に集まっていた。

 ちなみに一階に2部屋借りており、俺1人と女子3人、隣同士の部屋という振り分けだ。

 今は俺の部屋の方に集まり、昨日の魔獣の件での話をしようと思ったのだが。


「ねえ、レイ。いつからあんなカッコつけができるようになったのよ?」


 ニンマリした顔でミレットが聞いてくるが、カッコつけ?


 不思議そうな俺と、目が点になったミレットが見つめ合う。不思議な時間が流れる中、咳払いがきこえてきた。


「ミレット、ダメです。レイはサラッとああいうのやります。なんなら他の国でもやらかしてます」


「あ、そう。そうなのね」


「魔王軍を一人で引きつけた挙句に打ち破り、礼はいらねえよ、で片付けたことがあるとか」


「グラムバラムの撤退戦の事か。あれは礼をもらえる状況じゃなかったんだよ」


「なにそれ?そんなことあったの?」


「ああ、魔王軍との戦争が激化する前。遥か遠くの、一つの国が滅んだ時の話だ」


 俺は、ミレットに話してやる事にした。


 グラムバラムの撤退戦とは、13であるグラムバラム王家を魔王軍から逃した撤退戦のことである。

 俺がバブイルに加入してすぐのことであり、まだ勢いが弱かった魔王軍との戦いではあったのだが、熾烈を極めた。

 

 魔王軍幹部の一人がキメラだったため俺の弱点の把握をそこでしたのと、メメントモリとの契約をした戦いでもある。

 

 なんとか退けた後、王家からはせめてもと意味深な宝石類を渡されそうになったのだが、俺はそれを元手に建て直せと言ってそのまま帰ってきている。


 そういえば、あの王家には当時7歳の姫様がおり、暫くの間構ってやっていた。まあ、俺が今より擦れてたからあまり楽しい思い出をやれた覚えがないんだが、元気にしているのか。


「ということでだな。まあ、辛い戦いだったんだよ」


「……絶対、フラグよね」

「……ええ。たしかグラムバラム王家には姫が居たとか。亡国ではありますが、建て直しを計っていると聞いたことがあります」


「ねえ、そんなことより今結構大事な事を言ってたわよ?なんでそっち聞かないの?弱点云々とか、契約の話は?ねぇ」


 呆然とするヘリアスと、ヒソヒソ話し合っている二人を見て俺は思った。早く会議に入りたい、と。






「これは、貴重なサンプルですね」


「ああ、多分まだ死体も残ってるが。万が一があるとマズいからな。先にくすねてきた」


「流石です。さて、解析、解析!」


 ブォンと魔法陣が展開し、魔獣の爪を解析しにかかるキルト。


「なるほど。何と合成されてるかを調べるのね?」


「ああ。もちろんそれもあるんだが……」


俺が続けようとした所、ヘリアスがミレットに問いかけた。


「ミレットさん、キメラの作り方って知ってるかしら?」


「え、ええ。それは2つから3つ以上の異なる生物達を繋ぎ合わせる、よね?そしてそこに、死霊魔術で新たに命を与えるっていう……」


 言いながら気持ち悪そうな顔をするミレット。そう。キメラとは、死体の複合体。

 魔王軍がかつて倒された仲間を用いて兵とした技術であり、人間側で理論が確立された今も禁止されている技術である。

 王立特務は魔王軍から流出したモノと戦う機会も多かったので感覚が麻痺しているが、普通はそうポンポン戦う相手ではないのだ。


 そしてなにより。


「この間の仮面の化け物の時、メメントモリが生き物として認識してたんだよ」



『残念ながら、存在自体が発生したばかりだ』


『だが、奴の存在は容認される方法で生まれ出でたものではない。特例措置は可能だ』


 と。しかも、斬首刑の執行許可を出した。もし相手がキメラの場合であれば、アレはこう言う。


『すでに死した骸の傀儡。それをさらに罰することは、私には許されぬ』


 実際、グラムバラム撤退戦の際に俺が言われた言葉だ。


「……え?つまりは、その」


「ああ。あれはキメラではなく、なんだよ。あの魔法陣は、それを作り出す物なんだろう」


「……どうやら、レイのいう通りのようです」


 解析が終わったらしきキルトが、俺たちに話しかけてくる。


「このサンプルですが、私の解析魔法によれば魔獣の放つ魔力と一致しませんし、キメラでもありませんでした。確かに、この間の仮面と似たような物だと思います」


ただ、と。そこで言葉を切ったキルトはなんだか顔が青ざめている。なんだ?


「ただ、これは何の生物も。これでは融合ともいえませんよ。何なんですか、これ?」


「なんだと?」


 俺たちは王の目的が【人と魔獣を混ぜた何かを作り、兵とする】だと思っていた。

 しかし、元々素材が消滅している。キメラでも、単純な融合でもそれはあり得ない。元となった何かは残る。

 

(これは一体……?)


 俺は異常だともいえる結果に背筋が冷たくなるものを感じていた。



「ふぅん。確かに面倒そうね、貴方たち」


 


 そんな時ふいに、ミレット達3人以外の女性の声が響いたのだ。


「あ?」


 思わず俺が視線を移すと、宿の窓。そこに足をかけるように袖の長い服を着た女性が現れた。目深にフードを被ってはいるが、紫の髪と、鼻まで覆ったマスクが見て取れる。


(こいつ、いつの間に?)


 ミレットとキルトは、あれだけの声を聞いてなぜか気がついておらず、ヘリアスは気がついたようだが反応が鈍い。まるで見えない物を見るように目を凝らしている。


「ん?ああ、やっぱり君にははっきり見えちゃうんだね。なら一番邪魔だから、殺すね」



 そう言って女は長い袖から、針のような物を取り出して……


 確実に、俺ではなく


 ミレットとキルトの2人を狙っていた


「チッ!」


 俺はナイフを抜き去ると、女に向けて投げつける。


「うわ!?わわわわ!」


 ギリギリでナイフを回避した女は足だけで窓枠に捕まっているが、そのままバク転しながら後ろに下がっていった。気持ち悪い動きしやがって!


「レイ!急にどうしたのよ!?危ないじゃない!!」


「そうですよ!何をイラっとしたのかはわかりませんが!!」


「お前らはここにいろ!!ヘリアス、防御を固めてこの場を動くな!」


 ビクッとしている二人を置いて、俺は窓枠から飛び出した。すまないが構ってられない。


「あいあい、りょーかいよ」


 気の抜けたようなヘリアスの声だが、まあ。大丈夫だ。投げつけたナイフを回収し、奴を追う。


 女は凄まじい速度で逃げていくが、人々は誰一人として女には見向きもしない。やはり、何らかの魔法だろう。

 だが、奴の動きは魔法を使って相手を撒くことに特化しているようであり、見えている状態では追いつくのは容易だった。

 

「足が速いだけじゃ俺は撒けないぞ」


「えっ!?」


 俺は並走し、何ならすぐに掴める位置にいた。はっきり聞こえる距離にまで近づかれている事に驚いたようだ。


「ちっ!」


 農村から出ようとしているのか、壁をつたい民家の屋根に逃げようとも。


「だから、逃げんな。無駄だから」


「なっ!?クソっ!?」


 肩を掴んで軌道を変えてやる。体勢を崩した女は勢いそのままに屋根に倒れ込んだ。女はむせこみながらこちらを睨む。


「諦めろって。無駄だってわかんねえか?」


 そもそも、こういった手合いは王都のように乱立する建物がある場所で真価を発揮するのだ。

 にもかかわらず、真正面からの暗殺を挑んでくるなど随分と舐められたものだ。

 女はそれでも諦めずに、屋根から飛んで逃げようとする。ああ、もう。


「いい加減面倒だ。我が言に従え!ウィンドブロウ」


 横殴りの風の拳が女を打ち抜く。体にクリーンヒットし、数メートル先に吹き飛んでいく。


「かはっ!」


 そのまま容赦なく民家の壁に叩きつけてやった。


「流石に終わりか。って、諦め悪いな?」


 女は針を両手の指の間に挟むようにして戦闘態勢をとり、一触即発の状況となる。


(コイツが鼈甲の針の可能がある以上は生きたまま捕まえないといけないわけだが、さて)


 しばし、2人睨み合う。数秒にも満たない時間ではあったが。


「……」


「……ちぇっ、ワタシの負けか」


 針をその場から取り落とし……


「我が言に従え。ライトニングブロウ」


 俺は再度、呪文を展開。雷の拳が現れ、女を吹き飛ばした。今度は確実に意識を奪うように火力を上げたのだ。

 


「なん、で」


 再度壁に激突した女は意識を失ったようだ。


「……あのな?殺し屋みたいなやつが武器を手放すのには、何か理由があんだよ」


 案の定、落とした針を拾うと呪文がびっちり刻まれている。恐らく、地面に落とすことで発動させるものなのだろう。ライトニングブロウで吹き飛ばした為不発だったが。


 フードを外すと、紫のロングヘアと随分整った顔立ちの女が出てきた。


「とりあえず、情報を吐かせるにしてもあいつらと合流しないとな……」


 最近の俺には女難の相が出ているに違いないと思いつつ。


魔法で拘束した女を背負い、宿に帰るのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る