第十七話 ひとだすけの話

「落ち着け。あいつってのは?」


「あ、ああ!俺のせがれだ。あいつ、街の近くに現れた魔獣を退治するって言って……!」


「魔獣を?ギルドや王都に討伐要請は出さなかったのか?」



「出したさ!だが、間に合わん。実は今日の昼ごろ、せがれの娘が魔獣に襲われて大怪我を負ってよ____」


 その後手短に状況を聞く限り。昼頃に突如として現れた魔獣により家畜が襲われたのだが、その際近くで遊んでいたお孫さんが巻き込まれ重傷を負った。

 

 この村の薬師や医者、魔法使いまでが手を尽くしたが、傷は塞がり切らず意識不明だとか。

 

 ついに匙を投げられ、それを聞いたお子さんが先ほどかたきうちに飛び出したと言う事だった。


 (物々しい雰囲気はそうした事件が起きたからか。間に合わないというのも……)


「……そうか」


「報酬なら払う!相場はわからないが、出せる限りいくらでも!俺の、大事なせがれなんだ。孫の、事はっ!ぐうぅ!」


 真剣な瞳だ。

 真剣に自分の家族を想い、失いかけた孫の事を想い。


 縋りつくような、救いを求めてくる瞳だ


 俺はかつて、そんな瞳の全てを切り捨てている。


(だが、今は……!)


「その依頼、引き受けたよ。息子さんを助けて戻るまでに部屋を用意しておいてくれ」


「あ、ああ!任せてくれ!」


 涙でボロボロの顔で力強く頷く宿主さん。


「よし。それと、息子さんが向かった場所は正確にわかるか?」


「ああ、あいつは___」




「ミレット!!」


「ええ!行くわよ!」


「えっ!?」


 俺は扉を蹴飛ばす勢いで外に出て3人と向き直ったのだが。意表を突かれた。


「私が話しておいたわ。話が早くて助かるでしょ?」


「お、おう。そうか」


 宿内にいた俺の心を読んで先にこの2人に話しておいたようだ。確かに助かるが、しかし。


「いや待て、王都から追っ手が来ていたらまずい。人目がある場所なら向こうも動きにくいだろうし、ここで待っていた方がいい」


「……あのさ。レイ、私とした約束をもう忘れたの?」


 じっとりとした目だ。俺は別荘の外で交わした会話のことを言っているのだろうとすぐ気がつく。


「あ、いや、そうじゃないが!」


「なら、私も行く」


 間髪入れずに、有無を言わせないが不安が混じる瞳で見つめられた。そんなこの目に、俺は勝てないようだ。


「わかったよ。だが、キルト。お前はだめだ」


「な、何でですか!?私も行きます!役に立ちます!」


「……あのね、キルトちゃん。役に立つというなら、さっき話した内容、覚えてる?」


 ヘリアスの真剣に諭すような目に、何やら焦っていたキルトも落ち着いたようだ。


 そう、キルトには一番大事な役目を任せたい。


「あ、えと。お孫さん?」


「そうだ。キルトはAクラスの回復魔法も使えるよな」


 俺は攻撃魔法特化であり、ミレットは雷魔法以外はB級が少し扱える程度。ヘリアスはわからないが、見ると首を振っている。

 出来ないのかやらないのかはともかく、現状そうした役割はキルトにしか任せられん。


「は、はい。なんだ、そういう事ですか」


「ああ。落ち着いたお前は本当に賢くて頼りになる。娘さんを頼むな」


 頭を撫でてやり、ミレットとヘリアスを連れて走り出す。


 村から西の方、ちょっとした森がある方だ。鼈甲の針が目撃された方とは違うようだが、警戒は怠らないようにしよう。


 後ろから「お嬢ちゃん!?」という声と、キルトらしき奇声が聞こえた。早速回復魔法を使うらしい。頑張ってくれ、キルト。


「……ねえ、貴方のそれ、わざとなの?」


「そうね、私も気になってた。でも多分、違うんでしょうね」


「ご名答。苦労するわね?」


「はぁ。そんなの、覚悟してるわよ」


 気がつくと2人が走りながらアイコンタクトを取っていた。仲良くなってなによりだよ、ほんと。

 ふと空を見ると闇が顔を見せ始めており、夜にさしかかっている。


「いそがねぇとな」


 俺達は速度を上げた。

 




「いたか?」


「いないわ!魔力の痕跡すらない」


「どうやら、私が心を読める範囲にはいないみたいね。予想外に広い森だわ、ここ」



 小さな森に見えたが、入ってみると想像以上に深い森だったようだ。

 闇の中からは鳥や動物の声はするものの、人や魔獣の気配はしなかった。


 俺の脳裏に嫌な考えがよぎる。


 例えば、この騒動自体が鼈甲の針が俺たちを引き離すために仕掛けた罠だったら?あのお爺さんの涙が演技なら?など、不安が心に押し寄せてくる。

 執行者時代には感じたことのない感情の波に戸惑うなか、一つ思うのは。


(キルト、大丈夫だよな?)


 そう考えた時、ヘリアスがふとつぶやいた。


「ん?近い。多分、こっち?」


「ヘリアス?」


「人の心が、あっちから。まだ生きてるみたいね」


「「!!」」


 俺たちは木々を避け、蔦を切り払い先を急ぐ。暫く走るうち、恐らくは木材加工の為に設けられたであろう円形の広場に出た。


「2人とも、見てあれ!」


 ミレットが叫ぶ中、視界に入ったのは人影と四つ足の大型の魔獣だった。

 

 牙を剥き出しにし、猫のような低い姿勢で今にも飛びかかりそうである。しかし、猫というには醜悪なツラと、引き裂く為にあるような鋭い牙が姿をのぞかせていた。

 

 近づくと魔獣の地を這うような低い唸り声がこちらにも聞こえてくる。一刻の猶予もなさそうだ。


「く、そ!化け物め。化け物!」


 人影は右手に剣らしきものを持って振り回しているのだが、虚空を斬り続けている。

 地面に血の跡を残しながら這うようにして逃げており、見たところ意識が朦朧としているようだ。


「酷い怪我してるわ、レイ!」


「ああ、わかってる!」


 

 俺は即座にナイフを抜き、ギロチンを展開した。そのまま攻撃をしようとして。


「!?」


 何かを察したようにグリンとこちらを向いた魔獣は、凄まじい勢いで飛びのく。そのままこちらに敵意を向け始めた所をみると、かなり殺気に敏感らしい。


 


「気づかれたわね?」


 ヘリアスとミレットが防御体制に入る。


「レイ、こう暗いと魔法をとちった時危険だから、援護に徹するわ」


「ああ、わかった。ヘリアス、頼む」


「了解」


 俺はヘリアスに男性の救助を頼むと、魔獣に向き直る。


 その瞬間、飛び込んできた魔獣。

 俺がこと戦闘においては最も危険だと見抜いているあたり、魔獣にしては賢いようだが。


(……言っとくがうちの嫁は俺より危険だぞ)


「我が言に従え!ライトニングスピア!」


 紫電の雷槍が俺の真横から射出され、魔獣は身をひねるようにして避け、後方に下がった。

 しかし、かすった辺りが炭化したようだ。一瞬、魔獣の動きが止まる。



 この一瞬さえあれば。


「ッ!!」


 ギロチンを10メートル以上離れた状態で振り抜く。

 振り抜きさえすれば、のあるであれば命を奪うそのギロチン。

 あの男性を殺しかけているうえに娘さんが重傷だ。能力は十分通せるだろう。

 

 だが。


「そうかもなとは思ったが……」


 あの時の仮面と同じように、俺の能力が効かないようだ。


(恐らくはキメラか、あるいはこの間の襲撃者と同じ……?)


 鼈甲の針がいたとされる場所の近くでこの騒動。俺は関連性がある可能性が非常に高いと判断を切り替えた。

 

 "でも、もしそうなら。今まで他の仕事は完璧に隠蔽してきたのにわざわざ足跡を残したのはなぜか?"



「ここに、俺たちを呼びたかったんだろうな。で、関係ない犠牲者を出した、と」



「レイ?」

 

「いや。なんでもない」


(もしそうなら、腹の底から気に食わない

 が。今はまず目の前の事を片付けるか)


 俺はメメントモリを呼び出そうとして、やめた。呼び出す隙を狙うつもりだろう。低く唸り、飛びかかる構えをしている。

 もしかしたらコイツは殺気に敏感なのではなく、俺を優先して狙うようになっているのかもしれない。



「対策はバッチリか。でもさ」


 俺はもう一度、ギロチンを振り抜いた。


 ニヤリと笑ったように見えた、その魔獣の首。


「狙いは良かったよ。狙いはな」


 それは次の瞬間には、ゴトリと下に落ちていたのだった。


「っ!?えっ!?」


 ミレットが俺と死体を見比べているが、単純な事だ。


「秤をいじって、ギロチンの射程を無くしただけだよ。要はやたら斬れる刃物が飛んでったってだけ。相手より俺の魔力が上回るから、斬れないわけないし」


「えぇ……?」


「まあ。いいだろ、行くぞ」


 まだ理解が追いついていないミレットを連れて、俺たちはヘリアスの近くに倒れた男性に声をかけた。

 どうやら俺たちが割って入った時に気絶したようだ。出血はヘリアスが止めてくれていたようだが。


「予断を許さない状況だわ。村に戻りましょ?」


「ああ、だが……」


 俺は一応、倒れ伏した魔獣の爪を剥ぎ懐に入れた。今度は、消えなかった。






「あ、ああ、あああ!!よかった。本当に、よがった!」


 次の日。

 目を覚ました息子さんを待っていたのは。


「おとーさん、何で泣いてるの?」


 もう助からないと匙を投げられた娘さんとの再会である。


「……なあ、キルト。相当頑張ったんじゃないか?」


「ええ、まあ。でも、あの風景のためなら」


 親子2人が抱きあっている。父親の涙に感化されたのか徐々に泣き始めた娘さんを見て、ミレットとキルトが目を潤ませていた。


「ありがとうございました。おかげでせがれと孫が助かりました。これは、うちから出せる全財産です。少ないですが、納めて下さい……!」


 宿主のお爺さんが俺にいくばくかの金銭と、宝石類を出してくる。


「プラチナランクの方への依頼料にしては、少ないのはわかっております。ですが……!」


 依頼料の相場を知らなかったと言って顔を青くしていた男性が頭を下げてきたのが朝のこと。その後、静止するのも聞かずに家中のお金をかき集めてきたらしい。

 息子さんが言うには、孫娘を救うために殆どの貯金を既に投げ出したそうで。



「あのね、おじいさん。私達は」


 ミレットが口を開くが。


「よし、わかった。貰おう」


 ここまで必死に集めたものを、ただ要らんというのはこの人の気持ちが収まらないだろう。


 俺は一つだけ宝石をもらい、宿主に手渡した。


「さて、人手が戻ってきた事だし。ここに居る全員に、これで朝食を用意してくれないか?」


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