第十六話 くびわの話

 あの惨劇の次の日、俺は頼みを引き受ける事を告げた。

 引き受ける時、俺の隣に立つミレットをみてリセスは複雑な表情をほんの一瞬浮かべていたが。


「……では、よろしくお願いいたします。センさん、ミレットさん。さんも!」


 すぐにそう言って、いつもの眩しい笑顔を向けてきたのだった。


「……ああ、行ってくる。すぐにでもここを発つよ」


 隣を見るとミレットは頷き、ヘリアヌ、ではない。へリアスも頷いた。とりあえずの偽名にしたってもっとまともなのはなかったのだろうか?ニアミスじゃねえか。


「……あ、あの!」


「キルト?」


 黙っていたキルトが、なにか意を結したように口を開いた。


「私はレイ達と一緒に行ってはダメですか……?」


「……キルト、貴方には私たちの警護を頼みたいのです。調べたところ、現在バブイルの他のメンバーは王都を留守にしている様子。更に、あなた方は襲われた。この意味がお分かりにならない貴女ではないでしょう?」


 どうやらすでに王が動き出しているようだ。バブイルを王都から遠ざけたのも、2人を消すためとしか思えない。最早王都にアリエスとキルトの居場所はないと考えるのが自然だ。


「そう、ですよね」


 そう言ったキルトの背中に、意気消沈という言葉が見えた気がした。正直、コイツがここまで沈み込むのは珍しい。


「キルト、北の大陸に何か用事があるのか?」


「うえっ!?その、なんといいますか……!?」


「なんだ。何か必要なものがあるなら遠慮なく言っとけよ。必ず持ってくる」


「あの。そういうことではなくて、あの……!」


 やたら歯切れが悪いが、こんな状況だ。欲しいものくらい遠慮なく甘えてくれればいいと思う。

 それに、金を使う機会がなさすぎてつい忘れがちだが、細かい分配は置いておいて2000万レイズという大金がある。

 路銀はミレットが言うように心配がない以上、少しくらい融通しても構わないだろうと思うのだが。


「「はぁ」」


 なぜだか呆れた視線を横から感じるが、何だろう。妹分を気遣い、甘やかすことの何が悪いのか?


「……はいはい、そこまで。リセス王女、提案があるのですが!」


 そこまで黙って状況を見守っていたアリエスが口を開いた。


「はい、アリエスさん」


「ここは前向きに、戦力の分配だと捉えるべきでは?私の天敵をレイ達が追ってくれる以上、私たちは身の回りの警戒を重要視するべきです」


「たしかに、そうです。その為にもキルトさんの魔法が必要では?」


「いえ、逆です。キルトは拠点防衛向きではありますが、魔力が多いため感知魔法に引っかかりやすいという弱点があります。遠ざけた方がいいかもしれません。レイ達に同行させれば囮になるやも」


「アリエス!?」


 あんまりな言い分に俺は驚くが、キルトが目を輝かせている。お前は囮になりたいのか!?


「……わかりました。レイに同行する事を許可します」


「っ!はい!」


「……ま、仕方ないか」


 囮と言われたのに喜色満面、大変嬉しそうなキルトと、やれやれといったミレットの顔が対象的だ。


「執行者」


 小声でへリアスが語りかけてくる。何か用かと聞いてみると。


「ハーレムね?」


「確かに女性ばかりだが、そんなもんじゃねえだろ。揶揄うな」


 そしたらお前も俺に好意持ってるって事になるだろうが、と思うと。


「それはないわねぇ」


 と一蹴された。


「まったく。ただの旅行なら少しは楽しかったかもしれないが、現状は気を使うことが増えたくらいの事だよ」


「……ハーレムといっても、ってだけなんだけれど、ね。しかし、丸くなったのね。とは大違い」


 そう言って、騒がしくしている4人の所へ向かうヘリアスを見送った俺は1人呟いた。


「……太ったかな」


 鍛錬はかかしてないし、体重は別段変わってないと思うんだが。


 どうにも腑に落ちない俺は出立の準備をするべく、自身の部屋に向かうのだった。





 それから1時間後。

 案の定荷物がないミレットとヘリアスと俺。何やら刻印の施されたカバン一つのキルトという俺たちは、ライトスの市街地から馬車に乗り込んでいた。

 ゆっくりと走り出した馬車は、街道に出て、王都の横を通り過ぎる。

 下手したら検問があるかと思ったが、杞憂だったようだ。


 俺たちがまず目指すは、北の港町だ。

 検問はなかったとはいえ、王が追っ手を差し向けてくる可能性もある。暗くなるまえに港町の手前にある農村に到着し、一泊する予定だ。


「キルト、鼈甲の針が最後に確認されたのはどこなんだ?」


「ええと。アリエスの糸が拾った情報と、私の使い魔が夜通し見つけてきた情報からだと……」


 キルトが杖を馬車の床にトンと叩くとこの世界の地図が浮かび上がった。


 中央には聖樹と呼ばれる大木が坐すリメルフ大陸があり、そこから四方に大陸がある。

 俺たちがいるのは西の大陸、セブレス大陸である。


 各大陸に王家がおり、魔王軍との戦いや仕事で連携をとったこともある。

 最近ではバブイルとしても個人としても交流は減っていたが、王国同士での交流は頻繁だ。


「2日前、この辺りで記憶の混濁事件が起きていますね」


「記憶の混濁?例の魔法を使用した影響か」


「恐らく。敵の風貌すらわからない状態ですから、そこから地道に一つずつ当たっていくしかないですね。時間は、あまりなさそうですが」


 あの仮面の化け物を思い出したのか、キルトが少し震えている。戦闘した感じ、あれは十中八九合成された人と魔獣だろう。


 鼈甲の針はとりあえずの目的地である農村を少し超えたあたりで目撃されているようだ。向こうが待ち構えでもしない限り、この大陸で追いつくのは厳しいだろう。


「ま、仕方ないわ。行きがけに魔獣退治したり、機会があれば計画の邪魔したりしながらいきましょ。油断なく、予断なく、ね?」


「……そうですね。王女に何かあればすぐ連絡が来ますし。そういえばレイ、別れ際に王女から何をもらったのです?」


「ん?ああ、これか?」


 俺は出発寸前に手渡された一つの指輪を取り出した。今は首からかけてある。


『レイさん、その。いってらっしゃい』


 照れたような笑みと共に渡されたこれには王家の刻印が入っており、リセスから受け取るのを昔いちど拒否したものでもあった。


(こんな形で受け取るとはな……)


 指輪を眺めていると、どうやら3人の様子がおかしい。


「「ゆ、びわ?」」


「執、行者……?」


 何やら2人の顔が形容し難いものになり、それを見たへリアスの顔が青白くなっていくが。この指輪に何らかの魔法的効果があるのだろうか?


(大っぴらに見せるもんではないって言ってたのはそういうことか?説明を受けた以外の魔力は感じないんだが)


「何でも、つけている人の居場所がすぐわかるようになってるらしい。しかも、向こうに危険があればこれを媒介に空間転移門を開いてくれるそうだ。だから何かあればすぐ戻れるぞ」


 リセスとアリエスの居所は俺たちから漏れる可能性を考慮し、聞いていない。

 その為、危険があれば向こうから呼んでもらうという話になっている。

 その時の道標となるのが、この指輪だそうだ。

 アリアドネの糸と違い自身の装備品扱いにしてしまえるので、壊れた天秤の効果は及ばない。リセスが俺を認識しているのがこちらにもわかる。



「へ、へえ?そのための指輪ね?他意はないわよね?」

「いえ、王家の徽章が入ってます。ミレットさん、王女はガチですよ。レイが受け取らないから口実にして渡したんですよ」


「?」


「……うわぁ」


 女子2人が何やら盛り上がって居る中、ヘリアスのテンションがやたら低い。

 妙な緊迫感が流れる中。馬車は一路、農村を目指すのだった。




 数時間後、無事に農村に到着した俺たちは馬車から降りた。時刻は17時を回る所であり、周囲は薄暗くなり始めている。


「さて。道中とくにトラブルはなかったわね」


「いや、ありましたよ。見逃せない奴が。ミレット?おーい」


「キルトちゃん、無駄。記憶から消してるみたいよ。それより執行者、これからどうするの?なんか、物々しい気配がするけど」


 そう。ヘリアスの言うように村を歩く人々にどこかピリついた空気が漂っているのだ。

 


「……とりあえず待っててくれ。宿と話をしてくる」



 俺が扉を開くとカウベルが鳴り、宿に来客を知らせる。だが、特に出迎えがあるわけではなかった。

 妙な感じがした俺が足を先に進めると、奥にのカウンターに座るお爺さんが見えた。

 

「あ、ああ、お客さんか。いらっしゃい」


 慌てたように立ちあがろうとするが、どうやら足が悪いようだ。俺はそのままでいいと告げ、手続きをとる事にした。


「ああ。4人だが、部屋は取れそうか?」


「ああ。部屋なんて有り余ってらあ。料理なんかは出せねぇが、それでよかったら泊まってってくれ……」


「何かあったのか?」


 沈み込んだようなお爺さんの様子は、ただごとではない雰囲気だった。宿内も他に客はおらず、静まり返っている。


「いや、何でもねえ。気にせず部屋を使ってくれ。なんなら、料金はいらねぇよ」


「……ああ、わかった。使わせてもらうよ」


 俺は踵を返して3人の元へとおもったが。


「因みに、何かあれば言ってくれ。一応、これでもこういう者だ。力になる」


 カッコつけるわけではないが、身分を明かしておけば相談しやすくはなるだろう。俺は懐からギルドカードを提示してみせた。


「ギルドカード?プラ、チナ……?」


「ああ、一応な。特段、問題がないならいいんだがっ!?」


 バシッと、手を掴まれた。そのまま縋るように、握りしめられた。


「た、たすけてくれ!あいつが、無茶して死んじまう前に!!」

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