第十五話 能力と、次の目的の話(後編)

 認識阻害魔法を使い、完璧に情報を隠蔽し。アリアドネの糸の使い手を掻い潜る、か。


「なあ、もう確定じゃないか?」



「……はい。そして、ここまでの全てを含めて。改めてレイにお願いがあります」


 キルトが口を開く。真剣な6つの瞳が俺を捉え、頭を下げてきた。


「力を貸して下さい。私たちには、貴方の力が必要です」


アリエスも、疲れが滲む顔で俺を見る。


「こいつには、私より上の技量の人もやられてるの。私は今回、相手にされなかっただけかもしれない」


キルトとアリエスが止めるのも構わず、リセスも頭を下げてくる。


「この鼈甲の針という者は微かな情報を繋ぎ合わせたところ、現在は北の大陸に戻っている途中にあるとか。王の計画を知るであろう重要人物として、貴方には捕縛に向かっていただきたいのです。私は動けませんし、アリエスとキルトは既に王にマークされているとしか……」


「なる、ほどな」


 俺は、ミレットの顔を見る。不安げに見つめ返してくる瞳が、揺れた。


「……ここまで聞いてなんだが。すまん、少し、考えさせてくれ」


「そんな!?」


 キルトが勢いよく立ち上がり、俺の元にやってくる。


「な、なぜですか!?いつものレイなら!?」


「待ちなさい、キルト」


 リセスがキルトを静止し、俺を見据えた。


「ミレットさんね?」


「……いや、俺自身の問題だ」


 ここでミレットの名前を出すのは、違うだろう。俺がミレットと相談すると決めただけなのだから。


「レイ……」


「えっ?えっ?」


 なんとなく状況を察したようなリセス、状況を読めず右往左往するアリエス。

そして、俯いたキルトというなんとも言えない空気の中。


「とりあえず、もう夜よ?ご飯食べたら?」


 暗く、太陽の沈んだ外を見ながら、ヘリアスがそんな気の抜けた提案をしたのだった。




「レイ、そっち持ってー!」


「あ、ああ。しかしでかい皿だなこれ?!てか、ヘリアスも手伝えよ!?」


「手伝ってるわよ。こっちの二人を見張るっていうね。あ、アリエスさん。それきちんと切らないと毒が……」


「ひえぇ!?キ、キルト、火加減はどう!?」


「うぇ!?ええっと。こ、こうでしょうか?攻撃以外だと難しいものですね……」


「あ、私は、えっと」


「「「王女は座ってて下さい!」」」



 騒がしい空間再び。俺はなんとなく避難する気になれず、そのまま料理を手伝い始めていた。


(飯、食いっぱぐれるのも嫌だしな……)


 俺は調理中のみんなの顔を見る。

 先程までの緊迫感はどこへやら、笑顔が浮かんでいた。


「束の間の休息ね」


「……ミレット」


 いつのまにか隣に来ていたミレットが、俺の隣に並ぶ。


「さて、明日からどんな依頼受けに行きましょうか?プラチナランクの仕事が来てるといいわね!」


「ああ。そう、だな」


 自分でも思うが、歯切れが悪い。なんだろう、この感じ。

 俺の方をじっと見上げていたミレットが、ため息を吐いた。


「……なんてね。レイ、ちょっとこっち来て」


 そういうと、調理中のワタワタしているみんなを置いて俺の手を引いたミレット。

 意味深な笑みを浮かべて手を振るヘリアスと、湧き上がる火柱、転げ落ちる具材。そして、曖昧な笑みを浮かべたリセスが視界の端に映る。

 だがその間にも引かれる力は弱まる事なく、気がつくと俺たちは応接間に来ていたのだった。


「ミ、ミレット?アイツらほっといたらヤバいものが出来上がるんじゃ?」


「……ヘリアスがいるから、大丈夫」


「それは本当か!?なあ!?ミレッ、ト?」


 小刻みに肩が震えている。どうしたんだ?


「私は、あんたが行ったほうがいいと思ってる。でも、行って欲しくないって気持ちも、ある。いくら強くても、それでも、心配なの」


「その事は……」


「でも、あの3人に何かあるのも嫌なの。ごめん、わがままで……!」


 絞り出すように口に出すミレットに対して、俺は告げた。


「ならさ、俺と一緒に来てくれないか?」


「ぇ?」


 目頭が赤く、泣きかけていたミレット。心配かけないようにするなら、それが一番だろう。


「そもそも、俺が王都を出る時にも着いてきただろ?なんでそんなに悩んでんだよ」


 そう。コイツは悩むくらいならまずは連れて行け、なんなら私が引っ張っていく。そんな女だというのに。


 俺がそういうと、ミレットは一度顔を伏せ、ゆっくりと俺を抱きしめるように寄ってきた。柑橘系の甘い香りが顔に近づく。

 細く、華奢な体と、綺麗な手が徐々に首に回り。


(……ん?首?)



「あんたが、毎回私を危険から遠ざけるからでしょおが!?私が足手まといなのかと思って遠慮してたってのに!?」


「ミレ、ミレット!?止めろ!締まる!?」


「毎回毎回!毎回!!その言葉を待ってたのに!なんで言わないの!?私はそんなに頼りないですか?そうですか!?」


 先程までのしおらしいテンションはどこへやら。グイングインと揺さぶられる俺の首。ミレット自身の戦闘能力も高いだけあり、このままではマジでヤバい。てか、やめろ、締まる、マジで締まる。


「ちがっ、頼りないとかじゃねえ!」


 コイツは何を言ってんだ?今までだって助けてもらってきている。確かに危険からは遠ざけてきたが、最初は公爵家の娘で、何かあったらまずいから。


「じゃあ何?返答次第によっては……!」


 こうなる前は、可愛い後輩だったから。今は。


「大事な嫁さんに何かあったら嫌だからだろうが!?」


「はっ!?はあ?!こっちは旦那に何かあったら嫌なのよ!?」


「じゃあ、どこでも二人で行けばいいな!?」

「え!?ええ!そうね!そうしましょう!?」


 多分、最初から出ていた答え。それを二人でバカみたいなテンションで叫んだあと、若干酸欠で倒れた俺と、息を切らしたミレットは見つめあった。


「ふぅ、よし!行くわよ。北の大陸!」


「……げほっ、ああ」


「路銀は沢山あるし。急ぐ旅のようだけどまあ、時間があれば人助けでもしていきましょう。この辺は暫く平和だろうし!」


「……ああ」


 手を差し出しながら俺を立たせるミレット。しかし、いつもの朗らかな笑顔が。急速に俺の顔に近づいてきたのは反則だと思った。


「ミレッ、ふっ!?」


 しばし、俺たちは至近距離で見つめ合う。ああいう事をして、流れとはいえ夫婦になり。


 でも、いまだに慣れないこの感覚


「……よし、気合い入った!行くわよ!」


 扉を開け、キッチンにかけて行くミレットを見送る。俺は暫く、唇に残る感触の余韻によって、動くことができないのだった。




「……それで、なんだ。やはりこうなったか」


「そんな。ヘリアスの力が、及ばなかったというの?」


 俺が戻るとそこには、倒れ伏すヘリアスを抱き抱えるミレットがいた。

 周囲には割れた大皿を持って気絶しているキルト、焼けた鍋、泡を吹くアリエス、回復魔法をかけ続けるリセスという光景が広がっている。

 脳が理解を拒むが、とりあえず。


「……リセス、なんでこうなったんだ?」


「レイさん、その……!」


「ぅ」


 リセスが話始めようとしたその時、ヘリアスが意識を取り戻したようだ。


「ヘリアス!?しっかりして!」


 ミレットがへリアスの手をしかと握りしめる。虚な視線で、ヘリアスは口を開いた。


「執行、者。ミレットさんを、選んで、せいか……」


「ヘリアスウウゥ!」


 生き絶えたヘリアス。ミレットが叫び、リセスから一筋の涙がこぼれ落ちた。


 ああ、実に感動的ではあるのだが


「とりあえず説明してくれ、誰か」


 そんな切実な俺の想いに、答える者はいなかった。





【私は具材ではなく鍋を焼きました】

【私は端材から毒を生成しました】


「「うぅ」」


 張り紙をへリアスにへばりつけられ、意気消沈した二人。


「なんで?どうして人の指示が聞けないの?」


 先ほどの惨状を思い出したのか、青い顔で頭を抱えるヘリアスだが、等の本人は何故倒れ伏していたのだろうか?そう疑問に思い聞いてみると。


「二人の思考が意味不明でパンクしたのよ。キルトちゃんは鍋の火加減の調整なんてツマミをいじればいいだけなのに、複雑な魔法工程を考えてるし」


「アリエスさんは端材が毒になるということは鼈甲の毒針への対抗手段が得られるかもとか考え出すし。私、ヘタの部分に毒があるとは言ったけど、本当にこの短時間でヘタから毒を抽出することなんてある?なんなの?」


 涙目で憤ってらっしゃる。てことは、リセスが一番の救いか。


「えっ!?あーいや、そうね?救いだったわ。とりあえずリセスさんは置いときましょ?」


「?」


 よくわからない焦り方をしているヘリアスはさておいて、今はミレットが作り直してくれている料理が出てくるのを待っている段階だ。

 そんな中、ふと気になった事をヘリアスに聞いてみた。なんとなく、答えはわかっているが。


「ヘリアス、お前はどうする?」


「ん、行くわ。暇だし」


「そっか。よろしくな」


「ええ。よろしく」


「あ、あのぉ、二人はなんの会話を……」


 オドオドとしながら確認してくるキルトに、俺は答えた。


「例の件、力を貸すよ。放ってはおけねえからな」


 目指すは、北の大陸


 冬と酒の国、ガレイシュラルドだ






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