第十三話 いんぼうの話(後編)

「リ、セス?」


「はい。レイさん。お久しぶりです」


 かつて俺の血に塗れた手を何の躊躇いもなくとった女性であり、現国王の妹。

 黎明の秘宝とまで言われたその美貌と、透き通るような栗色の髪。

 髪と同じ色の瞳が俺を見つめ、いつもの眩しいほどの笑顔が俺を焼いていた。


「レイ!ちょっと、毎回言うけど、その態度やめなさいって!」


 焦りながらミレットが抗議してくるが。


「……ミレット、毎回申しますが。レイはいいのですよ。本来、そのがあるのです」


 リセスは気にも留めない。しかし、いつもの優しい口調ではなくどこか責めるような口調だ。


「う、ですが。今は一般人ですので、その辺りは戒めませんと、王女の品格に傷が」


「……そうですね。ですが、一般人といえば、私も今はそうなのですよ?ね?キルト」


「……」


「おい、どういうことだ?」


 何を言ってんだ?この王女様は。冗談かと思ったその直後、キルトからは驚くべき発言飛び出た。


「レイ、ミレット。王女は現在、クーデターの主犯として現王から追われる身なのです」


「「はあ?」」


 若干混乱する俺たちにキルトとリセスが語り始めた。その2人から聞く限りでは。


 あの最後の夜。キルトの言っていたクーデターというのはリセスが起こしたものだったらしい。早期からイカレた計画の手がかりを得て、準備をしていたとか。 

 

 ちなみに俺が屋敷で片付けた連中は、リセスのクーデターに便乗しようという反現王の連中であり。あの映像に映っていた哀れな男が集めていたメンバーだった。

 男もクーデター側だったのだが、なぜか土壇場で現王に寝返った。そこから情報が漏れたようだ。


(結局あんな最期を迎えたようだが……)


「やはりその。屋敷の方々は恐らく、あなたを王都から遠ざけるための餌に使ったのでしょうね」


リセスは顔を伏せ、キルトが言いにくそうに伝えてくる。


「ああ、そうみたいだな。続けてくれ」 


 一度奪った命は戻らないし、アレが仕事だった。気にすることでもされることでもない。


 さて、話の続きによれば。男からクーデターの情報をつかんだ現王だが、そもそもリセス達の目的は計画の阻止である。

 もしあの計画をバブイルが知れば逆に敵になりかねないうえに、リセスを神輿に担ぎかねないと判断したようだ。

 

 そのため、城内のメンバーに何者かが認識阻害の魔法をかけてクーデターを起きていないことにさせた。

 そうすればバブイルの離反を防げると考えたのだろうか。


「私たちは兄さま率いる鎮圧部隊と交戦するも、何とか犠牲なしに王都を離れることができました。今は、ある場所に潜伏して次の機会をうかがっています」


 そう話を締めくくったリセス。ちなみに魔法耐性が非常に高いキルトもあの日は特務を受けて王城からは離れていたらしい。

 ミレットは先ほど言っていたように公爵に呼び出されているため知らなかったのだ。


「キルト。正直、私も疑ってたんでしょ?」

「ごめんなさい……」

「ん、状況が状況だし仕方ないわ。許す」


 どうやらあの真剣な見極めるような視線はそういうことだったらしく、二人は二人なりの解決をしていた。



 「とはいえ、他のメンバーも魔法を受けたところでそう簡単に引っかかるやつ等じゃないと思うんだが」


 しかも、ここにはいないアリエスの能力が城の至る所を監視している。バブイルの全員が気が付かなくなるほどの認識阻害魔法になぜ気が付かなかったんだ?


「それに関しては、元魔王軍幹部であるヘリアス・ミリアル相当の敵が向こうには居るとわたくしは考えています。レイさんはどうお考えになりますか?」


「…………どうだろうな?」


 リセスを除く全員の視線がヘリアスに向かう。刺すような、針のむしろ状態のヘリアスはしかし余裕そうに見えた、のだが。


(あ、顔赤くして小刻みに震えてる)


 コイツのメンタルは外見に引っ張られており、たまに大人っぽくなると思ったら子供になったりする。

 

 多分今コイツは、何か反論したくても犯人呼ばわりされたら嫌だな。でも、この視線は痛いなあとかそんな感じのことを思って……


 そんな事を考えていた時、半泣きのヘリアスと目が合った。


「………!」


「……はぁ」


 俺はリセスに向き直り、考えを述べた。


「そうだな、俺もそう思う。だが、ヘリアスはこの手で確実に葬った以上、ヘリアスの線はない。だが、今の世にキルトとアイツ並の魔法使いなんているのか?」


「「!!」」


 キルトとヘリアスが明るい顔になる。何だよ、俺はその辺の評価は間違えてねえ筈だよ。


「……はい、それが驚くことに居るようなのです。ここより北の大陸に。アリエス、こちらへ」


(え?いまアリエスって)


 俺たちが見守る中、先ほどの空間が再度開き、アリエスが出てきた。


「や、無事でよかったよ」


「「アリエス!?」」


 俺とキルトは、予想だにしないタイミングでの再会に喜んだのだった。




 一度休憩にしようというミレットの提案のもと、俺たちは力を抜いたのだが。


「酷い目にあったよ!追手をキルトが引きつけてくれた後も違うのがワラワラと。逃げていたら今の扉がグインて開いて、私を助けてくれたの!」


「何にせよ。無事で何よりでした」


「とりあえず落ち着いて。スープでも飲む?体温めてから続きを話しましょ?」


「あ、ミレットさん。わたくしにもいただけますか?」


「うぇぇ!?そんな大したものではないですよ!?」


「センからはミレットのスープの味は絶品だと聞いています。謙遜はいりません」


「そうですね。絶品でしたよ。悔しいですが、ほんとに……」


「うぇ!?あ、ありがと。って、レイ?レイ!?リセスに余計なこと言ってないでしょうね?!」


「ミレット?貴方も失礼だなんだと人のこと言えないですよ」


 どこだー!と言う声が聞こえる中。俺はそこから避難するように別荘の外に出ていた。すぐそばにあるちょっとした林の木陰に立つ。


(あの4人が集まると騒がしいんだよなぁ)


 快活なミレットと、アリエス。遠慮しないリセス、ツッコミのキルト。

 ミレットが俺の後輩になってから、いつのまにかキルトとアリエスとつるんでおり、最終的にリセスとも仲が良くなっていた。

 

 ミレットはリセスに対して口調こそ敬っているが、本音はただの1人の友人として扱っているのが見て取れる。


(王の計画にクーデター、指名手配にお義父さん問題。随分えらいことになってるが。そんな事を彼女達が背負う必要があるのだろうか?)


 耳を澄ますと、ライトスの街からは人々の喧騒が聞こえる。

 時刻は昼下がり。俺は耳を澄まし、考えた。


「……」


 魔王が倒れた後も、人々は争っている。本当に困っている人々を置き去りにして。


 かつて、俺に言い放った男の言葉を思い出す。


『人の世から争いごとがなくなるわけがなかろう?死を司る者。お前に安寧は来ない。死んだとしても、な』


「安寧は、来ない。か」


 であれば、俺が……


「……何を黄昏てるのよ、執行者」


「ヘリアス?」


 振り向くと、ヘリアスが立っている。もう立ち直ったようだ。


「貴方が考えてることは間違ってるわ」


「……何がだ?」


「かつての仲間達から助けてと言われ、話を聞くと大事になっている。でも、そんな事を彼女達が背負う必要があるのか?だったわよね?」


「……ああ」


「たくさんの命を奪ってきた貴方に安寧は来ない。であれば、せめてまだまともな人生の彼女達のためにも?うんうん。立派な考えね!そういう所であの子達を落としたのかしら?」


(おい、いきなりなんだ?何の話だ?)


 そう思った時、くるりと、その場で回ったヘリアス。トトト、と俺のそばに寄って、囁いた。


「俺が一人で動けば解決する話?その考えは、驕り、傲慢よ?」


「っ!?」


「貴方がいかに強くても、何かを助けたいなら、誰かを護りたいなら。まずは頼ることも覚えなさい。頼らないことで傷つけてしまう事もあるのだから」


 顎でヘリアスが後ろを見ろ、と合図してくる。ふと見ると、ミレットがオタマを持って慌てて隠れるのが見えた。聞いていたのか?


「頼り方なんて、色々あるのよ。坊や?」


 一瞬、ヘリアスが大人に見えるも。


「……かっこつかねえぞ、ちんちくりん」


「ふふ、その方が貴方らしいわよ?」


 そう言って、別荘に向けてかけていくヘリアスを見送る。言葉で感謝はしてやらない。心が勝手に伝わっているだろうから。


「ミレット!!」


 俺は未だ隠れている彼女に、声をかける。呼びかけても顔を見せないコイツは、いつだって俺の心配をしてくれていた。


 執行者時代の時も、ポイズンスワンプドラゴンの時も、古城調査の時も、キルトと帰ってきた時だって。

 別の感情は見え隠れしていたのはさておいても、根底にあったのは心配で。

 俺の力は散々見てきているのに、それでも。


 こんな風に想ってくれる相手が居るのに、俺は一人で、何を考えていたのだろうか?


「……今まで悪かった。今後はまずは相談するように、考えを改める。俺が出来るから、やれるからじゃなくてな」


 独りよがりかもしれないが、俺は宣言して別荘に戻る。細かい言葉で伝えるのは、苦手だ。


「よかった……!!」


 風に乗って、少し掠れた、聞き慣れた声が聞こえてきたのは。きっと空耳だったのだろう。


 

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