第十二話 いんぼうの話(前編)

 あれからしばらく。まだバチバチやっている2人に飯を食うことを提案したのだが。

 

「私たちは待ってる間にもう食べたわ。それに、と水入らずで食べたいでしょ?」


 などと言って、席を外していった。


(一緒に食いたくないとか、機嫌が悪いわけではないみたい、だな?)


 ミレットは見るからに機嫌が良さそうな顔で鼻歌を歌いながら部屋の片付けをしてくれているのだが……


「……ふいっ」


 その代わりに先ほどのミレットの発言を聞いて、こっちが不機嫌になっていた。

 

 (妹分呼ばわりは不快だったのか?)


 距離感を間違えていたか?昔からの付き合いなのにな。なんて思いながら2人、飯の席に着く。

 

 ミレットは野菜スープを作っておいてくれたようだ。

 本人は否定するが、このスープは非常に手が込んでいて美味い。

 丁度いい塩気に野菜の甘みと、鶏肉の肉汁がうまい具合に溶け込み、疲れた体に染み入るのだ。食べる人の事を真剣に考えてくれているとわかるような、そんな味がする。

 

 キルトもこのスープを飲み始めたら止まらないらしく、先ほどからスプーンが動き続けている。


「これ、美味いよな」


「……はい。こんな味、城でも食べた事ないです。誰が作ったのですか?あと、あの子は一体?」


「作ってくれたのはミレットだよ。あの子は、なんていうか……」


 ミレットが作った物だと知って目を点にしているキルトに、ヘリアスの事を言っていいのか正直迷う。


「ミレットさん、このお皿はここでいい?」


「おっけ。ありがとね、ヘリアス」


「どういたしまして。次は何かある?」


「んと、じゃあ……」


 しかし、俺たちの耳にそんな会話が聞こえてくる。コイツは賢いし、バレるのも時間の問題としか思えない。


「……ヘリアス?聞いたような名前ですね」


「あ、ああ。そうだな」


 一瞬動揺してどもった俺の顔を、じっと見つめてきたキルトが口を開く。


「……レイ、何か隠してますね?」


 (ダメだ、秒でバレた)


 確信を持っている目をしたコイツ相手に誤魔化すのは無理だ。

 それに、今後あの2人にも手を貸してもらう事を考えると隠すのは得策ではないため、俺は素直に話すことにした。


「実はだな……」





「本当に彼女が、あの?」


 何があってああなったのかの説明を終えたのだが。スープを飲む手を止めて、ヘリアスを呆然と見つめ始めてしまった。


(……明かしたのはまずかったか?)


 魔王軍幹部であったヘリアスとキルトは、かつて激闘を繰り広げた。遺恨があってもおかしくない。


「そう、ですか……」


 だが以外にも、キルトはそう呟いただけだった。そのまま、再びスープを啜り出す。


 結局その後は特に会話がないまま食事が終わり。片付けの後に始まる会議まで、静かな時間が過ぎていったのだった。


 





 食後の片付けが済んだ後、俺たちは別荘内にある応接間に移動した。遮音の結界が張られているため、秘匿性が高いからだ。

 並びあったソファに俺とミレットが隣同士で座り、その対面にヘリアスとキルトが座った。

 椅子の座り心地がいいのか、ヘリアスがなん度も感嘆の声を上げている。

 下手したら城のものよりいい物を使っている可能性があるが、公爵家として正しいのだろうか?


「……で、何をしようとしていたのか話を聞かせてくれるかしら?」


 俺とキルトを半眼で見ながら、足を組んで早く話せと目で訴えてくるミレット。


「本来は、内密に進めるつもりでしたが……」


 そんな視線を受け、確認するようなキルトの視線に俺は頷く。


「キルト。説明を頼む。この2人にも、な」


「……わかりました。ですが、本題に入る前にこれを見てください。」


 頷いたキルトが杖でトンと床を叩く。すると、中空に映像が流れ始める。

 本人や使い魔の見聞きした物を映すことができる魔法であり、情報共有の常套手段だ。



『王よ、なぜ!?なぜこのような!約束と違います!』


『面倒だ、連れて行け』


『や、やめてください!嫌だあああ!』


 少なくとも玉座ではないどこかに、現王と、そして悲鳴を上げながら衛士に連れて行かれる男が写っていた。


「なに?この男の人何かしたの?」


 ミレットから確認が入るが、キルトは答えない。映像を切り替え始める。


「……次にこれを。見ていて気分が悪くなると思いますが」


 切り替わった映像の中に、足枷と首枷をされた囚人らしき男と、蜘蛛のような魔獣が見え始めた。


「あれ?これさっきの人よね。どういう事?」


 そう。捕まっているのは悲鳴をあげながら連れていかれた男性だ。その足元には赤い、趣味の悪いデザインの魔法陣が描かれている。

 その近くには鎧を着た大男と、白衣を着た初老の紳士。何やら深刻な顔で会話をしている。


「今回は、この者達か?』


『はい、将軍』


『適合率が高ければ良いが?』


『事前の検査ではおよそ5割越え同士。現状これ以上は望めませぬ』


『致し方なし、か。やれ』


 魔法陣が赤い光に包まれていく中、俺達は食後に見るべき物ではない物を見た。

 なにせ、人と魔獣が溶けるような過程を経て、一つにつなぎ合わされて行くのだから。


『ギョウ!?マ、ディガズグ?』


 数秒の後、映像の中では魔獣と人が合わさった何かが生まれていた。全員、更なる嫌悪感で顔が歪む。

 

「……こんな趣味の悪い魔法、私も知らないわね」

 ヘリアスが吐き捨てるようにぽつりと呟いたその直後。


『……ふむ。む?』


 こちらに向けて手を開く鎧の男。


 次の瞬間


「消えた……」


 見入っていたミレットがぼんやりと呟く。


「……はい。使い魔が灰にされましたので」

 

 そこで一度映像を止めたキルトは、こちらに向き直る。





「レイ、貴方の最後の仕事を覚えていますか?」


「反乱分子対策で久々に動いた件か?」


「それです。あの時、実は別の事件が王城で起きていたのはご存知でしょうか?」


「いや……?」


 ミレットに視線を移すも、首を横に振る。


「やはり、そうですか……」


 俺たちの反応を見て、キルトは何か確信を持ったようだ。一瞬の間の後、驚きべきことを口にした。


「実はあの時、王城内部でクーデターが起きていました。それを、バブイルメンバーの誰1人として知らなかったのです。いえ、正確には認識できなくされていた、と言えばいいのか」


「認識できない?」


「とはいえ、レイはを使ってるので物理的に遠ざけられただけですが」


「「インチキ……」」


 俺とミレットが目を見合わせる中、キルトはある物を懐から出した。



「以上を踏まえてこれを見てください。本題たる王の計画についてです」


 一枚の、王印が押してある用紙だ。俺たちはそれを広げ、読み始める。 


『死刑制度が廃止された後の犯罪者の有効活用法』


『死刑予定の者を魔獣と融合させ、人より強い兵士として作り替える。多少のは国の発展に必要な犠牲とする。その場合、死刑制度に抵触しない物と考え……』


「実質的な死刑じゃないの、魔獣と融合なんて!?」


 憤り、感情を爆発させたミレットに対し、キルトはあくまで冷静に続きを促す。


「落ち着いて下さいミレット。まだ続きがあります」


「……ごめん」


『……それによって国力の強化を図り、"他国への進出、支配"を目的とした計画を発足する。け尚、今課題にとって最大の障害となるであろう執行者はその任を解くものとし、後任にディスガルク公爵家から役職者を任命することとする』


「まさか、これ、私?」


「……ああ、俺もアリエスから聞いて驚いたんだが」


「普通の死刑ならまだ、わかるわ。でもこんな事、死んだってやるもんですか……!」


 ミレットは怒りを顔に滲ませながら、先を読んでいく。

 上から順に、目が皿のようになりながら俺たちは読み進めた用紙の最後。


 この用紙が誰に行き渡ったのかを知らせる捺印を見て、俺も驚いた。


【ガリオス・デイン・ディスガルク】


 ミレットの父親の名だ。これは、アリエスから聞いていないぞ。


 俺とへリアスは何とも言えない表情になるが、キルトは真剣に、黙ってミレットを見ている。何かを見極めようとするように。


 そんな3人の視線を受けても、ミレットはあくまでも冷静だ。数秒後、ポツリとつぶやいた。


「……だからか。お父さん」


「ミレット?」


 俺の方に向き直るその瞳もまた、どこまでも冷静だ。


「あの時。レイと一緒に王都を出るって言った時、お父さんはすぐに了承したよね」


「……ああ。拍子抜けな程にな」


 あの時の呆気なさは、確かに違和感を覚えた。


「私ね。あの日の2日前に、こんな質問されてたのよ。城にいたのに、わざわざ呼び出してまでね」


「質問?」


「ええ。もし、レイが王都からいなくなることがあればお前はどうする?って」


 キルトとヘリアスがじっとミレットを見つめる。その質問の意図は、タイミング的にも。


「……何て言ったんだ?」


「その時にならないとわからない、って。ただ、私が何をどう選ぼうが、にも邪魔はさせないって言った」


 俺たちに向けて、真っ直ぐに。強い瞳で断言した。

 ヘリアスは笑い、その瞳を見たキルトは圧倒されたように息を呑んでいる。


「だからあの時。私はその時が来たから、決めたの。アンタと王都を出るって。その意思を汲んでくれたのかと思ってた」


 ミレットは俺たちを見渡した上で一度言葉を切り、再度口を開く。そこから出た言葉は、親子の間の確かな絆を感じさせるものだ。


「でも、違う。お父さんは絶対、この計画の事を知ってたんだ。だから、私を逃した」




「……ええ、その通りです」


 4人が驚き見つめる先。


 空間が裂けたように開かれ、現れる。


「……!」


 時が止まったようだった


 俺は思わず立ち上がり、キルトとミレットは、その顔を見るなりかしずいた。


 ヘリアスだけは、怪訝な顔をしたのち、俺の顔を見て呆れた顔をする。なんだ?


「久しぶりですね、レイさん。2人も。そちらの方は、初めまして」


 リセス・フォル・ファルケニス


 この国の王女その人が、目の前に現れたのだのだから。

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