第十話 執行者  

「ほんと。最悪で、すね……」


 息も絶え絶えと言った様子のキルト。彼女はとても大事な事を伝えるように。しっかりと俺の目を見て告げた。




「海の見える教会で、ロマンティックな再会を、したかっ、た」




「お前実は余裕だろ」


 こいつにはまだ、余裕あるんじゃないかと思った。


 



「いや、今回は本当にたすかりました……」


 俺は走りながら見つけた、小さい林の中に姿を隠す事にした。正直ろくに身を隠せそうにはないものの、ひとまず来た方向からは見えにくくなる岩を見つけた為、そこの陰にコイツを下したのだ。


「これ、飲んどけ」


「ありがとうございます。準備、いいですね」


 俺から笑顔でポーションを受け取ったコイツはキルト・ミラディ


 王立特務機関バブイルに在籍している魔法使い。この国では右に出る者はいない魔法の実力と知識を持ち、高い槍術の実力も併せ持つという実力者だ。

 9歳の時にその高い能力をバブイルに見出され、最年少で魔王軍幹部とも激突したことがある程。


 見てくれは身長160センチ弱。肩まで伸びた赤い髪に、つり目の三白眼。

 誰が見ても小生意気そうに見えるであろう雰囲気を纏っている。

 支給品の黒と金のローブを身に纏うものの、魔力吸収の効率があがるとかなんとかで支給品でないミニスカートを履いている。



 持っている魔杖は【レーゲンファルツ】

 杖の先端は槍のように扱え、黒蓮石をより精錬させた特注品だ。魔力伝導率が他メンバーのものより高い物であり、高い精度の魔法が放てるのはこれのおかげだと言っていた。



 美人な部類に入るのであろうが、見た目通り小生意気なやつであり、よく俺をからってくる。

 とはいえ、バブイルのメンバーはアリエスと俺以外、キルトより一回り歳上という状況だ。

 歳が近いから甘えられている、というのであれば悪い気はしないものだ。

 本人には言わないが、妹みたいなものだと勝手に思っている。


 そんなコイツが、ここまで追い詰められた。そのことに対しての怒りがあるが、情報もなしに無策で突っ込めば二の舞になる可能性もある。


(まずは会敵した本人から情報を聞く。基本だな)


 冷静に、慎重に。油断なく予断なく、それが俺だ。まずは基本に立ち返ることにした。


「キルト、まず怪我の調子はどうだ?」


「いただいたポーションのおかげで大分良くなりましたが、痛いです。背負っていただけると助かります」


 よし、キルトは元気そうだ。ただ、さっきの魔法は……


「キルト、まず、どうしたんだ?なぜこんなことになってる?」


「……魔法が封じられ、槍での戦いも遅れをとりました。心が傷ついたので、抱きしめてください」


 魔法を封じる?槍での戦いも遅れ?コイツが?


「封じられる?でもさっき、切り札使ってたよな?」


「……封じる、というのは語弊がありますね」


 そこで、先ほどの戦闘を思い出すように遠い目をするキルト。何があったんだ。


「奴の右腕は、魔法を吸収するからです。文字通り食べる事ができるようで。なのでゼロ距離で最大火力を打ち込む作戦をとったのです。それすらも、通じませんでしたが」


「食べる、か」

「はい。なんならその魔力を使って攻撃を返して来ます。怖いので今度一緒に寝てください」


「お前、節々でふざけるよな」


 こっちは真面目な会話してんのに。頭から情報が抜けてくわアホタレ。


「ふざけてなんかいません。私の本心です」


 キリリと、ドヤ顔に見える顔をするキルト。コイツ、あれか?


「よっぽど怖い思いしたんだな……」


 恐らく幼児退行か、それに近いものか。

そんな事を考えている時だった。


「……!おい、黙って大人しくしてろ!」


 まだあーだこーだ言っているキルトにおとなしくしているように告げ、俺は走り出す。

 先ほどの醜悪な魔力の反応が物凄い速度でこちらに向かって来ていたからだ。


 駆け抜けた200メートルほど先。そこにはあの化け物が居た。

 6つの目と、裂けた口。光り輝く右腕をこちらに向けている。


「グ、ゲェゲッ?」


「……よぉ。可愛い妹分に怪我させたな、お前」


 俺はギロチンを展開し、様子を見る。


「グッグッグッゲェ?」


「気持ち悪いな、何だお前」


 首をカタカタと振り、右手もぶらぶらさせている。なんだ?何しようとしてんだ?



「ゲェ・ボル・グ」


「!?」


 凄まじい速度で、俺の横を掠めていく魔力の槍。


「チッ、そういうことか」


 俺は身を伏し、そこから跳ね飛ぶ。

 その間にも、正確に俺が降り立つ所に魔力の槍が飛んでくるが。


「しゃらくせえ!」


 俺はギロチンを振り抜く。

 これで決着、勝負はつく。


 はずだった


「……?ゲェ?」


 ニヤリと、奴が笑った。


 全身が総毛立つ。


(どういうことだ?効かない?生き物じゃないのか!?)


 奴が伸ばした右腕が光り始める。


 その光は俺の視界を覆い


 周囲の風景が吹き飛んだ





「レ、レイ……?」


 轟音と、光。そして魔力反応が私の元に届いた時はもう遅かった。


 私は、ポーションで塞がりかけた傷口に残った魔力を流し込んで無理矢理傷を塞いだ。力を振り絞って何とか立ち上がる。

 恐らく追ってきたであろう奴を、私から引き離そうとしてくれた彼を追う為だ。


「え、こ、これ……」


 周囲一帯が吹き飛んでおり、私の休んでいた林の10メートル先が焦土となっていたのだ。


「レイ、は。あっ……?」


 立っている、その姿。

 それは、レイではなく



「グゲ、ゲェ?ゲ」


 奴だ。奴が、私から奪った力で……?


「うそ」


 私の知る限り、レイは負けた事がない。


 彼は、相手がこと生物であれば、負けない。

 負けるはずがない。


 たとえ、それが神であれ。


 そうした力を、持っている。


「……嘘、嘘、嘘だ!」


 だが、現に奴は健在であり、此処にレイの姿はない。


「レ」


 レイを探して呼ぼうとして、奴がこっちを見た。


 おぞましい力が周囲に溢れ。


 死を、覚悟する。



「あれ?」


 でも、何だろう。


 おぞましい、力。


 死を意識するほど暗く、よどんだこの力。


「でも、これって」


 私は、空を見上げた。




「大人しくしておけって言ったろうに」




 門が開く。


 暗く、澱んだその門。彼は、その門からズルズルと出てくる剣を握り、こちらを見ていた。



「おい、ちゃんと離れてろよー」


「……はい!」


 私は何度も、何度も助けられて。


 考えれば、こんな事で彼が死ぬわけがなかったのだ。焦る必要なんて、なかった。


 彼は、一度


のだから!


 私は、力強く頷いてその場から駆け出した。


 奴は追ってこない。

 門をおののくように見上げ、動けない。


 私の力ではないのに。心から誇らしくなる。

 


 (さあ、恐れるがいい。怪物!)


 死を運ぶ処刑人が、バブイル最強の執行者が!必ずやお前の首を刎ねるだろうと!


 



 走って離れるキルトの姿を空から見届ける。巻き込むことはないが、万が一がある。


『この姿は、久しいな?』


「ああ、ちょっと今回は厄介そうでな。少なくともまっとうな生き物じゃないと俺の力が言ってて。物理的に首を落とそうかと」


 空中にて、門に触れる。


 現れたメメントモリを握る。その形状は、通常の姿とは違う。


 通常時とは違い、切先がついている。細い片刃であり、白銀の刀身。

 異界の処刑人が罪人の首を落とすのに使っていたというこの剣は、俺の持ちうる力の中で最強の切れ味を誇る。


『して、罪状は?』


「特に。そっちでわかんないか?」


 俺はメメントモリに問う。

 コイツは対象の【存在記憶】を洗い、生まれてから犯した罪を確認判断する事ができる。


 しかし


『残念ながら、存在自体が発生したばかりだ』


「……そうか」


 生まれ出でた者に、罪はない。

 何であれ、生まれ出でた以上は祝福されるべきであり。そのため、生まれ出でたばかりでは罪科が科せないのだ。


 面倒だが、このままではメメントモリの力が使えない。

(今回は単に良く斬れる剣として使うしかないか……)

 そう思った時。だが、とコイツは続けた。


『だが、奴の存在は容認される方法で生まれ出でたものではない。特例措置は可能だ』


「……そうか。じゃあさ」


『うむ』


「あいつ、俺の妹分を殺しかけたし、誘拐しかけたんだが」


『……であるならば』


 メメントモリが、笑った気がした。


『審判は下った。斬首刑の執行許可』


 それを聞いた俺は奴に向かって向き直り、吹き飛ぶような勢いで奴の首を落としにいく。


「グ!?ゲェ・ボ」


 咄嗟に奴が魔法を放とうとするが。


『頭が高い。跪け!』


「グウウウゥ!?」


メメントモリの圧力を受けその場に片膝から崩れ落ち、跪き。こうべを垂れた化け物。


 俺は躊躇う事なくその首に向けてメメントモリを振り抜く。


 勝負は一瞬


 砂塵を巻き上げながら俺は着地し、油断せず剣を構える。


 だが、特に心配はいらなかったようだ。斬った手応えすら残らないその斬撃によって、確実に奴の首が寸断できた。


「カッ!?カッカカカ!」


 奴はカタカタと揺れながら、腕を振り上げた。俺に向けて伸ばした右手の真下から、もう一本鋭い腕が伸びてくる。


「……とはいえ、しぶとい」


 俺は冷静に剣を振り上げる。それだけで奴の腕が落ちた。 

 その瞬間、勝負は決した。首が落ち、抵抗すらできなくなった化け物は、その場にずしりと倒れ伏したのだ。



『執行完了』


 白銀の刀身は空気に溶けていき、普段の黒い剣が現れた。


 ガチンという音と共に、その黒い剣すら姿を消す。


「……疲れた。流石に」


 俺は徐々に明るくなりつつある空と、向こうから手を振りながら走ってくるキルトを見て。


「ああ、ミレットがそろそろ起きる時間だ……」


 ヘリオスが上手い事、俺が居ないことを取り繕ってくれることを祈りつつ。

 キルトに向けて歩きだしたのだった。

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