第九話 去った後の話(後編)

「来ないな。アイツら」



 王都とライトス、その丁度中間あたりにある林の中。ここには俺が前王から下賜された隠れ家があった。


 所謂裏の仕事をする時の足がかりにしたり、情報を保管しておくために使っていた場所だ。

 

 下賜された記録自体は隠蔽してあり、現王も知らない。ちょっと込み入った事情があるためだが、今回はそれが良かったらしい。

 俺はそこの入り口前でアリエスとキルトの2人を待っていた。


 ちなみに、バブイル関係だと伝えたらミレットは心配するだろうから秘密で抜け出してきている。

 

 あいつは朝5時には起床するため、それまでには帰りたく、こちらからすれば0時から2時くらいの間で終わらせるつもりなのだが。

 しかし、待てど暮らせど2人は来ず。時刻は1時に到達した所だ。

 

 正直、あの2人が遅れる事は異常ではある。アリエスは時間にうるさいし、仕事前に遅刻したことは一度ない。

 

 キルトも仕事の時間の最低30分前には到着しているようなタイプである。まあ、本来拠点防衛向きの魔法使いのため準備が必要だからという事もあるが。


(探しに行こうにも、入れ違いになったらまずいしな。妙な状況だが、待つしかないか?)


 俺は、昼間アリエスと交わした話を思い出す。




『貴方が去った後、ミレットさんが後任になる所だったのは知ってるわよね』

 

『ああ、よく知ってるよ』


『その後任の仕事が何か。正確には?』


『ん?それは、あれだ。死刑がなくなった後、死刑をしないといけないような犯罪者をどうにかするって聞いてるが』


『そうね。そのどうにか、の内実は?』


『内実?』


『……ミレットさんは知らない筈。私達が掴んだ情報によるとそのどうにかっていうのが、その』




「死刑予定の犯罪者と魔獣の融合、か。何考えてんだ。あの王は」




 そこまで思い出した時だ。

 ここから少し先。王都の方角から凄まじい魔力の余波が流れて来たのは。


「……今の、魔力は」


 俺は、駆け出した。








「……しつこい!」


 王都からライトスの方向へ馬車で向かっていた私達が、仮面をつけた何者かに襲われたのはつい先ほどのことだ。

 この襲撃によって馬車は横転。荷物ごと私たちは外に投げ出された。


 (アリエスは何とか逃したけど、こいつ。しぶとくついてくる……!)


 時刻は確実に0時を過ぎているだろう。彼は帰ってしまっただろうか?

 それもこれも全てコイツのせいだが、一進一退の攻防をしつつも、私をライトスの方に行かせないようにしているのは明らかだった。


(……狙いは、私達の合流を阻む事?)


「しつこい人は嫌いです、よ!」


 必殺の意思を込め、炎剣を魔杖の先に展開。斬りかかるも。


「……グ!ゲェ・エ・ボル・グ」


「なっ!?片手で?!」


(コイツ、今。まるで魔法を食べるように!?)


 私は見た。

 右腕から沢山の細かい魔法陣が展開し、私の魔法に喰らい付いたのを。

 そして、そのまま咀嚼するかのように腕の中に取り込んだのが、はっきりと。


(コイツから感じる力は、私の魔力を上回るとは思えない。なら魔法を消したんじゃない。確認が必要……!)


「我が言に従え!ライトニングスピっ!?」


 顔のすぐ横を掠めていく、炎で出来た槍。右手が発光しているのがみえる為そこから放ったのだろうが。問題はそんな事ではない。


「私の、魔力……!」


 撃ち込まれたのが私の魔力と一緒である事だ。


 (ちっ!確信した。コイツは魔法使いにとって天敵だ……!)


 恐らく、文字通り喰らった魔力を蓄え、攻撃に転化してくるのだろう。内心舌打ちをするも、心は冷静に。


「……っふー」


 私は作戦を切り替えた。低く姿勢を落とし、杖の鋭く尖った先端を敵に向けて構える。

 この魔杖は、私のもう一つの得意武器になるようにも設計されている。


「我が言に従い、手足となれ」 


 身体能力向上。それは私の速度を2倍、3倍に引き上げる。

 アリエスがどうしたかは分からないが、確実に救援要請に動いてくれるだろう。加えて王都からそれほど離れていないこの距離なら、味方の助けが来てくれる可能性が高い。



「グ……?」

 

 しかし、言葉は通じないのは明らか。魔力残量はまだ相当に残っているものの、相手の戦闘能力は相当な物である。助けを待っての長期戦は危険。


(なら!)


 這うように地を駆け、魔杖を槍として扱い接近戦を仕掛ける。


「グ!」


 仮面の存在は、間近で見ると青白く光るその右腕を誇らしいかのように私の前に出す。


(何をするつもりだろうが!!)


 私はこと今のこの国で右に出るものはいないと自負している。

 更には、王都で最強と謳われた槍術であるヘルライト流の免許皆伝の腕前だ。


(魔法使いだからと言って、魔法だけを使うわけじゃない。まずはそのやっかいな腕を落とす!)


 槍として振るう魔杖を相手は避ける。右腕を引くように回避し、左手を伸ばしてくる。


「甘い!」


 私は高速の踏み込みで左手に杖を突き刺す。想像より頑丈なのか切り落とすまではいかないものの、相手は呻き声を上げた。

 すぐさま抜いた杖を、さらに一歩踏み込んで右手に狙いを切り替える。


「これでぇ!」


 右手を切り落とすつもりで、振るったその一撃は、届かなかった。


(……え?)


 まず来たのは、違和感。次に、痛み。腹部に何かが鋭く突き刺さったのが、遅れてわかる。


 (そんな、ずる、い)


 震える視線で捉えたのは。青白く輝く腕の下からもう一本現れた、刃物のような腕だった。

 

「く、そ」


 気を取られた。あの魔法を食べる腕に気を取られた隙に、必殺の一撃が飛んできたのだ。

 直勘によるものか。何とか致命傷は避けたものの、私のお腹を確実に貫いている。


「グ!ゲェ!ゲェ!」


 やつは、勝ち誇るように、笑う。


 おもむろに仮面を外し始めて、見えた物は


「ば、けもの……!」


 暗い、穴のような目が六つ。口が裂けた、おぞましい化け物。人ならざる、薄気味悪さ。


 私は、全ての魔力を魔杖に込める。

 杖に魔力が篭り、光輝く。

 臨界まで届いたその魔力によって、杖は赤熱する。


「我が、言に、従ええぇ!!グラナバスタリオン!!」


 私は、力を振り絞り、化け物に向けた。


(コイツは、ここで倒さないと……!)


 私の、最終魔法にして、魔砲。


【殲滅魔砲グラナバスタリオン】


 本来は拠点に陣地を敷き、そこから魔力を得て発射するものだ。概算、それらなしでの威力は6分の1以下になる。


(でも、至近距離なら……!)


 これを防げた者は、2人だけ。1人は最早この世に存在せず。2人目は、あれはもうインチキだから除外とする。

 至近距離で、ゼロ距離で、私の全ての力を叩き込む。

 極光の光は、確実に化け物に直撃し、その魔砲は天まで届き、雲が裂けた。


 だが


「う、そ……!」


(食べられる。私の魔力が、食べられる!)


 奴は右手が黒焦げになりながらも、ただ私の魔力を貪り喰らい、立っている。


 私が全ての力を出し切った時。やつは、未だ健在だった。


(は、は、這ってでも、逃げ、ないと…!?)

 

 逃げて、王都に、伝えないと。


(え?あれ、あれ……?)


 這って逃げようとする私の体がズルズルと、簡単に引きずられているのが分かる。


 王都の灯りが、遠くなる。


「……や、やだ、やだ!助けて!誰か!誰か助けて!」


 こんな化け物が私をどうする気かは知らない。知らないが、確実なのは一つ。


 生きては、帰れない……!


「アリエス!ガドベス!誰かっ!?」


 気がつくと化け物が、間近で私を見ていた。暗い、幾つもある漆黒の目で。私を観察するように。或いは嬲るような、その視線。


「かっ、ふ」


 息が詰まる。声が、出ない。


(誰か!誰か!)


 どうしても


 この場にいない、でも最後にはあっておきたい人の顔が、脳裏に浮かぶ。


「レ…」


 意識が落ちる、その直前に。


 ずっと会いたかったその姿が見えたのは。


 残酷な幻なんだろうか。







 音もなく。


「グ……!?」


 気がつくと腕が飛んでいた。


 掴んでいた筈の獲物の足が地に落ち、切り落とされた左腕は灰になる。

 

 化け物は状況に困惑する。腕が切られたという認識すらなかったためだ。

 腕が落ちた事に慌てず、もう一度獲物を掴もうするが。


 獲物の姿はどこにもなかった。


 




(なんとか間に合ったが。思ったより怪我が酷いな……!)


 身体能力を底上げし、よく知った顔の。キルトの魔力を追ってここまで来た。キルトが切り札を切る事態になっている事に焦りはしたものの、どこか楽観視はしていた。


「!?」


 だが到着した時、どれだけその楽観視が甘かったか痛感する事になる。

 

 現実は残酷にも、この国で右に出るものはいない程の魔法使いが地に伏し。それを運び去ろうとしている醜悪な何かがいたのだ。


「……!」


 俺はそれをみて、手加減なくギロチンを振り抜く。正確に、寸分の一も狂わぬ精度でキルトを掴んでいた左腕を落とす。


 そのまま、俺はキルトを抱えて奴から距離をとった。


「ちっ!あいつはなんだ?おい、キルト!」


 呼吸が浅い。

 何が起きているかは分からないが、このタイミングでこの襲撃。

 かつ、コイツが遅れをとるなんて事は。


(あの醜悪な何かは、対魔法特化って所か?しかし、コイツは槍の扱いも)


 段々と顔が青くなりつつあるキルト。いつもの綺麗な赤い髪は汗によって額に張り付いている。危険な状況だ。


「おい、いい加減目ぇさませ!そんな可愛げのあるやつじゃねえだろ!」


 そう、コイツは本当に可愛げのない。


『あ、いたんですか?』


『この程度、楽勝でしたよ。何で来たんですか?心配だったから?』


『はぁ、暇なんですね』


『でも』


 ありがとうございます




「可愛げがなくて、悪かった、ですね」


「っ!?」


 俺は速度を緩め、顔を見る。血色が悪いがしっかりと目を見開いたキルトと目があった。


「……久しぶり、ですね。レイ」


「……ああ、最悪の再会だがな!」


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